第28話 働きたくないでござる
スィーリアにほど近い森の中を、俺は全力で走っていた。
「うぉおおおおやべぇやべぇやべぇって!」
ちらと背後を振り向けば、鬼の形相でこちらを追いかけてくる巨大鳥の姿。ダチョウやエミューといった大型の平胸類に酷似しているといえば、大凡のイメージは伝わるだろうか。鋭い嘴は大人の顔ほどもあり、もし突かれでもすれば『痛い』では済まないことだろう。やつらにはお馴染みの、ライオンすらも蹴り殺すと言われる強靭な脚力も健在だ。お前は本当に鳥類なのか、と言いたくなるほど両足は太く、またびっしりと鱗に覆われている。ヒクイドリとダチョウを足して二で割ったような鳥であった。
森と言ってもまだ浅い場所で、地面も比較的平坦。
故に、奴らご自慢の脚力もまた遺憾無く発揮される。まばらに生えた木々が無ければ、俺のようなオッサンはあっという間に追いつかれていただろう。というか既に何度かケツを突かれている。本当に、俺の脚力ではギリギリの追いかけっこなのだ。
「こちとらヤニカスだってのに! 体力があると思うなよ!?」
木々を縫うように蛇行し、目的地へと急ぐ。
目印は樹上の枝に刻まれたバツ印。それを認めると同時、俺はすぐに脇の茂みへと飛び込んだ。そうしてデカ鳥が目印の真下まで来た時、大きな声で相棒に合図を送る。
「はぁっ、はぁっ————ぷぅちゃん!」
万が一にも流れ弾を受けないよう、同時にその場でへかがみ込む。
瞬間、ぷぅちゃんの指先から放たれた閃光が、射線上の木々ごと巨大な鳥を貫いた。一体どういう魔法なのかは分からないが『じゅっ』という音が小さく聞こえるあたり、恐らくは熱量を持った光線————ビーム的なものだろう。実際、ぷぅちゃんも『ゆびーむ』などと呼んでいた。
とはいえ所詮は幼女の指先サイズしかない光線だ。
直径一センチ程度の穴を穿ったところで、普通に考えれば、この巨大鳥がどうこうなる筈もない。体が大きいということは、それだけである程度の耐久力を保証する。銃でクマを撃ったところですぐには死なず、そのまま突っ込んでくるのと同じ事だ。正確に急所を射抜けないのであれば、効果的とは言い難い。
しかし巨大鳥は、その場であっさりと絶命した。
走る勢いをそのままに崩折れ、自らの巨体を枯れ葉の絨毯へと滑らせる。そのままびたんびたんと転げ回り、数十メートルも進んだところで漸く死体は停止。それを茂みの陰から視認したところでようやく、俺は巨大鳥の方へと近づいた。もちろん、いつも以上に慎重な足取りでだ。そうして事切れた鳥の面構えを確認し、次いでのんびりとこちらへ向かってくるぷぅちゃんに告げる。
「…………誤チェストにごわす。こや目当ての魔物やなか」
「またにごわすか」
「…………俺から始めておいて何だけど、だからなんでこんなネタ拾えるのキミ」
「わたしのちしきは————いかりゃく」
「あんま兄貴が漫画読んでるとこ、見た記憶ねぇんだけどなぁ」
俺達が行っていたのは、いわゆる『巻狩』だ。
本来は獲物を追い立てるはずの勢子が、魔物に追われて逃げ回ったり。
射手がその場から微動だにしなかったりと、厳密には違うのかもしれないが。
たった今俺達が仕留めたコレは『アングリーバード』と呼ばれる鳥型の魔物だ。魔物としての格はそれほど高くないが、正確はとにかく好戦的で獰猛。人間が視界に入るや否や、ところかまわず突っ込んでくるはた迷惑な魔物である。とはいえ前述の通り大して強くはないため、一般的な冒険者からすれば脅威ではない。ゆえに初心者向けの魔物とされ、ゴブリンと並び愛されて(?)いる。なお素材は安価であり、稼ぎにはならないことで有名だ。ついでに肉も固く不味いらしい。
「これで三匹目か……いや一応鳥だし、三羽目っていうべきなのかね。こりゃあ長期戦になるかもしれんね」
「めんどくさ」
ぷぅちゃんが近くの倒木に腰掛ける。
そう、俺達の目当てはこの『アングリーバード』ではない。この迷惑な鳥によく似た魔物、『カウアードバード』を探していたのだ。このカウアードバードはその名の通り非常に『臆病』で、『自分よりも弱い相手』の前にしか姿を見せないという特徴を持つそうだ。そのため目撃例も少なく、非常に希少性の高い魔物と言われている。素材は高値で取引され、かつ肉もまた高級食材として知られている。柔らかく脂の乗ったその肉は、貴族たちの間でも大変評判なのだとか。
しかしここで問題がひとつ。
それはカウアードバード自身が非常に弱いということ。
その弱さときたら仮にも魔物だというのに、そこらの子供ですら退治が可能なほど。そのくせ相手が格下でなければ姿を見せないというのだからタチが悪い。ゆえにカウアードバードの素材や肉が出回るには、ほぼほぼ偶然に頼るしかないというのが現状であるらしい。
ここまで説明すれば、俺達の目論見は大凡分かってしまうことだろう。
つまりはヤニ抜き状態の雑魚おじさんをエサに、激レア高級魔物を狩ってお金を稼ごうというわけだ。なお先に弁明しておくが、俺も流石に子供より弱いということはない。が、カウアードバードから舐められる程度には弱いと、そういうことだ。
さて。
ではなぜ面倒くさがりな俺達が、こうして働いているのか。
その理由は『雪の窓亭』で発生した、とある出来事が原因だった。
時は数時間前。ふかふかの布団で一夜を明かした俺達が、のんびり朝食をとっていた頃にまで遡る————。




