第5話 十字架屋敷
転移石の光が消えた、その直後だった。
ガキィンッ! と火花を散らしながら、剣と剣がぶつかり合う。
「随分なご挨拶じゃねぇか」
見知らぬ石畳の上で、アランがアイアンブレードを片手に白刃を受け止めていた。僕は反射的に一歩下がり、周囲を見回す。
どうやら、僕たちは無事に目的地へ到着したらしい。
絶海の孤島に建つ、十字架屋敷へ。
問題は、転移して早々、老人に斬りかかられていることだった。
「ほっほ。なかなかに良い腕をなさっておりますな、アラン様。さすがは、我がレイン坊ちゃまがお認めになられた御仁。このザグレイ、感服いたしました」
朗らかな笑みを浮かべつつ、老人は右手に握っていた剣を鞘へ収め、片膝をついた。まるで姫に忠誠を誓う騎士のような態度だった。
「お、おう……」
アランもアイアンブレードを鞘に収める。
どうやら、通過儀礼のようなものだったらしい。
「やれやれ。一歩退きなさい、ザグレイ」
ザグレイと名乗った老人の後ろから、一人の青年が姿を現した。
彼の顔を知らない者は、おそらくこの国にはほとんどいないだろう。
美しい青髪と、硝子のように透き通った瞳。
彼こそが僕たちをこの孤島へ招待した張本人、レイン・ルクシオンだった。
「皆様、うちのザグレイが大変な失礼を。冒険者時代の血が騒いだのでしょう。アラン様ほどの強者を前にして、黙っていられなかったのだと思います」
レインは非礼を詫びると、僕たちを屋敷の中へ案内した。
「どうぞ、土足のままで構いません」
「うおお、こりゃあすげぇな」
アランが感嘆の声を漏らす。
「うわっ! ひろぉーい!」
ユキも目を爛々と輝かせていた。
「アランの邸宅より広いのう」
「なにこれ、ヤバッ!」とアリス。
「そうかしら?」アディが応じる。「確かに広いけれど、居心地は悪そうですわ。話には聞いていたけれど、こんな廊下があと三つもあるのでしょう? 移動するだけで面倒臭そうです」
「それは……そうかもしれませんね」
僕は苦笑しながら答えた。
アディは、わりと毒のある言葉を吐く。
僕たちに対しても、初対面の相手に対しても。その調子は変わらない。
もっとも見た目だけなら文句なしに美しい。
そのせいか、世間では【薔薇姫】などと呼ばれている。
「確かに、ザグレイがいてくれなかったら僕も毎日大変だったでしょうね」
長廊下を歩きながら、レインが穏やかに笑う。
廊下の長さは、僕の想像を二倍も三倍も上回っていた。
両側の壁には等間隔に絵画が飾られており、そのうちのいくつかは、僕も見たことがあるものだった。一番目を引いたのは、金色の額縁に収められた【セカイ】という作品だ。
世界が蠢き、崩壊し、空が赤く染まる。
海は巻き上がり、家屋は消し飛び。
その光景を背に、一人の少年が恐怖に染まった表情で耳を塞いでいる。
そんな絵画だった。
「興味がおありですかな?」
ザグレイさんに尋ねられ、僕は「少し」と答えた。
「昔、母に連れられて行った博物館で見たことがありましたから」
「左様ですか。それは良いものをご覧になりましたな」
良いもの、というには少し無理がある。
けれど、それを口にする必要もない。
昔のことを少し思い出しただけの話だ。
「さあ、皆様。ここから先は大広間になります。この僕、レイン・ルクシオン自慢の空間を、とくとご覧くださいませ」
レインは両開きの扉を押し開けた。
その先には広大な空間が広がっていた。
「うわぁ……」
僕たちは思わず息をのむ。
淡い青を帯びた白い石壁が、視界いっぱいに広がっていた。大広間は吹き抜けになっており、見上げれば三階部分まで一望できる。どうやら、この十字架屋敷は三階建てらしい。
二階へ続く階段は二つ。
左奥と右手前、対になる位置に設けられていた。
二階と三階に扉らしきものは見当たらない。
あるのは格子付きの窓と、壁に飾られた額縁だけだ。
おそらく上階は客室ではなく回廊なのだろう。
つまりは、絵画の展示場だ。
「すげぇなこりゃあ。マジで俺の豪邸よりデカいじゃねぇか」
「こりゃあ負けましたのう」
「大聖堂みたいだな」
「ユキ、さすがにそれは言い過ぎっしょー」
「へぇ。風情はいいですね」
レインはにこりと微笑み、頭を下げた。
賞賛の言葉に、まんざらでもない様子だった。
「お褒めにあずかり光栄です。では、まずはお部屋をご案内しましょう」
レインによれば、この十字架屋敷には九つの部屋が用意されているらしい。屋敷の中央に立つと、レインは周囲を示しながら説明を始めた。
「この屋敷は、中央の大広間から四方向へ廊下が伸びる十字型の造りになっています。西棟には一号室から三号室。東棟には四号室から六号室。南棟は、皆様が先ほど通ってこられた入口までの長廊下です」
そこでレインは、北側へ視線を向けた。
「そして北棟には、七号室から九号室までがあります。ただし、ここだけは少し造りが違いましてね。七号室と八号室は廊下を挟んで向かい合う形になっています。さらに奥へ進むと、ほら、見えるでしょう?」
促されるまま視線を向けると、北棟の最奥には巨大な扉があった。
大広間へ入ってきた時の扉とよく似た造りだ。
「あの先が九号室です。とはいえ、今回は客室として使う予定はありません。【太陽の煌めき】の皆様と僕たちを合わせても八人。八部屋あれば足りますからね」
レインはそこで、少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「ちなみに、化粧室は大広間に二つだけです。皆様、どうか譲り合いの精神をお忘れなく。それでは、さっそく部屋割りを決めましょうか」
レインに促され、僕たちは部屋を決めた。
一号室:ユート
二号室:ジョン・ディース
三号室:アラン・エドガー
四号室:アリス・アリシア
五号室:ユキ・マーベラ
六号室:アディ・クリス
七号室:レイン・ルクシオン
八号室:ザグレイ・ギーマン
九号室:空室
「どうやら決まったようですね。それでは早速!」
レインがパチンッ、と指を鳴らす。
ザグレイが「畏まりました」と一礼し、大広間に併設された厨房へ歩いていった。
「まずは、我がルクシオン家自慢のフルコースから。無論、酒類も豊富にご用意しておりますので、ご安心ください」
その後、レインはユキとアディに目を向けた。
「もちろん、果実水などもございますよ」
芝居がかったウインクを決めるレイン。
ユキは成人しているが、若く見られやすい顔立ちをしている。
つまり、軽く子ども扱いされたわけだ。
もっとも当の本人は、まんざらでもない表情を浮かべていた。
ここまで読んで頂きありがとうございます!!




