第30話 俺より弱いヤツに会いに行く
「数日後、とあるお貴族様を饗す予定が入っていましてな」
こちらの世界に来てからというもの、当然と言えば当然だが、俺はまだ貴族様とは会ったことがなかった。存在していること自体はもちろん知っていたが、所詮は雲の上の人間だ。俺のような一般通過ヤニカスが異世界転移早々にお貴族様と関係を持つなど、それこそ創作上でしかありえない話。賊や魔物に襲われている貴族の馬車を救い、あれよあれよと言う間にお嬢様から惚れられるだとか、残念ながらそんな事にはならなかった。まぁ、そんな事になられても困るのだが。
そんな純異世界人の俺にとって、貴族という人種は二極化されている。ひとつは平民にも分け隔てなく接する人格者タイプ。そしてもうひとつは傲慢な特権意識の塊タイプだ。もちろんこれらは創作の中の話であって、実際には多種多様な性格の貴族がいることだろう。だが創作上でしか知らない存在である以上、結局は創作上でのイメージしか沸かないのだ。そしてそのどちらとも、出来れば関わり合いにはなりたくなかった。後ろ盾ならば太いのをゲットしたばかりだし、これ以上の面倒事はご遠慮したいのだ。
故にハンツ氏の口から『貴族』という言葉が出た時、俺は反射的に身構えてしまった。どうやら表情にもその色が出ていたらしく、そんな俺を見てハンツ氏は笑った。
「ほっほ、そう構えずとも大丈夫ですぞ。私が懇意にしていただいているヴァルトルート侯爵は大変ご立派な方で、民の事を第一に考える人格者です。確かに、貴族とは関わりたくないと考える冒険者が多いですが————私の知る限り、かの御仁に悪い印象を持つ者などおりませんゆえ」
「そ、そうですか……はは」
そりゃあその冒険者達の隣には怪しい最終兵器幼女やら、激レアたぬきは居ないでしょうからね。問題があるのはこっちなのであって、貴族様の性格がどうだとか、そういったことはどうでもよいのだ。ただ常にリスクを抱えている俺達は、余計なしがらみを増やすべきではない。そう考えているだけのことである。
「さて、どこまで話しましたかな…………そう。実はその饗しというのが祝いの席でして。侯爵家のお嬢様が誕生日を迎えられるのです。そこで私は、特別な料理をお出ししたいと考えておりまして」
「それはまた結構なことですね。大変素晴らしいことだと思います」
どうやらこの世界にも、誕生日を祝うという文化があるらしい。
それが侯爵家の娘の誕生日となれば、是非盛大に祝うべきであろう。誕生日パーティー大いに結構、貴族らしく好きにやればよろしい。よろしいが、しかしそれが俺達とどう関係するのか、そこがまるで結びつかなかった。こんな何の変哲もない人畜無害なおっさんと幼女と毛玉に、一体何の関係があるというのか。
「が、少し問題が起きましてな。その日の為に取り寄せた食材が、諸事情で使えなくなってしまったのです」
「ははぁ……読めてきました。その食材を俺達に取ってきて欲しい、と?」
「流石は冒険者、素晴らしい洞察力ですな」
こんなものはここまでの話を聞いていれば分かる話。Fランの洞察力が素晴らしいハズもない。
「ときにニーヤ殿、『カウアードバード』という鳥をご存知ですかな?」
「いえ…………初めて聞きましたね」
仮にもなんちゃって行商として、商品知識はある程度頭に入っている。何に使われるものなのか、どうやって使うものなのか。そうした基礎知識が無ければ売れるものも売れないからだ。しかしながら俺の知識はあくまでもなんちゃってでしかない。俺が取り扱っていたのは田舎の街や村で売られていたものであり、言ってしまえばほとんどが生活必需品だった。小麦だったり酒だったり、常識といっても過言ではない品々の知識しかないというわけだ。シルジラ草のことも知らなかったように、少なくとも今現在の俺が持っている知識は普通に浅い。
「カウアードバードは通称『イキり鳥』などと呼ばれる食材でしてな。その肉は驚くほど柔らかく、舌の上でとろけるとさえ言われる程です。もちろん味も抜群なのですが、反面鮮度が落ちると味も一気に落ちてしまうのです。故に口にする機会自体が稀な、貴族たちがこぞって求める超高級食材なのです」
輸送と冷凍技術が発達した現代では、魚や肉がいつでも美味しく食べられる。
しかし冷凍することで、僅かながらも味が落ちることはある。食材にもよるが、現地でしか味わうことの出来ない美食珍味はやはり存在するのだ。現代日本ですらそうなのだ。この世界で新鮮な食材を口にしようと思えば、基本的には現地に赴かねばならない。つまりはその『カウアードバード』とやらも、それに類するものなのだろう。
そんな超高級食材を俺達に取ってきて欲しいと、ハンツ氏はそう言いたいのだろう。しかしここで疑問がひとつ。
「話は分かりました。ですが…………何故俺達に? それこそギルドを通して、腕利きの冒険者に依頼を出されたほうが確実でしょう」
言い方は悪いかもしれないが、ハンツ氏はどうみても金持ちだ。懇意にしている貴族を饗すというのに、依頼料をケチるような人には見えない。であればこそ、普通に考えればギルドに依頼を出すのが一番だ。どれほど珍しい鳥なのかは知らないが、金を積めばいくらでも請け負う者はいるだろう。スィーリアは大きな都市だ、Aランク冒険者が在籍していたって不思議ではない。こんな見るからに腕の悪そうな冒険者をわざわざ捕まえて、個別に依頼する必要などないはずなのだ。俺の疑問は至極当然のものだと言える。
しかし俺の言葉を聞いたハンツ氏は、難しい顔でゆっくりと首を振る。
「いいえ、それではダメなのです。実はこのカウアードバードという鳥は、非常に厄介な特性をもっておりましてな。それが『自分より弱い相手の前にしか姿を見せない』というものでして…………その上で、カウアードバード自身が非常に弱いのです。つまり腕利きであればあるほど、この鳥を狩るのは難しいのです。今回我々が用意していたカウアードバードの肉も、偶然取れたものに過ぎません。狙って狩るのは不可能だとすら言われております」
「クソみたいな鳥で草」
そこらの子供よりは強いが、駆け出し冒険者や狩人などよりはよほど弱い。『俺より弱いやつに会いに行く』を地で行くクソ鳥であった。マジで最低だよ。
「ニーヤ殿。報酬は弾みますので、どうかお願い出来ませんかな。無論失敗に終わっても責めはいたしません。パーティーまでもう日がなく、アナタだけが頼りなのです」
そう言われ、俺は僅かに思案する。
貴族に関わるのはゴメンだが、しかし今回の場合はハンツ氏との取引だ。依頼を受けたところで、件の貴族と接点ができるわけではない。また彼の身なりを見るに、報酬には期待が出来そうだ。貴族がこぞって求める食材となれば、その価値は恐らく俺が思っている以上に高い。最低でも金貨五枚、下手をすると十枚くらいはもらえるかも知れない。おまけに標的は貧弱で、仮に失敗しても死んだりはしないだろう。そう考えればローリスクハイリターンな、非常にオイシイ依頼である。
そして何よりも。
アナタが頼りなどと言われれば、応えたくなるのが人というものだ。全てを諦めていたかつての俺ならいざ知らず、今の俺は————。
「…………分かりました、引き受けましょう」
「おお! 本当ですかな!」
やるだけやってみてもいいかと、そう思えた。
しかしその前にひとつ、ハッキリさせておかなければならない事がある。
「ええまぁ、出来る限りのことはします。ただひとつ、ちょっと気になることがあるのですが」
「なんですかな? なんでもお答えしますぞ!」
満面に喜色を浮かべ、俺の言葉を待つハンツ氏。
だが俺は騙されない。こうしてやたらと相手を持ち上げる時は、なにか後ろめたい事があるものなのだ。すなわち————。
「…………そのクソ鳥よりも、俺のほうが弱そうに見えたってことですかね?」
「…………」
なにわろとんねんオッサン。




