第14話 二人目
僕たちは、置き時計の針がⅨを示したところで解散した。自室に戻った僕は、ベッドに横たわり、「ふう……」と長く息を吐く。
まさかだった。
まさか、ジョンが自分のイタズラを認めるだなんて。
ジョンは年のせいか、どこか頑固なところがある。だから、自分がしていないことは意地でも認めない。
半ばこじつけのような僕の推理。
けれど、ジョンが頭を下げたことで、その推理は一気に現実味を帯びた。
僕の願望は、真実だったのかもしれない。
この十字架屋敷の中に、人を殺すような人間はいなかった。悲しいことだが、ユキの死はただの事故に過ぎなかったのだ。
そこに、ジョンのイタズラが重なった。
そのせいで僕たちは連続殺人が起きるのではないかと錯覚し、互いに疑心暗鬼になっていた。
「なんだ、それ」
まるで馬鹿みたいな話じゃないか。
こんな偶然に翻弄され、僕たちは互いを疑っていたのか。それどころか僕は、この屋敷に招待してくれたレインとザグレイさんにまで、少なからず猜疑の眼差しを向けてしまった。
「最低だな、僕は」
一度自己嫌悪に陥ると、そこからは泥沼だった。
蟻地獄に飲み込まれていくような感覚が、いつまでも胸の奥に残り続けた。
けれど、なんだろう。
なにか違和感が残っている。
なにかを見落としてはいないだろうか?
些細なことでいい。
この胸のつっかえを取り除いてくれる何か。
この不信感を消してくれる何か。
僕は、一体何に違和感を覚えているんだ?
見落としているものがあるとするなら、それはなんだ?
本当にこれで解決したのか。
本当にこれで終わりなのか。
時計の針は、気づけばⅩに差しかかろうとしていた。
「もう、こんな時間か」
そろそろ眠るとしよう。
もう何も考えなくていい。
これで全部、終わったのだから。
まるで、そんな僕を嘲笑うかのようなタイミングだった。
ドォォオンッ!!
大きな音が響いた。
同時に、僕の部屋が微かに揺れる。
「……ッ!!」
僕は勢いよく上体を起こした。
「なんだ、今の音」
まさか。
いや、しかし。
扉を開け、ゆっくりと廊下へ出る。
同じタイミングで、二つ隣の三号室からアランが顔を出した。
僕たちは互いに顔を見合わせ、無言で頷き合う。
「いいか、俺が先に出る。お前は何かあった時に備えておけ」
「了解です」
僕たちは二人で廊下を進んだ。
一歩ずつ、細心の注意と警戒心を払いながら。
そして大広間に到達した時――。
「ああっ!」
僕たちは、それを目撃した。
消したはずの大広間の灯りが、なぜ煌々と点いているのか。
その謎は、今は横に置くしかなかった。
まずは、目の前の現実に向き合わなければならない。
「……ダメだ」
アランが首を振る。
だが、そんな言葉を投げかけられるまでもなく。
「ダメだ」などということは、一目瞭然だった。
腕も、足も、本来なら曲がり得ない方向へ曲がっている。
圧し折れている。
顔の半分は潰れ、体の一部は無惨に裂けていた。
かなり強い衝撃を受けなければ、こうはならない。
例えば――。
僕は上を仰ぎ見た。
そこにあるのは、ただ絵画を飾るためだけの廻廊。
「あの高さから落ちたなら、こうなってもおかしくはないですね」
「ああ。間違いないだろうな」
アランはそう言うと、上着を脱いだ。
そして、もはや人の形を失いかけているそれ――ジョンの死体に、そっと上着を被せた。
ちょうどその時だった。
音を聞きつけたのだろう。彼女たちが大広間へとやってきた。
「何事です!?」
すっかり怯えた様子のアリスを抱えながら、アディは険しい表情を浮かべている。そして僕の左手側、十字架の軸木に当たる北棟――七号室と八号室の方から、レインとザグレイさんが焦燥を滲ませて駆けつけてきた。
「今度は、何が……」
「……血溜まり、ですか。今この場にいないのは」
聡明なザグレイさんは、すぐに答えを導き出した。
「なるほど。ジョン様にございますか」
「見ない方がいい」
僕はアディとアリス、特にアリスへ向けて言った。
死体の有り様はユキの比ではなかった。
破壊の限りを尽くされ、もはや物体としか形容できない姿になっている。
「そん、な。どうして?」
アリスが頭を抱えてしゃがみ込む。
「全部、ジョンのイタズラだったんでしょ!? 自分で言ってたじゃない。あの藁人形はイタズラだった、って……」
その言葉の途中で、僕は「あっ」と目を見開いた。
そして、大急ぎで例の場所へ向かう。
「……嘘だろう?」
レインが取り外し、処分したはずの藁人形。
長机の上にあったものも含め、すべて片付けたはずの藁人形。
それが再び、この場所に磔にされていた。
蝋燭時計を置くための、あの壁面の出っ張り部分に。
「どういうことですか、これは?」
僕を追ってきたレインが、困惑の表情で問う。
だが、それに対する答えなど僕は持ち合わせていなかった。
「とにかく、今は現状保存を。そして全員、今夜はこの大広間で休みましょう。誰一人として、怪しい行動を取れないように」
ザグレイさんの指示に従い、僕はアランたちの――死体の方へと小走りで戻った。
そして事情を説明する。
アリスは恐怖で震えていた。
死体のある場所でなんて眠れないと、泣きじゃくった。
しかしアディが、彼女を優しく宥めてくれた。
「私がいるから大丈夫」
そう言って抱きしめると、アリスは少しずつ落ち着きを取り戻し、やがて静かに頷いた。
「……うん」
弱弱しい小さな声が、大広間の冷たい空気に溶ける。
終わってなどいなかった。
ユキの死も。
藁人形の意味も。
この十字架屋敷に巣食う悪意も。
何ひとつ、終わってなどいなかったのだ。
これにて第二章完結です!
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