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チートなし! 相方あり!? 〜クソ昭和とニセ令和の異世界遭難記〜  作者: niwa.
第一章 信用ゼロから始める村暮らし

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第五話 誰が先に寝るか

  リィナが指したのは、道ではなかった。

 木と木の間にある、少しだけ草の薄い場所。

 俺にはそう見える。

 ただ、背中のリィナは迷わず、何度も同じ方向を指した。


「本当にこっち?」


 返事はない。

 リィナは俺の肩を軽く叩き、もう一度、右前方を指す。


「分かった。右ね」

「いまのは右へ行け、で合っているのか?」

 後ろから、おっさんが言った。


「じゃあ、おっさんが聞いて」

「リィナ。右でいいのか?」

「日本語で聞いてんじゃん!」

「お前と条件は同じだ」

「元営業の名が泣いてるぞ」

「営業は相手の言葉が分かることを前提にしている」

「急に職業の限界を認めるな」


 俺はリィナが指した方へ進んだ。

 背中に、人一人分の重さがある。

 さっきは、重いと言ったら肩を叩かれた。


 だから、もう言わない。

 言わないだけで、重さが消えるわけではない。

 足を上げるたび、太ももが熱くなる。


 背中に汗が流れる。

 リィナの腕が肩へ回されているせいで、息もしづらい。


 それでも、下ろすとは言えなかった。

 日が落ち始めている。

 森の中は、空より早く暗くなっていた。

 少し先の木まで、黒い影に見える。


「セラノ」

 背中から名前を呼ばれた。


「何?」

 リィナが左を指す。


「今度は左?」

「さっきは右だったな」

「道が曲がってるんだろ」

「道に見えん」

「俺にも見えない」

「では、なぜ歩いている」

「リィナが言うから」

「信用したのか?」

「おっさんよりは」

「会って数時間の人間に負けた」

「日頃の行いだな」

「今日会ったばかりだろ」

「条件はおっさんと一緒だろ、今日だけで十分」


 リィナが、俺の肩越しにおっさんを見た。

 二人が何を話しているのかは分からない。

 ただ、自分の名前が出たことだけは分かったらしい。


「アイド」

 リィナが言った。


「ほら。おっさんを呼んでる」

「名前を覚えたな」

「俺より、ちゃんと名前で呼ばれてる」

「お前も呼べばいい」

「嫌だ」

「何でだ」

「おっさんは、おっさんだから」

「四十六年間生きて、名前を役職に奪われるとは思わなかった」

「おっさんは役職じゃねえよ」


 おっさんは、火のついた枝を前へ出した。

 沢で作った即席の松明は、もう炎が小さい。

 枝先が赤く燃えているだけだった。


「これ、そろそろ消えるぞ」

「ライターでまたつければ?」

「燃やすものがいる」

「森なんだから枝はあるだろ」

「濡れていない枝がな」

「じゃあ拾って」

「俺は明かり係だ」

「勝手に担当決めんなよ」

「お前は運搬係だ」

「人を荷物みたいに言うな」


 肩を叩かれた。

 リィナは言葉が分からないはずなのに、こういうときだけ反応が早い。


「おっさんのせいだからな」

「俺は何もしていない」

「運搬係って言っただろ」

「事実だ」

「事実でも言い方があるだろ」


 背中で、リィナが小さく声を出した。

 俺の肩へ回していた片腕を外し、木々の向こうを指す。

 暗くて、よく見えない。

 ただ、地面が少し高くなっている。


 その先に、黒い壁のようなものがあった。


「岩?」

「そう見えるな」


 近づくと、大きな岩が斜めに地面からせり出していた。

 下の部分が、浅い空洞になっている。


 洞窟と呼ぶほど深くはない。

 岩の庇。

 雨風を少し避けられる程度の場所だった。


 リィナが俺の肩を叩く。


「ここ?」


 リィナがうなずいた。


「本当に通じてきてない?」

「お前が、うなずきそうな質問をしているだけだ」

「夢を壊すな」


 岩の下には、枯れ葉がたまっていた。

 奥行きは、人が横になれば三人入れるくらい。

 天井は低い。

 立つことはできないが、座るには困らない。

 壁の一部が黒く変色している。


「ここ、前にも火を使った跡がある」


 おっさんが岩壁へ近づいた。

 指で黒い部分をこする。


「煤だな」

「誰かが使ってた?」

「リィナかもしれん」


 俺は背中のリィナを見ることができない。


「リィナ、ここ知ってるの?」


 リィナは地面を指した。

 次に、森の方を指す。

 何かを何度も言う。


「何て?」

「分からん」

「おっさん、顔で分かるんじゃなかった?」

「真剣に説明していることは分かる」

「内容は?」

「森について何か言っている」

「情報が広すぎる」


 リィナは苛立ったように息を吐いた。

 俺の背中から下りようとする。


「待って。脚」


 リィナは俺の声には構わず、怪我をしていない足を地面へつけた。


 俺の肩につかまりながら立つ。

 傷ついた脚を浮かせたまま、近くの木を指した。

 木の幹には、深い傷が何本もついていた。


「何これ」

「爪痕か?」


 おっさんが松明を近づける。

 俺の指より太い筋が、縦に並んでいる。

 かなり高い位置まで続いていた。


「さっきの狼?」

「狼の爪で、ここまで高く傷がつくか?」

「じゃあ何」

「熊みたいな何か?」

「またなんか来るのか」


 リィナは爪痕を指したあと、岩の下へ手を入れた。

 次に、頭の上で両手を組む。


「ここに隠れろってこと?」

「そう見えるな」

「外にいるより安全?」

「少なくとも、背後は岩だ」


 おっさんは空洞の奥を松明で照らした。

 何かがいる気配はない。

 地面には古い灰が残っている。

 乾いた枝も、壁際へ少し積まれていた。


「誰かの野営場所か」

「勝手に使っていいのかな」

「持ち主が来たら交渉する」

「言葉通じないだろ」

「そのときは、お前が長い話をしろ」

「いま通じないって言ったのおっさんだろ!」


 リィナは俺から離れようとした。

 体が傾く。

 俺は慌てて腕をつかんだ。


「危ない!」


 リィナが俺の手を振り払おうとする。

 でも、脚に力が入らない。


「分かった。触らないから座って」


 岩の下を指す。

 座る仕草をする。


 リィナは俺をにらんだ。

 少しして、岩壁へ手をつきながら座った。


「怒ってる?」

「自分で動けないことに腹を立てているんだろう」

「俺にじゃなくて?」

「両方かもしれん」

「助けたのに」

「助けられた人間が、必ず感謝だけすると思うな」

「おっさん、経験ある?」

「営業は、助けたつもりで怒られる仕事でもある」

「やっぱり悲しい職業だな」


 リィナは腰の袋を外した。

 中を確認する。

 乾いた草。

 木の実。

 細い紐。

 小さな石のようなものもある。

 刃物以外にも、いくつか道具を持っているらしい。

 俺たちのポケットには、スマホと財布と鍵くらいしかない。


「装備だけ見たら、完全にリィナが一番頼りになるな」

「現地人だからな」

「おっさんは?」

「ライターがある」

「俺は?」

「若い」

「装備じゃねえ!」

「消耗品だ」

「人を使い切る気かよ!」


 リィナが乾いた草を地面へ置いた。

 火をつけろということらしい。


「おっさん、出番」

「分かってる」


 おっさんはしゃがみ、ライターを出した。


 リィナが、細かい草を中央へまとめる。

 その周りに、細い枝を隙間ができるように組んでいく。


「沢のときよりちゃんとしてる」

「当たり前だ。向こうは火を扱い慣れている」

「俺たち、狼の前でよく火つけられたな」

「追い詰められた人間は、ときどき普段より動ける」

「じゃあ俺、才能ある?」

「追い詰められる才能はある」

「いらねえよ、そんな才能(もん)」


 ライターの火が、乾いた草へ移る。


 リィナが手で風を送る。

 炎が細い枝へ移った。

 今度はすぐに安定した。


「うまい」


 俺が言うと、リィナが俺を見た。

 意味は伝わらない。

 俺は親指を立てた。


 リィナは首を傾げる。


 俺は親指を引っ込めた。

 代わりに火を指し、何度もうなずく。


 リィナは俺の意図を理解したのか、小さく息を吐いた。

 笑ったわけではない。

 ただ、少しだけ顔の力が抜けた。

 火が大きくなる。


 岩の下へ、暖かい光が広がった。

 外はもう暗い。

 火の届かない場所は、木の幹すらよく見えない。


「夜、早くない?」

「森の中だからだ」

「まだ夕方くらいだろ」

「時計は?」


 スマホを見る。

 時刻は表示されている。

 でも、元の世界の時刻だ。


「午後六時二十三分」

「意味はあるか?」

「ないな」


 画面の明かりが、妙に明るく感じる。

 電池残量は七十二パーセント。


「節約しろ」

 おっさんが言った。


「分かってる」

「電波を探し続けると減るぞ。機内モードにしろ」

「異世界で機内モードって」

「空は飛んだかもしれん」

「覚えてないけどな」


 俺は機内モードにした。

 電源も落とそうとして、少し迷う。


 家族や友達から連絡が来るはずはない。

 圏外なのだから、当然だ。

 それでも、電源を切るのは、元の世界との細い糸を自分で切るような気がした。


「消さないのか」

「あとで」

「電池がなくなれば、ただの板だぞ」

「分かってるよ」


 画面を消し、ポケットへ戻した。

 おっさんは、それ以上何も言わなかった。

 火を囲んで座る。


 三人の間には、少しずつ距離があった。

 俺とおっさん。

 そこから火を挟んで、リィナ。


 三人の間には、少しずつ距離があった。

 俺とおっさん。

 そこから火を挟んで、リィナ。


 リィナの刃物は、まだ手の届く場所に置かれている。

 おっさんも、リィナに背中を向けない位置へ座っていた。


「信用してないのか?」

 小声で聞く。


「お互いさまだ」

「俺は、そこまで警戒してないけど」

「それは信用しすぎだ」

「助けた相手だぞ」

「だから安全とは限らん」

「おっさん、疑ってばっかりだな」

「疑っているんじゃない。まだ知らないだけだ」


 リィナが俺たちを見る。

 話の内容は分からない。

 でも、自分について話していることは分かっているのかもしれない。

 俺はリィナへ笑ってみせた。

 リィナは笑わなかった。


「失敗した?」

「営業スマイルの指導が必要だな」

「おっさんの笑顔、胡散臭いだろ」

「胡散臭さを消すために笑うんだ」

「消えてないから言ってんだよ」


 火の中で、枝がはぜた。

 小さな火の粉が上がる。

 リィナが素早く手を伸ばし、火の外へ落ちた燃えかすを枝で戻した。


「見てるな」

「火を?」

「周り全部をだ」


 おっさんは森へ目を向けた。

 暗い。

 何も見えない。

 だから、何もいないとは言えない。


「見張りが要る」


 おっさんが言った。


「誰が?」

「三人のうち一人」

「リィナは怪我してる」

「そうだな」

「おっさんは膝」

「少し痛いだけだ」

「じゃあ俺がやる」

「却下」


「何で」

「お前は寝ろ」

「おっさんより体力ある」

「だから使った」

「まだ残ってる」

「立ってみろ」


「は?」

「いいから」


 俺は立ち上がろうとした。

 地面へ手をつく。

 膝を伸ばす。


 太ももが震えた。


「……ちょっと疲れてるだけ」

「歩けるか?」

「歩ける」

「走れるか?」

「状況による」


「リィナを背負えるか?」

「もう一回くらいなら」

「嘘をつけ」

「嘘じゃねえよ」

「では、背負って立ってみろ」

「何で今!」

「できないことを、できると言うな」


 腹が立った。

 でも、さっきリィナを下ろしたときから、腕が重い。

 指にも力が入りにくい。

 座った途端、足の疲れが一気に出ていた。


「見張りくらいできる」

「眠らない保証は?」

「起きてる」

「根拠は?」

「十八歳」

「若さを便利に使うな」

「おっさんが言うな!」


 リィナが俺たちを見ている。

 声が大きくなったせいだ。

 おっさんは指を一本立てた。

 自分の目を指す。


 森を指す。

 次に、俺を指して、両手を頬の横へ置いた。

 寝ろという仕草。


 リィナは二人を見比べた。

 それから、自分の目を指した。

 森を指す。


「自分も見張るって?」

「そうらしいな」

「怪我してるだろ」


 俺はリィナの脚を指し、寝る仕草をした。

 リィナは首を横に振る。


「言うこと聞かないなー」

「お前が言うか」

「俺は元気だから」

「震えてるぞ」

「寒いだけ」

「火の前で?」

「異世界の寒さ」

「上手いこと返したつもりか」


 リィナは刃物を持ち上げた。

 森を指す。

 自分なら戦えると言いたいらしい。

 俺は何も持っていない。

 おっさんも、火のついた枝くらいしか武器がない。


 おっさんは地面へ三本の線を引いた。

 一本目を指して、自分。

 二本目を指して、リィナ。

 三本目を指して、俺。


 それぞれに、目を開ける仕草と眠る仕草を組み合わせる。

 リィナは線を見た。


 おっさんを見る。

 俺を見る。

 少し考えたあと、二本目の線を指した。

 うなずく。


「分かったみたい」

「言葉より早いな」

「図がうまい?」

「説明する相手に合わせた」

「営業?」

「これは人間の知恵だ」

「そんなにいいもんか?」


 俺はまだ納得していなかった。

 自分だけ先に寝る。

 その間、おっさんとリィナに周りを任せる。

 何か来ても、俺は気づかない。

 それが怖かった。


「俺が最初じゃ駄目?」

「駄目だ」

「少しくらいなら」

「寝ろ」

「命令すんな」

「では頼む。寝てくれ」

「言い方変えただけだろ」

「頼み方には慣れている」

「営業だもんな」


「頼む相手に意味があると思わせるのが仕事だ」

「本音は?」

「眠そうな若者が見張りに立つと、俺が眠れん」

「信用されてない?」

「疲れているお前を信用していない」


 言い返そうとした。

 その前に、あくびが出た。

 大きく口が開く。

 止められなかった。


 おっさんが俺を見る。


「何」

「いや」

「笑うな」

「笑ってない」

「顔が笑ってる」

「若者の分かりやすさに安心しただけだ」

「腹立つな」


 リィナが腰の袋から、薄い布を取り出した。

 毛布ほど大きくない。

 体へ巻くための布らしい。


 それを自分の横へ敷く。

 次に、俺を指した。


「貸してくれる?」

「そう見えるな」

「リィナが使う分じゃないの?」

「本人に聞け」

「だから聞けないんだよ」


 俺は布を指し、自分を指した。

 リィナはうなずいた。

 それから、岩壁にもたれた。


「でも、リィナは?」

「自分の上着がある」

「怪我人なのに」

「断れば、相手の厚意を拒むことになるかもしれん」

「営業っぽい」

「受け取るのも信用だ」


 俺は布を受け取った。

 少し硬い。

 土と煙の匂いがした。

 でも、温かかった。


「ありがとう」


 言葉は通じない。

 俺は頭を下げた。

 リィナは何も言わない。


 ただ、俺が布を使うのを確認してから、剣を膝の上へ置いた。

 岩の奥へ横になる。

 地面は硬い。

 枯れ葉が少しあるだけ。

 布を肩へかける。


「寝られる気しない」

「目を閉じろ」

「地面硬い」

「森で布団を求めるな」

「枕もない」

「腕を使え」

「明日しびれる」

「明日が来てから文句を言え」

「縁起悪いな!」


 俺は腕を頭の下へ入れた。

 火が見える。

 その向こうに、おっさん。

 少し離れて、リィナ。

 リィナは眠っていない。

 刃物を抱え、森を見ている。


「リィナ、見張る気じゃない?」

「本人がそうしたいなら、止めきれん」

「二番目じゃなかった?」

「俺と一緒に起きているだけだ」

「休ませろよ」

「お前が言うな」


 目を閉じる。

 すぐに開ける。

 火の音がする。

 外から、知らない虫の声。

 遠くで、何かが鳴いた。


「おっさん」

「何だ」

「いまの何」

「知らん」

「見に行かない?」

「行かん」

「近づいてきたら?」

「起こす」

「もう起きてる」

「なら寝ろ」


 もう一度、目を閉じる。

 背中が痛い。

 腕も痛い。

 足が熱い。


 体は疲れているのに、頭だけが動いている。


 ゴブリン。

 狼みたいな獣。

 爪痕。

 暗い森。

 何か来るかもしれない。


 リィナが俺たちを襲うかもしれない。

 おっさんが寝るかもしれない。

 火が消えるかもしれない。

 俺が眠っている間に。


「寝られない」

「そうか」

「何か話して」

「嫌だ」

「何で」

「寝かしつけると、保護者みたいだから」

「四十六歳だろ。ちょっとくらいやれよ」

「お前は十八歳だ。自力で寝ろ」

「クソ昭和」

「ニセ令和」


 少しだけ安心した。

 いつもの返事が返ってきたから。


「火、消えない?」

「見てる」

「リィナ、大丈夫?」

「起きてる」

「おっさんは?」

「起きてる」

「本当に?」

「いま返事しただろ」

「途中で寝るなよ」

「善処する」

「絶対寝るやつじゃん」

「寝言は寝てから言え」


 俺は目を閉じた。

 火の光が、まぶたの向こうで揺れている。

 知らない森。

 知らない世界。

 昨日まで名前も知らなかったおっさん。

 今日初めて会った、言葉の通じない女の子。


 その二人に、周りを任せて眠る。

 普通なら、できるわけがない。


 でも。

 一人では、火をつけられなかった。

 一人では、魚を食べられなかった。

 一人では、ここまで来られなかった。


 だから。

 信用したわけではない。

 信じるしかなかっただけだ。


 それでも今は、たぶん同じことだった。

 火の向こうで、おっさんが枝を動かす音がする。

 リィナが小さく何かを言った。


 おっさんが答える。

 言葉は通じていない。

 なのに、二人とも声を抑えていた。

 俺を起こさないようにしているらしい。


「……仲良くすんなよ」


 自分でも何を言っているのか分からなかった。


「寝ろ」


 おっさんの声が返ってきた。

 リィナが、俺の名前を呼んだ。


「セラノ」


 そのあとに何か続いた。

 意味は分からない。

 でも、たぶん。

 寝ろと言われた。


「分かったよ」


 俺は答えた。

 目を閉じる。


 今度は、もう開かなかった。

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