第19話 多分逆関節タイプ
もしかしたらお気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、第17話を飛ばして18話を投稿してしまいました。大変申し訳ございません……
というわけで、まだの方は戻って頂ければ幸いです……
それは真紅の線だった。
蒼く晴れ渡る空に、一筋の境界が引かれる。
線は空を横断し、少なくとも視界全ての空を上下に二分する。
相対するドラゴンの首、ちょうど顎下あたりを巻き込んで。
瞬間、空の上半分が紅蓮に染まった。
炎が燃えるような、そんな激しい音は聞こえなかった。ただ一瞬、耳鳴りのような高音が一度響いただけ。
「うぉっ…………あ、えっ」
その凄まじくも美しい光景に、馬鹿みたいな声が漏れる。
それは『燃える』などというありきたりな現象ではなかった。
例えるなら太陽だ。境界の上半分が、ごっそり丸ごと太陽になったかのような。いやまぁそのあたりの理屈に詳しいわけじゃないし、ただのイメージでしかないが。あるいは地獄とでも呼ぶべきだろうか。とにかく凄まじい高温が発生していることだけはすぐに分かった。大きな音を立てて崩れ落ちたドラゴンの断面が、先の一瞬だけで真っ黒に炭化し発火していたからだ。
上に置き去りとなった頭部については言うに及ばず。
肉眼では確認出来ないが、恐らくはもう無くなってしまったのだろう。高温には殊更耐性があるはずの竜種の身体が、ほんの一瞬で。そんな凄まじい光景が目の前で広がっているというのに、境界の下側では不思議と熱さを感じない。先程までの爽やかな空気がそのまま漂うのみで、それがまた余計に怖かった。
そうして呆けつつ、赤い空を見上げること十数秒。
ガラスが割れるように澄んだ音が聞こえたかと思えば、頭上に顕現していた地獄は瞬きのうちに消え去っていた。まるで何事もなかったかのように、再び降り注ぐ太陽の光と泳ぐ雲。果ては爽やかな風まで吹く始末。目の前に横たわる巨大な死体がなければ、きっと夢か何かと錯覚していたことだろう。そんな幻のような十数秒だった。
「ふぁっきゅ。ぷぅでした」
俺の肩の上、まるで『ごちそうさまでした』くらいのテンションでそう呟くぷぅちゃん。というか、あの五本指は五分じゃなくて五秒だったのね。おかげで命拾いはしたが、しかし正直に言って、こんなぶっ飛んだ魔法が飛び出すなどとは微塵も思っていなかった。魔法に詳しくない俺でも流石に分かる。間違いなく、今ぷぅちゃんが放った魔法は『異常』であると。今の『えればす』とやらに比べれば、先のごんぶとビームはまだ大人しい部類だったとさえ言えるだろう。
「つか、十分じゃなくて十秒なんかい。いや助かったけど」
とはいえ、だ。
ドラゴンを倒せるだけの魔法と、というオーダーは完璧に————否、完璧以上にぷぅちゃんはこなしてくれた。オーバーキルが過ぎるような気もするが、足りないよりは良いだろう。大は小を兼ねるというやつだ。アム達の追求は免れないであろうが、それに関しては既に諦めがついている。二人のことは既に信用しているし、吹聴さえされなければ問題ない。強いて言えば説明が面倒なことと、どこまで説明するべきかが難しいくらいか。
「どう? たのしい?」
そっと地面にぷぅちゃんを下ろせば、眠そうな瞳でこちらを窺っている。
そんな彼女に掛ける言葉など、俺にはひとつしか思いつかなかった。
「最高だったぜ」
「むふぅ」
満足そうに目を細めるぷぅちゃんを横目に、俺はそっと煙草を咥えた。
* * *
「…………何か隠しているとは、思っていた、けれど」
目の前の光景が信じられなかった。
隣のアッシュを見てみれば、やはり呆然と立ち尽くしていた。
無理もないだろう。それほどまでに圧倒的な光景だったから。
「アム。僕は君ほど魔法に詳しくない。だから聞きたいんだけど…………アレは本当に魔法なのか? あんな…………」
アッシュは謙遜してそう言うが、少なくとも平均以上の魔法知識は持っている。元冒険者であり、騎士学校出のエリートで、なおかつ魔術師とも戦う現役騎士なのだ。魔法の知識が無いなんてことはない。少なくとも世に出回っており、かつ戦場で使用される魔法については網羅しているハズだ。そんな彼でさえ、見たことも聞いたこともない魔法。もはや魔法であるかどうかすら疑わしいほどの大魔法。
本職の魔術師ですら、まず間違いなくあの魔法の正体は分からないだろう。
けれどボクには心当たりがあった。何故ならアレはきっと、魔法学というよりむしろオカルトに類する代物だからだ。
「確証はないけど…………でも多分、あの魔法は『分かつ高貴の赤』だ」
「……エレバス? 聞いたことがないな…………まさかあんな魔法がこの世に存在するなんて」
「馬鹿言え。『エレバス』は存在しないハズの魔法だよ。ほとんど与太話、あるいはおとぎ話に近い。実在しているなんて考えているヤツは、少なくともボクの知る限りはいないよ。そういう類の魔法のハズ、だ。多分」
「へぇ…………アムにしては珍しく、歯に物が挟まったかのような言い方だね。一体どういう意味だい?」
それはとある時代の古文書に、まるで落書きのような形で残されていたモノ。現代ではごく一部の魔術師や歴史化、考古学者が『そういう記述があった』といった程度に知るのみで。当然詳しい発動方法などの記述はなく、ただ理屈上は可能というだけの妄想、あるいは古代人の夢物語とされている。国を代表するような大魔術師を最低でも十人以上集め、その上で馬鹿みたいに長い詠唱を何時間もかけて行い。そうすることでようやく発動することが出来るという、なんともバカバカしい五つの魔法。
『塞ぐ静寂の青』
『満たす燦然の黄』
『穿つ純真の白』
『微睡む不浄の黒』
そして最後に、『分かつ高貴の赤』を加えて五つ。
魔法はその規模や威力によって位階を定められているが、現在その最上位は十位階魔法とされている。けれどこの五つの魔法はその十位階を超えた『極致魔法』として記されていた。つまりこれは少年少女であれば誰もが一度は考えるであろう、いわゆる『僕、私が考えたさいきょうの魔法』ってヤツだ。こんなもの、まともな大人が信じるハズがない。
そのハズだったのに。
「成程ね。つまりは遥か昔の古代人が考えたであろう『さいきょうの魔法』が、どういうわけか今目の前で実際に行使されている、と?」
「何度も言うけど確証はないぜ。でも多分、ね。さて、これはいよいよ彼らを問い詰める時が来たようだ」
「…………秘密にするって約束してなかったかい?」
「無論約束は守るさ。上には何も報告しないし、吹聴もしない。でも個人的な追求をしない、とまでは言わなかったろ?」
ボクの屁理屈に、アッシュが呆れ顔でため息を吐き出す。
だって仕方ないだろう。これはボクの個人的な知識欲、生まれついての性だ。知らないものがあれば知りたいし、気になることがあれば調べたい。それが古代のあれこれに関わることであれば尚更に。彼らの『秘密』と『古代遺跡シャレム』に関係があることは、ここまでの態度を見れば明らかだ。彼らの秘密を知ることで、もしかすると失われた過去の技術や歴史、その秘密の一端を紐解くことが出来るかも知れない。
僅かにでもその可能性があるのならやってみるべきだ。
少なくとも、聞くだけならばタダなのだから。
空が再び晴れ渡り、怪しい二人組がこちらへ戻ってくる。
如何にも疲れたといった様子のおじさんと、何を考えているのかまるで分からない少女。
さてさて、一体何から聞いてやろうか。回りくどいのは嫌いだし、とにかく核心から聞いてみようか。この後に控える質疑応答を思い、自然と口角が上がるのを感じる。
「単刀直入にいこう。君たちは一体何者なんだい?」
そんなボクの直截な問いかけに、二人の不審者はこう答えた。
「ぷぅはぷぅ」
「どうも、脚部パーツです」
張り倒してやろうかと思った。




