第18話 えればす
私のミスで、誤ってひとつ話を飛ばして投稿しております。
大変お手数ですが、ひとつ前の話(17話)からお読み下さいませ……
「倒す!? アレを倒すだって!?」
アムが目を見開き、後方を指さす。
かなりの距離を稼いでいたというのに、その巨体はもう肉眼で見えるところまで来ていた。
「アレは本来、討伐隊を結成してどうにか追い払うってレベルの相手なんだぜ!? 一体どうやって!」
「そこはまぁ、秘密というか」
秘密といっても、別に難しいことじゃない。
言葉にすれば至極単純、俺が担いで走ってぷぅちゃんの魔法で倒す。謂わば移動砲台作戦だ。それが難しいんだろうと言われればその通りなのだろうが、他に説明のしようがない。そんなバカみたいな作戦ではあるが、見なかったことにするという確約が貰えるまでは、詳細を説明するわけにはいかない。
「勝算はあるのですか? 私も先ほど『剣があれば』とは言いましたが、それでも倒せるとまでは言えません。アレはそれほどの相手ですよ」
「無けりゃこんなこと言い出さないさ。秘密にしてくれるなら、きっとなんとかしてみせる…………多分」
「ふふ、なんですかそれは」
くつくつと、整った顔を崩して笑うアッシュ。
仕方ないだろう。心機一転やると決めたはいいが、この作戦のカギを握るのは——情けない話ではあるが——やはりぷぅちゃんなのだ。俺だって彼女と知り合ってまだ一週間かそこら、絶対に大丈夫とは言い切れない。だが少なくとも、俺みたいな『なんの実績もないおっさんが珍しくやる気を出した』なんて出来の悪い妄想話よりはよほど成算が高い。なにしろぷぅちゃんには実績がある。ダンジョンの地下から地上まで、果ては遥か彼方の山(ドラゴン在住)までをも一瞬で吹き飛ばしたのだから。
人はそう簡単に変わりはしない。確かにやり抜く覚悟は決めたが、俺一人でどうにか出来るなどとは思っていない。根拠のない願望や希望的観測、あるいは妄想で蛮勇を披露出来るほど、俺は若くない。気持ちひとつで現実を覆すことが出来るなら、人生はもっと簡単だ。
だからこそ。
俺は俺を信じてなどいないが、兄貴が残したこの少女を信じると、そう決めた。
そんな彼女の相棒として、今の俺に出来ることを精一杯する。そう決めた。それだけのことだ。
「アム、私は任せてもいいと思います。ダメそうなら割って入ればいい」
「ッッ…………分かった、分かったよ。何をするつもりかは知らないけれど、キミたちに賭けよう。内密にするという話も、誓って守ろう」
苦虫を噛み潰したかのような、如何にも渋々といった様子のアム。
どうやら余程、俺達を巻き込んだことを悔いているらしい。或いは責任ある立場の者として、市民を守らなければという義務感が働いているのかもしれない。
「よし、決まりだ。なら————確かもうすぐ、多少開けた場所があったよな。そこで俺達が前に出るから、二人は待機していてくれ」
この先にあるのは、森の中にぽっかりと空いた神秘的な光景の広場。
往路でも休憩に使った場所だ、よく覚えている。流石に森の中でドラゴンの攻撃を躱し続ける自信はないため、また恐らくはぷぅちゃんの射線も通らないため、そこで勝負をかけることに決めた。遠距離からの攻撃も出来なくはないのだろう。だがちょっと一発ビームを撃っただけで、こんな大異変にまで発展してしまったのだ。森ごと吹き飛ばすのはもうコリゴリだった。
「いくぜ、ぷぅちゃん」
「おー」
訝しげでありながらも不安げな、なんとも言えない表情のアム。そしてどこか楽しそうに、小さな微笑みを顔に湛えるアッシュ。二人の視線をひしひしと感じつつ、俺は肩に担いだ相棒と共に前へ出た。
* * *
俺達が広場に飛び出すのと、上空からドラゴンが姿を見せるのはほとんど同時だった。
光沢のある鱗に漆黒の爪。縦に裂けた巨大な瞳が、ぎろりとこちらを睥睨する。羽ばたきによる強風も、ふらふらと不規則に揺れる尾も。そのどれもが、そこらの魔物などとは比べ物にもならない威圧感を放っていた。ドラゴンのことなど大して知らない俺でも本能的に分かる、明らかな上位感。成程確かに、最強の魔物というのは誇張でもなんでもなさそうだ。
ゆっくりと広場へ降り立つドラゴンを尻目に、俺はぷぅちゃんへと問いかける。
「ぷぅちゃん、アレを倒せるだけの魔法を唱えるのに、どのくらいかかる?」
「んー」
自らの小さな手を見つめ、ぐっぱぐっぱと開閉するぷぅちゃん。
そうして彼女が提示した指の数は『十本』。それが意味するところは————。
「十分か…………キリが良くて分かりやすいね」
ちなみに先程、アッシュが一人で稼いだ時間もまた十分。
あれだけの強者でさえ、それだけ稼ぐのが精一杯だった。そんな相手にただのヤニカスが、同じだけの時間を逃げ回らなければならない。回避に専念するとはいえ、なかなかハードな十分間になりそうだった。
ドラゴンが地上に降り立つと同時、怒りを露わにして大きな咆哮を放つ。
その声は空を震わせ、大地を揺らし、森を怯えさせる。耳をつんざく大音量を目の前に俺は、震える足を叩き気合を入れ、顔を顰めながら大きく息を吸い込んだ。煙草の煙が肺に届くと同時、いつにもまして身体が軽くなるのを感じる。どうやら『ヤニの加護』は、吸い込んだヤニの量によって効果が変化するらしい。
「…………よし。俺はこれから回避に専念するから、ぷぅちゃんは魔法が完成したら遠慮なくぶっ放しちゃって」
「わかった。むむむむむむ」
ぷぅちゃんが》『むむむタイム』に入るのと、ドラゴンが尾を振るうのはほぼ同時だった。
恐らくはぷぅちゃんの魔力(?)的なモノに反応したのだろう。少なくともぷぅちゃんは、ドラゴンにとって脅威たりうると判断されたわけだ。ドラゴンの尾は太く長く、よくしなる。原始的かつ単純な攻撃だが、しかし矮小な人間にとっては、ただそれだけで致命の一撃となりうる。疎らに生えた若い木々達をなぎ倒しつつ、土煙を上げて迫る来る巨尾。巻き上げた風を纏う圧倒的な暴威が、敵意が、俺達の下へと凄まじい速度で迫る。例えるならほとんど全画面攻撃だ。前後に逃げ道はなく、であれば受けるか飛ぶかの二択しかない。
「ふんぬっ!」
当然受けることなど出来ないため、俺はその場で大きく跳躍する。
ただの人間ではありえない、五メートル近い垂直跳びだ。やはりヤニは偉大である。
「むむむむむむ」
まるで土砂崩れのような音を立てながら、眼下を通り過ぎてゆく尾。
当たればまず間違いなく致命となるそれを見、最中を冷たいものが伝う。
そして同時に耳元から聞こえてくる、やる気があるのか無いのか、なんとも気の抜ける詠唱(?)。おっさんが始めてやる気を出した一戦というには、些か情報量が多すぎないだろうか。
ともあれ、初撃の回避には成功した。
こうした直接的な攻撃は『ヤニの加護』で十分に回避出来る。
あとは先程アムから注意を受けた、ドラゴンブレスにさえ気をつければいい。
(お、意外とやれそうな感じか? やっぱり自分の身体じゃないみたいで、未だに気持ち悪いけど)
頭の中でそう考えた時、そこで俺は失策を悟った。
(…………やべぇ! やっちまった!)
戦闘経験の無さが露呈する。
視界に映るのは振りかぶられた巨腕。鋭利に過ぎる凶爪。相手はドラゴン、身体能力はもちろんのこと知能も高い最強種だ。であればこそ考えておかなければならなかった。力いっぱいの跳躍による回避がどれほど愚策であることか。怪しい能力の全能感に酔っていたわけじゃない。だが言い逃れようのない油断があった。それは最も忌み嫌っていたはずの浅慮。果たして、どうやって空中で敵の攻撃を躱すというのか。
事此処に至り、どうあっても回避は出来ない。
ならばぷぅちゃんだけでも守らなければと、肩に担いだ彼女を胸元に抱き寄せようとして————眠そうな声が俺の耳へと届いた。
「できた」
「えっ」
瞬間、凄まじいまでの悪寒が俺を襲う。恐怖にも似た冷たい空気。
俺は先ほど何と言ったか。そうだ、魔法が完成したら遠慮なくぶっ放しちゃってと、確かにそう言った。
「”分かつ高貴の赤”」




