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チートなし! 相方あり!? 〜クソ昭和とニセ令和の異世界遭難記〜  作者: niwa.
第一章 信用ゼロから始める村暮らし

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第二十一話 言葉は仕事で覚えます

  村へ戻ったとき。

 門番は、槍を向けなかった。

 それどころか、荷車が門へ着く前に中へ向かって叫んだ。


「何て?」

「怪我人がいる、とかじゃないか」

「追い剝ぎに襲われた、かも」

「顔がそこまで説明してるか?」

「今回は、俺たちの顔を見れば分かるだろ」


 おっさんの頬は腫れていた。

 鼻の下には、拭き残した血。

 俺は肩へ薬草と布を巻かれている。

 荷車の男たちも、腕や顔に傷を作っていた。


 たしかに。

 楽しい買い物帰りには見えない。

 門が開く。


 以前は、入れてもらうまで地面へ座らされた。

 持ち物を調べられた。

 火をつける道具を見つけられて、危険人物みたいな顔をされた。

 今回は。

 門番が荷車の横へ走ってきた。


 俺たちを見る。

 傷を見る。

 それから、荷台を指した。


「降りろって?」

「待ってろ、じゃないか」

「どっち?」

「顔は心配してる」

「万能翻訳、精度落ちてない?」


 荷台から下りようとすると、門番に止められた。

 やっぱり待っていろ、らしい。


 村の中から人が集まってきた。

 薬師の女の人。

 倉庫を管理している年配の男。

 村のまとめ役。


 それ以外にも、何人か。

 歓声はなかった。

 英雄が帰ってきた、みたいな空気でもない。

 傷だらけの人間が帰ってきたから、様子を見に来た。

 そんな感じだった。


「こっちの方が落ち着くな」

「歓迎されたいんじゃなかったのか?」

「拍手されても困る」

「主人公さんなのに?」

「今それ言うな」


 荷車に同行していた男が、村人たちへ説明を始めた。

 言葉は分からない。

 でも。


 道へ倒れた木を示す仕草。

 武器を振る仕草。

 六人を表すらしい指。

 荷物を守るように両手を広げる動き。

 大体の内容は分かった。


 男はおっさんを指した。

 両手を上げて歩く。

 笑顔を作る。

 いきなり頬を殴られたふりをした。

 村人たちがおっさんを見る。


「おっさん、再現されてる」

「もっと格好いいところを話せ」

「殴られたところ、人気だぞ」

「言葉が通じるようになったら訂正する」


 次に男は、俺を指した。

 棒を構える。

 地面へ何かを滑らせる。

 慌てて飛び退く。


「俺?」

「石だろうな」

「ちゃんと伝わってる?」

「お前が石を滑らせて、全員を転ばせたことになってるかもしれん」

「一人だけだよ!」

「英雄化が始まったな」

「嘘の英雄は嫌なんだけど!」


 男は最後に、追い剝ぎが逃げる仕草をした。

 森の方へ両手を振る。

 そして、誰も欠けていないことを示すように、同行した人間を順番に指した。

 村人たちの顔が、少しだけ緩んだ。


 村のまとめ役が、荷車の男たちへ声をかける。

 一人ずつ傷を確認する。

 俺とおっさんのところでも足を止めた。

 何かを言う。

 胸へ手を当てる。

 頭を下げた。


「今度こそ、礼だよな?」

「たぶんな」

「まだ、たぶん?」

「言葉を覚えるまでは全部たぶんだ」


 俺たちも頭を下げた。

 何と返せばいいか分からない。

 日本語で礼を言っても通じない。

 笑えばいいのか。

 真面目な顔をすればいいのか。


 結局。

 俺は頭を下げただけだった。

 おっさんも営業スマイルを使わなかった。

 それでいい気がした。


 その日は、もう働かなくていいらしかった。

 薬師の女の人に傷を見られ。

 肩を押され。

 痛いと叫び。

 もう一度押され。

 さらに痛いと叫んだ。


「この確認、必要?」

「痛い場所を調べてるんだろ」

「痛いって顔で伝えてるよ!」

「万能翻訳だな」

「こういうときだけ使うな!」


 骨は折れていないらしい。

 たぶん。

 腕も動く。

 ただし、動かすと痛い。

 おっさんの頬も、見た目ほどひどくはなかった。

 たぶん。

 本人は口を開けるたびに顔をしかめていたけど。


 夕食には、いつもの粥が出た。

 それと。

 焼いた肉が一切れ。


「肉」

「肉だな」

「危険手当?」

「現物支給か」

「一人一切れ?」

「命懸けの割に安いな」

「言うな。急に悲しくなる」


 肉は小さかった。

 硬かった。

 塩も薄かった。


 それでも。

 うまかった。

 食事を配っていた村の女の人が、俺たちの器へ粥を少し多めに入れた。

 何も言わない。

 こっちも何も言えない。

 ただ、器を受け取る。


「これも危険手当?」

「増量サービスだ」

「おっさんの営業先、こういうので満足してたの?」

「満足した顔をするのが大人だ」

「足りないんだ」

「足りない」


 翌朝。

 俺は薪を運ぼうとして、止められた。

 肩を指される。

 座れと手で示される。


「怪我人だから?」

「そうだろうな」

「昨日は荷物を守った主人公なのに」

「今日は肩を痛めた労働者だ」

「現実へ戻すの早くない?」


 代わりに任されたのは、薬草の選別だった。

 リィナの前に、何種類もの葉が並べられている。

 似ている。

 全部、ほとんど同じ緑色に見える。


 リィナが一枚取る。

 匂いを嗅ぐ。

 右側へ置く。


 別の葉を取り。

 裏返し。

 左側へ置く。


「何が違うの?」


 聞いても通じない。

 リィナは右の葉を指した。

 短い言葉を口にする。


 次に左の葉。

 別の言葉。


「名前?」


 リィナは、もう一度発音した。

 俺も真似する。

 リィナが首を横に振る。


「違う?」


 もう一度。

 首を横に振られる。


「そんな違う?」


 リィナが俺の発音を真似した。

 近くにいた女の人が笑った。


「今、何て言ったことになってる?」


 リィナが四つん這いになるような仕草をした。

 頭の横へ指を二本立てる。


「動物?」

「薬草の名前じゃなくなってるな」


 離れたところから、おっさんが言った。


「何で分かるんだよ!」

「顔と動きだ」

「おっさんも覚えろよ!」

「俺は管理担当で忙しい」


 おっさんは倉庫にいた。


 昨日までなら、倉庫の男が必ず隣についていた。

 何を触るのか。

 どこを見るのか。

 ずっと確認されていた。


 今日は。

 倉庫の男が、木で作られた小さな留め具をおっさんへ渡した。

 棚を指す。

 袋を指す。

 何かを言って。

 そのまま外へ出ていった。


「置いていかれた?」

「任されたんだ」

「監視を諦めたんじゃない?」

「正式に管理担当へ昇格した」

「勝手に役職作るなよ」

「鍵を預けられたぞ」

「それ、ただの留め具だろ」

「信用は形が大事だ」


 おっさんは得意そうに留め具を掲げた。

 大げさだけど。

 前とは違う。

 見張られていない。

 それは俺にも分かった。


 俺の前にも、小さな刃物が置かれていた。

 薬草の根を切るためのものらしい。

 リィナが柄をこちらへ向けて渡してくる。


「これ、俺が持っていいの?」


 リィナは首をかしげた。


「前は刃物見ただけで警戒されたのに」

「追い剝ぎから荷物を守った人間が、薬草を持って逃げるとは思われてないんだろ」

「信用された?」

「少しはな」


 少し。

 それくらいが、ちょうどいい。

 昼になるまで。

 俺は葉の名前を三つ覚えた。

 正確には。


 三つ覚えたつもりになった。

 一つ目を言うと、リィナはうなずく。

 二つ目を言うと、微妙な顔をする。

 三つ目を言うと、周りの人が笑う。


「三分の一だな」

「一個は通じてる!」

「成功率三十三パーセント」

「初日にしては高いだろ!」


「薬草を間違えたら死ぬぞ」

「急に責任重くするな!」


 それから。

 俺たちは、仕事をしながら言葉を覚えた。

 薪を置く。


 袋を持つ。

 水を運ぶ。

 戸を開ける。

 縄を結ぶ。

 食べる。

 飲む。

 行く。

 来る。

 止まる。

 数字。

 右。

 左。

 朝。

 夜。


 言葉だけ教わっても、覚えられない。

 でも。

 実際に袋を持ちながら聞けば、持つ。

 地面へ置かれながら聞けば、置く。

 荷車を止めながら聞けば、トァ。

 意味と動きが、一緒に頭へ入る。

 村の仕事が、そのまま授業になった。


 三日目。


 俺は転がり始めた樽を見て、覚えた言葉を叫んだ。


「トァ!」


 樽は止まらなかった。


「物には通じねえぞ」

「分かってるよ!」


 俺が追いかける。

 おっさんが足で樽を止めた。


「言葉より体を使え」

「おっさん、今日だけ正しい!」

「毎日正しい」

「それはない!」


 四日目。


 おっさんは食事のときに、覚えた現地語を使った。

 塩を指す。

 欲しいという意味らしい言葉。

 二つをつなげる。

 食事を配る女の人がうなずいた。


「通じた?」

「見てろ」


 女の人が戻ってきた。

 縄を一本持って。


「何頼んだの?」

「塩だ」

「縄来たけど」

「発音が少し違ったらしい」

「便利に済ませるな!」

「用途はある」

「食事中に何へ使うんだよ!」


 五日目。


 俺は村の子供に数字を教わった。


 指を一本立てる。

 子供が言う。

 俺が真似する。


 二本。

 三本。

 四本。

 五本。


 途中まではよかった。

 六を言った瞬間、子供が笑った。


「また動物?」


 子供が腹を押さえた。

 食べる仕草をする。


「食べ物?」


 さらに子供が俺を指した。


「俺?」


 もう一度、腹を押さえる。


「腹減った人?」


 おっさんが横から口を挟む。


「大食いじゃないか」

「数字の六を言っただけだよ!」

「発音に人間性が出たな」

「出てたまるか!」


 六日目。

 肩の痛みは、だいぶ引いた。

 薪も運べる。


 ただ、重いものを持ち上げると、まだ少し痛む。

 おっさんの頬の腫れも小さくなった。

 口を大きく開けられるようになったせいで、前よりうるさくなった。


「治らない方がよかった」

「何か言ったか、ニセ令和」

「聞こえてるじゃん」

「口と耳は別だ」


 リィナの足も、ほとんど普通に歩けるようになっていた。

 杖を使わない時間が増えた。

 走るのはまだ無理そうだけど。

 村の中なら、一人で歩ける。

 薬草を採りに行くときも、俺が支える必要はなくなった。


「ヒロイン」


 リィナが自分を指して言った。


「それは忘れていい」

「ヒロイン」

「正しい言葉だと思ってるだろ」


 リィナは今度は俺を指した。


「シュジンコ」

「それも忘れろ!」


 発音だけは、前より上手くなっていた。

 教えた覚えはない。


 七日目。


 おっさんは、地面へ絵を描いた。


 石碑。

 大きな門。

 空から落ちてくる人間。

 老人。

 本が並んだ店。


 相変わらず、絵は下手だった。


「これ老人?」

「そうだ」

「潰れた蜘蛛に見える」

「髭だ」

「脚が多いんだよ」

「情報量を増やした」

「人体で営業資料作るなって!」


 リィナは絵を見た。

 老人らしいものを指す。

 町の方角を指す。

 次に、何かを話した。


 以前なら。

 全部、音にしか聞こえなかった。


 今回は。


 町。

 老人。

 知っている。


 そこだけ聞き取れた。


「今、町の老人を知ってるって言った?」

「たぶんな」

「おっさんも分かった?」

「三単語だけ」

「俺と同じじゃん」

「組み合わせれば意味になる」

「都合よく組み立ててない?」


 リィナは、もう一度ゆっくり話した。


 店。

 本。

 老人。

 知る。

 門。


 その辺りの言葉が混ざっている。

 全部は分からない。

 けれど。

 前よりは分かる。


「前の老人、やっぱり何か知ってるのかな」

「だから話してたんだろ」

「俺たち、一言も分からなかったけど」

「今なら少しは分かる」

「少しで足りる?」

「ゼロよりはましだ」


 腹が立つことに。

 正論だった。


 八日目。


 スマホの電源を入れた。

 電池は六十九パーセント。

 一パーセント減っている。


 日付を確認する。

 村へ戻ってから、八日が過ぎていた。


「八日もいたんだ」

「働いてると早いな」

「異世界へ来て、十日以上?」

「たぶんな」

「スマホで確認しただろ」

「最初の日が何時から始まったか分からん」

「こういうところだけ細かい!」


 その日の夕方。

 おっさんは、村のまとめ役の男へ話しかけた。

 覚えた現地語を、一語ずつ並べる。


 町。

 荷車。

 次。

 いつ。


 文法はない。

 発音も怪しい。

 それでも。


 男は、話を聞いた。

 おっさんはもう一度言う。


 町を指す。

 荷車を指す。

 自分と俺を指す。


 村の男は少し考えた。

 指を三本立てる。


 次に。

 町の方角。

 荷車。

 俺たち。

 順番に指した。


「三日後?」

「そうだろうな」

「荷車が三台かも」

「一台しかない」

「三人で行くとか」


 リィナが自分を指した。

 次に町の方角を指す。


「リィナも行く?」


 リィナがうなずいた。


「三人で町?」

「それなら指三本の意味が変わるな」

「ほら!」


 村の男が、もう一度指を三本立てた。

 太陽が昇る仕草。

 一回。

 二回。

 三回。


 それから町を指す。


「三日後だ」

「今度は確定?」

「九割」

「一割残すなよ!」


 おっさんはうなずいた。

 男も、うなずく。

 話が通じた。

 たった数単語。

 身振りだらけ。


 それでも。

 町へ行きたい。

 三日後に荷車が出る。

 俺たちも同行する。

 そこまでは伝わった。


「すごいじゃん、おっさん」

「営業だからな」

「八日かかってるけど」

「新規顧客は時間がかかる」

「言語を顧客扱いすんな!」


 俺たちは寝床へ戻った。

 おっさんが、前に門の絵を描いた板を出した。

 

「次も、老人へこれを見せる」

「前も見せた」

「今度は言葉がある」


 おっさんは、覚えた単語を指で数えた。


「石。門。空。人。来る。帰る。知る」

「文章になってない」

「並べれば伝わる」

「営業、強引だな」

「それに、リィナがいる」


 リィナは自分の名前を聞き、こちらを見る。


 町。

 老人。

 門。


 俺が覚えた言葉を並べる。

 リィナはうなずいた。

 たぶん。

 協力してくれる。


「前よりは、何とかなりそう」

「前回は何ともならなかったからな」

「果物を売られた」


 八日かけて。

 俺たちは、ようやく簡単な言葉を覚えた。


 水が欲しい。

 飯を食べたい。

 荷物を持つ。

 ここへ置く。

 町へ行く。

 人を探す。

 知っているかと聞く。


 それだけ。


 帰る方法を尋ねるには、まだ足りない。

 老人の話を理解するにも、たぶん足りない。

 でも。


 前回は、何もなかった。

 今回は。

 少しだけ、言葉がある。


「三日後だな」


 おっさんが言った。


「町へ行って、老人に聞く」

「ちゃんとゆっくり話してもらえよ」

「最初に言う」

「ゆっくり、って覚えた?」

「まだだ」

「一番必要な言葉じゃん!」

「明日覚える」

「間に合う?」

「三日ある」


 おっさんは余裕そうに言った。

 その余裕が、信用できない。


 三日後。

 俺たちは、もう一度町へ行く。


 今度こそ。

 おっさんが帰る方法へ近づくために。

 

 まずは。

「老人の長話を止める言葉も必要だな」


「トァでいいだろ」

「それ、荷車と馬に使うやつだぞ!」


 覚える言葉が、また一つ増えた。

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