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チートなし! 相方あり!? 〜クソ昭和とニセ令和の異世界遭難記〜  作者: niwa.
第一章 信用ゼロから始める村暮らし

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第二十三話 老人の話、今度は二割分かります。

  町の門をくぐった。

 前回と同じ。

 槍を持った門番。

 荷車の列。

 人の声。


 焼いた肉と、パンみたいなものと、少し(フン)の匂い。

 違うところがあるとすれば。


「ゆっくり」


 おっさんが、覚えた現地語を口にした。

 御者の男が振り返る。

 荷車の速度が落ちた。


「また歩く方に伝わってる!」

「意味は通じてる」

「話す方に使う言葉だろ!」

「応用できるということだ」

「誤用だよ!」


 荷車は、さっきよりゆっくり町の中へ入った。

 人の流れに追い抜かれる。

 後ろの荷車から、何か言われる。

 たぶん、早く進め。


「迷惑かけてるぞ」

「町へ着いたんだから急ぐ必要はない」

「後ろはあるんだよ!」


 御者が、おっさんへ何かを言った。

 知っている言葉が混ざっている。


 荷物。置く。待つ。太陽。下がる。


「荷物を下ろして、夕方にここへ戻る?」

「そうだろうな」

「分かったの?」

「八割」

「成長してる」


 御者は指を三本立てた。

 次に、太陽を指す。


「三日後?」

「今日帰るぞ」

「じゃあ三時間?」

「この世界に時間の単位があるのか分からん」

「三人?」


 御者は、俺とおっさんとリィナを順番に指した。

 次に、同じ場所を指す。


「三人で戻ってこい、だ」

「最初からそれやれよ!」


 リィナが荷台から薬草の包みを下ろした。

 町へ来た目的は、俺たちだけではない。

 村で分けた薬草を誰かへ渡すらしい。


 リィナは薬草。

 村の男たちは荷物。

 俺たちは老人。


 全員、用事がある。

「別?」

 現地語で聞いた。


 リィナが首を横に振った。

 自分を指す。

 次に、俺たち。

 老人の店がある方角。


「先に一緒に来てくれる?」

「通訳だろうな」

「できるの?」

「リィナとは少し話せる。老人の言葉はリィナに分かる。前よりはましだ」


「人間を二回通すと、意味変わらない?」

「伝言ゲームだな」

「帰る方法でやる遊びじゃねえよ!」


 荷車と別れる。

 前回通った大通りを歩く。

 赤茶色の屋根。


 黄色や青の日除け。

 店先に吊るされた革。

 山のように積まれた香辛料。

 前回より、少しだけ町が見える。

 見えるというより。

 聞こえる。


 店の前から、知っている言葉が飛んでくる。

 肉。

 安い。

 二つ。

 買う。


「今の、肉二つで安いって?」

「たぶんな」

「買える?」

「銅貨一枚で買えるか聞いてみろ」

「俺が?」

「若い方が」

「またそれかよ!」


 立ち止まりかける。

 リィナに腕を引かれた。

 老人が先。

 そういう顔だった。


「分かってるよ」

「お前、肉に負けそうになってたぞ」

「腹減ってるだけだ!」

「村で食べてきただろ」

「町の肉は別腹」

「胃袋が異世界へ適応してるな」


 老人の店は、大通りから一本入ったところにあった。

 狭い路地。

 二階が頭上へ張り出している。

 昼なのに少し暗い。

 店の前には、前回と同じ古びた看板。

 本らしい四角と。

 羽根のようなものが描かれている。


「まだある」

「十一日で潰すなと言っただろ」

「おっさんが言い出したんだよ!」


 店の扉は開いていた。

 中は暗い。

 紙。革。埃。

 何か乾いた匂い。


 本棚には、大きさの違う本が詰め込まれている。

 きれいに並んではいない。


 横向き。

 斜め。

 何冊かは、上へ積まれていた。


「地震来たら終わるな」

「この世界に地震があるか分からん」

「本が落ちるだけでも死ねそう」

「本屋で圧死は格好つかんな」


 前回会った老人は、店の奥にいた。

 机へ顔を近づけ。

 開いた本に、何かを書いている。


「いた」

「ああ」

「何て呼ぶ?」

「老人」

「名前じゃねえよ」

「名前を知らん」


 おっさんが咳払いをした。


「老人」


 日本語だった。

「結局それかよ」


 老人は顔を上げた。

 俺たちを見る。

 一瞬。

 目を細める。

 次に。

 勢いよく立ち上がった。

 机が揺れる。


 積んでいた紙が落ちる。

 老人が大声で何かを言った。

 速い。

 長い。

 一言も分からない。


「おっさん!」

「分かってる!」


 おっさんは覚えてきた言葉を使った。


「ゆっくり!」


 老人が口を閉じた。

 通じた。


「おお」


 老人は、ゆっくり椅子へ座った。

 ゆっくり机の上の本を閉じた。

 ゆっくり俺たちを指した。


 そして。

 ものすごくゆっくり口を開いた。


「全部遅くなった!」

「話だけでいい!」

「おっさんが説明しろよ!」

「言葉が足りん!」


 老人は、一音ずつ区切るように話した。

 遅い。

 たしかに遅い。

 でも。


「分かる?」

「全然」

「駄目じゃん!」

「速さの問題じゃなかったな」

「八日間は何だったんだよ!」


 リィナが老人へ話しかけた。

 俺たちのこと。


 村。

 石。

 門。


 その辺りの単語が聞こえる。

 老人が何度もうなずく。

 前回。

 俺たちが見せた絵のことを覚えているらしい。


 おっさんが、前回にも見せた、炭で絵が描かれた板を取り出した。

 老人に渡す。


 円。

 星。

 人。


 村の石碑を写した絵。

 相変わらず下手だ。


「これ、人に見える?」

「見える」

「足六本あるけど」

「服の皺だ」

「増やすなよ」


 老人は絵を見る。

 すぐに立ち上がった。

 今度は普通の速さだった。


「ゆっくり終わった」

「必要なときだけでいい」


 老人は店の奥へ消えた。

 本棚の向こうから、何かを動かす音がする。


 箱。

 紙。

 木。

 何かが落ちる。


「大丈夫?」

「本に潰されてないといいけど」


 老人の声がした。

 怒っている。

 たぶん、まだ生きてる。

 しばらくして、老人が戻ってきた。


 両手で、細長い木箱を抱えている。

 机へ置く。

 留め具を外す。

 中から出てきたのは、一枚の紙だった。

 紙というより。

 薄い革に近い。

 茶色く変色している。

 端が欠けている。

 老人は、それを慎重に広げた。


「……同じだ」


 描かれていた。

 大きな円。

 円の中の人。

 その上に星。


 周囲には、俺たちが見た石碑には残っていなかった線もある。

 円の左右に立つ柱。

 階段。

 山のような形。

 円の向こうにも、人影。


「おっさん」

「ああ」


 おっさんの声が低くなった。

 老人は、俺たちの絵を指す。

 次に、古い紙。


 同じ。

 そう言った。

 その単語は分かった。


「同じもの?」


 老人がうなずく。

 おっさんが円を指す。

 覚えた現地語を言う。


「門」


 老人は、すぐにうなずいた。

 強く。

 何度も。


「門で合ってた」

「ああ」


 今は、おっさんも笑わなかった。

 老人は星を指した。

 空を指す。

 人の絵を指す。

 指先を上から下へ動かした。


 来る。

 空。

 人。


「空から、人が来た」


 俺が知っている言葉を並べる。

 老人が俺を見る。

 うなずく。


「俺たち以外にも?」


 通じない。

 俺は自分を指す。

 おっさん。

 自分。


 二人。

 次に、紙に描かれた人々を指した。

 老人は、紙の上の人間を一人ずつ指す。


 一人。

 二人。

 三人。

 もっと。


 指が足りなくなり。

 両手を広げた。


「たくさん?」

「そう見えるな」


 おっさんが老人へ身を乗り出した。


「昔。空。人。来る」


 単語を一つずつ言う。

 老人はうなずく。


「門。開く」


 老人は、両手を左右へ開いた。

 これもうなずく。


「帰る」


 おっさんは、自分を指す。

 紙の門を指す。

 次に、遠くへ戻るように指を動かした。


「家。帰る」


 老人の動きが止まった。

 うなずかない。

 首も横に振らない。

 古い紙へ目を落とす。

 何かを考えている。


「どうした?」

「分からん」

「顔は?」

「考えてる」


 老人は紙の端を指した。

 そこには、小さな人間が何人も描かれている。

 門の手前。

 門の中。

 門の向こう。

 老人は、一人の人影を指した。

 指先を円の中へ進める。

 反対側へ出す。


 次に。

 手のひらを閉じた。

 人影を隠す。


「消えた?」


 リィナが、老人へ何かを尋ねた。

 老人は答える。


 今度はゆっくり。

 リィナが紙を見る。

 俺たちを見る。

 知っている単語を選ぶように、少しずつ話した。


「人。門。行く」


 リィナが手を閉じる。

「ない」


「門へ入って、いなくなった?」

 リィナがうなずいた。

 おっさんが老人へ聞く。


「帰る?」


 老人は首を横に振った。

 次に。

 両手を上へ向ける。

 分からない。

 たぶん、そういう仕草だった。


「帰ったわけじゃない?」

「違う」


 おっさんが紙を指す。


「なら、どこへ?」

「言葉が通じてない」

「分かってる!」


 老人も、伝えようとしている。

 紙に描かれた門。


 人。

 向こう側。

 消える。

 そこから先。

 老人は肩をすくめた。


「記録がない?」


 老人は首をかしげた。


 リィナが何かを聞く。

 老人が答える。

 リィナは俺たちへ向き直った。


「本。ここ。少ない」


 古い紙を指す。

 小さい。

 一部。

 そんな仕草。


「一部?」

 リィナがうなずいた。

 おっさんの顔が変わる。


「全部は?」


 老人に通じない。

 おっさんは両手を広げる。


 大きな本を開く仕草。

 全部。

 どこ。


 老人は理解したらしい。

 古い紙を木箱へ戻さず。

 机の上に置いたまま。

 別の紙を引き寄せた。

 炭のような筆記具を持つ。

 地図を描き始める。


 まず。

 大きな四角。

 周りに壁。


「この町」


 老人がうなずく。

 そこから、道を北へ伸ばす。

 途中に川。


 分かれ道。

 さらに先へ。

 三角をいくつも描く。


「山」


 リィナが、その単語を言った。

 山の手前に。

 細長い建物。

 上に、小さな四角。


 塔。

 たぶん。

 次に、本を指す。

 塔を指す。


 古い。

 大きい。

 全部。

 単語を並べる。


「全部記録、ある?」

 老人はうなずいた。


「本?」

 うなずく。


「門?」

 うなずく。


「空、人」

 うなずく。


「帰る?」


 老人は。

 今度はうなずかなかった。

 分からない。

 また、その仕草。


「そこまでは知らないって」

「だが、記録はある」


 おっさんが地図を見る。

 町。

 川。

 分かれ道。

 山。

 塔。


「遠い?」


 老人は、指を三本立てた。


「三日?」


「三か月かも」


 俺は太陽が昇る仕草をした。


 一回。

 二回。

 三回。


「三日?」


 老人は険しい顔を作った。

 そして、自分が座っていた場所に戻り

 また一つ紙を持ってくる。

 

 老人は丸い月を描いた。

 欠けていく月。

 また丸くなる月。

 それを三回。


「おめでとう、三か月らしいぞおっさん」


 老人がまた口を開く。


 山。

 道。

 危険。

 知っている単語が聞こえた。


「危険って言った?」

「ああ」

「何がいるの?」


 老人は両手を曲げ。

 爪のようにした。

 口を開ける。


「獣?」


 次に。

 短い刃物を持つ仕草。


「人も?」

「山賊かもしれん」

「追い剝ぎの次は山賊?」

「決まったわけじゃない」

「危険の種類、多くない?」

「お前がそんな世界だと思っていないことに、俺は驚きだよニセ令和」

「え? そんなもん?」

「日本じゃないんだぞ、いい加減わかれ」


 老人は、さらに地図へ線を加えた。

 町から塔まで。

 一本道ではない。

 川の手前。

 分かれ道。

 古い橋。

 山道。

 紙の端へ、小さな印を描く。


「何これ」

「目印だろう」

「墓に見える」

「石だ」

「おっさんが描いたんじゃないのに?」

「俺の絵だけ責めるな」


 老人は地図を描き終えた。

 紙をおっさんへ差し出す。


「くれるの?」


 おっさんが受け取ろうとする。

 老人は引っ込めた。

 手のひらを出す。


「金だな」

「急に分かりやすい」

「商売だからな」

「おっさんの出番じゃん」


 おっさんは財布代わりの小袋を出した。


 銅貨。

 三枚あったうちの一枚は、俺。

 一枚はおっさん。

 一枚はリィナ。


 まだ、使っていない。

 おっさんは自分の銅貨を一枚置いた。

 老人は地図を見る。

 銅貨を見る。


 首を横に振る。

 指を二本立てる。


「二枚」

「高い」


 おっさんが、覚えた現地語で言った。

 老人はうなずいた。

 高いことは認めるらしい。


「認めるんだ」

「価値があると言いたいんだろ」


 おっさんは銅貨一枚を指す。


 地図。

 一枚。

 自分。

 金。

 ない。


 服のポケットを裏返す。


「貧乏を身振りで伝えるなよ」

「交渉だ」

「営業というより物乞いじゃん」


 老人は、おっさんの服を見る。

 俺の服を見る。

 泥の跡。

 直したところ。

 傷。


 たしかに。

 金を持っているようには見えない。

 老人はリィナを見た。

 リィナは自分の銅貨を押さえた。

 渡す気はないらしい。


「正しい」

「ヒロイン、財布が固いな」


 リィナが何か言った。

 たぶん。

 自分の金。

 そんなところだ。

 老人はため息をついた。


 銅貨一枚を取る。

 地図をおっさんへ渡す。


「成立した」

「貧乏が通じただけじゃん」

「相手の判断を引き出した」

「営業用語に変換すんな!」


 おっさんは地図を慎重に折った。

 前に描いた門の絵と重ねる。

 老人は、まだ何か話している。


 速い。

 長い。

 途中から、また元の速度へ戻っていた。


「ゆっくり!」


 おっさんが言う。

 老人がゆっくり立ち上がる。


「また全部遅くなった!」

「話だけ!」


 老人がゆっくり口を開いた。

 何かを言う。

 やっぱり分からない。


「二割どころか一割じゃない?」

「重要なところは分かった」

「残りは?」

「重要じゃない」


 老人が机を叩いた。

 たぶん、重要だと言っている。


「怒ってるぞ」

「顔で分かる」

「万能翻訳、復活したな」


 リィナが老人へ礼を言った。

 俺たちも頭を下げる。

 おっさんは、覚えた言葉で言った。


「ありがとう」


 発音。

 少し違ったらしい。

 老人が眉を寄せた。


「何て言った?」

「礼だ」

「顔が違うって言ってる」

「気持ちは伝わった」

「便利に済ませるな!」


 店を出る。

 路地へ戻る。

 外の光がまぶしい。

 人の声。

 荷車。

 店の呼び声。


 町は、さっきと何も変わっていない。

 俺たちだけが。

 一枚の地図を持っている。


「門だった」

 おっさんが言った。


「そうみたいだな」

「俺たち以外にも、空から来た人間がいた」

「たくさん」

「そいつらは、門を通った」

「消えた」

「帰った可能性もある」

「帰ってない可能性もある」


 おっさんが俺を見る。


「否定するな」

「まだ分からないだろ」

「だから調べる」


 おっさんは、折った地図を軽く叩いた。


「北の塔」

「歩いて三か月」

「記録がある」

「危険もある」

「全部、前よりましだ」

「何が?」

「行く場所が分かった」


 おっさんは笑っていた。

 村の石碑を見たときと同じ。

 営業スマイルでもない。

 俺をからかう笑顔でもない。

 本当に期待している顔。

 帰れるかもしれない。

 娘に会えるかもしれない。

 その可能性を。


 今度は、一枚の地図として持っている。


「セラノ」

「何」


「行くぞ、準備がいる」

「言葉もまだ足りない」

「金もない」

「道具もない」

「食料も必要だ」


「足りないものだらけじゃん」

「だから、準備する」


 おっさんは、迷いなく言った。

 俺は地図を見る。

 紙の中の道。


 北。

 川。

 山。

 古い塔。


 そこに。

 帰る方法があるかもしれない。


 俺は。

 おっさんほど嬉しくはなかった。


 でも。

「相方を置いて行く気か?」

「来ないのか?」

「一人で行かせたら死ぬだろ」

「主人公だぞ?」

「四十六歳、バツイチ、元営業だろ」

「属性が多い主人公だ」

「盛りすぎなんだよ」


 リィナが俺たちを見ていた。

 地図を指す。

 北を指す。

 自分を指す。


「リィナも行くって?」

「そう見えるな」

「危険だぞ」


 おっさんが、現地語で言った。

 危険。

 山。

 獣。

 人。


 リィナはうなずいた。

 それでも。

 自分を指す。

 行く。


「ヒロインだから?」


 俺が日本語で言う。

 リィナは胸を張った。


「ヒロイン」

「そこだけ通じるな!」

「同行決定だな」

「本人、意味分かってないだろ!」


 リィナは先に歩き出した。

 薬草を届ける用事が残っている。

 俺たちも、その後を追う。


「荷車へ戻る時間、大丈夫?」


 おっさんが立ち止まった。


「今、太陽どの辺だ」

「知らないよ」

「老人の話、長かったな」

「二割しか分からなかったのに?」

「残り八割が長かった」

「早く行くぞ!」


 俺たちは走った。

 町へ来た目的は果たした。

 門はあった。

 空から来た人間もいた。

 門を通った人間もいた。

 帰れたかどうかは。

 まだ分からない。

 完全な記録は、北の古い塔。


 町から歩いて三か月。

 当然、危険あり。


 必要なもの。

 言葉。

 食料。

 道具。

 金。

 たぶん、もっと。


 分かったことが増えた。

 同じくらい。

 やることも増えた。


「おっさん!」

「何だ!」

「結局、老人の話、どれくらい分かった!?」

「二割!」

「本当に!?」

「重要なところだけなら三割!」

「増やすな!」


 前回は。

 一言も分からなかった。


 今回は。

 二割。


 帰る方法まで。

 あと八割だ。


 たぶん。

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