第15話 フラグ回収
今からでは到着しても夜になる、ということで更に野営を一度挟み、三日目の午前。
俺達は目的の場所へと辿り着いた。俺とぷぅちゃんが脱出してきた時と同じくらいの時間をかけているが、その道程には雲泥の差がある。
「確かそろそろ…………お、見えてきたぞ」
言ってしまえば元来た道を戻るだけなのだ。
アム達を『古代遺跡シャレム』まで案内することは、そう難しいことでもなかった。
問題があるとすれば————。
「ふむ…………廃坑かな?」
古代遺跡シャレムくんは盛大に崩れ落ちている、という点だ。
しかし俺だってバカじゃない、ここまでの道中で色々と言い訳を考えてある。そもそもアムとアッシュはこの遺跡に訪れたことがない。つまり元の姿を知らないということだ。であれば自信満々に『こういうものだ』と言い張ってしまえば、二人は『そういうものか』と納得せざるを得ない筈である。
「まぁホラ、遺跡ってそういうもんだし?」
「だったら誰も来ないよ。多少なりとも形が残っているからこそ『遺跡』って言うんだぜ」
ダメでした。
そこには古のロマンを思わせるあれやこれやなどは一切無い。趣のある建造物跡など何処にも見当たらず、あるのは瓦礫と綺麗にくり抜かれた森と岩、遠くに見える穴開きの山だけ。成程確かに、こんな場所を訪れる者などいないだろう。
「さて一体何があったのやら。目撃者のひとりでも居れば、話が早いんだがね」
アムは意味ありげな視線をこちらに向けているが、だからといってまさか『俺達がやりました』などと言えるはずもない。そもそも正直に説明したところで信じてもらえるとは思えないし、やはり知らぬ存ぜぬで通すのが正解だろう。
「まぁいい。村長が言っていた異変とやらも気になるし、少し調べてみようか」
「こんな有様でもまだ魔物が残っているかもしれない。念のため、全員で動きましょう」
如何にも怪しい俺から情報を引き出すことを諦めたアムが、そう言って軽い足取りで岩場を下りてゆく。それにアッシュと、渋々ながら俺達も続く。気持ち的には『案内終わったしハイさよなら』といきたいところであったが、そういうわけにもいかないのが悩ましいところである。
「ふむ。ざっと見た感じ…………少なくとも魔物が暴れたとか、自然現象だとかでこうなったワケじゃあなさそうだ」
「いやいや分からんよ? なんかこう、伝説のドラゴン的なヤツが暴れた的な事かもしれないじゃん」
「でも見なよ、この岩の断面。まるで刃物か何かでくり抜いたみたいに綺麗だ」
「…………何か変なのか?」
「本当にドラゴンブレスで引き起こされたのなら、こういう石や砂は融解したり、あるいは凍結等しているはずなんだよ。実際そういう報告も過去にあったしね。いずれにせよこんな風にはならない」
手に持った小さな石を、真面目な顔で見つめるアム。
「ほ、ほーん…………そ、そうなんだ」
「でもま、これはドラゴンと仮定した場合の話だ。未知の魔物という線も考えられるし、断定は出来ないね」
「そうなんすよ」
マジな考察は是非やめていただきたい。おかげで俺の言動も二割増で怪しい。
というかこれ、もう誤魔化すの無理じゃないですかね。
そんなこんなでアムが周囲を調べること暫く。
時間にしてたっぷり二時間ほどが経過し、そろそろ昼に差し掛かろうかという頃。
「結論から言えば、何も分からないということが分かったよ。強いて言うなら、残骸から読み取れる時代背景がちぐはぐで怪しいくらいか。とはいえ本格的に調べるには時間も知識も足りない。少なくとも今の人員と装備じゃ、これ以上のことはさっぱりだね」
「それなら仕方ないな、じゃあ早速帰ろう!」
などと簡単な昼食をとりつつアムの調査結果を聞いていた時だ。
それは空からやって来た。
「キミ、もう取り繕うの諦めてるだろ。いい加減洗いざらい、知っていることを全部————ん?」
そう言って俺に詰め寄ろうとしたアムの顔に、突然影が落ちる。
比喩ではなく物理的な意味でだ。そしてそれはアムだけではなかった。いつの間にか俺を含めた全員が、暗く涼しい日陰の中にいた。この広場に差していた陽光が、巨大な何かによって遮られている。無風だったはずのこの場に、僅かながら風が吹き始めている。それに気づいた俺達は何事かと顔を見合わせた後、一斉に頭上を見上げた。
鋭利に過ぎる鉤爪、縦に裂けた瞳。
悠然とはためく対翼、輝く赤鱗。
距離感がバグりそうなほどの巨体に、重く低い唸り声。
「…………参ったね、これは予想してなかったよ」
「アム、すぐに逃げる準備を。ニーヤさんもお願いします」
目を見開くアム、警戒体勢を取るアッシュ。
「…………ほ、ホホホホラみろやっぱドラゴンじゃん!」
「でっかい。ほろぼしていい?」
「オッケ…………いや、一応まだ様子見で」
アムやアッシュの目があることを忘れ、いつものぷぅちゃんの言葉にも反射的に許可を出してしまいそうになる。初めて目の当たりにした本物のドラゴンには、それ程の威圧感があった。そっと煙草を口に咥え、火をつける。そうでなければぷぅちゃんを抱えることなど出来ない。そのままぷぅちゃんを肩に担ぎ上げれば、タヌキがのたのたとした動きで俺の足をよじ登る。
これも俺達が引き起こした異変の影響、ということなのだろうか。
ドラゴンといえば最強と名高い、ほとんど伝説上の生物だ。基本的には山の頂上付近に生息し、滅多なことでは人前に姿を見せない。いつぞやのオーガと動揺、当然ながらこんな場所に現れる魔物ではない。言わずもがな、たったこれだけの戦力で戦うなど愚の骨頂。本来であれば国軍を率いて戦い、或いは腕利きの冒険者を大量に招集し、それでやっと追い払えるかどうかといったレベルの相手である。いくらアッシュが強くとも、単身で『生きた災害』を屠れるはずもない。つまり現状は、やり過ごすか逃げるかの二択しかないということだ。
幸運なことに、どうやらドラゴンはまだこちらに気づいてはいないらしい。
そのまま静かに警戒を続け、俺達はゆっくりと物陰へ。あとは息を潜め、ドラゴンが立ち去るのを待つだけ————のはずだった。
「へぶし」
俺の肩の上、可愛らしくも妙におっさん臭いくしゃみがひとつ。
「…………ぷネキさぁ」
「ごめん」
恐る恐るドラゴンの方を見てみれば、大きな瞳とばっちり目が合った。
縦に大きく裂けた爬虫類特有の不気味な瞳が、まるで値踏みでもするかのようにこちらを見つめている。
「走れ!」
アッシュの掛け声が聞こえると同時、俺とアムは一目散に物陰を飛び出した。




