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十字架屋敷の殺人  作者: 藤村
第一章 謎編①

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第7話 藁人形

 翌朝。

 僕は鳥の(さえず)りでも、蝉の鳴き声でもなく、コンコン、という木扉を叩く音で目を覚ました。


 陽光は眩しく室内を白く照らしている。

 どうやら、今日もよく晴れているらしい。

 穏やかな朝の始まり。

 少なくとも、その時の僕にはそう思えた。


「ちょっと待ってください」


 一言断りを入れて、僕は洗面台へ向かった。

 顔を洗い、口の中を三度ほど(すす)ぐ。

 それから、首元まで伸びた黒髪を軽く手で梳き、扉を開けた。


「お待たせしました」


 目の前には、険しい表情をしたザグレイさんが立っていた。


「おはようございます、ユート様」

「あ、おはようございます。わざわざ起こしに来てくださってありがとうございます。昨日も見たのですが、今日もやはりあの絵画を――」

「そんなことより」


 僕の言葉を遮ったのは、アランだった。


「え? アランまで。一体どうしたんです?」


 二人とも問いには答えなかった。

 ただ、その表情だけで、何か良くないことが起きたのだと分かる。

 僕は黙って、二人の後に続いた。


 大広間には、すでに僕以外の全員が集まっていた。

 しかし、誰も朝の挨拶を口にしない。

 全員が同じように険しい顔をしている。

 まるで、そこだけ空気が冷えきっているようだった。


「皆さん、そんな顔をしてどうしたんです?」


 尋ねると、アリスが「ん」と短く声を漏らした。

 彼女が指さしたのは、大広間の壁に設けられた台座だった。

 中央をくり抜いた壁龕のような場所に、蝋燭時計が置かれている。

 そのすぐ上に、何かが打ちつけられている。


「……んん?」


 僕は眠気の残る目をこすり、目を細める。

 そこにあったのは小さな藁人形だった。

 壁に磔にされるように、釘で打ちつけられている。


「あれは、藁人形?」

「そうじゃ」


 ジョンの声は、いつも以上にしわがれていた。

 彼も今しがた起こされたのかもしれない。


「意味不だよね」


 アリスは顎に指を添え、「うーん」と唸る。

 ユキとアディも、怪訝そうに藁人形を見つめていた。


「なんなんです? これは」

「僕が知りたいくらいだよ」


 背後から声がした。

 振り返ると、そこにはレインが立っていた。


「ああ、おはようございます」

「挨拶は後にしよう。君は今、その藁人形を見たね?」


 昨日よりも、少しだけ距離感が近い。

 そんな気がした。


「はい。今しがた見ました。あれは一体なんなんですか?」

「見ての通り藁人形だよ。そして――これらもね」

「全く、気味が悪いぜ」


 苛立ったようにアランが吐き捨てる。

 僕はレインとアランが示す方へ視線を移した。


「え……?」


 思わず声が漏れた。

 長机の上に、さらに藁人形が置かれていたのだ。


「気持ち悪いですわね。こんなにたくさん」


 アディが、そのうちの一体を手に取って眺めている。

 僕は藁人形の数を数えた。


「机の上に五体。アディの手に一体。そして壁に磔にされたものが一体……全部で七体、ですか」

「ご名答です」


 険しい表情のまま、ザグレイさんが言った。

 その双眼は鋭く光っている。


「ひひっ。なんらかの隠喩(いんゆ)のつもりかのう?」


 隠喩。

 そう言われると、ただの悪戯だと笑い飛ばすには、少し気味が悪い。

 とはいえ、現実的な問題もあった。


「ああ、全く」


 僕はわざと呆れたように息を吐いた。


「内部の損壊はなるべく防ぎたい。昨日、そう説明されたばかりでしょう。誰がこんな稚拙な悪戯をしたのかは分かりませんが、壁に釘を打つなんて真似をしたら……」

「全くだよ」


 レインも同じように呆れ顔を浮かべる。

 ザグレイさんも、困ったように肩を竦めた。


「この程度の補修であれば大した金額ではない、そう思われるかもしれませんがね。この十字架屋敷は、ミスリル鉱石を主な素材として造られているのですよ」


 なんてことだ。

 ミスリル鉱石といえば、滅多に手に入らない貴重品じゃないか。

 多くの錬金術師が、喉から手が出るほど欲しがるAランクの錬金素材。

 一グラムで十万から三十万ゴールドはくだらない。


「一人につき十六本の金塊。浮ついてしまうのも分かりますが。少しは自重してほしいですよ」


 僕も同じ気持ちだった。


「で、犯人は誰なんです?」


 僕は大広間にいる面々を見回した。


「どうせ修理代が一億六千万から少し引かれるだけなんですから、早めに名乗り出た方が得策だと思いますよ。せっかくの晴天だというのに、気分が台無しです」


 今の段階なら、まだ笑い話で済む。

 とはいえ、大方の目星はついている。


 こんなことをしでかしそうな人間は、うちには二人しかいない。

 アラン、もしくはジョンだ。

 それを裏付けるように、アディ、アリス、ユキの視線も二人へ向けられていた。


 もちろん、疑惑の目だ。

 どちらが犯人なのかは分からない。

 だが、三人の目は明らかに「さっさと白状しろ」と言っていた。

 しかし。


「オイ、待てよ」アランが眉をひそめる。「俺は違うぞ?」

「ひひっ。もちろん、ワシでもないぞ?」


 二人は揃って否定した。

 しらを切り通すつもりらしい。

 いくらなんでも無理があるだろう。


「とりあえず」


 ザグレイさんが、低い声で言った。


「今日のところは、お咎めなしとしましょう。ですが、次はありませんからね」


 静かな声だった。

 だが、そこには確かな威圧感があった。

 この場で彼とまともにやり合えるのは、おそらくアランだけだろう。


 ザグレイさんは、なるべく怒らせない方がいいな。

ここまで読んで頂きありがとうございます!

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