第31話 一番役にたってないの俺じゃね?
「ハァ、ハァ……いや全然出てこないじゃん!」
森の中を駆けずり回ること数時間。
ぷネキのビームで倒したアングリーバードの数は二十羽以上と、俺を囮にした巻狩は凄まじい効果を発揮していた。しかし流石は幻の高級食材というべきだろうか、目的の雑魚専鳥はただの一度も姿を見せなかった。釣っても釣っても、現れるのはすっかり見慣れた巨大鳥。もちろんそう簡単にいくとは思っていなかったが、こうまで続くと流石にうんざりしてしまう。落ち葉の上にこれがかの有名な『物欲センサー』なのだろうか。肉体的にも精神的にも疲弊した俺は、落ち葉の上でただ文句を垂れることしか出来なかった。
「どんまい」
「楽して儲けられると思ったのに……」
ダンジョンに潜るよりもよほど安全な仕事だと、そう思っていた。だがいざやってみると、思っていたより何倍もキツい。素直にダンジョンへ潜っていたほうがマシだったかもと、そう思ってしまう程度には。あちらの世界で大人気だった某狩りゲーを思い出す。アレの素材収集クエストを移動から何から、全て自分でやっているようなものなのだ。やはりうまい話など、そう転がっているものではないということか。
肩で息をしつつ、ポケットから取り出した『めぷぅす』に火をつける。するとすぐに力が湧き、疲労と倦怠感が和らいでゆく。カウアードバードは弱者しか襲わないため、今の俺では囮役をこなせない。つまりはヤニが抜けるまでの間、しばしの休憩というわけだ。深呼吸をするように、白い煙を空に向かって吐き出す。木々の隙間から差し込む木漏れ日が心地よい、なんとも爽やかな天気であった。
「ふぅー…………悲しいかな、この『めぷぅす』のマズさにも随分慣れてきたなぁ…………ん?」
そうして視線を戻した時、怪しい毛玉が近くの茂みを漁っているのを見つけた。ジークは短い手足をせっせと動かし、茂みから茂みへと移動してゆく。その全ての茂みで『ふすふす』と何度も鼻を鳴らし、しばらくじっとした後で————『ぷすんっ』と小さなくしゃみをした。
「……いやそれ犬がやるやつでしょ。タヌキとしての自覚持て? いやタヌキはイヌ科だし合ってる、のか……?」
ペットらしいといえばペットらしい行動ではあるのだが、さりとてマーキングを行っているようには見えない。このタヌキ型精霊が一体何をしているのか、俺にはまるで分からなかった。というわけで、飼い主であるぷぅちゃんに問いかけてみる。
「なぁぷぅちゃん。アレって何してんの?」
「たぶん、さがしてる」
「うん? 探してるって……何を?」
「とり」
成程、どうやらジークは鳥を探しているらしい。
トリュフを探す豚のようなものだろうか————はて、鳥とな?
「…………ん? もしかしてカウアードバードを探してるってコト?」
「そう」
「え、あのタヌキってそんな能力あるの?」
「ジークはもりのせいれい。もりのことならなんでもわかる」
ぷぅちゃん曰く、シフトテイルという精霊は森の守護者であり支配者であるという。自身の住む森のことならば瞬時に、そうでなくともある程度の時間があれば、大凡の情報が把握出来てしまうのだそうだ。例えば薬草が生えている場所だったり、希少な植物のありかであったり。また魔物がどこに潜んでいるかなど、シフトテイルには全てお見通しなのだという。つまり今ジークが行っているのは所謂『情報収集』であり、それが済んでしまえば、カウアードバードの居場所も簡単に分かってしまうのだとか。
「オイオイマジかよ、タヌキすげぇな…………ん? じゃあ俺が走り回ってる時どう思ってたの?」
「……たのしそう?」
「楽しくはねぇよ!」
どうやらおじさんの頑張りは無駄だったらしい。
だが何はともあれ、このアングリーバード地獄にも光明が差してきた。居場所さえわかってしまえば、こんな七面倒臭い巻狩などしなくてもよいのだ。ヤニ入れてぷぅちゃん担いで、いつもの騎馬スタイルで瞬殺できるハズ。
そうして地べたに座りつつ、煙草を吸いながら待つことしばらく。
茂みにつっこんでいた顔をすぽんと引き抜き、ジークがじっとこちらを見つめてきた。
「みつけたって」
「うぉお、マジか! 頼りになるぜタヌ公!」
人とは現金なもので、仕事の終わりが見えれば突如テンションが上がってしまう生き物だ。この地獄から解放されると思えば、ここまで無駄に流した俺の汗も、今はほとんど気にならなかった。ぷりぷりと揺れるタヌキのケツを追いかけ、ぷぅちゃんと二人で森の中を慎重に歩いてゆく。そのまま数十分も歩いただろうか、先導するように前を歩いていたジークが突如、その歩みをぴたりと止める。そうして茂みの隙間から前方を覗き込んで見れば、そこには確かに、お目当てのカウアードバードがぼけっと突っ立っているのが見えた。
「よし、それじゃあ早速……」
視認できる距離であれば、ぷぅちゃんのビームで一撃だ。さっさと倒してもらおうと考えた俺は、声を潜めつつぷぅちゃんの方へと視線を送る。しかしぷぅちゃんは微動だにせず、いつもの眠たそうな瞳のまま、ただゆっくりと首を振った。
「……ぷぅちゃん?」
「まってろって、じーくが」
その言葉にはっとし、ぷぅちゃんに釣られるように前方へと視線を移動させる。そこにはのたのたした、如何にもタヌキらしい鈍くさそうな動きで、ゆっくりとカウアードバードの方へと歩み寄るジークの姿があった。隠れるだとか、そういった気配は微塵もない。ただただまっすぐ、ジークが当たり前のようにカウアードバードへと近づいてゆく。
事前に聞かされていた情報によれば、カウアードバードは自身より弱い相手の前にしか姿を見せない。そしてシフトテイルは非常に力のある精霊という話であった。しかし実際はどうだ、あとほんの数メートルのところまでジークが近づいているというのに、カウアードバードが気づいた様子はない。つまり今のこの状況は情報と矛盾した、全く持ってあり得ないはずの状況である。
(……え、何? どういうこと?)
そんな俺の混乱を他所に、いよいよ手の届くところまで接近を果たしたジーク。
そしてそのまま短い前足で、まるで部下の肩を叩くかの如き気安さでカウアードバードに触れる。その次の瞬間、なにか雷のようなものが弾ける、そんな破裂音が響いた。得体の知れない音が聞こえると同時、その場に体を横たえる巨大鳥。一切の悲鳴や断末魔も上げることなく、ただ静かに崩れ落ちたのだ。俺の口から、知らずのうちに間抜けな声が漏れる。
「は…………え、何? あのタヌキ、今何したの?」
「たぶんまほう。つよいでんげきでいしきをうばった」
電撃魔法で意識を奪ったとな?
つまりはスタンガンのようなものだろうか。しかし俺の知るスタンガンとは、相手の意識を奪えるほどの武器ではない。人間相手に数秒押し当てたところで、せいぜいが相手の動きを制限する程度の効果しかない。人間が意識を失うほどの電流となれば、それは非常に強力な、命に関わるレベルの威力ということになる。そしてカウアードバードの大きさは大凡人間と同じくらい。つまりあのタヌキが今しがた使った魔法には、人を十分に殺傷できるだけの威力があるということになる。
「えぇ…………さっき俺『タヌ公』とか言っちゃったんだけど」
「じーく、けっこうつよい」
我が家のペットに対する認識を、今一度考え直す必要がありそうだった。




