第8話 一人目
これにて第一章完結です!
明日からは第二章、謎編②に入ります。
応援よろしくお願いします!
明けて翌日。
何かがおかしい。
そんな不穏な空気が、大広間一帯に漂い始めていた。
大広間には蝋燭時計のほかに置き時計も設置されており、短針はまもなくⅩを示そうとしている。
そして今、僕たちはある一人の人物を除いて全員で長机を囲んでいた。
だからこそ、この場にいる誰もが同じ違和感を抱いているに違いない。
どうして彼女だけが姿を現さないのだろうか?
「ちょっと僕、見てきましょうか?」
耐えかねて手を挙げた僕に、三つの声が飛んだ。
アディと、アリスと、ザグレイさんである。
「デリカシーの欠如ですな」
ザグレイさんに一蹴され、僕はがくりと項垂れた。
言われてみれば確かにそうだ。
気遣いが足りなかったと反省せざるを得ない。
「とりあえず、私が様子を見てくるわ」
アリスが席を立ち、広間から姿を消した。
それから数分と経たないうちに。
「キャァアアアアッ!!」
耳を劈くような絶叫が、十字架屋敷全体に響き渡った。
最初に駆け出したのはザグレイさんだった。
次いで、アランと僕が走る。
「何事ですッ!?」
ザグレイさんは猛然とした勢いで、ユキに与えられた五号室へ飛び込んだ。
間もなく、僕とアランも室内へ入る。
「こ、れは……」
両手で顔を覆いながら、アリスがその場に崩れ落ちる。
そんな彼女の背に手を添えながら、ザグレイさんが震えた声を漏らした。
続くように、アランが「そんな」と呟き、床に膝をつく。そして僕はというと、半ば放心したまま、その場に立ち尽くしていた。
きっと、底抜けに間抜けな顔をしていたと思う。
けれど今の僕には、周囲の目を気にしている余裕などなかった。
「なんで、ユキが」
振り絞るように出た声は、弱々しく掠れていた。
今にも消え入り、空気に溶けてしまいそうな声だった。
自分が怯えているのだということを、僕はなぜか、ひどく客観的に理解していた。
ユキは。
ユキ・マーベラは、死んでいた。
胸には一本のナイフが突き刺さっている。
垂直に、深く。
目は見開かれ、身体からはすっかり力が抜けていた。
片腕と片脚が、だらりとダブルベッドから垂れ下がっている。
口元には一筋の赤。
胸元は大量の血で染まり、白い寝具の上に赤黒い染みを広げていた。
胸を一突きにされたのだろう。
少なくとも僕にはそう見えた。
声を上げる間もなく、助けを呼ぶこともできないまま、ユキは、ここで命を落としたのだ。
モノクロームの世界に放り込まれたかのように、ふいに視界から色彩が消えた。目の焦点が合わない。そんなことを、どこか他人事のように考えていた。直後。
「うっ……」
腹の芯から、何かが迫り上がってくるような不快感に襲われた。同時に、足元が抜け落ちるような眩暈を覚える。
「うっ、げぇえ……!」
視界のすぐ下に冷たい石畳が見えた。
これは床か。ということは、僕は倒れたのか。
倒れて、そして。
「ううぅ……」
吐いてしまったらしい。
ああ、情けない。
なんということだ。
冒険者をやっていれば人間の死体を目にすることは珍しくない。けれどそれが身内となると、受けるショックは段違いらしい。
だとしても、とんだ醜態を晒してしまった。
「なんで、ユキが」
壊れたように、僕は同じ言葉を繰り返す。
アランとザグレイさんが必死に救命措置を試みていた。
僕はそれを、ぼーっと眺めることしか出来なかった。
やがて――。
「ダメです。彼女は、もう死んでいます」
ザグレイさんの冷たい声に。
「嫌ぁぁああああああっ!!」
アリスが二度目の悲鳴を上げた。
後からやってきたアディは眉を顰め、ジョンは意味もなく室内を右往左往していた。
#
暗雲が垂れ込めていた。
もちろん外は晴れている。
窓の向こうには、昨日と変わらない青空が広がっていた。
けれど、屋敷の中だけは違う。
まるで外と内とが、完全に隔絶されてしまったかのようだった。
「なんだってんだ、ええ?」
目玉をぎょろぎょろさせながら、ジョンが困惑を口にする。
でも、そんなのこっちが聞きたい。
「うっ、ううぅ……。どうしてよ、どうしてユキが」
「あの子、まだ二十なのに……」
アディの言葉は、レインたちからすれば奇妙に聞こえたかもしれない。なにせアディは、見た目だけなら十五歳ほどの少女なのだから。
実年齢は二十九歳。
つまり、僕より一つ年上なのだが。
「まずは、現状を整理しないか?」
アランにしては、冷静な提案だった。
あれから三十分近くが経過し、僕もある程度の冷静さを取り戻していた。
だからこそ、アランの提案は至極まっとうなものに思えた。
「昨日のあれは、関係あるのかな?」
レインは首を傾げながら、例の壁面を指さした。
すでに藁人形は取り除かれている。
だが、そこには確かに釘を打ち込んだ痕が残っていた。
あれが犯行予告だったのではないか。
レインはそう言いたいのだろう。
「僕も、あれが無関係とは思えません」
「俺もだ」とアラン。
「ワシもじゃな。何かあるとは思っておったんじゃ」
「私も」
項垂れるアリスの頭を優しく撫でながら、アディが静かに応じた。
ザグレイさんも無言でこくりと頷く。
つまり、全員の見解は一致した。
「昨日の人形は、この出来事を予告していた……」
僕の言葉に、大広間の空気がしんと静まり返る。
窓から差し込む太陽の光が、今はひどく場違いに感じられた。
それほどまでに、僕たちの心は冷えきっていた。
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