第11話 閉鎖的空間
翌日、朝食を終えた後。
「外出を許可します」
レインが唐突にそう告げた。
反対の声もいくつか上がったが、僕としては異を唱える理由がなかった。
ユキが殺害された後、僕たちは三人と四人のチームに分かれ、屋敷内を捜索した。だが、見つかった危険物は、アランのアイアンブレードとザグレイさんの剣のみ。
つまり、成果はなかったということだ。
一応は危険物なので、それらはレインが預かり、九号室に保管しているらしい。
「え、いいの?」
嬉しそうにアリスが言う。
しかしレインは「助けは期待できませんが」と釘を刺した。というのも現状、この島から脱出する手段はない。
「こんなことになるだなんて、思ってもみなかったからね。転移石は六つしか用意していなかった。手紙の翌日に転移石が届いたのは、単に、手紙を出した翌日にそれを発送していたからです」
レインは続ける。
「帰還用の船がやってくるまでには、あと十日ほどかかります。ここから王都まではかなり距離がある。火を起こして煙を上げたところで、島を囲む高木に遮られ、どこまで見えるか分かりません」
仮に煙が木々を越えたとしても、王都までは遠すぎる。わずかに立ち昇る煙を誰かが視認するなど、ほとんど期待できないだろう。
そして極めつけは、反魔法力場だった。島全体を覆っていると聞いていたが、その範囲は実際にはもう少し広く、島周辺の海域にまで及んでいるのだという。
「この一帯、島の周囲およそ三十キロメートル。そこまでは反魔法力場の内側です。つまり、三十キロを自力で泳ぎ切って初めて、反魔法力場の効果範囲から抜け出せる」
さらに、海にもモンスターは生息している。
魔法も使えず、足場もない海上では、剣一本振るうことさえ難しい。
脱出を試みるのは、ほとんど自殺行為だ。
「完全なる閉鎖空間。そういうことですね?」
アディが言うと、レインとザグレイさんは申し訳なさそうに頷いた。
「そんなぁ」
アリスはガクリと肩を落とした。
「でも、外の空気を吸うだけでもリラックスできますよ」
僕はアリスを慰めるように、できるだけ明るく言った。
「それに、今の僕たちは警戒している。お互いにお互いを監視していれば、あんな惨劇は起こりません」
僕の言葉が少しは効いたのか、アリスは「そうよね」と顔を上げた。
「そうよ、そうよ。いいこと言うじゃない、ユート! 全員で全員を監視していればいいのよ。そうしたら犯人は身動きが取れなくなるし、その後のことは王都の憲兵に全部任せればいいんだから。憲兵なら、きっと簡単に犯人を特定できるはずよ!」
「ふふ。元気になってくれてよかったです」
レインは「ただし条件があります」と人差し指を立てた。
「まず、男性と女性に分かれてボディチェックを行ってください。その後、もう一度それぞれの部屋を確認します。危険物――主に殺傷能力のあるものは、すべてこちらで預からせていただきます。よろしいですね?」
レインはそこで、少し間を置いた。
「没収したものは、すべて九号室に保管します……とはいえ、この条件では僕が不審に思われるでしょう。ですから特別に、皆様には九号室をお見せします」
各自のボディチェックと部屋の確認を終えた後、レインは僕たちを九号室へ案内した。
「少し肌寒いので我慢してください。それと、少しばかり驚くかもしれませんが、それも我慢して頂けると幸いです」
そうして僕たちは、九号室へと足を踏み入れた。
室内に入ってまず目についたのは、白い石台の上に並べられた解体済みのモンスター肉だった。それらを取り囲むようにが置かれ、室内には薄い冷気が漂っている。
「なるほど」
レインが言うほど、僕たちはその光景に動じなかった。数秒の沈黙の後、レインは「ああ!」と手を叩く。
「あまりのショックで忘れていましたよ。皆様からしてみれば、この光景は慣れ親しんだものなんですよね。僕と違って、アラン様御一行は冒険者なのだから」
どうやら九号室は、食糧の保管庫として使われているらしい。
ただし、単なる一室というわけではなかった。
奥には保存棚が並び、樽や木箱、食材らしき包みが積まれている。さらにその向こうには、冷気を逃がさないためだろうか、白い板壁のような間仕切りが設けられていた。
「九号室は、いくつかの保管区画に分けて使っているんです」とレインが説明する。「肉類、乾物、酒類、予備の食材。温度管理の都合もありますからね」
確かに、保存庫として考えれば不自然ではない。氷の魔石の冷気を効率よく保つためにも、広い空間を仕切って使うのは合理的だ。見た限りでは、ただの保管庫にしか思えなかった。
「武器の類も一時的には冷えてしまいますが、劣化することはないのでご安心を。こういう場所にいると、いつ何時なにが起こるか分からない。だから飲食料は、このような形で保管しているんですよ」
レインは小さく息を吐いた。
「ああ、転移石も貯め込んでおくべきだったかな」
後の祭りだと分かっていても、つい口を突いて出る言葉というものはある。とはいえ、転移石は高級品だ。冒険者でもないレインたちが常備を敬遠するのも、無理からぬ話だった。
「とりあえず、ぱっと見たところ怪しいものはありませんわね」
「ねぇ、アディ。早く外に行こうよ」
アリスは、一刻も早く気分転換したい様子だった。
かくいう僕も同じ気持ちだ。
「ワシも、思いきり新鮮な空気を吸いたいわい」
「俺もだぜ。それに、運が良けりゃあ船が通りかかるかもしれねぇ」
「では、参りましょうか」
ザグレイさんの先導で、僕たちは九号室をあとにした。その後の話し合いの結果、僕たちは二つのチームに分かれて行動することになった。
ユート
ジョン
ザグレイ
アディ
アリス
アラン
レイン
広い屋外では、何が起きるか分からない。互いの姿がすぐ確認できるよう、少人数でまとまって行動した方がいい。
それは僕の提案だった。
もちろん、単独行動は禁止。
森の奥へ入ることも禁止。
屋敷から大きく離れないことも、条件として加えられた。
「では久々に……というほどでもありませんが。お天道様の光を直に浴びるとしましょうか」
少し明るい声で、ザグレイさんが入口の大扉を開く。次の瞬間、心地よい涼風と眩い太陽の光が、僕たち七人を出迎えた。
「うぅー、気持ち良いー!」
アリスが、弾けるような笑顔を浮かべる。
アディと手を取り合いながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
「元気が戻ったようで、なによりです」
「ええ、本当に」
陽光を反射する透明な瞳を向けられ、僕は少しだけどぎまぎした。それでも、アリスが元気を取り戻してくれたことに、僕はほっと胸を撫で下ろした。
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