第二十話 言葉が致命的に分からない
町へ着いて、最初にやったこと。
情報収集ではない。
荷下ろしだった。
「結局これかよ!」
「町へ着くまでが仕事とは言ったが、着いたら終わりとは聞いてない」
「そういう契約の穴を突くな!」
「契約書はないぞ」
「もっと悪い!」
荷車は、大通りから少し外れた広場へ入った。
周囲には屋根の高い建物が並んでいる。
倉庫らしい。
開いた扉の中には、袋。
木箱。
樽。
何かを束ねた荷物。
村の倉庫より広い。
置かれている物も多い。
その分。
「運ぶ量も多いな」
「嬉しそうに言うな!」
町の男たちが荷車へ集まってきた。
村から来た男たちと何かを話す。
紙のようなものを見る。
荷物の数を確認する。
袋を指し、倉庫を指す。
そして。
俺を指した。
「何で?」
「働きそうな顔をしてる」
「どんな顔だよ!」
「若い顔」
「年齢だけで適性判断すんな!」
渡された袋を担ぐ。
重い。
村からここまで運ばれてきた穀物が、最後に俺の腰へ到着した。
「俺たち、荷物より移動させられてない?」
「荷物は商品だ。俺たちは労働力」
「扱いの差がはっきりしてる!」
アイドも木箱を持っていた。
重そうだ。
顔にも出ている。
「おっさん、無理すんなよ」
「誰に言ってる。四十六歳は働き盛りだ」
「腰、曲がってるけど」
「荷物に合わせてるだけだ」
「箱に敬意払ってんの?」
何度か往復して、荷車が空になる。
荷物を受け取った男が、村の御者へ小さな袋を渡した。
中で金属の音がした。
「金だ」
アイドの背筋が伸びた。
「おっさん、腰治った?」
「労働の成果を見ると回復する」
「元営業じゃなくて、ただの金好きじゃん」
「金は信用を数字にしたものだ」
「急にそれっぽく言うな」
俺たちにも、何か渡されるのかと思った。
何もなかった。
「俺の分は?」
「村へ戻ってからじゃないか」
「働いたの今なんだけど」
「会社員も給料は後払いだ」
「異世界まで日本の悪いところ持ってくんな!」
村の男が、俺たちへ指を二本見せた。
次に空を指し、眠る仕草をする。
それから、翌朝を示すように東の方を指した。
「明日の朝に出る?」
「今日は町に泊まるらしいな」
「自由時間?」
「おそらく」
「やっと観光できる」
「観光じゃない。情報収集だ」
「知ってるよ」
アイドの顔から、さっきまでの疲れが少し消えていた。
町に入ってから、ずっと周囲を見ている。
建物。
看板。
道行く人。
門について知っていそうな場所を探しているのだろう。
文字は一つも読めないけど。
「どこから聞くの?」
「人が多い場所」
「だから全部だって」
「年寄り」
「急に雑になったな」
「昔のことを知りたいなら、長く生きてるやつに聞くのが早い」
「現地のお年寄りに、異世界から来たんですけどって?」
「絵を描く」
「やっぱりそこなんだ」
荷台にいたリィナは、俺たちとは別の荷物を抱えていた。
薬草の入った籠。
町へ来た目的は、それを届けることらしい。
リィナが道の向こうを指す。
自分を指す。
籠を指す。
それから、俺たちを指して手のひらを見せた。
「ここで待て?」
「違うだろ。あとで戻る、じゃないか」
「何で分かるの?」
「顔」
「顔だけで会話を成立させるな」
リィナは少し考えた。
近くに落ちていた小石を拾う。
地面へ、四角を描いた。
その中に荷車らしいものを描く。
次に太陽。
太陽が少し傾いた位置へ、線を引いた。
「夕方にここへ戻る?」
リィナがうなずいた。
「絵、便利だな」
「俺の作戦が正しかった証明だ」
「まだ何も聞けてないけど」
リィナは籠を持ち直した。
俺たちを見る。
少し心配そうな顔をしている。
「迷子になると思われてる?」
「町へ来たばかりの外国人二人だからな」
「外国どころか世界が違うんだけど」
「余計に心配だろ」
リィナは自分の胸を指した。
次に俺たちを指す。
最後に、地面へ描いた荷車を指した。
「先に戻って待ってる?」
「たぶんな」
「その『たぶん』、外れたらどうすんの?」
「夕方までにここへ戻れば問題ない」
「迷子になる前提なの?」
「お前がな」
「おっさんも地図持ってないだろ!」
リィナは俺たちの言い争いを見て、ため息をついた。
意味は分かっていないはずなのに、反応だけは正しい。
籠を抱え、町の人混みへ入っていく。
何度か振り返った。
俺は手を上げた。
「ちゃんと戻るから」
たぶん、通じない。
それでもリィナは、軽く手を上げ返した。
「さて」
アイドが言った。
「俺たちも行くぞ」
「どこへ?」
「まず、描く物を探す」
「情報より先に画材?」
「地面に描いて回るつもりか?」
「町中を落書きだらけにしたら捕まりそうだな」
「異世界初の逮捕理由が落書きは嫌だろ」
「グリーンハゲに追われるよりは文明的だけど」
「逮捕を進歩扱いするな」
荷物を受け取った倉庫の男へ、アイドが身振りで何かを頼んだ。
書く仕草。
薄い物を持つ仕草。
男は首をかしげた。
アイドは指を立て、空中へ四角を描く。
その上で何かを書く。
「紙?」
「紙が貴重品の可能性もある」
「じゃあ木の板でもいい」
「営業資料へのこだわりが薄いな」
「伝わればいい」
男は倉庫の奥へ消えた。
戻ってきたとき、手には薄い木片と黒い炭があった。
「通じた」
「顔じゃなくて手振りだけどな」
「最後に理解されれば勝ちだ」
「その理屈、本当に好きだな」
アイドは木片の上へ炭を走らせた。
最初に、大きな四角。
その中へ円のようなもの。
村の石碑に刻まれていた、門らしき形。
その上に空。
空から、棒人間が二人落ちてくる。
「下手」
「分かればいい」
「一人、頭から落ちてるけど」
「異世界転移の過程だ」
「俺たち、そんな入り方してないだろ」
さらに、地面へ立つ俺たち。
門へ入る矢印。
反対側には、小さな家。
「帰るってこと?」
「そうだ」
「家というより犬小屋だけど」
「黙れ」
アイドは木片を持ち上げた。
「これを見せて、反応するやつを探す」
「見つかったとして、答えは?」
「身振りと絵で聞く」
「それで無理だったら?」
「そのとき考える」
「計画、半分しかないじゃん」
「半分あれば動ける」
最初に声をかけたのは、道端で果物を売っていた年配の女だった。
アイドが笑顔で近づく。
「すみません、少々よろしいでしょうか」
「日本語やめろって」
「声の調子は必要だ」
「内容ゼロじゃん」
アイドは木片を見せた。
女は絵を見る。
俺たちを見る。
もう一度、絵を見る。
そして。
店先に積んであった丸い果物を一つ持ち上げた。
「何で?」
「円を果物だと思ったんじゃないか」
女は指を二本立てた。
「二枚?」
「たぶんな」
「買い物になってる!」
俺たちは頭を下げ、その場を離れた。
「失敗一件目」
「反応は得た」
「果物の値段だけな」
二人目は、革製品を並べている男。
木片を見る。
首をひねる。
近くの道を指した。
「何か知ってる?」
「行ってみるか」
指された方向へ進む。
少し歩いた先にあったのは、鍋を並べた店だった。
「また鍋じゃねえか!」
「門だ!」
「絵まで鍋に負けたぞ!」
「円が悪い」
「描いた人が悪い!」
三人目。
四人目。
五人目。
十人目。
二十人目
見せる。
首をかしげられる。
笑われる。
別の店を紹介される。
空から落ちる棒人間を、屋根から転落した人だと思われたらしく、薬らしい物を渡されそうにもなった。
「俺たち、何を聞いて回ってることになってるんだろうな」
「果物を買って、鍋を探して、怪我を治したい二人組」
「門の情報、一個も入ってない!」
町には人が多い。
店も多い。
文字も多い。
情報は、たぶん村とは比べ物にならないほどある。
なのに。
何一つ、こちらへ入ってこない。
「おっさん」
「何だ」
「これ、無理じゃない?」
「まだだ」
「もう二十人以上聞いたぞ」
「町にはもっといる」
「全員に聞く気?」
「反応するやつが一人いればいい」
「夕方までに見つからなかったら?」
「明日もある」
「一泊を全部聞き込みに使うな!」
次に木片を見せたのは、古い本のような物を店先へ積んでいる老人だった。
本。
たぶん。
紙を束ね、紐で綴じてある。
表紙には読めない文字。
俺たちにとっては、中身が全部暗号の紙束だ。
老人はアイドの木片を受け取った。
最初は、ほかの人と同じだった。
首をかしげる。
絵を見る。
俺たちを見る。
けれど。
門のような形へ指を置いた瞬間。
老人の顔が変わった。
目が少し開く。
俺とアイドを見る。
空から落ちる二人を指す。
何かを言った。
短い言葉。
続けて、もう一度。
「今、反応したよな」
「ああ」
アイドの声が低くなった。
老人は店の奥へ入った。
何冊かの本をどかす。
奥から、薄い板を持ってきた。
板には文字と、絵が刻まれている。
円。
その周りを囲む線。
俺たちが描いたものとは違う。
でも。
「似てる」
「石碑の門にか?」
「たぶん」
老人は板を指しながら、早口で話し始めた。
門らしき絵。
空。
遠くの方角。
何かの建物。
何度も同じ言葉を繰り返す。
アイドは必死に聞いていた。
俺も聞く。
一語も分からない。
老人はさらに説明する。
店の外を指す。
町の奥を指す。
指を三本立てる。
何かを書く仕草。
最後に、アイドの肩を強く叩いた。
「……分かった?」
「何も」
「俺も」
老人はまだ話している。
何かを伝えようとしている。
熱心だ。
笑ってはいない。
追い払おうともしていない。
この人は、何かを知っている。
少なくとも、俺たちの絵に関係する何かを。
それだけは分かった。
そして。
それ以外は、何も分からなかった。
アイドは木片を受け取った。
老人へ深く頭を下げる。
「ありがとうございます」
通じていない。
老人も何か言った。
やっぱり通じない。
店を離れる。
しばらく、アイドは黙って歩いていた。
「おっさん」
「情報はある」
「分かったの?」
「何も分からん」
「じゃあ何で言い切れるんだよ」
「あの爺さんは、何も知らないやつの顔じゃなかった」
「確かに、反応はあったな」
「それに、絵を持ってきただろ」
アイドは自分の木片を見た。
下手な門。
空から落ちる二人。
犬小屋みたいな家。
「問題は、情報がないことじゃない」
「じゃあ何?」
「俺たちに受け取る手段がない」
町には、俺たちが探しているものを知る人がいる。
たぶん。
でも、話を聞けない。
文字も読めない。
質問もできない。
答えを返されても、理解できない。
目の前まで来た。
手も届きそうだった。
なのに、その間には。
壁がある。
町を囲んでいた石の壁より、ずっと面倒な壁。
「言葉か」
「ああ」
「どうすんの?」
「覚える」
「どれくらいかかる?」
「知らん」
「帰る方法より、先に勉強するの?」
「言葉が分からなきゃ、帰る方法が書いてあっても読めない」
正論だった。
腹が立つことに、かなり正論だった。
「まずは、リィナだな」
「教えてもらう?」
「頼むしかない」
「通じるかな」
「そこからだ」
「最初の授業、お願いの仕方?」
「実践的だろ」
アイドは木片を胸元へしまった。
捨てなかった。
答えは得られなかった。
でも。
答えが存在するかもしれない場所までは、来た。
あとは。
そこへ届くための言葉が必要だった。




