第15話 不可能犯罪
蝋燭時計に灯された小さな火だけが、長机の周囲に集まった僕らを照らしていた。すう、すう、と規則的な寝息を立てているのはアリスとアディ。
残る四人は誰一人として横になっていない。
柔らかなソファに腰かけ、ただ静かに時間だけをやり過ごしていた。
僕は俯きながら、数時間前の状況を整理する。
数時間前、僕は自室のダブルベッドに横たわり、物思いに耽っていた。僕の推理――いや、推理の体をした願望は、ジョンの自白によって真実に近いもののように思えた。
つまり、ユキは事故死だった。
そう考える根拠もあった。
あの手紙だ。
あれを書いたのがユキ本人ならば、あの場にいた誰とも筆跡が一致しないのは当然のことだったから。
だというのに、次はジョンが死んだ。
あの時、大きな音に驚いた僕は、ダブルベッドから飛び起き、部屋を出た。隣室――二号室にはジョンがいるはずだった。けれどジョンは顔を出さなかった。
代わりに二つ隣の三号室から、アランが僕と同じように姿を現した。僕たちは顔を見合わせ、慎重に廊下を進んだ。
そして大広間に出た時。
大広間の左奥、吹き抜け回廊の真下で、それを見つけた。
遠くまで飛び散った血の跡。
海のように広がる血溜まり。
あまりにも凄惨な光景だった。
アランが即座に上着で隠してくれなければ、後からやってきたアリスたちはそれをまともに視界へ入れ、大きなショックを受けていただろう。
そして最後にやって来たのが、レインとザグレイさんだった。
「……あり得ない」
僕は誰にも聞こえないくらいの声で、ぽつりと呟いた。
普通に考えれば、他殺は成立しない。
僕とアラン。
アディとアリス。
ザグレイさんとレイン。
少なくとも、あの音を耳にした後の動きは二人一組で確認できている。つまり、あの音がジョンの死を示すものだったとするならば、誰かがジョンを殺してから平然と現場に駆けつけた、という状況は考えにくい。
要するに、もしこれが他殺だとするならば、僕たちの知らない第三者が屋敷に潜んでいなければならないのだ。
「まさか」
僕は立ち上がり、ゆらりと歩き出した。
「どこへ行くのですか?」
咎めるような声。
ザグレイさんだった。
「少し気にかかることがあって。すぐ戻ってきます。怪しいと思うなら、同行してもらって構いませんよ」
「では、そうさせてもらいますかな。レイン坊ちゃま、少々失礼いたします」
「ああ、構わないよ」
レインは僕を、それからザグレイさんを見やり、静かに言った。
「くれぐれも気をつけて」
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「ここは、ユキ様の部屋ではありませんか」
そう。
僕は今、ユキの部屋の前に立っている。
「鍵は開いたままですよね?」
「ええ、まあ。身だしなみを整えてあげたいというアディ様とアリス様の申し出がありましてね。我々としても、【氷の魔石】の効果が切れるたびに取り替えねばなりませんから」
「そうですか。わざわざありがとうございます」
「お気になさらず。恩人のお一人が亡くなられたのです。我々も可能な限りの手段で弔いたいと……」
そこでザグレイさんは口を閉ざした。
さすがだな、と僕は思う。
ザグレイさんは途中で察したのだ。
僕の胸中を。
「まさか、ユキ様が生きていると?」
「いえ、そうは思えません。ですが、僕は彼女の死体に直接触れたわけじゃない。だから、念のためです」
「念のため、ですか」
あの時、ユキの死亡を断定したのはザグレイさんだ。僕がユキの死にわずかでも疑いを向けるということは、ザグレイさんにも疑惑の眼差しを向けるということになる。
それを重々承知のうえで、僕は五号室の扉を開いた。部屋の間取りは、どうやら全て同じらしい。
扉を開けると、まず格子付きの窓が視界に入る。
右手側にはダブルベッド。
左手側には木製のデスクと椅子。
天井からはシャンデリアがぶら下がっているが、明かりが少ないため、細かな模様までは判別できなかった。
「これをどうぞ」
ザグレイさんはそう言って、【火の魔石】を取り出した。【火の魔石】は温かいだけでなく、暗闇で使えば光源にもなる。
「ありがとうございます」
僕はそれを受け取り、ゆっくりと白無地のリネンを剥がした。そこには、真っ青な顔色のまま瞳を閉じるユキの姿があった。
僕は躊躇いながら、まず口元に手を添える。
やはり呼吸はない。
次いで脈を確認する。
「……間違いなく、死んでいますね」
「はい。ユキ様の死亡は間違いありません。なにせこのザグレイ、かつては回復術士として名を馳せておりましたからな。医学の知識も、それなりに心得ております」
「へえ、そうなんですか。それにしては随分と腕も立つようですが?」
通常、ヒーラーというのは後衛職だ。
しかしザグレイさんの強さは、剣豪であるアランにも引けを取らない。現に、拳骨一発でブラッディ・ウルフを屠ったくらいだ。
「魔法剣士という職業をご存じですか?」
問われ、僕は得心した。
「なるほど。それは奇遇ですね。僕も魔法剣士なんですよ」
僕は攻撃魔法と剣術を扱っていた。
ザグレイさんの場合は、回復魔法と剣術を扱っていたということなのだろう。
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大広間へ戻った僕たちに、アランが二つのカップを寄越した。
「たまには付き合えよ、ユート。ザグも、いいだろ?」
「……ザグというのは、このザグレイのことですかな?」
「お前以外にいねえだろうが……こんな日くらい、飲まねえとやってられねえからよ」
こんな日以外にも、毎度のように飲んでいる気もする。まあ、それはいいだろう。
「分かりましたよ、リーダー」
僕はわざと持ち上げるような声色で応じた。
一瞬でも故人に猜疑心を抱いてしまった。
そんな後ろめたさを、少しでも誤魔化したかったのかもしれない。
「あまりワインは得意ではありませんが」
基本的に、僕はビールの方を好む。
だが、たまには気分転換もいいだろう。
そう考え、こくりと一口飲んでみたのだが。
「やはり、僕の舌では価値が分からないようです」
見るからに年代物だ。
こんな場所に安物が置かれているはずもない。
それでも美味しいと思えないのだから、つまりは僕の舌が馬鹿なのだ。
自虐気味に笑う僕に、
「好みは人それぞれだよ」
励ますようなレインの声が届いた。
ふいに目が合って、僕は一瞬だけどきりとした。
まるで全てを見透かされているかのような、そんな空気を感じたからだ。もしかしたら、僕が席を立った理由にも見当がついているのかもしれない。
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