第7話 藁人形
翌朝。
僕は鳥の囀りでも、蝉の鳴き声でもなく、コンコン、という木扉を叩く音で目を覚ました。
陽光は眩しく室内を白く照らしている。
どうやら、今日もよく晴れているらしい。
穏やかな朝の始まり。
少なくとも、その時の僕にはそう思えた。
「ちょっと待ってください」
一言断りを入れて、僕は洗面台へ向かった。
顔を洗い、口の中を三度ほど濯ぐ。
それから、首元まで伸びた黒髪を軽く手で梳き、扉を開けた。
「お待たせしました」
目の前には、険しい表情をしたザグレイさんが立っていた。
「おはようございます、ユート様」
「あ、おはようございます。わざわざ起こしに来てくださってありがとうございます。昨日も見たのですが、今日もやはりあの絵画を――」
「そんなことより」
僕の言葉を遮ったのは、アランだった。
「え? アランまで。一体どうしたんです?」
二人とも問いには答えなかった。
ただ、その表情だけで、何か良くないことが起きたのだと分かる。
僕は黙って、二人の後に続いた。
大広間には、すでに僕以外の全員が集まっていた。
しかし、誰も朝の挨拶を口にしない。
全員が同じように険しい顔をしている。
まるで、そこだけ空気が冷えきっているようだった。
「皆さん、そんな顔をしてどうしたんです?」
尋ねると、アリスが「ん」と短く声を漏らした。
彼女が指さしたのは、大広間の壁に設けられた台座だった。
中央をくり抜いた壁龕のような場所に、蝋燭時計が置かれている。
そのすぐ上に、何かが打ちつけられている。
「……んん?」
僕は眠気の残る目をこすり、目を細める。
そこにあったのは小さな藁人形だった。
壁に磔にされるように、釘で打ちつけられている。
「あれは、藁人形?」
「そうじゃ」
ジョンの声は、いつも以上にしわがれていた。
彼も今しがた起こされたのかもしれない。
「意味不だよね」
アリスは顎に指を添え、「うーん」と唸る。
ユキとアディも、怪訝そうに藁人形を見つめていた。
「なんなんです? これは」
「僕が知りたいくらいだよ」
背後から声がした。
振り返ると、そこにはレインが立っていた。
「ああ、おはようございます」
「挨拶は後にしよう。君は今、その藁人形を見たね?」
昨日よりも、少しだけ距離感が近い。
そんな気がした。
「はい。今しがた見ました。あれは一体なんなんですか?」
「見ての通り藁人形だよ。そして――これらもね」
「全く、気味が悪いぜ」
苛立ったようにアランが吐き捨てる。
僕はレインとアランが示す方へ視線を移した。
「え……?」
思わず声が漏れた。
長机の上に、さらに藁人形が置かれていたのだ。
「気持ち悪いですわね。こんなにたくさん」
アディが、そのうちの一体を手に取って眺めている。
僕は藁人形の数を数えた。
「机の上に五体。アディの手に一体。そして壁に磔にされたものが一体……全部で七体、ですか」
「ご名答です」
険しい表情のまま、ザグレイさんが言った。
その双眼は鋭く光っている。
「ひひっ。なんらかの隠喩のつもりかのう?」
隠喩。
そう言われると、ただの悪戯だと笑い飛ばすには、少し気味が悪い。
とはいえ、現実的な問題もあった。
「ああ、全く」
僕はわざと呆れたように息を吐いた。
「内部の損壊はなるべく防ぎたい。昨日、そう説明されたばかりでしょう。誰がこんな稚拙な悪戯をしたのかは分かりませんが、壁に釘を打つなんて真似をしたら……」
「全くだよ」
レインも同じように呆れ顔を浮かべる。
ザグレイさんも、困ったように肩を竦めた。
「この程度の補修であれば大した金額ではない、そう思われるかもしれませんがね。この十字架屋敷は、ミスリル鉱石を主な素材として造られているのですよ」
なんてことだ。
ミスリル鉱石といえば、滅多に手に入らない貴重品じゃないか。
多くの錬金術師が、喉から手が出るほど欲しがるAランクの錬金素材。
一グラムで十万から三十万ゴールドはくだらない。
「一人につき十六本の金塊。浮ついてしまうのも分かりますが。少しは自重してほしいですよ」
僕も同じ気持ちだった。
「で、犯人は誰なんです?」
僕は大広間にいる面々を見回した。
「どうせ修理代が一億六千万から少し引かれるだけなんですから、早めに名乗り出た方が得策だと思いますよ。せっかくの晴天だというのに、気分が台無しです」
今の段階なら、まだ笑い話で済む。
とはいえ、大方の目星はついている。
こんなことをしでかしそうな人間は、うちには二人しかいない。
アラン、もしくはジョンだ。
それを裏付けるように、アディ、アリス、ユキの視線も二人へ向けられていた。
もちろん、疑惑の目だ。
どちらが犯人なのかは分からない。
だが、三人の目は明らかに「さっさと白状しろ」と言っていた。
しかし。
「オイ、待てよ」アランが眉をひそめる。「俺は違うぞ?」
「ひひっ。もちろん、ワシでもないぞ?」
二人は揃って否定した。
しらを切り通すつもりらしい。
いくらなんでも無理があるだろう。
「とりあえず」
ザグレイさんが、低い声で言った。
「今日のところは、お咎めなしとしましょう。ですが、次はありませんからね」
静かな声だった。
だが、そこには確かな威圧感があった。
この場で彼とまともにやり合えるのは、おそらくアランだけだろう。
ザグレイさんは、なるべく怒らせない方がいいな。
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