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チートなし! 相方あり!?  作者: niwa.


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第五話 ニセ令和とクソ昭和

 最初に見たのは、空だった。

 知らない空だった。

 青すぎる。

 雲が変。

 太陽みたいなものが、妙に近い。


 それで、俺は思った。

 あ、夢だな。

 よし。

 寝よう。


「寝るな」

「うわっ!?」


 知らない声がした。


 反射的に飛び起きようとして、腰が抜けた。

 正確には、飛び起きたかった俺の意思を、体が全力で拒否した。


 結果、俺は地面に尻もちをついた。


 痛い。

 夢にしては痛い。

 最悪だ。


「生きてるな」


 声の方を見る。

 木の根元に、おっさんがいた。


 知らないおっさんだ。

 四十代くらい。

 中肉中背。

 腹が少し出ている。

 なのに本人は、たぶんまだ「俺は動ける側の人間だ」と思っている顔をしている。


 そのおっさんは、俺を見るなり言った。


「たぶん異世界転移だな」

「……は? イセカイ?」

「異世界転移」

「二回言うな。怖い単語を二回言うな」

「大事なことだからな」

「大事以前に、頭おかしい人ですか?」

「失礼だな。俺は正常だ」

「知らない森で知らない若者に異世界転移とか言い出すおっさんの正常、信用できねえんですよ」

「口悪いな、お前」

「あんたの第一声が悪いんだよ」


 おっさんは腕を組んだ。


 知らない森。

 知らない空。

 知らないおっさん。

 そのおっさんが、なぜか得意げに腕を組んでいる。


 現実が雑すぎる。


「状況証拠は揃ってる」

「揃ってません」

「森」

「山かもしれない」

「圏外」

「田舎かもしれない」

「見たことない植物」

「俺が植物に詳しくないだけかもしれない」

「あと俺」

「最後のあんたは何の証拠なんだよ」

「異世界にはな、だいたい導き手がいる」

「導き手が腹出たおっさんなの、だいぶ終わってるだろ」

「腹はまだ出始めだ」

「そこだけ守んな。世界観より腹を守るな」


 俺はスマホを取り出した。

 画面を見る。

 圏外。

 もう一度見る。

 圏外。

 角度を変える。

 圏外。

 スマホを少し持ち上げる。

 圏外。


「板だ」

「ん?」

「文明が、急に板になった」

「これだから令和は」


 その瞬間、俺の中で何かが引っかかった。


「平成ですけど」

「何が」

「俺、平成生まれですけど」

「じゃあニセ令和だ」

「判定が早い」

「平成生まれのくせに、令和代表みたいなツラして幅利かせてんじゃねえよ、ニセ令和」

「代表してねえよ。勝手に敵作んな、昭和の残党」

「残党じゃねえ。二回改元を見届けた歴戦の民だ」

「元号でマウント取るな、クソ昭和」

「クソじゃねえよ」

「ニセでもねえよ」

「スマホ握って圏外で死にそうな顔してる時点でニセ令和だろ」

「偏見の解像度だけ高いの腹立つな!」


 初対面の相手に言う言葉ではない。

 それは分かっている。

 分かっているけど、向こうが先に元号で殴ってきた。

 正当防衛である。

 たぶん。

 おっさんは一瞬だけ目を丸くした。

 それから、にやっと笑った。


「いいねえ。元気あるじゃないですか~ニセ令和」

「その呼び方やめろ、クソ昭和」

「やめろと言われてやめる昭和ではない」

「最悪の世代代表みたいなこと言ってんじゃねえよ」

「代表じゃない。俺は個人で面倒くさい」

「自覚あるなら直せ」

「直らなかったから四十六歳なんだよ」

「開き直り方が終わってる!」


 たぶん、俺もおっさんも怖かった。


 意味の分からない場所にいて。

 帰り方も分からなくて。煽り方も分からなくて。

 スマホは圏外で。

 目の前にいるのは、頼れるのか頼れないのか判断に困る相手で。

 だから、喋っていた。

 黙ったら、この森の静けさに飲まれそうだった。


「で、ニセ令和」

「名前で呼べ」

「名前は?」

「……セラノ」

「セラノ。よし、覚えた」

「ほんとに?」

「たぶん」

「たぶんで人の名前を持つな」

「じゃあお前も俺の名前を覚えろ。アイドマコト。四十六歳。元営業」

「情報が多い」

「ラノベ好き」

「急に軽い」

「この状況では重要だろ~」

「重要じゃないだろ」

「重要だ。異世界に来たとき、ラノベ好きは状況把握が早い」

「妄想を実用スキルみたいに言うな」

「森、圏外、知らん空、知らん植物、知らん若者」

「俺を証拠に混ぜんな」

「そして俺」

「だからあんたは何なんだよ」

「巻き込まれた、俺!」

「導き手じゃなかったのかよ」

「希望を持たせた」

「最悪だなクソ昭和!」


 アイドはそこで、少しだけ真面目な顔をした。

 急に顔つきが変わったせいで、俺も口を閉じる。


「まあ、冗談は置いといてだ」

「どこからどこまで冗談だったんですか」

「だいたい全部」

「異世界転移も?」

「そこはたぶん本当」

「一番冗談であってほしいところが残った!」


「まずは善後策だな」

「急にまともな単語出してくるな。情緒が追いつかない」


「水、食い物、人里、帰り方。優先順位はそのへんだ」

「帰り方が最後?」

「今すぐ帰れないなら、今すぐ死なない方が先だ」


 腹が立つことに、正論だった。

 このおっさん、言っていることはムカつく。

 顔もムカつく。

 呼び方もムカつく。


 でも、たまに正しい。

 それが一番ムカつく。


「……じゃあ、まず水ですかね」

「だな」

「あと、ここが本当に異世界かどうか」

「そこはもう、ほぼ確定でいいと思うぞ」

「なんでですか」


 アイドが、俺の後ろを見た。

 さっきまでのにやけ顔から、すっと笑いが消えていた。


「だって、ほら」


 振り返る。

 そこに、グリーンのハゲがいた。

 一匹ではない。

 たぶん、十匹くらい。


 手には、こん棒とか石とか槍とか、明らかに話し合いに向いていないものを持っている。


「……おっさん」

「おう」

「これ、ラノベだとどうするんですか」


「まず逃げる!」

 

 俺とおっさんは同時に走り出した。


 あれが、俺とあのおっさん、アイドマコトの最初だった。


 最悪の空。

 最悪の森。

 最悪のおっさん。


 そして、最悪の呼び名。


 ニセ令和。

 クソ昭和。


 俺たちは、まともに話し合っているようで、だいたい言い合っている。

 助け合っているようで、だいたい罵り合っている。

 相性は悪い。

 かなり悪い。


 でも。


「……おい、ニセ令和」


 誰かの声がした。

 水の音がする。

 焚き火の匂いがする。

 魚を焼いた匂いが、まだ少し残っている。


 目を開けると、クソ昭和がいた。


「寝るなら、もうちょい安全な姿勢で寝ろ。首やるぞ」

「……うるせえな」

「お、起きたか」

「起こしたんだろ」


 俺は目をこすりながら、ゆっくり体を起こした。

 相変わらず、ここがどこなのかは分からない。

 帰り方も分からない。

 水場のそばには、まだ刃物を持った現地人がいる。

 森の夜は、思っていたよりずっと暗い。


 最悪は、まだ続いている。

 ただ、ひとつだけ分かったことがある。

 一人だったら、たぶんとっくに終わっていた。


「……クソ昭和」

「なんだ、ニセ令和」

「次それで呼んだら川に沈める」

「元気そうで何よりだ」


 腹が立つ。

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