第32話 二キロ痩せた
夕暮れ時に森から戻った俺達は、その足でハンツ氏の店へと向かった。
事前に聞いていた店の場所は、ここスィーリアで最も大きなメインストリート。町並みによく馴染む美しい煉瓦造り、惜しげもなく使用された高級硝子。たとえ現代日本にあったとしても違和感のない、おしゃれで綺麗な店だった。これでハンツ氏の持つ店舗のひとつに過ぎないというのだから驚きだ。
余りある財力に加え、貴族とのつながりもある。
宿で出会った時はあまり気にしていなかったが、彼が名のある豪商だということは明白だった。
店の入口を潜り、案内された応接室で待つことしばらく。
ぷぅちゃんの鞄から『ずるん』とまろび出た巨大な鳥を見て、ハンツ氏は絶句していた。
「というわけで、なんとか一匹確保しましたよ」
「なんと……正直ダメ元だったのですが、まさか本当に成し遂げて下さるとは……!」
どうやら俺達が依頼を成功させるとは思っていなかったらしい。とはいえそれも仕方のないこと。聞けばハンツ氏は俺達の他にも、数人の冒険者に同様の話をしていたらしい。もちろん俺のような『なんちゃって』ではなく、歴としたベテラン冒険者達だ。金に糸目はつけないから、どうかカウアードバードを獲ってきてくれないか、と。それほどまでに、貴族の饗応は重要な案件だったのだ。
しかし返ってくる言葉は皆同じ。
すなわち『狙って獲れる獲物じゃない』である。おまけに期限まで短いと来ている。依頼に失敗するということは、冒険者としての信用に傷が付くということだ。挑戦することこそ冒険者の本懐ではあるが、カウアードバード狩りは挑戦ですらない。ほぼほぼ失敗することが確定している無理難題だった。成程確かに報酬は良いが、得られない報酬に意味はない。故に腕の立つ冒険者であればあるほど、ハンツ氏の話には乗らなかった。果ては商会お抱えの冒険者にすら断られる始末だったそうな。
そうしていよいよ困り果てていたとき。
藁にも縋る思いで声をかけたのが、この見るからに駆け出しっぽい俺達だったというわけだ。そりゃあまぁ信じられるワケもないだろう。俺だってそうだ、冒険者に何かを依頼するのなら、腕の確かな者に頼みたい。しかしそんな頼りなさそうな冴えないオッサンが、まさかたった一日でカウアードバードを仕留めてきたのだ。こんな結末、一体誰が予想出来るだろうか。ハンツ氏が驚くのも当然のことと言えるだろう。まぁ決め手となったのはぷネキとペットのタヌキであり、俺はちょっといいを汗かいただけだったのだが。
「本当に、本当に助かりました…………ありがとうございます、ニーヤ殿」
「い、いえ……なんというかその、そこまで感謝されると逆に居心地が悪いと言いますか」
なんてったって殆ど何もしてないからね、俺。
期待に応えられたこと自体は嬉しいが、なんとも微妙に誇りづらかった。ぷぅちゃんは興味なさそうだし、タヌキはファーに擬態してもう寝てるし。
「商人は信用が第一です。一度『用意する』と言ったものが用意出来なかったとなれば、信用などあっさり崩れてしまいます。約束を交わした相手が貴族であればなおさらに。ともすればこの街での商売が、今後出来なくなる可能性もありました。決して大げさではなく、ニーヤさんは私の恩人ですよ」
「そ、そうですか……お役に立てたようで何よりですね、ハハ……じゃ、じゃあ俺達はこれで……」
ともあれ、これで依頼は完了だ。
俺は気まずいし、ぷぅちゃんは暇そうだしで、あまり長居はしたくなかった。
そうして貰うものをもらってさっさと帰ろうとする俺達を、しかしハンツ氏はやたらと引き止める。
「ああいえ、お待ちください! 恩人をこのまま帰すことなど出来ません! 報酬とはまた別に、ぜひお礼をさせて欲しいのです」
「い、いやぁ……別にいらないかなぁー、なんて」
「今夜は是非、うちで夕食でも如何ですかな。腕によりをかけた料理を作らせます」
聞いちゃいねぇ。
『食事』というワードに反応したぷネキが何やら視界の隅でそわそわしているが、こちらは一刻も早くこの場を後にしたいのだ。困っていたから手を貸した、それは間違いない。しかし俺達の基本方針は『目立たないこと』なのだ。ハンツ氏がこの街の有力な商人である以上、積極的に関わるつもりはなかった。だがそんな俺達の思惑などハンツ氏が知るワケもなく、また恐らくは百パーセントの善意からくる誘いであるからこそ、この申し出は非常に断りづらかった。
「そうだ! 今度のパーティーにも是非、ご参加いただけませんかな! ヴァルトルート侯爵にご紹介したいのです! 侯爵様の覚えが良くなれば、ニーヤ殿の冒険者活動もずっと楽になるハズです! そうだ、そうしましょう! なぁに、侯爵様は気さくな方ですからな。そう緊張されずとも大丈夫ですぞ」
まごつく俺を見て、どうやら遠慮しているのだと勘違いをしたらしい。ハンツ氏はオートでヒートアップし、あろうことか貴族への渡りをつけるなどと宣い始めたではないか。これが普通の冒険者であれば、これはまたとないチャンスなのだろう。定期的に指名依頼をもらえるかもしれないし、なによりトラブルが起こった際の後ろ盾として、公爵家は最上級の存在であろうから。しかし何度も言うように、俺達には既に強力なバックがついている。そして貴族とは可能な限り関わりたくない。故に答えはただひとつ。
「ノーセンキュー」
俺はそれだけ告げると、急ぎぷぅちゃんをひっ掴んで店を飛び出した。
「それに侯爵令嬢様は非常に美しいお方で、お会いする機会などそうそう————おや? に、ニーヤ殿!? いつの間に!? どちらへ行かれたのですか!?」
ホカホカになった初老のオッサンが背後で何事かを喚き続けていたが、知ったことではなかった。
* * *
数日後。
絢爛豪華なパーティー会場にて。
「まぁ美味しい! わたくし、こんなに美味しいお肉をいただいたのは初めてです!」
華やかなドレスを身に纏った美しい少女が、幸せそうに顔を綻ばせていた。
その姿を遠目に眺めつつ、ニヤニヤと怪しい笑みを浮かべるオッサンが二人。
「ハンツ、礼を言う。ずっと娘に食べさせてやりたいと思っていたのだが、アレばかりは中々難しくてな」
「閣下に喜んでいただけたのなら何よりです」
「だが、確か事前に用意していた肉はダメになったと言っていなかったか? 流石のお前でも、この短期間でアレを二羽用意するのは難しいであろう」
「はい。ですが運良く、とある親切な御仁の力を借りることが出来たのです。本来ならこの場で、閣下にもご紹介したかったのですが…………」
「ほう。何があった?」
「実は————」




