第3話 始まりの手紙
一通の文が、冒険者ギルドに届けられた。
差出人は、かの有名な大富豪【レイン・ルクシオン】。
受付嬢たちはその名を目にした瞬間、ざわめき立った。
「まさか、あのルクシオン様が?」
「一体、誰に宛てた手紙なのかしら?」
「羨ましいわ。ルクシオン様からの手紙だなんて」
受付嬢の一人が手紙を裏返し、宛名を確認する。
すると、そこにも驚くべき名が記されていた。
【アラン・エドガー】
Sランクパーティ【太陽の煌めき】のリーダーである。
彼らの活躍を知らない冒険者はいない。
かつて、王都に一頭のドラゴンが襲来した。
ワイバーンのような下位種ではない。
成熟した、正真正銘のドラゴンだった。
白く輝くダイヤモンドのような鱗。
巨体を空へ浮かせる二対の大翼。
青い炎の吐息によって、王都はみるみる焼き焦がされていった。
その危機に現れたのが、【太陽の煌めき】だった。
彼らは別のダンジョンから帰還したばかりだったにもかかわらず、疲弊した様子ひとつ見せず、ドラゴンを圧倒した。
結果として討伐には至らなかったものの、撤退させることには成功する。
以後、彼らはティラス王国の王都を守った英雄として、広く尊崇されることとなった。
「ああ、なんてこと。なんだか凄いことが起きそうな予感がするわ!」
アラン宛てに届いた、ルクシオンからの手紙。
これはきっと国家レベルの大事になる。
受付嬢たちは、ギルド内の空気が塗り替わっていくのを肌で感じていた。
日常が非日常へと転じる瞬間を、全身で味わっているのだ。
「まずは落ち着きなさいな」
洒落たカップ片手に、一人の老婆がのんびりと声をかけた。
名はザーヤ。
冒険者ギルドを取り仕切る古株の一人である。
長い年月を生きてきた者だけが持つ落ち着きが、彼女にはあった。
「その手紙は私が預かるよ。アンタら、浮ついて手紙を無くしそうだからねぇ。もしそんなことになったら、ギルドの面目が丸潰れってもんさ」
ぐうの音も出ない正論だった。
確かに今の状態で配達業務を行えば、アラン宛ての手紙だけでなく、他の冒険者に宛てられた手紙まで紛失しかねない。
そうなれば責任の取り方は決まっている。
つまり、クビだ。
「……分かりました。では、ザーヤさん。お願いします」
「ああ。しかと任されたよ」
かくして、ザーヤは冒険者ギルドをあとにする。
実際のところ、ザーヤの胸もわずかに高鳴っていた。
だが若い娘たちほどではないということも、彼女はよく自覚していた。
それに、これはあの子たちのためでもある。
万が一この手紙を紛失した場合、事態は予想を上回る大事になるに違いない。
そのとき誰が責任を取るのか。
そんなもの、自分一人でいい。
(もう十分、長生きしたからねぇ)
ザーヤは胸の内でそう呟きながら。
ゆったりとした足取りで、アランの邸宅を目指した。
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「なに? あのルクシオンから手紙だと?」
アランは大げさな反応で驚いてみせた。
ルクシオン家という名は、アランの目から見ても嫉妬するほど眩しいものだったからだ。
若き青年が、たった一代で巨万の富を築き上げ、その名を全世界に轟かせた。
青年の名はレイン。
目端が利き、耳が早く、人当たりもいい。
口を開けば言葉は丁寧で、彼と話した者は、たいてい上機嫌になって帰っていく。
少なくとも直接対面した者の中に、彼を嫌う人間はいなかった。
ゆえに彼はありとあらゆる商談を成功させ、わずか十年という短い歳月で億万長者となった。
現在は絶海の孤島に【十字架屋敷】なる建造物を建て、時折、そこから海を眺めて暮らしているのだという。
一人で住むには広すぎる屋敷だが、そこにはもう一人、付き添いの男がいる。
幼少期のレインと親しかった、近所の男だ。
名はザグレイ・ギーマン。
一時は冒険者パーティの治癒術士として活躍していたが、結婚して家族ができたのを機に、危険な仕事からは身を引いた。
今ではレインの世話係を務めつつ、時折は実家に戻り、家族と穏やかな日々を過ごしているらしい。
「まさか、この俺にルクシオンから手紙が来るとはな。予想もしていなかったぜ」
「ええ」
ザーヤはこくりと頷いた。
「うちの娘たちも、朝早くから大騒ぎでね。かくいう私自身も、いい歳だというのに、胸が躍るような気分ですよ」
ザーヤが言うと、アランは「ククッ」と笑みを浮かべた。
「そりゃあそうだろうな。これは国が動くレベルの大事だ。きっと、とんでもなくデカい案件に違いねぇぜ。特別だ。お前にも内容を聞かせてやるよ」
自慢げに唇の端を釣り上げて、アランは手紙の封を破った。
「ああ、私なんかが国家機密めいた話を聞いてしまってよろしいので?」
「気にするな。俺とザーヤの仲だろう?」
実は、二人は旧知の仲である。
ザーヤも昔は冒険者をしていた。
その誼だ。
二人でSランクモンスターの討伐を成し遂げたこともあり、当時の二人を、周囲の冒険者は【風神雷神】などと呼んだものだった。
とはいえ、二人の歳の差は二十以上も離れている。
ザーヤが先に一線を退いたのは、至極当然のことだった。
「えーと、どれどれ?」
アランは封を破り終えると、その場で文面を読み上げはじめた。
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