第4話 蜘蛛の糸
『拝啓、アラン・エドガー様。突然このような手紙を差し上げる非礼を、まずはお詫び申し上げます。さぞ驚かれたことでしょう。誠に申し訳ございません。
ですが、私にはどうしても、アラン様にこの手紙をお届けしなければならない理由がございました。かつて、【王都】にドラゴンが襲来した日のことです。あの時、【太陽の煌めき】の皆様は、まるでダイヤモンドのような輝きを放つ高貴なるドラゴンを、見事に撤退させてみせました。
実はその際、私の妹であるアレクサンドラが命を救われていたのです。
以来、私はずっと、【太陽の煌めき】の皆様にお礼を申し上げたいと考えておりました。
しかし、その機会はなかなか訪れませんでした。どうしたものかと思案するうちに時は過ぎ、今に至った次第でございます。
最近では、【太陽の煌めき】様もかつての勢いを失い、Aランクダンジョンの依頼しか回ってこないと耳にしております。
私としましては、そのような事態を大変憂いております。
【太陽の煌めき】様の輝きは、決して失われてなどおりません。それどころか、今なおますます輝きを増しているのだと、私は胸を張って断言できます。
さて、前置きが長くなりました。ここからが本題でございます。
僭越ながら、この私、レイン・ルクシオンは、かつて妹の命を救っていただいたお礼として、【太陽の煌めき】御一行様を、私が所有する【十字架屋敷】へお招きしたいと考えております。
アレクサンドラを救っていただいた礼としては、到底足りるものではないと承知しております。それでも、せめてもの謝意を示すべく、豪勢なフルコースと、百本の金塊をもって皆様をおもてなししたいのです。
この手紙をお届けした翌日には、【十字架屋敷】へ直行できる魔道具、【転移石】を六名分お送りいたします。
二週間分ほどの身支度を整え、なにとぞお越しくださいますよう、お願い申し上げます。最後になりますが、このような身でありながら、突然アラン様へ手紙を差し上げましたこと、どうかお許しください。
レイン・ルクシオンより、親愛を込めて』
「……マジ、かよ」
手紙の内容は凄まじいものだった。
一考の余地すらない。
確かに今、【太陽の煌めき】はかつての威光を失いつつある。
当然、手に入る金品も目減りしていた。
一度上げた生活水準を下げられないアランたちにとって、この手紙は、まさに天から垂らされた蜘蛛の糸にも等しかった。
十字架屋敷への招待を断る理由など、アラン一行にはどこにもなかった。
「驚きましたなぁ。まさか金塊百本とは。よほどの恩義がなければ差し出せぬ額ですぞ。良かったですな。過去の行いは、やがて己に巡る。お天道様はしかと、【太陽の煌めき】の活躍を見てくださっていたのですなぁ」
まさにその通り。
太陽は――神は、見ていたのだ。
【太陽の煌めき】、その一行の行いを。
#
アランは大急ぎで【通心石】を使い、王都に住まう【太陽の煌めき】のメンバー全員を自邸へ招いた。
そして、例の手紙を自慢げに読み上げる。
アランの瞳は、ぎらぎらと輝いていた。
金塊百本。興奮しない方がどうかしている。
「金塊百本だぞ!? まるで夢みたいな話だ!!」
現在、金塊一本の価値は一千万ゴールド。
パーティメンバー六名で割れば、一人当たり十六本。
つまり、一億六千万ゴールドもの臨時収入になる。
「それ、本物なのか?」
疑いの声を上げたのは、一人の少女だった。
パーティの中では一番の若手。
二十歳の魔術士、ユキ・マーベラである。
紫紺の長髪に、同じ色の瞳。色白の肌が印象的な少女だ。
固有魔法【龍眠】は、格下のモンスターを確実に眠らせることができる。さらに味方に使えば、短時間で疲労を癒やすことも可能だった。
ユキが見据える先には、筋骨隆々の大男が仁王立ちしていた。
浅黒く焼けた肌と、丸太のように太い腕。その迫力は、全盛期と比べてもまるで衰えていない。
彼こそが、このパーティのリーダーにして、剣豪の称号を持つ男。
アラン・エドガーだ。
金色の瞳。浅黒い肌。そして異様なほど白い歯。
その取り合わせが、独特の威圧感を醸し出していた。
「本物も何も、こいつを見てみろよ」
アランはくるりと手紙を裏返した。
そこには確かに、ルクシオン家の封蝋が押されていた。
魔導士の杖を、天輪のごとく取り囲む三匹のウロボロス。
見紛うはずがない。
「ってことは、私たち一気に大金持ちってコト!?」
飛び跳ねたのは、パーティ加入から十年の中堅、付与術士アリス・アリシアだった。
瑠璃色のショートボブがよく似合う、愛らしい女性である。
愛犬の“ドーシャ”は、ダンジョン攻略の最中に迷子となり、いまだに見つかっていない。おそらく、すでにモンスターと化しているのだろう。
「そのようですね」
そう言ったのは、二十八歳の金髪丸眼鏡。
長身で優男風の冒険者、ユートだった。
固有魔法【アナザー】によって、アンデッド族を自由自在に操ることができる強者である。彼がその気になれば、アンデッド軍団を率いて国一つに戦争を仕掛けることもできる……かもしれない。もっとも、それは彼の魔力量次第だが。
「ほっほっほ。まさか、こんなことがあるとはのう。驚きすぎて腰が抜けそうじゃわい。まあ、抜けたところで、一億六千万もあればすぐ治せるがな」
抜け落ちすぎて鍵盤のようになった歯を覗かせながら笑ったのは、ジョン・ディース。六十二歳。
固有魔法【密室】により、相手の鼻と口と目を塞いで窒息させる戦法を得意とするが、基本的にはデバフ要員である。
アランに最初にスカウトされたのが、この男だった。
また、ザーヤとは幼馴染の関係でもある。
かつては淡い恋心を抱いていたらしいが、今ではその気持ちもすっかり枯れ果ててしまったようだ。
「ちょっと、気持ち悪いから笑わないでくださる? まあ、一億六千万と聞けば浮つくのも分かりますけどね」
彼女はアディ・クリス。
固有魔法【ゼロ時間】によって、ごくわずかな時間だけ時を止めることができる。
だが、それも五年前までの話。
今では見た目を十五歳程度に保つので精いっぱいだった。
ちなみに実年齢は、本人いわく二十九歳。
このパーティではヒーラーの役割を担っている。
【太陽の煌めき】の面々は、揃いも揃って金塊のことしか口にしなかった。
フルコースとやらに興味がないわけではない。
だが、そんなものは二の次だ。
なにはともあれ、彼らの判断は即決だった。
十字架屋敷への招待を喜んで受け入れる。
意義を唱える者は誰一人としていなかった。
「それに、あの屋敷から望める海原は、宝石のように光り輝くと聞く」とユキ。
「鬱蒼とした木々が取り囲んでいるとも聞くがのう」
「二階、あるいは三階建てなのでしょう」ユートが言う。「森といっても、所詮は小島です。僕たちが想像するようなものではないでしょう」
楽しみですね。
ユートは続けた。
「きっと、空気も美味しいですよ」
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