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チートなし! 相方あり!?  作者: niwa.


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第十四話 働ける不審者

「起きろ、ニセ令和。出勤だ」


 目を開けた瞬間、最悪の言葉を聞いた。


「……異世界まで来て、その言葉で起こすな」

「朝だぞ」

「朝なのは分かる。出勤が嫌なんだよ」

「無職よりましだろ」

「異世界転移者に職歴を求めるな」


 体を起こす。


 首が痛い。

 背中も痛い。

 肩も痛い。


 昨夜は野営地の端に敷かれた布の上で寝た。


 森の地面よりは柔らかい。

 獣の声も遠い。

 槍を持った見張りもいる。


 安全だった。

 たぶん。

 ただし、見張りはこちらを守るためというより、俺たちが何かしないように立っていた気もする。

 安全と監視は、わりと似ている。


「よく寝られた?」

「寝られたけど、寝た気はしない」

「贅沢だな」

「おっさんは?」

「腰が痛い」

「年齢じゃん」

「寝床の問題だ」

「年齢だよ」

「十八歳は黙ってろ」

「四十六歳が現実から逃げるな」


 言い合っていると、近くにいた見張りがこちらを見た。

 昨日、最初に槍を向けてきた若い男だ。

 今日も槍を持っている。

 朝から働き者である。


「おはようございます」

「通じないぞ」

「挨拶は大事だろ」

「槍が少し上がったぞ」

「発音が悪かったかな」

「言語の問題だよ!」


 見張りが何かを言った。

 意味は分からない。

 けれど、立て、というように手を動かしている。


「ほら、出勤だ」

「その単語やめろって!」


 俺たちは立ち上がった。

 野営地は、もう動き始めていた。

 火を起こす人。

 水を運ぶ人。

 荷物をまとめる人。

 柵を確認する人。


 誰もぼんやりしていない。

 異世界の朝は早い。

 文明がないから、目覚まし時計もない。

 その代わり、仕事が目覚ましになっているらしい。


 嫌すぎる。

 昨日の責任者らしき男がやってきた。

 体格がよく、腕が太く、顔に古い傷がある男。

 今日も笑っていない。

 たぶん、笑顔をどこかに置き忘れてきた人だ。


 男は俺とアイドを順番に見た。

 次に、地面に置かれた荷物を指さした。


 木箱。

 革袋。

 薪の束。


 それから俺を指す。


「……俺?」

「若い方だからな」

「こっちでも若さを財産扱いすんのかよ」

「役に立つ財産になったな」

「使い潰されるやつだろ、それ!」


 男は次にアイドを指した。

 そして、別の薪の束を示す。


「おっさんも同じじゃん」

「見る目がないな」

「何を任されると思ってたんだよ」

「交渉、調整、人員配置。適材適所というものがある」


 アイドは自分の口元を指した。

 次に、責任者と周囲の人々を示す。

 両手を動かし、何かを説明するような身振りをする。

 責任者は黙って見ていた。

 それから、薪の束をもう一度指した。


「おっさん、営業落ちたぞ」

「まだ面接の途中だ」

「薪持たされてる時点で現場採用だよ」

「異世界は人事が荒いな」

「言葉が通じない営業に何させるんだよ!」


 俺は革袋を持ち上げた。

 重い。


 中に何が入っているのか分からないが、かなり詰まっている。

 豆か。

 穀物か。

 石か。

 石だったら怒る。


「これ、どこに持っていくんだ?」


 責任者は少し離れた荷車を指した。


「分かりやすい」

「人間、労働指示だけは言葉を超えるな」

「嫌な発見だ」


 俺は革袋を肩に担いだ。

 いける。

 重いけど、いける。


 学生時代にラクロスをやっていた。

 走るのも、体を動かすのも嫌いではない。

 異世界に来て初めて、部活が役に立った。

 嬉しくない。


「若者、頑張れ」

「おっさんも持てよ」

「今、腰に相談してる」

「却下された?」

「前向きに検討するそうだ」

「政治家みたいな腰だな!」


 アイドも薪を抱えた。

 量は俺より少ない。


「少なくない?」

「年齢に配慮された」

「さっき現実で殴るなって言っただろ!」

「配慮は受け取るものだ」

「都合のいい昭和だな!」


 俺たちは荷車まで運んだ。

 革袋を置く。

 すぐに次の荷物を指さされた。


「休憩なし?」

「一個運んだだけだぞ」

「初仕事なんだから、達成感を味わわせろよ」

「異世界に新人研修はない」

「説明不足だ!」


 二つ目。


 三つ目。


 木箱。


 薪。


 水の入った容器。


 何度か往復するうちに、腕が重くなってきた。

 眠気は消えた。

 代わりに疲労が来た。

 健康的なのか不健康なのか分からない。


「ニセ令和、それ一人で持つな」

「いける」

「傾いてるぞ」

「いけるって」

「落とす」

「落とさな――」


 縄が緩んだ。

 木箱が傾く。


「うわっ!」


 抱え直そうとしたが、間に合わない。

 中身が地面へ落ちた。

 丸い実のようなものが、あちこちへ転がっていく。


「――!」


 誰かが叫んだ。

 現地の言葉だった。

 意味は分からない。

 俺が拾おうと手を伸ばすと、同じ男がもう一度叫んだ。


「――!」


 さっきと同じ言葉。

 俺は止まった。


「今の、“待て”じゃない?」

「たぶんな」

「俺、異世界で最初に覚える言葉が命令形なの?」

「お前らしいな」

「どこがだよ!」


 現地人の男が近づき、地面へ落ちた実を確認した。


 一つ拾う。

 割れていないか見る。

 匂いを嗅ぐ。


 それから、俺を睨んだ。


「すみません」

「謝罪は通じないぞ」

「顔で押す」

「成長したな」

「嬉しくねえ!」


 男は箱の縄を結び直した。

 複雑な結び方だった。

 引っ張る方向を変えると締まり、別の場所を引くとすぐにほどけるらしい。


「便利だな」

「覚えろ」

「見ただけで?」

「若いんだから」

「若さを魔法扱いすんな!」


 俺が結び方を見ている間、アイドは少し離れたところにいた。

 薪を運んでいる。

 いや。


 運んではいるが、途中で周りを見ている。

 誰が何を運んでいるのか。

 どの荷車に何を積むのか。

 どこで人が詰まっているのか。


 そして、荷物を持った男に何かを示した。

 空いている荷車を指す。

 次に、別の荷物を指す。


 男は怪訝そうな顔をした。

 それでも、アイドが指した方へ荷物を持っていった。


 今度は別の人に、積まれた箱を少し動かすよう身振りで伝える。

 重いものを下。

 軽いものを上。


 道具を使うものは、取り出しやすい位置へ。

 言葉が通じなくても、やろうとしていることは分かった。


「おっさん、何してんの?」

「積み方が悪い」

「勝手に変えていいの?」

「崩れたら全部運び直しだぞ」

「怒られない?」


「結果が良ければ説明できる」

「言葉、通じないだろ」

「結果は通じる」


 アイドは薪の束を荷車の横に置いた。

 そして、積み込みをしている二人へ手招きする。

 荷物の順番を変える。


 最初は嫌そうな顔をされていた。

 けれど、やってみると荷車の中に空間ができた。

 今まで入らなかった袋が一つ収まる。

 現地人たちが顔を見合わせた。


「……営業じゃなくて、現場監督じゃねえか」

「営業は客と社内と現場の間に立つ仕事なんだよ」

「急にまともな職業説明すんな」

「俺は元々まともだ」

「経歴を思い出せ、クソ昭和」

「細かいことを覚えてるな、ニセ令和」

「細かくねえよ!」


 体格のいい責任者も、アイドの様子を見ていた。

 笑ってはいない。

 でも、止めもしない。

 昨日よりは、ほんの少しだけ見る目が変わっていた。

 怪しいおっさんから。

 少し役に立つ怪しいおっさんへ。


 大きな昇進である。

 たぶん。


 荷物を運んでいると、野営地の端にリィナが見えた。

 杖をついている。

 昨日より、足の巻き方がしっかりしていた。

 腰に袋を下げた女の人と一緒に、草や葉を仕分けている。


 色。

 形。

 匂い。


 いくつかの山に分けていた。


「リィナも働いてる」

「働き者だな」

「怪我人だろ」

「座ってできる仕事を回されたんだろ」

「休めばいいのに」

「本人に言え」

「通じないだろ」

「顔で押せ」

「万能にすんな!」


 俺は空になった箱を置き、リィナの方へ近づいた。

 見張りはついてこなかった。

 逃げないと思われたのか。

 逃げてもすぐ捕まると思われたのか。


 どちらかは分からない。

 リィナは俺に気づいた。

 手を止める。


「足、大丈夫?」


 通じない。

 俺は自分の足を指し、首をかしげた。


 リィナは少し考えたあと、杖を持ち上げて見せた。

 それから、ほんの少し笑った。

 大丈夫。

 たぶん、そういう意味だ。


「ならいいけど」


 俺が持っていた空箱を見て、リィナが手を伸ばした。


「いや、持たなくていい」


 首を横に振る。

 リィナも首を横に振る。

 箱を掴む。


「怪我人だろ」


 引き戻す。

 リィナが離さない。


「何でお前が持とうとすんだよ」


 当然、通じない。

 俺とリィナは、空箱を挟んで引っ張り合った。


「何してる、お前ら」


 アイドが来た。


「こいつが無理して持とうとする」

「お前もさっき無理して箱を落としただろ」

「俺は怪我してない」

「人の無茶には気づくのに、自分の無茶には気づかない」

「クソ昭和が急に分析すんな」

「似た者同士だな」

「どこがだよ!」


 リィナはアイドの言葉を理解していない。

 でも、俺が怒っていることは伝わったらしい。

 少しむっとした顔で、箱から手を離した。


「怒った?」

「怒ったな」

「何で?」

「自分だけ働かせてもらえないからだろ」

「怪我人なのに?」

「怪我人でも、荷物にはなりたくないんだろ」


 俺は口を閉じた。

 森で、同じことを思った。

 担ぐのではなく、支える。


 リィナは助けられるだけの人間ではない。

 分かっていたはずなのに、また忘れていた。


「……じゃあ、これ」


 俺は空箱の端を持った。

 反対側をリィナへ向ける。


「半分」


 リィナは箱と俺の顔を見た。

 それから、反対側を持った。

 二人で運ぶ。

 空箱なので、一人でも持てる。

 意味があるのかは分からない。

 でも、リィナは少しだけ満足そうだった。


「いい話だな」

「見てないで手伝えよ」

「二人で持つ意味がなくなるだろ」

「おっさんが楽してるだけじゃねえか!」


 こうして、異世界での初仕事は続いた。

 俺は荷物を運び。

 リィナは怪我をしたまま、できることを探し。

 おっさんは、人の仕事に勝手に口を出していた。

 客として扱われてはいない。

 仲間として認められたわけでもない。

 それでも俺たちは、少なくとも昨日よりは役に立っていた。


 怪しいだけの遭難者から。

 働ける不審者くらいには、昇格できたらしい。


 俺たちは村まで同行させてもらえることになった。

 ただし、労働力として。

 二人まとめて、セット商品として。


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