第24話 怪しい人影とかませ役
数日ぶりに戻った俺達を、村長一家は再び歓迎してくれた。
その日の夕食時に、今回起こった出来事を説明した。ゴブリンの巣を潰した件や、遺跡が崩壊していた件についてだ。
「えっ、ドラゴンですか!? そんな…………」
「ああいや、もういないからヘーキヘーキ。一応実地検分ってことで、スィーリアの冒険者ギルドから何人か派遣されてくるらしいっすけど」
先にドナドナされたアム曰く、ドラゴンが出現したこと自体はギルドに報告せざるをえないとのこと。俺達が遭遇した個体はまだ幼竜だったということもあり、最悪の場合はもう一体、親竜が現れる可能性もあるそうだ。これがそこらのちょっと強いだけの魔物であれば、わざわざ検分など行われない。しかし相手はドラゴン、大規模討伐隊を結成してなお足りない相手である。故に今後の事を考えれば、現地調査をしないわけにはいかないのだとか。
ちなみに表向きは、アッシュがドラゴンを撃退したということで口裏を合わせている。ドラゴンの出現については報告せざるをえないが、しかしこっそりひっそり旅がしたい俺達にとって、ドラゴンスレイヤーなどという称号は邪魔でしかないからだ。そういった理由から、この話は俺の方から申し出た。手柄を横取りする形となってしまうため、アッシュは非常に申し訳なさそうな顔をしていたが。
また同じ理由で、ぷぅちゃんの異次元バッグに収納されているドラゴンの死体も、一般ルートでは売りに出せない。ドラゴンの死体といえば、全身余すことなく使える超貴重素材だ。金に変えられないのは俺達にとって非常に大きな痛手となる。この話を聞いた時、臨時収入に喜んでいた俺はひどく落胆したものだ。しかしこれについては、アムが秘密裏に買い取ってくれるらしい。やはり縋るべきは権力。バックはデカければデカいほど良いと、俺は改めて痛感した。
そうして村長の家で一泊した、その翌日。
アム達に遅れること一日、出立の準備を終えた俺達は村の入口にやってきていた。
「ホントにもう行っちゃうんですか? もっと滞在してくれても…………」
忙しくて来られない村長に代わり、娘さんが見送りに来てくれた。
眉をハの字に歪ませ、潤んだ瞳でぷぅちゃんの方を見つめる娘さん。このどすこい幼女の何処をそんなに気に入ったのやら。確かに可愛らしい容姿ではあるが、割と毒舌ですよこのコ。
「いえ、お気持ちだけで。いくつかやらなければならないことも出来ましたので。本当に、お世話になりました」
「…………またいつでも来てくださいね」
娘さんに惜しまれつつも、俺達は馬車へ乗り込む。
アムの置いていった馬車は俺の使っていたボロ馬車と違い、がっつりカスタムされた高級馬車で馬も良い。もちろん以前の馬にも愛着はあったが、それなりに高齢の馬だった。牽引能力の良し悪しで言えば、まぁ悪いほうだったろう。果たして、今も元気にしているだろうか。そんな風にかつての相棒へ思いを馳せながら、俺達はスィーリアへ向けて出発した。
道中でグリフォンと遭遇したり、他にも色々とトラブルはあったのだが————それはまた別の話である。
* * *
古代遺跡シャレム。
最強幼女兵器の放った極致魔法と、ドラゴンが大暴れしたことによってすっかり崩壊してしまったこの場所を、怪しい人影が静かに見下ろしていた。
大きくスリットの入った、まるで修道服をアレンジしたかのような独特な衣服。顔を隠すようにフードを目深に被っているため表情は読み取れないが、大きく服を押し上げるふたつの膨らみより、この人物は女性であるということが見て取れる。何より目を引くのは、左手に保持した巨大な武器だ。美しい意匠に陽を反射して輝く刃。それはおよそ市販のものとは思えない、いっそ神々しさすら覚えるほど見事な斧槍であった。
「これは…………」
こんな山奥の森にあって、不思議と衣服には汚れひとつ見当たらない。そのあまりの場違い感は、どこぞの幼女が着ているドレスに酷似している。しかし今、そんな幾重にも魔法が付与されたローブは震え、手にした買い物鞄もわなわなと揺れていた。その所作からは、明らかな動揺と焦りが見て取れた。
「一体何が…………」
独りでに小さく呟く。
思わず溢れたという表現が相応しい、そんな声だった。
ニーヤと幼女が出会うきっかけとなった『遺跡周辺で度々目撃されている、怪しい人影の調査』というギルドの依頼。実は彼女こそが、まさにその『怪しい人影』であった。とはいえその依頼は失敗に終わり、加えてこの場には既に誰も残っていない。現状を正しく把握している者など皆無だが、ほとんど奇跡的なすれ違いであった。
「それにこの気配…………まさか目覚めたというの?」
女性が目を閉じ、気配を探るように眉を潜ませる。
そして気づく。この遺跡にあったはずのものが、今はさっぱり消えていることに。
「でも一体誰が、どうやって? 私ですら『彼女』を起こせなかったというのに」
怪しい女性が独り呟く。
当然ながら、その疑問に答えられる者は居ない。
居ないが、しかし別の招かれざる客はやってきた。
一斉に逃げ出す森の鳥たち。徐々に大きくなる羽ばたき音。威嚇にも似た低い唸り声。眼下に影を作る巨体。現れたのは、ニーヤ達が倒したものより更に大きなドラゴンだった。そうしてドラゴンは広場に降り立つなり、何かを探すように広場を睥睨する。近くの崖から広場を見下ろしている怪しい人影には、まだ気づいていない様子だった。そうして我が物顔で広場を闊歩し始めるドラゴン。当然、遺跡の建造物を踏み潰しながら。
瞬間、ドラゴンの首が根本から消し飛んだ。
ドラゴン本人でさえ何が起こったのか理解出来ていない。宙を舞うふたつの瞳は、のんびりと自身の身体を眺めていた。
「誰の許可を得て此処を荒らしているのですか、トカゲ風情が」
そう吐き捨てる女性の腕が、いつの間にか斧槍を振り抜いた姿勢で止まっていた。
ただの一撃————否。ほんの一瞬の出来事。物語にも最強と謳われる、本来無敵であるはずのドラゴン。それがいとも容易く処理されたのだ。仮に誰かがこの場を目撃していたとしても、まず状況の理解は出来ないであろう。そんなバカげた光景であった。
それほどの事を為したというのに、しかし女性はドラゴンになどまるで興味がない様子で。
その場に崩れ落ちる死体には一瞥もくれず、やはり小さな声でこうつぶやいた。
「今私が探しに参りますからね————姉さん」
ニーヤ達がもう少し遅ければ。
或いはこの女性がもう少し早ければ。
もしかすると両者は、ここで遭遇していたのかも知れない。




