第13話 異世界タバコ屋さんぷぅ
二日目の昼。
俺達は『古代遺跡シャレム』周辺の森まで辿り着いていた。道中これといったトラブルもなく、また大きな戦闘もなかった。一度だけ単体のフォレストウルフと遭遇したものの、アッシュがあっさりと倒してしまったのだ。その剣技たるや見事なもので、俺程度では何が起こったのかすら分からない程だった。
その後は馬車を森の外に停め、魔物避けの魔導具を設置して森の中へ。
そうして歩くこと暫く。現在俺達は、茂みの中から前方の様子を窺っていた。
「ゴブリンの巣?」
「ええ。見たところ、作り始めてまだ日が浅い。恐らくはつい最近、森の奥からここまで移動してきたのでしょう」
視線の先、五メートル程の高さの崖に、ぽっかりと大人一人分くらいの穴が空いていた。それだけ見ればただの洞窟、あるいは動物の巣穴のようにしか見えないが、元凄腕冒険者のアッシュが言うのだから間違いないのだろう。
「ゴブリンが巣を移動するのは珍しい事なのか?」
「いいえ。ゴブリンは魔物の中でも弱い部類ですから、より強力な魔物に住処を追いやられることはままあります」
「あるいは自然災害とか、そういった理由で巣が物理的に潰れた場合だね」
アムの補足に、どきりと心臓が跳ねる。
「つまりは例の『異変』のせいってワケだ」
意味ありげに、何か探りを入れるかのようにこちらへ視線を向けるアム。
やめろ、こっちを見るな。俺達だって必死だったんだ。
「どうするんだ? 潰すつもりなのか?」
「いえ、やめましょう。というよりこの戦力では無理です」
「…………アッシュでも無理なのか?」
「難しいですね。確かにゴブリンは討伐難度Fランクのモンスターですが、巣を潰すとなるとその難度はCランクまで跳ね上がります」
そう言って頭を振るアッシュ。
次いで腰に佩いた長剣を見やり、小さく肩を竦める。
「巣を潰すためには中へ入らなければなりません。ですが新しい巣の内部は狭く、武器を振るうのに向きません。ある程度の大きさになってから魔法で殲滅するのが定石ですが————私はもちろん、アムも高火力の魔法は使えません。数を間引くだけなら、やってやれないこともありませんが…………現在の戦力ではリスクの方が大きいでしょうね」
成程、もっともな話だ。
たとえ同じモンスターでも、場所や状況によって応手は変わる。平地であればメリットでしかない長剣のリーチも、巣の中という閉所ではデメリットにしかならないというわけだ。それでも『やれなくはない』と言い放つあたり、流石は騎士様というべきだろうか。あるいは騎士の中でも、アッシュが特別高い能力を持っているということなのかもしれないが。
「ま、ちょっかいを出さなければ問題ないさ」
「ええ。我々の目的は遺跡の調査ですし、放置が最善でしょう」
そこでふと、ある疑問が浮かんだ。
「…………放置して、レーテ村が襲われたりはしないのか?」
村からここまで、馬車で大凡一日半。
徒歩でも二日あれば辿り着けるであろう距離だ。
「可能性がないとは言いませんが…………巣を移動したばかりで奴らも忙しい筈です。普通に考えれば確率は低いでしょう。村に戻ってから報告、その後スィーリアから討伐隊を送る猶予は十分にあると思います」
元冒険者であり現役騎士のアッシュが言うのだ、その見立てに間違いはないのだろう。
そしてこの悠長とも思える対応は、こちらの世界ではごく普通の事なのだろう。そう頭では理解はしていても、異世界出身の俺としてはひどく不安だった、もし数駅先の隣町が魔物の巣になったらと考えると、とても安心して眠れない。そんな状況が数日、場合によっては数週間続くと考えればもう耐えられないだろう。『普通に考えれば確率は低い』とアッシュは言うが、果たして今の状況は『普通』なのだろうか。『異変』によるイレギュラーもありえるのではないか。
もちろん、余計なことはしたくない。俺がでしゃばっていい方向に転がった出来事など、これまでただのひとつもなかったのだから。所詮はただのヤニカスで、ゴブリン一匹倒すのさえ苦労する。そんな俺に出来ることなどありはしない。だがそれでも、そうと分かっていても、黙って見過ごす気にはなれなかった。レーテ村には恩があるし、何よりこれは恐らく俺とぷぅちゃんが引き起こした『異変』のひとつだ。知らんふりは後味が悪すぎる。
ならばこそ、俺はそっとぷぅちゃんに耳打ちをした。
「なぁぷぅちゃん。昨日こっそりシルジラ草拾ってたよね?」
「なんのことやら」
「その台詞はやってるヤツしか吐かないのよ」
昨晩ぷぅちゃんがくれた『きゅあめぷぅす』。
アレのおかげで、ひとつだけだが策を思いついていた。
回復薬を原料としていた『きゅあめぷぅす』には、しっかりと回復薬の効果が引き継がれていた。昨夜は軽く流したが、これは結構なことだと思われる。仮に『回復薬を使う暇はないが、煙草は吸える』といった状況になったとき、『きゅあめぷぅす』は回復薬の代用として使えるというわけだ。そんな状況ねぇよ。
ともあれ今重要なことはただひとつ。
彼女が作る煙草には、原材料となったものの性質が残るということ。
「アレで煙草、作れない?」
「ほほう」
「それも出来れば沢山」
「じつはもうあったりする」
「何でだよ」
ぷぅちゃんはそう言うと、カバンから小さなケースをひとつ取り出した。
毒々しい紫色のパッケージには、毎度の如くかわいらしいひらがなで『べのむめぷぅす』と書かれていた。
「…………いつの間に作ったの?」
「きのう」
「絶対便所呼ばわりされて悔しかったやつじゃん」
「よせやい」
「褒めてはいないのよ」
まさかの二日連続新作である。
だからその煙草作りへの積極性はどこからくるんです?
「でもナイスだ。一応聞いておくけど、効果は?」
「くさい。あと、もうどく」
「吸ったら?」
「にゃーは『かご』があるからくさいだけ。ごぶりんはしぬ」
「やったぜ。ちなみにそれ、どのくらいある?」
「いっぱいある」
「だから何でだよ」
ぷぅちゃんはそう言うと、カバンの中から次々に『べのむめぷぅす』を取り出した。その数なんと十カートン、つまりは百箱である。煙草の本数で言えば二千本だ。どう考えてもカバンのサイズに収まる量ではないが、これはもちろんぷぅちゃんの『空間魔法』によるものだ。ファンタジー小説やゲームなどで言うところのいわゆる『アイテムボックス』だったり『収納魔法』だったり、そういった類の魔法だ。遺跡から逃げ出したあと、ぷぅちゃんが石やら花やら、何でもかんでもポイポイと亜空間に放り込んでいたために発覚した魔法である。
とはいえ虚空からいきなり道具を出すと目立つ為、何かを取り出す際はカバンから出しているフリをしてね、と事前にお願いしておいたのだ。しておいたのだが————これは流石に出しすぎだ。カバンの容量を明らかに超えているのだから、これでは虚空から出さずとも目立ってしまう。当然アムやアッシュにも見られてしまったのだが、しかしここで思わぬ幸運が発生した。
「おや、魔法鞄かい?」
「これは…………察するにかなり上等な魔法鞄ですね。高かったのでは?」
アムとアッシュの二人が都合良く勘違いしてくれたのだ。
どうやら『魔法鞄』というファンタジーではお馴染みのアイテムが、この世界には本当にあるらしい。察するに『見た目以上にモノが入るバッグ』であろうか。ありがちといえばありがちな、ファンタジーではお馴染みのアイテムである。本当にあるのか、魔法鞄くん。ともあれこの勘違いに乗る以外の選択肢などない。
「え…………? ああ、いや! そう、魔法鞄ね! 行商中にとある村で安く譲ってもらえたんだ、いやマジで、嘘じゃないから」
「何をそんなに慌てているんだい?」
「別に慌ててないんだが? いつもこんな感じなんだが? うはは」
「もしそれが平常なら、挙動不審すぎて声なんてかけなかっただろうね」
じっとりとしたアムの視線は感じるものの、ともあれこれで前提条件はクリアされた。何から何までぷぅちゃん頼りで情けなくもあるが、ここから先は俺の頑張り次第だ。そうしてアムとアッシュが不思議そうに見つめる箱————『べのむめぷぅす』のカートンを抱えあげ、二人に向かってこう告げた。
「よし、ちょっとタバコ吸ってくる」




