第25話 とある冒険者達が再起する話
古代遺跡シャレムを覆う森の東側に、クレーアという街がある。
田舎には違いないがそれなりに栄え、豊かな森の恵みと農作物、そしてワインで有名な街だ。
そんなクレーアの冒険者ギルドにて、とあるパーティがミーティングを行っていた。
メンバーは男女ともに二人づつの計四人。いずれも真新しい装備を身に着けた、如何にも駆け出しといった様子のパーティーだった。冒険者になりたての頃など、どんな冒険者も似たようなもの。これから始まる冒険者活動に夢を見て、期待に胸を膨らませたり。意味もなく大げさに騒いだり、なんてことのない探索で一喜一憂してみたり。微笑ましくも眩しい、希望に満ちた姿であるのが定番だろう。
しかしながら、この四人組は違った。
駆け出しには違いないが、希望などとは程遠い。
机に突っ伏す青年。頭を抱える少女。ともすれば通夜か葬式のような、非常に重苦しい空気を全員が纏っていた。
「…………ねえ。これからどうするの」
パーティーの中では最も年上であろう少女が小さく呟く。やはり声音は暗く低かった。快活な印象を受ける大きなポニーテールも、今は目に見えて萎んでいる。年頃から考えれば、髪の手入れは怠っていないはず。しかし過度のストレスによるものだろうか、やや荒れ気味で枝毛も目立っている。それが彼女の精神状態がひどく疲弊していることを、分かりやすく物語っていた。
「どうって…………それは」
そんな少女の呟きに応えたのは、机に突っ伏した青年だった。
小さく、最低限の動作で顔を上げる。腕の隙間から見える顔は整っており、平時であれば強い意思を秘めた瞳の輝きが垣間見えたことだろう。しかし当然ながら、今は見る影もない。目の周りにはクマを作り、唇もひどく乾いている。例えるなら上司の無茶振りで二徹、三徹を余儀なくされた会社員といったところだろうか。
残りの二人も似たようなものだ。
大きな帽子を被った美しい金髪の少女は、杖をぞんざいに壁へと立てかけている。
大柄な青年は兜を脱ぎ、誰よりも申し訳なさそうにその巨躯を縮こまらせていた。
「すまん。俺が穴を開けてしまったばかりに」
「いいえ…………私がもっと注意深く周囲を観察していたら、こんなことには」
「いや、僕がもっと強ければ…………」
一人が自責の念を零せば、あれよあれよと各々が後悔を口にする。
今更意味がないことだと頭で理解していても。冒険者である以上、何時でも起こりうることだと分かっていても。それでも弱音が、口を衝いて出てしまう。そうして更に陰気な空気が深くなってゆく。負の感情スパイラルが止まらない。
経験豊富なベテランであれば、失敗を失敗と認めた上で反省し、次へとつなぐことが出来る。そう、所詮はよくある話なのだ。冒険者とは命がけで浪漫に挑む者。嬉しいことがあるのなら、それと同じだけ悲しい事も起こりうる。仲間との別れは珍しいことではない。故にそんな時は、酒でも飲んで騒ぐのだ。そうして悲しみと後悔を反省へと昇華し次に進む。その繰り返しこそが冒険者であると。
しかし彼らはまだ駆け出しで、そうした『自分を納得させる方法』を知らなかった。
故に、これである。彼らが『古代遺跡シャレム』から帰還して三日、ずっとこの調子である。冒険者ギルドクレーア支部に併設された酒場の隅は、そのうちキノコが生えてくるのではと思えるほど陰鬱な空間となっていた。
彼らにとっては二度目のダンジョン探索だった。
初めての探索は上手くいったのだ。戦闘に於いては特に問題らしい問題もなく、基本に忠実な立ち回りで上手く依頼をこなせた。最初の一歩を上手く踏み出せたことで、これから先もやっていけそうだと自信をつけたところだった。そうして挑んだ二度目の探索で、彼らは仲間を失った。
仲間と言っても、臨時で雇っただけのメンバーだ。
幼い頃から行動を共にしてきた四人の絆とは比べるべくもない、ほとんど傭兵のような間柄。それでも、たとえ一時的な関係だったとしても、彼らにとっては確かに仲間であった。だからこその落ち込みであり、つまるところ彼らはひどく善良だったのだ。
「…………もう一度、せめて遺品の回収だけでも出来ないかな」
「そりゃあ、出来ることならそうしたいけど…………」
現時点で経過した時間は三日。
もう一度遺跡に向かったとして、おおよそ一週間。
人間が飲まず食わずで生存できるギリギリだ。怪我や疲労のことを考えれば、ほぼほぼ生存は絶望的といえるだろう。今からもう一度現場に戻ったところで、ほとんどただの自己満足に過ぎない。それが分かっているのならいっそ、『もういいか』と割り切ってしまえばいい。だが善良であるが故にそれができない。いつまで経っても『仲間を見捨てた』という現実が尾を引く。どうしようもなかったと理解していても、だ。
そんな彼らが最初に行き着く思考といえば当然、現場に戻ること。遺体の回収はできずとも、なにかしら形のあるものを持ち戻る。ただの綺麗事や自己満足だったとしても、なにかが救われると、そう思ったのだ。事実、彼らが前に進むためにもそれは必要なことだった。しかしポニーテールの少女が口ごもったように、それすら出来ない理由があった。
「遺跡の探索、しばらく禁止されちゃったし」
魔物の活性化に加え、遺跡方面から巨大な光の柱が発生。これらの明らかな異常事態に際し、ギルドは古代遺跡シャレムの探索を一時的に禁止としたのだ。無論、強制力は然程のものでもない。そもそも冒険者とは基本好き勝手に動き回る生き物であるため、禁止したところで無視する輩は必ず現れる。仮に禁止された場所がシャレムのような不人気ダンジョンでなく、もっと人気のダンジョンであったなら、なんの役にも立たない禁止令だっただろう。ギルドは発する禁止令とはつまり形式上のものでしかなく、『ウチはちゃんと警告しましたからね』という程度のものに過ぎないのだ。
しかし古代遺跡シャレムは不人気ダンジョンであり、禁止されずとも誰も赴かないダンジョンである。今遺跡に行きたいと思っているものなど、彼らくらいのものなのだ。そしてまだ駆け出しである彼らは、ギルドの方針を無視出来るほどの豪胆さを伴っていない。そもそもこれが形式上の指示であるということにすら気づいていない。故に彼らは動けない。陰鬱とした気分を抱えながらも、それを解決する方法が分からないでいるのだ。
こんな議論、彼らは既に何度も行っている。
この三日間、ぐるぐると同じ話題を投げては蹴ってを繰り返していた。そして今日もまた、このままなんの方針も打ち出せずに解散となるのだろう。誰もが皆そう思っていた。
しかしこの日は違った。
漸くと言うべきか、ついにと言うべきか。
最も気落ちし机に突っ伏していた青年————このパーティーのリーダーでもある彼は机を両手で叩きつつ、勢いよく顔を上げた。
「うん、やっぱりもう一度遺跡に行こう!」
その目元には相変わらずのクマが浮かんでいたが、しかし瞳は僅かに意思を取り戻していた。
「ちょっと…………もう一度行こうってアンタ、ギルドからの命令は————」
「うん、だからこっそりバレないように行く」
青年は昔から真面目な性格だった。
幼い頃から彼を知っている仲間達もみな、彼がルールを破っているところなど見たことがなかった。故にこうして堂々と『ルールを破る』と宣言する姿を見て、驚きを隠せなかった。だがそれと同時に融通こそあまり利かないが、実直で一度決めたことは必ずやり抜く男だということも知っていた。危険と言われようとも、成すべきことに向かって真っ直ぐに。そんな彼を慕うからこそ、今もこうしてともにいるのだ。
「ふふふ…………そうですね、行きましょう」
「…………そうよね。ウジウジ悩むくらいなら、取り敢えず行動したほうがマシだわ」
「ああ、それでこそ『勇気』の加護を持つ男だ」
それまでのしかかっていた重い空気が、青年の一言だけで一気に霧散する。
「よし、そうと決まれば出発だ!」
目的はただひとつ。わずかな時間とは言え仲間であった、ニーヤの遺品回収だ。
そうして四人は、吹っ切れた様子でギルドを飛び出した。遺跡なんぞはとうに崩壊していることなど、彼らは知る由もなかった。




