第10話 ソノモノ
目を覚ますと、窓の外から月光が差し込んでいた。
鉄格子越しに降り注ぐその輝きに、僕は思わず目を細める。
「本当なら、楽しい旅行になるはずだったんだけどな」
どうしてこんなことになったのか。
一体誰が、何の目的で。
そんなことを考えていると、外から騒がしい声が聞こえてきた。嫌な予感を胸に抱えながら、僕は大広間へ向かった。
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「どうしたんですか?」
大広間にいたのは、アラン、アディ、レイン、ザグレイさんの四人だった。僕を含めた五人が、例の蝋燭時計の前に立つ形になる。
「またですよ」
僕はまさかと思いながら顔を上げた。
そこには。
「ああ、そんな……」
そこには一体の藁人形があった。
藁人形は、前と同じ場所で磔にされていた。
「宣戦布告、ということですかな」
ザグレイさんが低く言う。
「返り討ちにしてやるぜ」
アランが吐き捨てるように応じた。
「同感ですわ」
確かに今回は状況が違う。
前回は、あまりにも唐突だった。
だから誰も、まともに身構えることができなかった。
けれど今の僕たちには武器がある。それは、生物が生まれつき本能として持ち合わせているものだ。
僕たちは警戒することができる。
それは時に、剣や槍よりもよほど強力な武器になる。
「バカな奴だよ」
レインが言った。
「一対一の決闘で「これから首を狙います」と宣言する者がどこにいるだろう?」
「本当ですね」
おそらく僕たちが休息に入った後。
犯人は、この藁人形を磔にしたのだ。
いや。犯人と呼ぶのも、どこか生温い気がした。
ここでは一先ず【ソノモノ】と呼ぶことにしよう。
ソノモノは、僕たちが怯える姿を想像しながら、藁人形を壁に打ちつけたのだろう。
口元を三日月のように吊り上げながら。
だが、僕たちは数々のダンジョンを踏破してきた冒険者だ。過去には、王都に襲来したドラゴンを追い払ったこともある。そんな僕たちが、同じ手を二度も食らうと思っているのだろうか。
だとしたら、ソノモノは底抜けの愚か者だ。
「ふわあ……」
欠伸混じりに、レインが言った。
「今日は一旦お開きにしましょうか。これは取り外しておきます。アリスさんを怖がらせたくはありませんからね」
そこでレインは、少し考えるように目を伏せた。
「明日の朝、全員に報告しましょう。他の藁人形も処分はせず、一か所にまとめて保管しておいた方がよさそうです」
僕は頷いた。
証拠になるかどうかは分からない。
だが、わざわざ捨てる理由もない。
その時、「ところで」と疑問を差し挟んだ人物がいた。
アディである。
「レインさんは、どうして大広間へ?」
「これです」
アディの問いに応じたのは、ザグレイさんだった。
その手には、一つの小瓶が握られている。
「魔力回復ポーション、ですか」
一目見ただけで分かった。
なにせ、【太陽の煌めき】には魔法使いが多い。
リーダーであるアランを除けば、全員が魔法使いと言ってもいい。かくいう僕も、職業としては魔法剣士だ。
しかし不思議ではあった。
この島には反魔法力場が展開されている。
つまり、魔法を使うことはできないはずだ。それなのに、なぜ魔力ポーションが必要になるのか。
僕の疑問を見透かしたように、ザグレイさんが口を開いた。
「縛魔契約という禁忌術をご存じですか?」
その一言で大方の事情は理解できた。
アランが続きを促すように顎をクイと動かした。
「魔法とは、魔力を用いて奇跡を現実にする力。大気中に含まれる魔力を取り込めば、人は魔法を扱うことができます。そして、それはモンスターも例外ではありません」
ザグレイさんの声は静かだった。
「レイン坊ちゃまは、なんとしてでもこの十字架屋敷を護りたかった。ゆえに、禁忌術に手を染めたのです」
「んだよ、そのナントカ契約ってのは」
アランが眉をひそめる。
「悪魔、邪神、魔王……あるいは呪いか、悪霊か。その正体は定かではありません。ですが、邪なる存在との契約行為を、縛魔契約と呼ぶのです」
ザグレイさんは続けた。
「あるものを差し出すことで、それに見合う対価を得る。レイン坊ちゃまはその契約によって、反魔法力場を展開したのです」
「して……その、あるものってのは?」
緊張した面持ちでアランが問う。
「寿命です」
ザグレイさんは、どこか遠い目をしながら答えた。
「僕が差し出した寿命は十年」
レインが淡々と引き継いだ。
「まあ、それだけじゃ足りなかったみたいでね。ついでに十年分の魔力も差し出したよ」
その代償として、レインは常人よりも魔力欠損症に陥りやすくなったのだという。だから、口にする飲料のすべてに魔力ポーションを混ぜている。
「そうしないと、魔力喪失で死んでしまうから」
「どうして、そこまで?」
未来ある青年、レイン・ルクシオン。
一代にして巨万の富を築き上げた大富豪。
そんな彼が、なぜ寿命と魔力を削ってまで、この十字架屋敷を護ろうとするのか。僕には、その理由が分からなかった。
「ここは墓場なんだよ」
レインは言った。
「僕とザグレイは、残りの生涯をここで過ごすと決めている。ここは僕らの墓なんだ。だから、なんとしてでも護らなくてはならない」
「随分と悲観的ですね。ザグレイさんはまだしも、レインさんはまだ二十代でしょう。人生はこれからじゃないの」
アディの言葉に、レインは困ったように笑った。
「まあ、そうですけどね。人には、色々とありますから」
そこでレインは口を閉ざした。
ザグレイさんも、これ以上のことを語るつもりはないらしい。
「とりあえず、今日は寝ましょうか」
僕は半ば誤魔化すように笑ってみせた。
ここから先は彼らの内側に土足で踏み込むことになる。
そんな気がしたからだ。
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