第26話 お上りさん
「はー…………すごいなこりゃ」
「おっきい」
俺とぷぅちゃんは眼前に聳える壁を見上げ、ほとんど同時に嘆息した。
学術都市スィーリア。ルヴィリア王国北部に位置する、国内で四番目に大きな町だ。
ぐるりと街を覆うその壁は、果たして一体何処まで続いているのやら。立地的に軍事目的というより、魔物による被害を防ぐために作られたのだろうか。要塞のように無骨なだけの壁ではなく、まるでそれ自体が美術品であるかのような、白く美しい城壁だった。そして俺達は現在、街へ入るための列に並んでいるところである。
「こういうのでいいんだよ、こういうので」
「どういう?」
突然見知らぬ草原に放り出されてからこちら、田舎の寒村か村しか見てこなかった。そんな俺からすれば、この如何にもなファンタジー都市は非常に心躍る存在なのだ。海外へと観光に赴き、現地の歴史的建造物を目の当たりにした感覚に近いだろうか。こうした城壁に囲まれた街というのは、地球にだって残っていた。しかし街全体の持つ雰囲気が、列に並ぶ人々の様相が、それらとはまた違う感動へと誘ってくれる。何よりスマホがないのがいいよね、ちゃんと風情がある。
ゆっくりと列の流れにそって、牛歩の如き速度で馬車を進ませる。
周囲をよくよく見てみれば、列の中には人間以外の種族もちらほら見られる。ずっと先の方にはエルフらしき女性の姿もあった。エルフといえば森に生きる種族であり、弓と魔法を得意とする長寿な種族だ。異世界を代表するファンタジー種族といって差し支えないだろう。なにはともあれエルフがいなければ始まらない、そう思う地球人は多いのではないだろうか。しかし残念ながら、俺はまだ会ったことがなかった。故に出来ればもっと近くでじっくりと拝みたいところなのだが————見ず知らずの女性をじろじろと見るのは大きなリスクである。
そうしてエルフへの好奇心を抑えつつ、ひとつ前に並ぶオッサンの後頭部をじっと眺めることしばらく。
小一時間も待ったところで、漸く俺達の番となった。衛兵に促されるまま進み出れば、何やら物珍しそうな視線を向けられた。
「珍しいな、子連れの冒険者か? それに随分と良い馬車だ」
「あぁいえ。冒険者登録もしていますが、本業は行商なんですよ」
「成程。この街には珍しいものが多いからな、じっくり見て回ると良い」
「ええ、楽しみですね」
中身のない社交辞令を交わしつつ、冒険者証を衛兵へ提示する。
この世界の冒険者証はかなり便利で、ほぼすべての街で身分証として利用できる。通用するのは取得した国の中でのみ、という制限はあるが、たかだか銀貨一枚かそこらでフリーパスを手に入れられると考えれば十分に破格だ。これがなければ割と面倒な入街審査があるため、この為だけに冒険者登録をする者も居るほどである。その分犯罪歴の有無を魔導具で確認されるなど、冒険者証の取得は少し厳しかったりもするのだが。
さて、ここで問題がひとつ。
このスィーリアは非常に大きな街であり、少し見渡せば店の看板がすべて発見できるような、そんな規模の街ではない。故にお上りさんどころか別世界の人間である俺には、この街の周り方が分からないのだ。暫く滞在するにしても、まずは宿を取らなければならない。加えて折角の異世界タウンだ、いろいろな店も見て回りたい。アムとの約束もあるため、魔導具研究所の場所も調べなければならない。そして気はあまり進まないが、アッシュのところにも顔を出すと約束した。そう、こう見えて俺達は予定がぎっちりなのだ。
上京するのとはわけが違う。
どこでも地図が見られるスマホアプリだとか、ガイドマップが設置されているだとか、そんな便利なモノは一切存在しない。ある意味ではそれらよりもずっと便利な幼女は居るが、流石に初めて訪れる街の位置情報などは持っていないだろう。持ってないよね? そう思いぷぅちゃんの顔をちらと眺めてみれば、彼女はどことなくそわそわしている様子であった。眠そうな瞳できょろきょろと、しきりに周囲へ視線を送っている。よくよく聞いてみれば、小さなお鼻もふすふすと鳴らしていた。お腹が空いているだけなのかもしれない。
ともあれ、俺達には情報がまるで足りていないというわけだ。
となればやるべき事はひとつ、街の事情に精通しているであろう衛兵のお兄さんに聞くのが手っ取り早い。
「先ほど言ったように、この街に来るの初めてなんですけど…………おすすめの宿とかってあります?」
「ん? ああ、それなら『雪の窓亭』って宿屋がオススメだな。ちっと値は張るが静かだし、部屋が綺麗で飯がウマい。あと防犯対策もしっかりしてるぜ。まぁ俺ぁ泊まったことねぇんだけどよ、高すぎて」
すらすらと淀みのない口調から察するに、恐らくは同じ質問をよくされるのだろう。流石は衛兵というべきか、街のお役立ち情報はばっちりに頭に入っている様子であった。どうやら中々の高級宿らしいが、アムから貰った金貨のお陰で懐には余裕があった。安宿だと油断したぷぅちゃんが床をぶち抜いて一階に降臨、なんて事件も起きそうだしね。そうして情報を手に入れた俺達は、ひとまずの目的地を『雪の窓亭』へと定めることにした。なんだか某お煎餅みたいな名前の店だな、なんて事も当然口にしない。伝わるワケもないしな。
「この大通りを真っすぐ行って、広場を右に曲がって暫く行けば小門がある。それを潜れば宿の看板が出てるから、すぐに分かるだろう」
「ありがとうございます。とりあえずそこを目指そうと思います」
「ああ。ついでに広場を直進すれば商業ギルド、んで左に行けば冒険者ギルド。宿の先は地区をひとつ跨いで、ずっと行ったところに娼館があるぜ」
「行かねぇよ。でも助かります」
衛兵の兄ちゃんによる圧倒的な親切に礼を告げつつ、馬車を進ませる。最後にちらと振り向けば、二カッと笑って手を振る兄ちゃんの姿が。なんというか、日本の都会では久しく感じることがなくなった、田舎のような安心感があった。異世界あったけぇ。
「っていうか馬車のまま入っていいんだなぁ。ちっこい街だと外に停める場所があったんだけど」
「らくちん」
「タクシーみたいなもんなのかね。宿に厩舎とか、停めるトコあればいいんだけど」
恐らくどうでもいいことなのだろうが、とにかく俺は異世界文化に馴染みがない。何をするにもおっかなびっくりになってしまうというか、このままではどこかでやらかしそうで怖かった。こんなことならアッシュ君に、色々と作法なりマナーなりでも聞いておけばよかったと今更ながら後悔する。そんな風に益体もないことを考えながら、教えてもらった宿の方へ安全運転で向かう。俺もぷぅちゃんもきょろきょろしっぱなしで、傍から見れば完全なお上りさんであったことだろう。
「にゃー、あれ」
「ん? おっ、ぷぅちゃんナイス」
そうして暫く、小さな門をひとつくぐった先。ぷぅちゃんが指さす先には『雪の窓亭』と書かれた看板が。
衛兵の兄ちゃんが言っていた通り、その外見はとても高級そうだった。木製の三階建て、入り口には川と朱色の橋。昼でも火の入った行灯、瓦屋根————それは俺にとってひどく見覚えのある建物だった。
「いや、ごっつい和風建築ですやん……」
「きれい」
有り体に言えば『温泉旅館』そのままの見た目をしていたのだ。
土地面積が広い————というよりも、恐らくはここら一体が旅館の敷地となっているのだろう。建物周辺には竹っぽい植物まで植えられている始末である。今の今までザ・ファンタジーといった街中を進んでいたというのに、ひとつ門をくぐっただけでこれである。もちろん宿自体の佇まいは素晴らしいし、日本人の俺としては非常に心休まる光景ではある。あるが、しかし。
「海外旅行なのに日本式の旅館に泊まるみたいな…………なんか複雑な気持ちになりました」
「どんまい」
贅沢を言っているのは分かっている。
和風建築の建物があること自体も、然程不思議なことではない。以前に噂で聞いた程度の話だが、どうやら王国の西側には日本によく似た島国が存在しているらしい。過去には異世界人が存在していた記録もあるそうだし、その中に日本人がいた可能性はゼロじゃない。そういった前情報もあったため、そこはまだ良いとしよう。だが折角綺麗なファンタジー街にやってきたのだ、そういうのを期待してしまうのは当然であろう。故にどうしても『コレジャナイ感』が拭いきれなかった。
「…………まぁ仕方ないか。とりあえず部屋が空いてるか聞いてみよう」
「ん」
どの道他にアテなどないのだ。
微妙に期待を外され、やや落ちた気分を立て直し、旅館の前へと馬車をつける。そうしていざ馬車を降りた、その瞬間のことだった。けたたましい音と共に、宿の玄関扉が勢いよく吹き飛んだ。目を剥いてそちらを見れば、吹き飛んだ扉と共に地面へ転がる男の姿が。その向かい、宿の正面玄関には仁王立ちする女性の姿も。
それを見てぷぅちゃんと二人、互いに顔を合わせる。
「…………やっぱココやめない?」
「やめとこ」
そう、俺達はめんどくさいことが大嫌いなのだ。




