第35話 変態とマッドは紙一重
「おッッッッそいよ! 何してたのさ!」
スィーリアに入ってから七日目。
ようやく魔導開発局を訪れた俺達に対し、アムの放った一言目がこれだった。
「ボクは『街に着いたらすぐに来い』って言ったハズだぜ? 言い訳があるなら言ってみたまえよ」
「いや違うんだよ」
正直に言って、まるで怖くはない。
そもそもからして小柄で童顔のアムだ。そんなぷりぷりと怒られたところで、子供が拗ねているようにしか見えない。とはいえ待たせてしまったのは事実であり、非があるのはこちら側。後ろ盾の機嫌を損ねて良いことなどあるはずもなし、ここは正直に説明するべきだろう。
「俺達だってすぐに来ようと思ってたんだよ。ただちょっと……」
「ちょっと?」
「なんて言うかほら、忘れてたっていうか……」
「おいコラァ! 正直に言えばいいってもんじゃないよ! せめて最低限の言い訳くらいしてくれよ……」
だってしょうがないじゃない。
異世界にきて初めての大都市なんだもの。観光のひとつやふたつ、そりゃしたくなるじゃんね。
「ゴメン、ゴメンて。お詫びにほら、これ上げるからさ」
そう言って俺は、小さな玉をアムに手渡した。一見すれば茶色い毛糸のような、丸々とした怪しい物体。どうやら魔導開発局長たるアムでも、パッと見ではその正体に思い至らないらしい。それもそのハズ、これまでに聞いた話が本当であったなら、この毛糸はかなり希少なブツであるはずなのだ。
「うん……? なんだいこれは」
「たぬきの抜け毛玉」
俺の指さす先には、テーブル上でぷぅちゃんに揉み込まれるジークの姿。それに気づいた途端、アムは大きなため息を吐き出した。
「今回はコレでひとつ、手打ちということで」
「…………ホントに嬉しいモノを寄越すのはやめたまえよ」
激レア精霊とされているシフトテイル、その毛玉だ。
どうやら魔術的にも価値があるものらしく、アムは呆れながら笑うという、非常に高度な表情を技を披露してくれた。
* * *
意外に、というべきだろうか。
どうせごちゃごちゃと散らかっているのだろうと予想していたアムの研究室は、非常によく片付けられていた。十中八九、助手のリサさんが掃除をしているのであろうが————それを口にするほど俺は無神経ではない。そんな研究室内の一角、応接用に設置されたソファにて。
「……さて、まずはそっちの話から始めようか」
向かい合う形で座る俺とぷぅちゃんに対し、アムは話を切り出した。
「まずはキミから頼まれていた『手帳の解析が出来そうな人物』についてだ。これについては既に手紙を送ってあるから、ひとまずは返信待ちだね」
俺達の目標その一、兄貴の手帳を解析すること。
これに関してはより詳しい人間に心当たりがあるということで、紹介してもらえないかとアムに頼んであったものだ。アム自身も考古学の知識を持っているらしいが、聞けば専攻していたのは随分前の事だと言う。俺達が出会った時のように、彼女は今でもフィールドワークを行っている。だがそれは個人的な趣味としてであり、その道の専門家に比べれば知識で劣るのだそうだ。
「頼んでおいてこういうことを聞くのは、少し気が引けるんだが……その人は信用出来る相手なんだよな?」
「ああ、そこは大丈夫だよ。まぁなんというか、性格面はややクセ有りなんだけどね」
現状俺達が最も恐れていること、それは情報の漏洩だ。
見る人がじっくり見れば、恐らくはぷぅちゃんの特異性にも気づくことだろう。俺の加護については最悪バレても問題ないが、ぷネキの事だけはなんとしても隠し通さなければならない。加えてドラゴン素材のことやらタヌキのことなど、こちとら色々と面倒な案件をいくつも抱えている身。これ以上面倒事が増えようものなら、俺はストレスでハゲる自信があった。とはいえアム曰く、そういった心配は必要ない相手であるらしい。曲者だという発言は若干気になるが。
「その相手ってのは、ボクにとっては考古学の師匠みたいな人でね。正直、あの人以上の知識人をボクは知らない。きっとニーヤ達の力になってくれるはずだよ。性格には難ありだけどね」
「大事なことだから二回言ったんですかねぇ……?」
「この件に関しては返事が届き次第、すぐにキミに教えるよ」
「スルーするあたりがガチっぽくて怖いんすよねぇ……」
ともあれ、目標その一は先方の返事待ちということで落ち着く。
元より急ぎの案件というわけでもなし、一歩前進出来ただけで上等というものだろう。
「で、ぷぅくんのメンテナンスについてだ。といっても今のところは問題なさそうだし、その時になってみないと何とも言えないね。一応あとで軽く検査————というより、検診をさせてもらえるとありがたいね。事前情報があるのと無いのとでは、有事の際の対応に雲泥の差が出るからね。決してぷぅくんを剥いてハァハァしたい、なんて話じゃあないから安心してくれ」
成程確かに、アムの言は尤もだ。
一度見たことがあるものと、一度も見たことがないもの。修理が難しいのはどちらかといえば、間違いなく後者であろう。
「……という事なんだけど、ぷぅちゃんはどう? そこの変態に触られても大丈夫?」
「ん。にゃーもいるなら」
聞きました?
可愛いすぎるだろ、うちのコ。ぶっちゃけなんでこんなに懐かれてるのかは分からんが————ともあれ、ぷぅちゃんの保護者としては監督責任がある。悪い虫も変態も、全てシャットアウトするのが俺の役目だ。
「任せろ、俺がしっかり見張っておくぜ」
「……キミ達はボクを何だと思っているんだい」
抗議の目をこちらへ向けるアム。
果たして、一体どうしてそんな目が出来るのだろうか。遺跡から村へと戻る際、鼻息荒くぷぅちゃんに迫った事を忘れたわけではあるまい。もし忘れているというのなら思い出させてやろうじゃないか。俺達から見た、アム・グリムライトという女の本性を。
「変態だろ?」
「へんたい」
「……一応ボクの方が立場は上って事、忘れてないかい?」
「はい毛玉」
「……まぁなんだ、多少の無礼は許そうじゃないか。ボクは寛大だからね」
追加された毛玉を前に、にへらと表情を崩すアム。
こうして俺達はアムへの切り札を手に入れたのだった。




