第22話 年上には敬意を払いましょう
古代遺跡での一悶着後。
俺達は往路と同じく途中一泊を挟み、森の外に停めておいた馬車でレーテ村へと戻ってきていた。アムの目的である『遺跡の調査』は無事終了。俺とぷぅちゃんの道案内もこれにて終了。いろいろとハプニングこそあったものの、結果だけを見れば万々歳。ドラゴンの死体という思わぬ収穫もあった上に、今後の協力者も獲得できた。なべて世は事もなしである。
ガタゴトと揺れる馬車の上、うんと背伸びをしたアムが感慨深そうに呟く。
「いやぁ、なかなかに有意義な調査だったね」
「死ぬ一歩手前だった気がするんだが? 異世界人の感覚やっぱおかしいよ」
有意義だったかどうかは知らないが、少なくともヘラヘラと笑って語る内容ではなかったように思う。現代日本風に言い換えるなら、『トラックに轢かれたけど軽症で済んだ』とか『頭上から落ちてきた看板がギリギリ外れた』くらいの出来事ではないだろうか。なんならそこに『奇跡的に』を付け足してもいい。数年後の語らいであればいざしらず、昨日の今日で笑い話に変えられるのは普通にイカれている。少なくとも俺にはまだ、アムのように面白おかしく振り返ることが出来ない。異世界人恐るべしである。
「なに、キミもそのうち慣れるさ」
「慣れてたまるか」
確かに、この世界を旅する決意は固めた。
自身の力ではないからと忌避していた『ヤニの加護』も、ぷぅちゃんを守る為なら使おうと決めた。
しかし————しかしだ。危険は当然避けたいし、可能な限りゆったりまったり旅をしたい。そのついでに帰還方法や転移の原因が探れれば理想。それが俺の基本方針だ。郷に入っては郷に従えなどと言うが、こんな物騒な郷になど入りたくはないのが本音である。人の本質なんてそう簡単に変わるものかよ。
「さて、では今後の予定を確認しておこうか。キミ達の事情を鑑みるに、村人の前では話せない事も多いしね」
「意外とそういうとこちゃんとしてるんだよなぁ…………」
騎士団長であるアッシュを個人の都合で勝手に連れ回したり、危険なダンジョンの調査に自ら赴いたり。時間節約のためだけに高価なポーションを差し出したり、果てはぷぅちゃんを見てハァハァしたり。興味と好奇心が先行し、突飛な行動が目立つ変態マッド科学者にしか見えないが————意外や意外、アムは普通に常識人である。聞けば強制的に連れ出されたアッシュも、実は急ぎの仕事はないらしい。だからといって連れ出していいという事にはならないが。
「ひとまず村で一泊させてもらって、明日の昼にスィーリアへ向けて出発しよう。落ち着いた場所で話もしたいしね。で、その後はボクの家————もとい魔導具開発局でいろいろとチェックだ。ニャーくんの『加護』についてと、ぷぅくんの身体について。無論助手は付けずに、ボクだけで行うから安心してくれたまえ。とりあえずはこんな感じでどうだい?」
「ああ、それで構わない。世話になるよ」
「なに、ボクにとっても良いコトだらけの話だ。気にすることはない」
おまけに気も良いと来ている。
有事の際は真っ先に自分が前へ出るなど、なかなかどうして人格者である。少々小柄に過ぎる部分を除けば容姿も良い。もし俺がラノベや漫画の主人公なら、迷わず言い寄っていたことだろう。とはいえ主人公が俺みたいなおじさんだった場合、どう頑張っても姪っ子にしか見えない。故にそんなことにはならないわけだが。閑話休題。
「皆さん、村が見えてきましたよ」
そうして今後の方針を固めたところで、御者席に座るアッシュから声がかかった。
釣られるように前方へ視線を向ければ、どこかホッとさせられる木製の柵が見える。色々とハプニングがあったせいだろうか。ほんの二、三日ぶりだというのに、その柵と門がすっかり懐かしく思えた。
そんな風に考えていた時だ。
ふと、門のそばで動くふたつの人影が見えた。まだ距離があるためにはっきりとはしないが、なにやらこちらを見て大きく手を振っている様子。村長と娘さんが出迎えにでも来てくれたのだろうか、などとも思ったが、しかしどうも違うらしい。ふたつ見える人影のうち、その片割れが何かを叫びつつぴょんぴょんと跳ねている。娘さんはそういった元気タイプの女性ではなかったし、オッサンの村長は言うに及ばず。いやまぁ、仮にオッサンが可愛らしく跳ねていたとしても悪いとまでは言えないが。
「何だ? 出迎え…………なワケないよな。言っても俺等は所詮村外の人間だし」
怪訝な顔をする俺を見て、アムもまた目を細めて前方を見つめる。
「…………む? うーん、遠すぎてボクには見えないな」
元々視力が悪くはなかったが、さりとて特別良いというワケでもない。精々が左右どちらも1.0、あるいはそれより少し下といったところだ。少なくとも、まだうら若いアムより視力が良いとは思えなかった。だというのに、俺には見えてアムには見えない。そうして不思議に思ったところで、ふと手元の煙草が視界に入る。どうやら『ヤニの加護』によって視力もいくらか上昇しているらしい。
薄々感じてはいたことだが、この能力は『何が出来て何が出来ないのか』の把握が難しい。恐らくは身体強化に類する能力なのだろうと予想していたが、もしかするともっと汎用性の高い力なのかもしれない。この力を使うと決めた以上は、このあたりの把握も重要となってくるのだろうか。アムのところで何か分かれば良いのだが————ともあれ今は置いておく。
「アッシュは見えるか?」
「ええ…………まぁ、そうですね。はい」
ならばとアッシュに話を振ってみれば、やはり彼にはしっかりと視えていたらしい。
こと身体能力という点で言えば、この場で最も優れているのはアッシュだ。しかし返ってきたのは妙に歯切れの悪い言葉。加えてその表情もいくらか曇っているように見える。そのハッキリとしない態度を不審に思い、俺は頼れる相棒に声をかけた。
「……? ぷぅちゃん、見える?」
「しらないおんながふたり」
流石は最終兵器ぷネキ、望遠もバッチリである。
ぷぅちゃん曰く女が二人、門で待ち構えているとのこと。つまり村長と娘さんではないということだ。
「何ッ!? もしかして————ぷぅくん、その女はメガネを掛けているかい?」
「かけてる」
「髪型は!?」
「あざとい」
酷い言い様である。しかし残念ながら、ぷネキは嘘が吐けない素直な幼女なのだ。
そんなあまりにもな形容ではあるが、どうやらアムはその二人組みに心当たりがあるらしい。ぷぅちゃんの言葉を聞いた途端ゲンナリとし、露骨に顔を歪めた。
「二人の知り合いか?」
「ああ。ボクの助手と、恐らくはアッシュの副官だね。度々時間がないと言っていただろう? ヤツらはいつもボクの邪魔をする」
「当たり前なんだよなぁ」
むしろ元社会人の俺としては、その助手くんと副官さんにこそ同情する。
お偉いさんが持ち場を離れてふらふら遊んでいるのだ、部下が連れ戻しにくるのは当然のことだろう。
「ちゃんと迷惑かけてゴメンナサイするんだぞ」
「……キミ、もしかしてボクのことを子どもだと思っていないかい」
「まだ十代かそこらかと思ってるけど…………違うのか?」
「ボクはハーフリングだよ。多分キミより年上だぜ」
「…………マジかよ」
ドラゴンやらぷぅちゃんの凄まじい魔法やら。
今回はいろいろと驚くことの多い旅だったが————これが一番の驚きだったかもしれない。




