第12話 マリン・ジュエリー
僕とジョンは、ザグレイさんの背を追って森の浅い獣道へと足を踏み入れた。
「それほど広い森ではありませんが、一応はご注意ください。まあ、私がいればモンスターなど赤子の手をひねるようなもの。向こうの班も、アラン様がいれば問題はないでしょう」
「ふへへ、頼りにしておりますよ? なんせ今のワシらは、丸腰同然ですからのう」
七人の中に人殺しが潜んでいる。
その可能性がある以上、全員に武器を持たせるわけにはいかない。
かといってモンスターと遭遇した時に抵抗できないのでは本末転倒だ。だからこそ、アランとザグレイさんは別々の班に分かれた。
そして僕の意図を察してか。
「僕はこっちの班に入るよ。ザグレイはそちらを頼む」
レインはそう言って自分の意思でザグレイさんと離れた。微かにではあるものの、二人を同じ班にしない方がいいという僕の考えを見透かされている気がした。
別に疑っているわけではない。
疑いたいとも思わない。
ただやはり、念のためというやつだ。
しばらく歩いていると一匹のモンスターが姿を現した。
ブラッディ・ウルフ。
Cランクのモンスターだ。
『ギャォオオオッ!!』
「フンッ!」
ザグレイさんの拳が一閃した。
鈍い音が響き、ブラッディ・ウルフの巨体が横倒しになる。頭部を打ち抜かれたその魔獣は、痙攣する間もなく動かなくなった。
「ぬおっ。恐ろしい力じゃのう!」
「なんのこれしき。この程度、私からすれば犬ころ同然です」
「素手で相手取れと言われたら、僕でも厳しいですね。武器があれば余裕ですが」
「現役の方に助言するのも気が引けますがね。大抵の生物は、頭部を破壊すれば生命活動を停止するものですよ」
「そりゃそうじゃわな! はっはっはっは!」
元も子もない話だが、実に的を射た発言だった。
だからこそ攻撃魔法――特に爆発系の魔法を扱う魔術師は重宝される。遠方から標的の頭部を一撃で破壊できる魔法使い。これほど冒険者に向いた職業もないだろう。
僕らのパーティでは、その役割をユキが担っていた。
「そろそろ見えてきますぞ」
ザグレイさんの言葉と同時に、ざわり、と視界が開けた。
森を抜けた先には草原が広がっていた。
涼風が僕の黒髪をさらい、草木がさわさわと揺れる。その様子は、まるで白波が立っているかのようだった。
そしてなにより。
「ああ。本当に宝石みたいだ」
「ウム。こりゃあ絶景じゃわい」
眼下に広がる海原が、陽光を受けてきらきらと輝いていた。屋敷から望める海は宝石のように美しい。ここへ来る前、ユキが口にしていた言葉を僕は思い出していた。
「美しいでしょう。我々はこの光景を【聖母の慈愛】と呼んでいます。あっ、我々というのは、私と坊ちゃまのことですよ?」
「【聖母の慈愛】ですか」
「その名にいささかの偽りもなし、といったところじゃのう」
そんな話をしていると。
「うわぁー、すっごーい! 超キレイ!!」
聞き慣れた声が少し離れた場所から飛んできた。視線を向けると、そこにはレインたちの班の姿があった。
「なんじゃ、彼奴らもこっちに来おったのか。これでは班分けの意味がなかろうに」
「見通しのいい場所ですし、今はいいんじゃないですか?」
互いの姿は確認できる。
それでいて、完全に混ざり合っているわけでもない。
海原を前に、僕は少しだけ肩の力が抜けていくのを感じていた。こんなにも美しい景色を前にして、それでもなお惨劇が続くとは、どうしても思えなかった。
悪い夢かなにか。
いや、ひょっとしたら。
偶然が重なっただけなのではないか?
そんな思いが、僕の胸中に湧いてくる。
あの藁人形は誰かの悪質なイタズラで。
ユキの死は、ただの事故だった。
もちろん、あの短い手紙のことを考えれば理屈としては苦しい。それでも僕は、そう考えたかった。
思い返してみれば、ユキはこう言っていたではないか。
「私も料理始めようかな」
胸に刺さっていたナイフは、考えてみれば調理にも使えそうなものだった。
つまりユキは、不器用ながらに料理をしてみようと思い立ったのではないか。けれど元々の不器用さに、寝起きのぼんやりした意識が重なって――その結果、あのような不幸な事故が起きてしまった。
「……」
珍しく、アディからも弾んだ声が上がる。
アリスとアディは、心の底から楽しそうに海を眺めていた。
そんな二人を、レインとアランが穏やかな表情で見守っている。こちらの班も、いつの間にか和やかな空気に包まれていた。
昨夜の藁人形のことは気にかかる。
だが、もしかしたらそれすらも、ただのイタズラなのかもしれない。
だとするなら、その犯人はきっとジョンだ。
いくらなんでも、仲間が亡くなった後にあんな不謹慎な真似をするほど、アランは非常識な人物ではない。
だがジョンならあり得る。
ジョンなら、仲間の死さえ笑い話にしかねない。
もしかしたら彼なりに僕らを励まそうとして、それが見事なまでに空振りしてしまっただけなのかもしれない。
屋敷に戻ったら僕の考えを話してみよう。
ユキの死は事故だったのではないか、と。
その後で、ジョンのことを問い詰めよう。
ジョンはひょうきんな性格だが、真面目な態度で接すれば、ちゃんと応じられるだけの常識は持ち合わせている。それに歳は取っていても、まだ呆けてはいない。
「それにしても、本当に綺麗ね」
いつの間にか、僕たち七人は同じ海を眺めていた。海原を照らしていた光は、気づけば夕陽へと変わりつつある。
背後を振り返ると、十字架屋敷の白い外壁が森の隙間からわずかに覗いていた。木々の影が長く伸び、その輪郭を曖昧にしている。
お誂え向きじゃないか、と僕は思った。
悲しい事故で一人の仲間を失った。
それは紛れもない事実だ。
けれど、この場所には十字架の名を冠した屋敷がある。
ユキを弔うのに、これほど適した場所もないだろう。
やがて夕陽が水平線に沈み始めた頃。
「戻りますか」
低く太い、芯の通った声。
ザグレイさんがそう告げた。
そういえば、まともな昼食も摂っていない。
夕食は何がいいだろうか。
そんな他愛もないことを口にしながら、僕たちは十字架屋敷へと引き返していった。
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