第14話 異世界ガスおじ
ボクは元々、考古学方面の道に進むつもりだった。
今でこそ『筆頭魔導技師』なんて肩書を頂戴しているけれど、本当はもっといろんな場所で、自分の足を使って調査研究をしていたかった。ロマンを追い求める仕事がしたかった。けれど何の因果か開発方面で才能が花開いてしまい、なんやかんやありつつ今のポジションへ収まったというわけだ。
もちろん、そのことに不満があるわけじゃあない。
魔導具の開発だって楽しいし、発見された『古代遺物』にもいち早く触れられる。だけど筆頭魔導技師といえば国のお抱えだ。弟子だって居るし、公的な依頼だって沢山抱えている。大きな街に設置されている重要な古代遺物、そのいくつかの管理責任者でもある。つまりは気軽に動ける立場ではなくなってしまったのだ。
何度も言うけれど、別に不満はない。
それでもいつかは自分で古代遺跡の調査を行いたいと、魔導技師となってからもずっと思っていた。幸いボクの活動拠点であるスィーリア周辺には、大小いくつもの遺跡が存在している。否、だからこそスィーリアを活動拠点に選んだというべきか。こんな王都から遠い街、ただの学術都市というだけで選んだりはしない。
そうして弟子や部下の目を盗み、ボクはこれまでにいくつかの遺跡調査を行った。
弟子や部下の隙を突いて、幼馴染のアッシュを護衛に連れ回し、危険の少ない小さな遺跡を調査して回った。その度に追手を差し向けられ、ほんの数日で連れ戻されはするが————現状は概ね、満足のいく生活が出来ていると言えるだろう。
そうして遺跡の調査にも慣れてきたボクは、いよいよ『ダンジョン化した遺跡』の調査を行うことにした。
もちろんボクは冒険者ではないし、戦闘方面に関してはからっきしだ。運動神経はいい方だが、責任ある立場でもある。故に本格的な調査というわけではなく、表面を軽くなぞるだけの簡単なものにするつもりだった。とはいえ危険度はこれまでよりも高くなるし、恐らくは連れ戻されるまでの猶予も短い。つまりは時間との戦いというわけだ。
そうして訪れた最寄りの村で、ボクは妙な二人組と出会った。
ボクがそうであるように、レーテ村を訪れる者はまず間違いなく『古代遺跡シャレム』が目当てだ。『開放型ダンジョン』としては規模が大きめで、古代遺跡という特性上、ごく稀にだが古代遺物が発見される。仮に古代遺物を持ち帰ることが出来れば大きな収入となるが、逆を言えばそれ以外の金目の物が少ない。当たれば大きいが平均値は最底。それが遺跡系ダンジョンの特徴とされている。
村長の話によれば、村を訪れる冒険者など年に数人いるかどうか。
当然だ。立地も悪く、殆どの場合は無収入で終わる。それこそ考古学者でもあるまいし、そんなダンジョンに好き好んで挑む冒険者などそう居るものじゃあない。本人は『行商の途中で魔物に襲われ、レーテ村まで逃げてきた』などと言っていたけれど————まぁ、なんというか怪しかった。
そして今、遠く前方でわちゃわちゃと騒ぐ二人を眺める。
「げぇっほ! ごほっ、ゴホッ! くっっっさ! なにこれクッサ!」
「くさ」
「オエエエ! ちょっ、ぷぅちゃん早く塞がないとヤバいってコレ! くっさ!」
「じーく、つるはし」
何をしているのかさっぱりだ。
恐らく巣を潰すつもりなのだろうが、正直遊んでいるようにしか見えない。そもそも最低ランクの冒険者が、一体何をするつもりなのやら。
「なぁアッシュくんよ。彼ら、どう思う?」
「なんだい唐突に。どう、とは?」
「悪人には見えないけど…………ぶっちゃけあの二人、普通じゃないだろ?」
彼がよく咥えている『タバコ』とやらを、ボクは見たことがない。
葉巻や煙管とは似て非なる、なんとも珍しい嗜好品だ。とはいえこれだけならば、遥か遠方の商品だと言われれば納得出来てしまう。だが子連れの冒険者など普通はあり得ない。おまけにシフトテイルと契約していて、高価な魔法鞄まで所持している。アレは少なくとも最底辺の冒険者に手が出せるモノじゃない。
ニーヤの見た目は如何にもFランク冒険者といった風なのに、ぷぅくんの着ている服は明らかに異常だ。詳しく調べたわけではないけれど————あれら全てが『古代遺物』であると言われても納得出来てしまいそうな、いっそ神々しいまでの気配を感じる。加えてニーヤの方は実力を隠している様子だし、ぷぅくんに至っては何を考えているのかもよく分からない。総じて、どう見たってあの二人は普通じゃなかった。
「そうだね。面白い二人だと思うよ」
「…………それだけかい?」
「え? うん、他に何かあるのかい? ああ、ニーヤさんは意外と運動神経良さそうだよね。あれは只者じゃないよ。剣を覚える気はないのかな」
「はぁ…………いや、いい。キミに聞いたボクが悪かった」
剣一筋のポンコツ幼馴染に呆れつつ、再び前方へと視線を移す。
そこでは丁度、ニーヤが穴の入口を崩しているところであった。はてさて、あのつるはしは一体どこから取り出したのやら。
* * *
「…………どう?」
煙が完全に収まるまで、たっぷり一時間ほど。
巣穴から煙がでなくなった事を確認した俺は、ぷぅちゃんに巣穴内部の索敵を行ってもらっていた。
俺が考えた作戦はごく単純。猛毒のヤニを巣穴にポイ捨てし、蓋をすることで中のゴブリン共を一掃するというものだ。喫煙室に非喫煙者を放り込むような所業である。ある種の毒ガス攻撃と言っても過言ではないだろう。普通の煙ならゴブリン共がわらわらと逃げ出してくるのだろうが、そんな様子はまるでなかった。
不気味なまでに静まり返った巣穴を覗きこみ、その眠そうな瞳で何かを探るぷぅちゃん。そうして暫くの後、振り向いたぷぅちゃんは頭の上でマルを作った。
「あくはほろびた」
「やはりヤニ。ヤニは全てを解決する」
戦いと呼べるのかすら怪しい、ひどく絵面の悪い戦いではあったが、今の俺にはこれが精一杯だ。
だがこれにより当初の懸念————レーテ村がゴブリンの群れに襲われる心配は無くなったと言えるだろう。
「二人とも、おわったぞー」
「ぞー」
全ての目標が達成されたことを確認し、森の中で待機していたアムたちへと合図を送る。
俺は『ヤニの加護』のおかげで、ぷぅちゃんは人間ではないため煙を吸っても問題はない。しかしアム達が煙を吸えば、ゴブリン達と同じ末路を辿ることになる。そういった理由から、二人には遠く煙の届かない場所で待機してもらっていたのだ。時間がないからと言い訳し、細かな説明は省いたが。『何故キミ達は大丈夫なのか』なんて聞かれたら面倒この上ない。なおぷぅちゃん曰く、煙を直接吸いでもしない限りは普通の人間でもギリ耐えられるらしい。もちろん大きなダメージは受けるそうだが。
「確かに、ゴブリン共の気配が全く感じられない。いやはや、こんなのは初めて見ましたよ」
「真面目に考えるだけ無駄だとボクは思うけどね。ただの煙じゃこうはならないぜ。毒? いや、でも…………うーむ」
恐る恐る、ゆっくりと近づいてくる二人。
『ヤニ吸ってくるから、呼ぶまで絶対に近づくな』としか説明しなかったせいだろう。
「さてニャーくん、説明してくれよ。キミは一体何をしたんだい?」
「…………タバコのポイ捨て?」
「そう、それだ。実はずっと気になっていたんだよね。どうやらその煙草とやらは似ているだけで、ボクの知る葉巻や煙管とは随分趣が違う代物らしい」
「いやまぁ、俺の知ってるタバコともだいぶ違うけどな」
如何にも怪しまれているが、しかし『べのむめぷぅす』についての説明など出来るはずがない。
ぷぅちゃんの錬金魔法や、シルジラ草のあれこれまで語らなければならないからだ。故に力技で誤魔化す以外、アム達を納得させる方法は思いつかなかった。あとポイ捨て、ダメ絶対。
「…………まぁいい、深堀りするのはやめておいてあげよう。今は、ね」
「ちっこいのに懐が深いぜ」
「きらいじゃない」
最初は脅して連れてきた割に、意外と融通の聞く筆頭魔導技師様であった。
こうしてアムの温情によって追求を免れた俺達は、手早くその場を後にした。
目的地である遺跡は、もう目と鼻の先だった。




