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十字架屋敷の殺人  作者: 藤村
第二章 謎編②

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第10話 ソノモノ

 目を覚ますと、窓の外から月光が差し込んでいた。

 鉄格子越しに降り注ぐその輝きに、僕は思わず目を細める。


「本当なら、楽しい旅行になるはずだったんだけどな」


 どうしてこんなことになったのか。

 一体誰が、何の目的で。


 そんなことを考えていると、外から騒がしい声が聞こえてきた。嫌な予感を胸に抱えながら、僕は大広間へ向かった。


#


「どうしたんですか?」


 大広間にいたのは、アラン、アディ、レイン、ザグレイさんの四人だった。僕を含めた五人が、例の蝋燭時計の前に立つ形になる。


「またですよ」


 僕はまさかと思いながら顔を上げた。

 そこには。


「ああ、そんな……」


 そこには一体の藁人形があった。

 藁人形は、前と同じ場所で磔にされていた。


「宣戦布告、ということですかな」


 ザグレイさんが低く言う。


「返り討ちにしてやるぜ」


 アランが吐き捨てるように応じた。


「同感ですわ」


 確かに今回は状況が違う。

 前回は、あまりにも唐突だった。

 だから誰も、まともに身構えることができなかった。


 けれど今の僕たちには武器がある。それは、生物が生まれつき本能として持ち合わせているものだ。


 僕たちは警戒することができる。

 それは時に、剣や槍よりもよほど強力な武器になる。


「バカな奴だよ」


レインが言った。


「一対一の決闘で「これから首を狙います」と宣言する者がどこにいるだろう?」

「本当ですね」


 おそらく僕たちが休息に入った後。

 犯人は、この藁人形を磔にしたのだ。

 いや。犯人と呼ぶのも、どこか生温い気がした。


 ここでは一先ず【ソノモノ】と呼ぶことにしよう。


 ソノモノは、僕たちが怯える姿を想像しながら、藁人形を壁に打ちつけたのだろう。


 口元を三日月のように吊り上げながら。

 だが、僕たちは数々のダンジョンを踏破してきた冒険者だ。過去には、王都に襲来したドラゴンを追い払ったこともある。そんな僕たちが、同じ手を二度も食らうと思っているのだろうか。


 だとしたら、ソノモノは底抜けの愚か者だ。


「ふわあ……」


 欠伸混じりに、レインが言った。


「今日は一旦お開きにしましょうか。これは取り外しておきます。アリスさんを怖がらせたくはありませんからね」


 そこでレインは、少し考えるように目を伏せた。


「明日の朝、全員に報告しましょう。他の藁人形も処分はせず、一か所にまとめて保管しておいた方がよさそうです」


 僕は頷いた。

 証拠になるかどうかは分からない。

 だが、わざわざ捨てる理由もない。

 

 その時、「ところで」と疑問を差し挟んだ人物がいた。

 アディである。


「レインさんは、どうして大広間へ?」

「これです」


 アディの問いに応じたのは、ザグレイさんだった。

 その手には、一つの小瓶が握られている。


「魔力回復ポーション、ですか」


 一目見ただけで分かった。

 なにせ、【太陽の煌めき(シャイニング・ライツ)】には魔法使いが多い。


 リーダーであるアランを除けば、全員が魔法使いと言ってもいい。かくいう僕も、職業としては魔法剣士だ。


 しかし不思議ではあった。

 この島には反魔法力場(アンチ・フィールド)が展開されている。


 つまり、魔法を使うことはできないはずだ。それなのに、なぜ魔力ポーションが必要になるのか。

僕の疑問を見透かしたように、ザグレイさんが口を開いた。


縛魔契約(ばくまけいやく)という禁忌術をご存じですか?」


 その一言で大方の事情は理解できた。

 アランが続きを促すように顎をクイと動かした。


「魔法とは、魔力を用いて奇跡を現実にする力。大気中に含まれる魔力を取り込めば、人は魔法を扱うことができます。そして、それはモンスターも例外ではありません」


 ザグレイさんの声は静かだった。


「レイン坊ちゃまは、なんとしてでもこの十字架屋敷を護りたかった。ゆえに、禁忌術に手を染めたのです」

「んだよ、そのナントカ契約ってのは」


 アランが眉をひそめる。


「悪魔、邪神、魔王……あるいは呪いか、悪霊か。その正体は定かではありません。ですが、邪なる存在との契約行為を、縛魔契約と呼ぶのです」


 ザグレイさんは続けた。


「あるものを差し出すことで、それに見合う対価を得る。レイン坊ちゃまはその契約によって、反魔法力場を展開したのです」

「して……その、あるものってのは?」


 緊張した面持ちでアランが問う。


「寿命です」


 ザグレイさんは、どこか遠い目をしながら答えた。


「僕が差し出した寿命は十年」


 レインが淡々と引き継いだ。


「まあ、それだけじゃ足りなかったみたいでね。ついでに十年分の魔力も差し出したよ」


 その代償として、レインは常人よりも魔力欠損症に陥りやすくなったのだという。だから、口にする飲料のすべてに魔力ポーションを混ぜている。


「そうしないと、魔力喪失で死んでしまうから」

「どうして、そこまで?」


 未来ある青年、レイン・ルクシオン。

 一代にして巨万の富を築き上げた大富豪。

 そんな彼が、なぜ寿命と魔力を削ってまで、この十字架屋敷を護ろうとするのか。僕には、その理由が分からなかった。


「ここは墓場なんだよ」


 レインは言った。


「僕とザグレイは、残りの生涯をここで過ごすと決めている。ここは僕らの墓なんだ。だから、なんとしてでも護らなくてはならない」

「随分と悲観的ですね。ザグレイさんはまだしも、レインさんはまだ二十代でしょう。人生はこれからじゃないの」


 アディの言葉に、レインは困ったように笑った。


「まあ、そうですけどね。人には、色々とありますから」


 そこでレインは口を閉ざした。

 ザグレイさんも、これ以上のことを語るつもりはないらしい。


「とりあえず、今日は寝ましょうか」


 僕は半ば誤魔化すように笑ってみせた。

 ここから先は彼らの内側に土足で踏み込むことになる。


 そんな気がしたからだ。

ここまで読んで頂きありがとうございます!

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