第27話 風呂キャン
そもそも他にアテがないからこそ、衛兵の兄ちゃんにオススメを聞いたわけで。
結局俺とぷぅちゃんは、ややげんなりしつつも『雪の窓亭』の暖簾を潜った。
「ご、ごめんくださーい…………」
「くだしあ」
見た目は紛うことなき高級旅館。
しかし直前に見た光景は場末の飲み屋。経緯は分からないが、少なくとも日本であればあり得ない。どんなに客が迷惑な行為を行ったところで、店側の対応は丁寧極まる。精々が『お代は結構ですからお引き取りください』とか、まぁそんなところだろう。そんな日本人的感覚に慣れきっている身からすれば、よもや入口から男が蹴り出されるなどと。
そうして戦々恐々、声をかけてみれば意外や意外。
先程の騒動など一切無かったかのように、歓迎の声がホールに響いた。
「いらっしゃいませ! 雪の窓亭にようこそ!」
ぱっと華やぐ笑顔で駆け寄ってきたのは、まだ年若い着物姿の女性だった。
いやまぁ正直な所、この元気の良さ自体が違和感たっぷりではある。もちろん外見が純和風な旅館だからといって、ルーツが日本ではない事くらい理解している。この世界には日本によく似た国もあるらしいし、そこから流れてきた文化だと思えば、この元気さこそが異世界流なのだろうと納得も出来る。あるいは、過去に何度か確認されているという『異世界人』の中に日本人が居たのかも知れない。そんな彼、彼女らから伝わったモノが長い年月を経てこのスタイルに変化したというのであれば、そう不思議なことでもないだろう。謂わば『異世界和風』とでも言うべきあろうか。
だが旅館といえば落ち着きのある静かな宿、というイメージがどうしてもついて回る。少なくとも俺にとっては、だが。なまじ日本の旅館を知っているからこその違和感、というわけだ。まぁいずれにせよ、俺の感想なんてものはどうでもいいわけで。
「宿泊したいんですけど、部屋って空いてます?」
「もちろんございます! お二人様ですね! 二人部屋で問題ありませんか?」
「ええ、大丈夫です。出来れば二、三日泊まりたいんですけど」
「承知致しました! では三泊食事付きで金貨一枚になります! それとお名前を頂戴したいのですが!」
金貨一枚、つまりは十万円相当である。
二人で三泊食事付きにしては良心的というか、むしろ安いとすら思える。しかしこれもまた日本人的な感覚だ。この世界の平均的な宿屋であれば銀貨一枚————つまり一万円程も払えば、十分に二、三泊出来てしまう。もちろん食事付きで、だ。それを思えば成程、確かにこの宿は高級宿といって差し支えないだろう。懐が温かい今でなければ、とてもではないが泊まろうと思えない。
「あ、ニーヤです。じゃあ料金はコレでお願いします。ところでさっき、何か男の人が蹴り出されるのを見たんですけど」
「はて、男の人…………ああ! アレはお金もないのに泊まろうとした挙句、お断りした途端に暴れようとした不届き者ですね。外から来た観光客には、たまにいるんですよ」
「そ、そうすか」
成程、郷に入っても郷に従えないインバウンドのようなものか。
日本に限らず、何処に行っても一定数居るものなのかもしれない。しかしあの屈強な男を実力で排除出来るとは、この女将さん(?)は見かけによらず手練なのかもしれない。いやだが、先程入口で見えた女性はもっと別の、それこそオフ状態の騎士といった格好をしていた気がする。遠目だったゆえ確信はないが————これほどの高級旅館だ、用心棒でも雇っているのだろうか。
「お夕食は十八時から、朝食は七時からになります! お部屋でお召し上がりになりますか?」
「そうですね、そうしてもらえるとありがたいです」
宿側のテンションが妙に高いことを除けば、何処にでもある旅館のやりとりだ。だが通常の宿屋であれば、こんな丁寧なやりとりは存在しない。精々が『三泊、一部屋』『あいよ、銀貨一枚ね。二階の橋の部屋だよ』くらいのラリーで終了である。わざわざ食事時間の案内などしないし、必要な事以外は話さない。金と部屋のカギを交換して終わりだ。この一連の流れをとってみても、この『雪の窓亭』の格式が高いことが分かる。
「かっしこまりました! それではお部屋にご案内いたしますね! ところでお客さん、もしかして結構良いトコの方だったりします?」
「へ? いや、見ての通りただの冒険者兼商人ですよ。それと親戚の幼女」
「おいす」
そうしてカギを受け取ったところで、テンション激高の女将さんがくるりと振り返る。その目は爛々と輝いており、『金づるが来たかも』といった思惑が容易に見て取れる。確かに金貨をポンと出しはしたが、俺の見た目は何処にでも居る冒険者のそれだ。お世辞にもいい身なりとは言い難い。ではなぜ『金持ち』と思われたのだろうかと、俺が疑問符を浮かべていた時だった。女将さんの視線が俺ではなく、俺の背後に向いていることに気づいた。
「なに?」
「…………や、何でもねぇっす」
如何にも上等なドレスを纏う幼女が、ボケっと突っ立っていた。
街中に入ってからというもの、ジークは擬態モードである。それがまた立派なファーカラーのように見え、ぷぅちゃんのゴージャス具合に拍車をかけていた。どこぞのセレブタレントかと思える程度には。成程確かに、傍から見ればいいところのお嬢様と付き人のように見えなくもない。というより、そういう風にしか見えなかった。
「いえ、お付きの方————げふんげふん。お客様の態度が柔らかく、丁寧でしたので!」
「おいコラ、今お付きって言ったろ」
「いいえ! まさかお客様にそのような失礼…………あ、お部屋に着きましたよ! お部屋には当店自慢のお風呂がありますので、ぜひごゆっくりなさって下さいね! それでは!」
ぴしゃり。
俺とぷぅちゃんが部屋に入ると同時、誤魔化すように戸は閉められた。こっちのほうが失礼なんじゃないだろうか。
「まぁ別に何でもいいんだけどね…………さてさて、部屋はどんな感じかなっと…………おお?」
そうして室内へ改めて意識を向ければ、そこには見事というほか無い空間が広がっていた。
まず目に入るのはすっかり懐かしくなった畳だ。恐らくは別物なのであろうが、しかし一見しただけでは日本のそれと違いが分からない。床脇には謎の異世界言語で書かれた掛け軸。端々に『格式』を感じるあたり、いわゆる書院造りというヤツだろうか。そして窓の方へと目を向ければ、みんな大好きなあのスペース『広縁』まで完備されている。流石にアメニティなどは置いていないが、十分すぎるほどの部屋だった。どう考えても普段止まりするような宿ではない。まさに理想的な温泉旅館といった内装だった。
「こういうのでいいんだよ、こういうので」
「よき」
いざ足を踏み入れてみればこの通り。
折角の異世界だのどうだのと、色々垂れたところで結局落ち着くものは落ち着くということか。掛け軸だけはどうにも微妙だが。教えてくれた衛兵の兄ちゃんも、恐らくは俺達が街の外から来たということを踏まえて、この宿を進めてくれたのだろう。中身がほぼ兄貴の知識のみで構成されているぷぅちゃんも、これには大満足といった様子。いやまぁ、表情は微動だにしていないが。
「おっ、見ろよぷぅちゃん。ホントに風呂があるぜ」
「それはべつにいらない」
などと思ったが、どうやらぷぅちゃんは風呂キャン勢だったらしい。
まぁこのコ代謝もへったくれもないし、当然汗もかかないしで基本汚れないんですけどね。




