第13話 手紙の主
夕食は、これまた豪勢なフルコースだった。
まずは前菜。特定のダンジョンでしか採れない、魔力を豊富に含んだ【ヤヤッサの葉】を主役に、色鮮やかな高級野菜が添えられている。【ヤヤッサの葉】には独特の酸味があるが、これがまた妙に癖になる味だった。
「塩を少し足しても美味ですわね」
アディは調味料を片手に、満足げな表情を浮かべていた。
「刺激的な味わいじゃのう」
「ああ。食欲が湧いてきやがる」
「あー、幸せ……」
恍惚とした表情を浮かべる僕らを見て、レインは「ふふ」と頬を緩ませた。
「そこまで喜んでいただけると、こちらまで嬉しくなりますね。ザグレイは勉強熱心ですから。こういう形で恩人に報いることができて、光栄です」
そこでふと、僕は思い出したように手を止めた。
「そういえば、レインさんの妹……アレクサンドラさんは、どういう方なんですか?」
僕の問いに、二人――レインとザグレイさんの手が止まった。
「なかなか難しい質問をしますね」
実は疎遠だったのです、とザグレイさんは言った。
「文通程度のやり取りはあったのですが」
「僕が意地を張ってしまったんだ。それで大きな喧嘩をしてね。それからは、まともに顔を合わせないまま時間だけが過ぎていきました。時折、手紙のやり取りはしていましたが……やはり仲直りとまではいきませんでしたね」
「どんな喧嘩だったんだ?」とアラン。
「それは勘弁してください。あまり人に言えるような内容ではないのです」
「難儀じゃのう」
ヤヤッサの葉をむしゃむしゃと頬張りながら、ジョンが言う。ヤヤッサの葉は柔らかいので、ジョンのように歯が抜け落ちていても楽に食べられるらしい。
「あまり私的な事情に踏み込むのは、感心しませんわね」
アディは、リーダーであるアランにも容赦しない。
誰に対しても態度を変えない人なのだと、好意的に解釈することもできる。
「はは、悪かったよ」
気まずそうに言って、アランは視線を食事へ落とした。
「ですが、最終的には仲直りを。そうですよね、レイン坊ちゃま」
「まあね。きっかけは一通の手紙だった。それこそが、ドラゴンによる王都襲来の件だったのです」
レインは、どこか懐かしむように目を細めた。
「アレクサンドラは、降り注ぐ瓦礫に押し潰されそうになったと書いていました。けれど、そこに颯爽と現れたのが、太陽の煌めきの皆様だったのです。僕は感動しました」
レインは続ける。
「そして後日、太陽の煌めきの王都凱旋を、アレクサンドラと共にこの目に焼き付けたのです」
結果、その場で仲直りができた。
そういう意味でも、レインにとって僕たちは恩人なのだという。
「良かったじゃない」アディが言った。「冒険者冥利に尽きますわ」
「それね!」とアリス。「こうやって喜んでもらえるとさ、冒険者やっててよかったーって思うよね」
「なんも特別なことじゃねえけどな。強きが弱きを助ける。当然のことだ」
「ヒヒッ、そうじゃのう。それが力ある者の務めじゃからのう」
「改め」
レインは立ち上がり、深く頭を下げた。
「その節は、本当にありがとうございました。ちなみにアレクサンドラは今、皆様に憧れて冒険者パーティのリーダーを務めているのですよ。パーティ名は【月光の輝き】だと教えられました。笑ってしまいますよね。そのまますぎて」
「憧れとは、そういうものです」
どこか悟った風情で、ザグレイさんが言った。
「なんだかむず痒いですね。嬉しくもあり、恥ずかしくもあり、って感じです」
率直な感想を述べると、レインは「まあまあ」と笑った。
「お喋りはこの辺にして。ザグレイ、次はアレをお出しして」
次に差し出されたのは、あっさりとしたスパゲティだった。ほのかに玉ねぎの香りが漂っているが、具材としては見当たらない。
「オニオンオリーブを使用していましてね。もちろん、ただのオニオンオリーブではありませぬぞ」
ザグレイさんは自慢げに言った。
「ホワイト・レジェンズです」
「ホワイト・レジェンズ?」
「【賢者の石】を錬成する際に使われる素材の一つにして、【聖なる薬草】の材料としても扱われる最上級のオニオン。それを惜しむことなく、ふんだんに使用しているのです」
賢者の石、さらには聖なる薬草。
冒険者ならば誰もが耳にする最上級アイテムだ。
その素材を料理に使ってしまうとは、贅沢極まりない。
「むむ、これまたなんとも流麗な味わいじゃ。まるで水のように喉を滑っていく。年寄りにも優しい、実に気の利いた料理じゃのう」
「普通にさ、美味しいーって言えばいいじゃん。気取りすぎじゃない?」
アリスはすっかり調子を取り戻しているようだった。
食事を終えたら、あのことを話してみよう。
ジョンが素直に、自分の犯行を認めるとは思えない。
それでも、この空気なら話せる気がした。
#
「――というのが、僕の考えなのですが」
僕は自身の考えを語った。
つまり、ユキ事故死説である。
「おい、ユートの話は本当なのか?」
鬼のような形相で凄んでいるのはアラン。
もちろん、その視線はジョンに据えられている。
「なななっ! そんなまさか!」
狼狽えるジョンをよそに、レインは思案に沈んでいた。
やがて、「ふむ」と口を開く。
「確かに筋は通っていますね。考えてみれば、藁人形というのもどこか古めかしい……いえ、あまり失礼な物言いをするつもりはないのですが。しかしユート君の話は、どうにもあり得そうな気がするといいますか」
「むぅ」ザグレイさんも頷く。「ユキ様が『料理をしてみよう』という趣旨の発言をなさっていたことを、このザグレイも確かに耳にしております。この記憶に間違いはありません」
「そうなの?」
アリスは目尻に涙を浮かべながら、ジョンへとにじり寄った。
「ねえ。本当にジョンのイタズラだったっていうの? ユキが死んじゃったのは、ただの事故だったっていうの!?」
「でもよぉ」
アランが眉を寄せながら口を尖らせた。
「だったら、あの手紙はなんなんだよ。『話があるから出てきてくれ』みたいなやつ」
それに関しては、僕は一つの可能性に思い至っていた。
「その手紙はユキの部屋にあった。そうですよね? ザグレイさん」
「ええ、間違いありません。このザグレイ、ユキ様の部屋にてあの文を見つけました」
「だったら話は簡単です。その手紙の持ち主は、ユキだったんですよ」
今度はアディから反論が飛んできた。
「だとしたら、文面が少し男性的すぎませんか?」
「はい。ですが、それも無理はありません。だってユキは不器用ですから」
僕たち太陽の煌めきの間で、手紙のやり取りがなされたことは一度もない。
つまり誰もユキの文面を見たことがないのである。
僕は一拍置いて続ける。
「筆跡鑑定の時に一人だけいなかった人物がいますよね。それは他の誰でもない、ユキ本人です」
「ああ、言われてみれば!」
ジョンが手を叩いた。
得心した、という様子だった。
「確かに。それは盲点でしたな」とザグレイさん。
「となると、確認すべきことはあと一つですね」
レインが、きっとジョンを睨みつける。
ジョンは「うぅっ」と息を呑んだ。
「う、ぐ……ぬう」
やがてジョンは項垂れた。
「すまんかった!!」
深く、頭を下げる。
「ワシなりに色々と考えたんじゃ。でも、なにも思い浮かばんくてのう――」
パシンッ!
乾いた音が響いた。
アリスの平手打ちだった。
「どれだけ怖かったと思ってるのよ、このバカ!!」
叫ぶなり、アリスは足早に自室――四番の部屋へと走っていった。
「最低ですね」
侮蔑の表情で吐き捨て、アディは彼女の後を追った。
「ああ、まさか……これが結末だっただなんて」
乾いた笑みを浮かべるレイン。
たぶん、僕も似たような顔をしていたと思う。
アランは長机に肘をつき、不機嫌そうにワインを煽っている。ザグレイさんはそんなアランを窘めつつも、例の美しい所作で、お代わりの要求に応じていた。
そして、ジョンはというと。僕の隣の席に腰かけたまま、がっくりと項垂れていた。
ぶつぶつと何かを呟いている様子だったが、何を言っているのかまでは聞こえなかった。
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