第23話 既視感(哀れみ
「やーっと帰ってきたっす!」
開口一番、少女はそう言った。
柔らかな栗色の髪をツーサイドアップに結い上げた、人懐こそうな少女だった。まだ僅かに幼さの残るその顔立ちは、凡そ国の治安を守る騎士団員のものとは思えなかった。
「いつもお迎えすまないね、アルマ」
「そう言うなら団長、突然失踪するのはやめて欲しいんすけど」
「ゴメンゴメン。でも、置き手紙はしておいたはずだよ」
「行き先書かないと意味ないっす」
今回のようにアムがアッシュを連れ回すのは、今に始まったことではないらしい。アルマと呼ばれた少女はすっかり慣れっこといった様子であった。今も可愛らしくぷぅと頬を膨らませているが、不思議とわざとらしさのようなものは感じない。アッシュへの不満もどこか『仕方がない』という許容と諦念が垣間見え、上司に対するものとしては言葉遣いも無遠慮で。それでいて憎たらしくは感じさせない、総じて高い後輩力を持つ少女だった。
そしてその隣には、やや不機嫌そうな顔をしたゆるやかウェーブヘアの女性。メガネを着用しているあたり、恐らくはこちらがアムの助手だろう。成程確かに、男ウケの良さそうな容姿をしていた。といってもあくまで俺の主観で、かつ現代日本人的な感覚で見ればの話だが。この世界に於いてこれが『あざとい』ということになるのかどうか、異世界歴の短い俺には分からなかった。あと、彼女は何故か頑丈そうなロープを手にしていた。
「いや違うんだよ、リサ」
「まだ何も言ってませんけど」
そんな助手くんの視線に耐えきれなかったのか、アムが初手で言い訳を放つ。そしてばっさりと切り捨てられていた。うんうん、わかるよ。それ言う奴は大抵『違うくない』ヤツだからね。後ろめたいことがある奴しかその台詞吐かないからね。
「いやホントに、今回は違くて」
「まだ何も言ってませんけど」
リサと呼ばれた女性の目が俄に釣り上がる。その顔はまるで、悪いことをしたのに嘘をつき、適当な言い訳で誤魔化そうとする子供を叱りつけているかのようであった。
「先に言わなきゃダメな言葉、ありますよね」
「うぐっ…………ご、ゴメンナサイ」
共犯といえば共犯ではあるものの、アッシュは連れ回されている側だ。しかしアムは主犯である。副官の怒り具合に差があるのは当然であろう。おまけに初犯ではなく常習犯なのだから、助手にかかる負担と迷惑は相当なもの。普段からヘラヘラしていることの多いアムだが、今ばかりは本気で反省しているように見えた。
「よろしい。それじゃあさっさと帰りましょう。師匠が消えていたこの数日間、また大量の仕事が————」
とはいえやはり慣れたもの。説教をところで今更アムの脱走癖が治るわけでもないと、既に諦めているのだろう。そうしてリサは大きなため息をひとつ零したあと、やれやれと言った様子で踵を返そうとした。しかしそんな彼女の背中に、悪びれもなく待ったがかかる。
「あ、いやそれは無理」
「……あ゛?」
直りかけたリサの機嫌が一転、再びどん底へ。傍で聞いていた無関係の俺でもちょっとビビる程の冷たい声で、アムのほうへぐりんと振り返る。
「声低っ、怖っ。いやほら、まだ彼らとする話があってだね…………」
「…………この方々は?」
じろりと、やや訝しげな視線が俺を射抜く。
値踏みするような無礼な視線ではないが、さりとて友好的とも言い難い。まぁこんな如何にも『冒険者崩れですよ』みたいな格好をした俺と、やたらと豪奢なドレス幼女なのだ。おまけにどちらも、一見してこの村の住人でないと分かる。であれば訝しむのも当然のことであろう。
「ニャーくんとぷぅくんだ。今回は無理を言って彼らに協力してもらったんだよ。だからお礼をしないと————」
「…………また見知らぬ方に迷惑をかけたのですか」
額に手をあて、再び大きなため息をひとつ吐き出すリサ。そうしてこちらへ向き直り、彼女は深々と頭を下げた。
「この度はうちの師匠がご迷惑をおかけして、大変申し訳ありませんでした」
「あ、いえ」
それは現代日本で生活していた俺にとって、ひどく見慣れた光景だった。まあ普通は部下の失敗を謝罪するために上司が頭を下げるわけで、今回の場合はまるきり逆なのだが。とはいえ、この一連の流れから分かったことがいくつかある。それはこのリサさんが、非常に常識的で真面目な人物だということだ。そして日頃からアムに振り回され、それはもう苦労しているのだろうということ。助手と言うからにはほとんど毎日共に居るわけで、その苦労は恐らくアッシュの比ではないだろう。
「た、大変そうですね」
「それはもう」
にこりと、疲れた顔で小さく笑うリサさん。
これもまた見慣れた顔だ。彼女とは仲良くなれそうな気がする。
「というわけで、ボクは彼らと話があるのさ。だから今日はこの村で一泊して————」
「ダメです」
「明日ゆっくり…………なんで!?」
「先ほど申し上げましたとおり、既に放置出来ないほど依頼が溜まっています。筆頭魔技師としての自覚をお持ち下さい。それにお世話になったというのなら尚更、謝礼は後日改めて行うべきです。ですので許可できません、すぐに帰ります」
言うが早いか、手にしたロープで素早くアムを簀巻きにするリサさん。あまりの鮮やかな手際に、思わず目を奪われてしまった程である。
「うぉー! 離せーッ! 師匠にこんなことして良いと思ってるのかーっ!?」
肩の上でジタバタと暴れるアムを無視し、リサさんが俺に小さな紙を手渡してくる。
見ればそこには『スィーリア魔導開発局』の文字と、続けて『リサ・エインス』という名前が記載されていた。
「え、名刺?」
よもやこちらの世界に名刺などという文化があるとは思っておらず、つい驚きが漏れてしまう。
「大変恐縮ですが、こちらまでご足労願えますでしょうか。ご都合の良い時で構いませんので…………ぜひ謝礼を」
「あ、はい」
元よりアムの研究所には用がある。
というよりも、次の目的地は既にそこへと定めている。これから先のことを考えれば、色々と知っておかなければならないことが多いからだ。故にこちらから出向くのは問題なかった。強いて問題を挙げるとすれば足がないため、同行させてもらった方が楽だなぁということくらいか。
「くそっ…………ニャーくん! すまないがそういうことだ! ボクの馬車をおいていくから使ってくれ! 絶対に来てくれよ!? 絶対だぞ! なる早で!」
「あ、ああ……なんか哀れだな」
「あわれ」
簀巻きにされ担がれるアムは、俺ばかりかぷぅちゃんにまで憐れまれる始末であった。
「うるさいよ! いいかい、契約は絶対だぞ! 忘れたら承知しないからな!?」
「わかった、わかったから」
ドナドナされるアムを見送り、小さく息を吐き出す。
そうして嵐が去ったことに安堵していると、不意に尻を撫でられた。
「ひっ!?」
「それでは我々も失礼します。そうそうニャーさん。スィーリアに着いたら、是非ウチの詰め所にも寄ってくださいね」
ひらひらと手を振りながら去ってゆくアッシュ。こちらにペコリと一礼し、それに続くアルマ。初めて会った時はさわやかイケメンだと思っていたのに、今となってはただの変態にしか見えなかった。
「にゃー、おしりびんかん」
「違うわ!」




