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十字架屋敷の殺人  作者: 藤村
第一章 謎編①

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第8話 一人目

これにて第一章完結です!

明日からは第二章、謎編②に入ります。

応援よろしくお願いします!

 明けて翌日。


 何かがおかしい。

 そんな不穏な空気が、大広間一帯に漂い始めていた。


 大広間には蝋燭時計のほかに置き時計も設置されており、短針はまもなく(10)を示そうとしている。


 そして今、僕たちはある一人の人物を除いて全員で長机を囲んでいた。

 だからこそ、この場にいる誰もが同じ違和感を抱いているに違いない。


 どうして彼女だけが姿を現さないのだろうか?


「ちょっと僕、見てきましょうか?」

耐えかねて手を挙げた僕に、三つの声が飛んだ。


 アディと、アリスと、ザグレイさんである。


「デリカシーの欠如ですな」


 ザグレイさんに一蹴され、僕はがくりと項垂れた。

 言われてみれば確かにそうだ。

 気遣いが足りなかったと反省せざるを得ない。


「とりあえず、私が様子を見てくるわ」


 アリスが席を立ち、広間から姿を消した。

 それから数分と経たないうちに。


「キャァアアアアッ!!」


 耳を(つんざ)くような絶叫が、十字架屋敷全体に響き渡った。


 最初に駆け出したのはザグレイさんだった。

 次いで、アランと僕が走る。


「何事ですッ!?」


 ザグレイさんは猛然とした勢いで、ユキに与えられた五号室へ飛び込んだ。

 間もなく、僕とアランも室内へ入る。


「こ、れは……」


 両手で顔を覆いながら、アリスがその場に崩れ落ちる。


 そんな彼女の背に手を添えながら、ザグレイさんが震えた声を漏らした。


 続くように、アランが「そんな」と呟き、床に膝をつく。そして僕はというと、半ば放心したまま、その場に立ち尽くしていた。


 きっと、底抜けに間抜けな顔をしていたと思う。

 けれど今の僕には、周囲の目を気にしている余裕などなかった。


「なんで、ユキが」


 振り絞るように出た声は、弱々しく掠れていた。

 今にも消え入り、空気に溶けてしまいそうな声だった。

 自分が怯えているのだということを、僕はなぜか、ひどく客観的に理解していた。


 ユキは。

 ユキ・マーベラは、死んでいた。


 胸には一本のナイフが突き刺さっている。

 垂直に、深く。

 目は見開かれ、身体からはすっかり力が抜けていた。

 片腕と片脚が、だらりとダブルベッドから垂れ下がっている。


 口元には一筋の赤。

 胸元は大量の血で染まり、白い寝具の上に赤黒い染みを広げていた。


 胸を一突きにされたのだろう。

 少なくとも僕にはそう見えた。


 声を上げる間もなく、助けを呼ぶこともできないまま、ユキは、ここで命を落としたのだ。


 モノクロームの世界に放り込まれたかのように、ふいに視界から色彩が消えた。目の焦点が合わない。そんなことを、どこか他人事のように考えていた。直後。


「うっ……」


 腹の芯から、何かが迫り上がってくるような不快感に襲われた。同時に、足元が抜け落ちるような眩暈を覚える。


「うっ、げぇえ……!」


 視界のすぐ下に冷たい石畳が見えた。

 これは床か。ということは、僕は倒れたのか。

 倒れて、そして。


「ううぅ……」


 吐いてしまったらしい。

 ああ、情けない。

 なんということだ。


 冒険者をやっていれば人間の死体を目にすることは珍しくない。けれどそれが身内となると、受けるショックは段違いらしい。


 だとしても、とんだ醜態を晒してしまった。


「なんで、ユキが」


 壊れたように、僕は同じ言葉を繰り返す。

 アランとザグレイさんが必死に救命措置を試みていた。

 僕はそれを、ぼーっと眺めることしか出来なかった。


 やがて――。


「ダメです。彼女は、もう死んでいます」


 ザグレイさんの冷たい声に。


「嫌ぁぁああああああっ!!」


 アリスが二度目の悲鳴を上げた。

 後からやってきたアディは眉を(ひそ)め、ジョンは意味もなく室内を右往左往していた。


#


 暗雲が垂れ込めていた。

 もちろん外は晴れている。

 窓の向こうには、昨日と変わらない青空が広がっていた。


 けれど、屋敷の中だけは違う。

 まるで外と内とが、完全に隔絶されてしまったかのようだった。


「なんだってんだ、ええ?」


 目玉をぎょろぎょろさせながら、ジョンが困惑を口にする。

 でも、そんなのこっちが聞きたい。


「うっ、ううぅ……。どうしてよ、どうしてユキが」

「あの子、まだ二十なのに……」


 アディの言葉は、レインたちからすれば奇妙に聞こえたかもしれない。なにせアディは、見た目だけなら十五歳ほどの少女なのだから。


 実年齢は二十九歳。

 つまり、僕より一つ年上なのだが。


「まずは、現状を整理しないか?」


 アランにしては、冷静な提案だった。

 あれから三十分近くが経過し、僕もある程度の冷静さを取り戻していた。


 だからこそ、アランの提案は至極まっとうなものに思えた。


「昨日のあれは、関係あるのかな?」


 レインは首を傾げながら、例の壁面を指さした。

 すでに藁人形は取り除かれている。

 だが、そこには確かに釘を打ち込んだ痕が残っていた。


 あれが犯行予告だったのではないか。

 レインはそう言いたいのだろう。


「僕も、あれが無関係とは思えません」

「俺もだ」とアラン。

「ワシもじゃな。何かあるとは思っておったんじゃ」

「私も」


 項垂れるアリスの頭を優しく撫でながら、アディが静かに応じた。

 ザグレイさんも無言でこくりと頷く。

 つまり、全員の見解は一致した。


「昨日の人形は、この出来事を予告していた……」


 僕の言葉に、大広間の空気がしんと静まり返る。


 窓から差し込む太陽の光が、今はひどく場違いに感じられた。

 それほどまでに、僕たちの心は冷えきっていた。

!!作者からの大切なお願い!!


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