第十二話 村に着いた。なお入れない
野営地は、俺たちが働いている間に消えていた。
布を張った小屋は畳まれた。
簡単な柵は外され、薪も水も食料も、全部荷車へ積み込まれた。
昨日、俺たちが槍を向けられた場所には、踏み固められた土と灰しか残っていない。
「撤収、早くない?」
「慣れてるんだろ」
「俺たちが荷物運んでる間に、家までなくなってるんだけど」
「持ち運べる家だからな」
「家賃安そう」
「毎日引っ越しだぞ」
「それは嫌」
「一瞬で意見を変えるな」
荷車は三台あった。
木箱や袋を積んだもの。
薪と道具を積んだもの。
水や薬草らしいものを積んだもの。
最後の一台には、リィナも乗せられていた。
足には昨日よりきれいな布が巻かれ、杖は荷車の脇へ立てかけられている。
荷物の間へ敷かれた布の上に座っていた。
ただし、休んではいない。
腰に袋を下げた女の人から草の束を受け取り、葉の形や匂いを確かめている。
仕分けたものを別々の袋へ入れ、紐を結び直す。
「怪我人、普通に働いてるけど」
「座ってできる仕事を回されたんだろ」
「休ませなくていいの?」
「本人が休むと言ったか?」
「言葉、分かんないだろ」
「顔を見ろ」
リィナは真剣な顔で、薬草らしいものを選り分けている。
荷物として運ばれている顔ではなかった。
リィナがこちらを見た。
俺が自分について話していることだけは、なんとなく分かるらしい。
俺は荷車の上の袋を指した。
次にリィナを指す。
リィナは首を傾げた。
俺は休む仕草と、袋を仕分ける仕草をする。
どちらか。
リィナは袋を指した。
そして作業へ戻る。
「本人が選んだ」
「学習したな」
「上から採点すんな」
野営地の責任者が声を上げた。
全員が動き始める。
荷車の前に人がつき、縄を肩へかけた。
引く人間が二人。
後ろから押す人間が一人。
「俺たちは?」
責任者が、一番重そうな荷車の後ろを指した。
次に俺とおっさんを指す。
両手を前へ出して、押す仕草。
「分かりやすい」
「労働指示だけは、どこの世界でも通じるな」
「嫌な共通語だな」
俺とおっさんは、荷車の後ろへ回った。
太い木で作られている。
車輪も木。
取っ手には、何人もの手が触れた跡がついていた。
責任者が前方で腕を上げた。
短い声を出す。
縄をかけた二人が体を前へ倒した。
俺たちも荷車を押す。
「重っ!」
車輪が、ゆっくり回り始めた。
「声を出すな! 力が抜ける!」
「おっさんも苦しそうじゃん!」
「これは掛け声だ!」
「何て意味」
「重い!」
「同じじゃん」
荷車は、軋む音を立てながら動いた。
一台目。
二台目。
リィナを乗せた三台目。
その後ろに、弓や槍を持った人間がつく。
俺たちは一行の真ん中だった。
客でもない。
捕虜でもない。
仲間でもない。
働かせながら監視するには、ちょうどいい位置なのかもしれない。
細い道を、荷車が進む。
昨日は怪我をしたリィナへ合わせ、三人でゆっくり歩いた。
今日は荷車へ合わせる。
昨日よりは速い。
ただ、楽ではなかった。
道は平らではない。
木の根を避ける。
石を越える。
くぼみへ落ちた車輪を押し上げる。
前の人間が引き、俺たちが押す。
「異世界って、移動するだけで重労働だな」
「道路整備に感謝しろ」
「帰ったら道路に頭下げる」
「通行の邪魔だ」
「例えだよ!」
少し先で、道が上り坂になった。
責任者が声を出す。
荷車を引く二人が、縄を握り直した。
俺も取っ手へ力を入れる。
見ると荷車に積まれた袋が、左側へ寄っていた。
車輪も片側だけ深く沈んでいる。
「止めた方がよくない?」
「この坂の途中で?」
「このまま押したら倒れる!」
おっさんが前方へ声を上げた。
日本語だった。
当然、伝わらない。
「止まれは何だった!」
「野営地で聞いたやつ!」
「音を覚えてない!」
「おっさん、記憶力!」
「お前もだろ!」
俺は、野営地で何度か聞いた音を思い出した。
箱を落としたとき。
勝手に動こうとしたとき。
門の見張りが、俺たちへ向けて言ったとき。
「――!」
発音が合っている自信はなかった。
でも、前の二人が振り返った。
荷車の動きが止まる。
「通じた!」
「声量かもしれん」
「夢を壊すな!」
責任者がこちらへ戻ってきた。
俺は左へ傾いている荷物を指した。
次に、荷車が横へ倒れる仕草をする。
責任者は荷物を見る。
短く何かを言った。
怒ってはいない。
たぶん。
何人かが集まり、左へ寄った袋を下ろした。
おっさんは、荷物の位置を指す。
重い袋を中央へ。
軽い箱を外側へ。
坂を上がってから、もう一度積み直す。
責任者は少し考えたあと、指示を出した。
「通じた?」
「結果は通じる」
「昨日から、すっかり現場監督だな」
「営業は現場との調整も仕事だ」
「異世界で転職成功してんじゃん」
「営業だと言ってるだろ」
軽くなった荷車を押し、坂を上がる。
頂上で荷物を積み直した。
その間、俺は左の車輪を確認する。
泥がついている。
木の輪の一部へ、小さな欠けがあった。
「これ、大丈夫かな」
「何が」
「車輪。ここ」
おっさんもしゃがむ。
「すぐに壊れるほどではなさそうだ」
「おっさん、車輪に詳しい?」
「詳しくない」
「じゃあ信用できないじゃん」
「欠けているが、割れてはいない。それだけだ」
「分からないものを分かったふりで言わない?」
「そう」
「言われすぎて覚えたよ」
俺は責任者を呼んだ。
車輪の欠けを指す。
責任者はそこへ手を触れ、点検している。
別の男を呼ぶ。
二人で何かを話し、荷物の一部を別の荷車へ移すことになった。
「見つけてよかった?」
「壊れる前にな」
「俺も役に立ってるな」
「珍しくな」
「一言多い!」
再び出発する。
今度は荷車の重さが少し均等になった。
上り坂を越えると、道は緩やかな下りになった。
押すだけではなく、荷車が進みすぎないように抑えなければならない。
「さっきまで押せって言ってたのに!」
「下りは止めろ!」
「忙しいな!」
「荷車に言え!」
前を歩く人間が、短い言葉を何度も叫んでいる。
坂では一つ。
止まるときは別の一つ。
前を歩いていた男が、俺たちを振り返った。
同じ言葉を、ゆっくり言う。
それから荷車を押す仕草をした。
「教えてくれてる」
「お前があまりに覚えないからな」
「おっさんもだろ」
「俺は理解している顔をしていた」
「顔だけかよ」
俺は男の言葉を繰り返した。
男が首を横へ振る。
発音が違ったらしい。
もう一度繰り返す。
また違う。
三回目。
男の顔が少し緩んだ。
「通じた?」
「たぶんな」
「最初の現地語が、押せになった」
昼前に、一度休憩が入った。
荷車が道の端へ寄せられる。
人々は水を飲み、少しだけ食べ物を口へ入れる。
俺たちにも、水と固いパンのようなものが渡された。
「食べていい?」
「働いた分だろ」
「毒見は?」
「ここまで同じものを食ってる人間がいる」
「体質が違うかもしれないって言ったの、おっさんだろ」
「では食べるな」
「食べます」
「切り替え早いな」
パンは固かった。
石ではない。
でも、歯に対する態度が石に近い。
「硬っ!」
「水につけろ」
「先に言え!」
「見れば分かる」
「パン見て、水につけるって分かるかよ!」
水へ少し浸す。
柔らかくなる。
味は薄い。
休憩が終わった。
また荷車を押す。
木々の間を進む。
道は少しずつ広くなっていった。
人が行き来した跡が増える。
切り株。
脇道。
低い石積み。
畑らしい場所も、ぽつぽつ見え始める。
「森、終わる?」
「人の手が入っているな」
「村、近い?」
「そうかもしれん」
「セラノ」
リィナの声。
リィナが前方を指す。
俺は両手で家の屋根みたいな形を作る。
リィナがうなずいた。
「村だ」
「そうらしいな」
「もっと喜べよ!」
「門があるかもしれん」
「何で最初に門を考えるんだよ」
「村なら、外から入る人間を確認する」
「俺たち、野営地で認められたじゃん」
「村は別だ」
「信用って、持ち運べないの?」
「荷車には積めん」
「面倒くせー!」
木々の向こうに、最初の屋根が見えた。
傾斜のある、茶色い屋根。
その隣に、もう一つ。
煙も上がっている。
畑が見える。
人が動いている。
「村だ」
「村だな」
「屋根がある」
「門もある」
「入れてくれるよな?」
「決めるのは向こうだ」
「着いて十秒で不安にさせんなよ!」
村が近づいてきた。
屋根が増える。
畑が広がる。
人の姿も、はっきり見える。
遠くから眺めているうちは感動した。
人間の住む場所だ。
森ではない。
壁がある。
屋根がある。
夜になっても、黒い犬みたいな何かに囲まれずに済むかもしれない。
そう思っていた。
近づいてみると、村の周りにある木の柵は、思っていたより高かった。
「……あれ、入れてくれるよな?」
「ここまで荷物を押してきたんだ。門前払いはないと思いたいな」
「思いたい、なの?」
「決めるのは向こうだからな」
「さっきも聞いたよ!」
「答えは変わらん」
村の入口には、木で作られた門があった。
城門みたいな立派なものではない。
太い木を左右に立て、その間を横木でつないだだけ。
荷車が一台通れるくらいの幅があり、横には見張り用らしい小さな台がある。
そこに男が二人立っていた。
槍を持っている。
「また槍?」
「人間社会では初対面の挨拶なんだろ」
「嫌な文化だな!」
一行の先頭が門へ近づく。
野営地の責任者が、門番に片手を上げた。
知り合いらしい。
何か言葉を交わす。
門番も少し表情を緩めた。
荷車が一台ずつ門を通っていく。
「普通に入れそうじゃん」
「油断するな」
「何で?」
「俺たちは普通じゃない」
「自覚あったんだ」
「お前も含まれてるぞ」
「俺は普通の十八歳だよ」
「異世界で荷車を押してる普通の十八歳か」
「状況のせいだろ!」
俺たちの番になった。
門番の一人が、俺を見た。
次に、おっさんを見る。
視線が戻る。
また俺を見る。
野営地で最初に覚えた現地語も聞こえた。
「――!」
「待て、だ」
「今回は言われる前に止まってる」
「成長したな」
「褒め方が犬なんだよ」
俺たちの後ろで、荷車も止まった。
門番が俺たちを指さし、何かを尋ねた。
責任者が答える。
森を指す。
リィナが乗っている荷車を指す。
俺たちを指す。
荷物を持つ仕草もした。
「説明してくれてる?」
「森で拾った、働ける不審者です。くらいだろ」
「もう少し良く言ってくれ」
「昨日まで刺す候補だったんだ。十分だ」
門番は納得しなかったらしい。
首を横に振る。
俺たちへ、村の外側を指す。
「え」
「まだ入れるな、かもしれん」
「ここまで押してきたのに!?」
「村にとっては、ここからが初対面だ」
「信用、引き継げないの?」
「別部署だからな」
「異世界にも縦割り行政あるのかよ!」
責任者は、少し強い声で説明を続けた。
門番も引かない。
二人の声が大きくなっていく。
喧嘩ではないと思う。
たぶん。
ただ、俺たちを入れていいかで揉めているのは分かった。
「何かできない?」
「今、俺たちが前へ出ると余計に怪しい」
「じゃあ営業は?」
「担当者同士が話しているところへ、資料なしで割り込む営業は嫌われる」
「急に実用的な話すんな」
後ろの荷車から、リィナが下りようとしていた。
隣にいた女の人が止める。
リィナは首を横に振った。
杖を受け取り、ゆっくり地面へ足を下ろす。
怪我をした足は、まだまともにつけない。
それでも、こちらへ歩こうとする。
「リィナ」
俺は反射的に近づこうとした。
門番の槍が動く。
足を止めた。
「今回は学習したな」
「今それ言う?」
リィナは、女の人に肩を借りながら門まで来た。
門番が驚いた顔をする。
リィナが何かを話した。
森。
怪我。
俺たち。
身振りは昨日から何度も見ている。
水を飲む。
火を使う。
食べる。
足を支える。
荷車を押す仕草も加わった。
リィナは何度も俺たちを指した。
門番は俺たちを見る。
まだ疑っている。
リィナが、さらに何かを言った。
声が強くなる。
「怒ってる?」
「門番に、ちゃんと説明してるんだろ」
「俺たちのために?」
「ほかに何がある」
「いや、でも」
「助けた分が返ってきてるんじゃない」
おっさんが言った。
「信用した相手を、途中で放り出したくないんだろ」
リィナは俺たちを助けようとしている。
森で会ったとき、彼女は刃物を向けていた。
今は、槍を向ける人間の前に立っている。
言葉は分からない。
でも、それくらいは分かった。
門の内側から、何人かが出てきた。
村人たちだ。
一行が戻ってきたことで集まってきたらしい。
その中から、一人の女の人が飛び出した。
年齢は三十代か、もう少し上か。
髪を後ろでまとめている。
腕をまくり、腰には小さな袋をいくつも下げていた。
野営地でリィナのそばにいた人とは別人だ。
「リィナ!」
名前だけは分かった。
女の人は、リィナのところまで駆けてくる。
そして。
強く抱き締めた。
リィナの顔が歪む。
怪我をした足に響いたらしい。
女の人は慌てて体を離した。
今度は、リィナの顔を両手で挟む。
体を一つずつ確かめている。
声が震えていた。
怒っているようにも聞こえる。
泣きそうにも聞こえる。
たぶん、両方だ。
「家族かな」
「師匠かもしれん」
「分かるの?」
「腰の袋だ」
薬草を入れる袋。
そういうことかもしれない。
女の人は、リィナの肩を軽く叩いた。
何かを強く言う。
リィナは目をそらした。
「怒られてる」
「心配してたんだろ」
「帰ってきて早々、説教か」
「帰ってきたから説教できるんだよ」
おっさんの声が、少しだけ柔らかかった。
娘さんがいる。
ふと、それを思い出した。
リィナには、帰ってきたことを喜ぶ人がいる。
心配して。
怒って。
抱き締める人がいる。
いいことだ。
間違いなく、いいことのはずだ。
なのに。
俺は少しだけ、目をそらしたくなった。
考えても仕方がない。
ここは俺の帰ってきた場所ではない。
ただ、今夜寝かせてもらえるかもしれない場所だ。
今は、それで十分だ。
リィナは女の人に何かを説明した。
俺たちを指す。
女の人の視線が、こちらへ向いた。
さっきまでの感情が、一度に消える。
警戒。
それから、戸惑い。
俺とおっさんを交互に見る。
「また不審者を見る顔」
「慣れてきたな」
「慣れたくなかったよ」
女の人がリィナへ尋ねる。
リィナがうなずく。
足に巻かれた布を指す。
森を指す。
俺たちを指す。
女の人は、しばらく黙った。
それから俺たちへ向かって、深く頭を下げた。
「……礼?」
「だろうな」
俺も慌てて頭を下げた。
「いや、どうも」
「日本語で返すな」
「ほかに何があるんだよ」
「笑顔」
「おっさん担当だろ」
「今のお前の方が自然だ」
おっさんも頭を下げた。
営業スマイルではない。
普通の顔だった。
女の人は、もう一度リィナを支え、村の中へ連れていこうとした。
リィナが振り返る。
俺たちを見る。
足を止める。
「行けよ」
当然、通じない。
俺は村の中を指した。
リィナを指す。
女の人を指す。
「大丈夫。こっちは何とかする」
「言葉が通じない相手に強がるな」
「顔で押す」
「使いこなしてるな」
リィナは迷っていた。
けれど、最後には小さくうなずいた。
女の人と一緒に、門の内側へ入っていく。
村人たちが彼女を囲む。
声をかける。
肩に触れる。
無事を確かめる。
リィナの姿が、人の間に隠れた。
「行っちゃったな」
「帰ったんだろ」
「……そうだな」
俺たちは、まだ門の外にいた。
リィナは村人。
俺たちは、村の外の人間。
分かりやすい。
かなり分かりやすい境界線だった。
「で、俺たちは?」
「ここから営業だな」
「さっき割り込むなって言ってたじゃん」
「担当者の話が終わった」
おっさんは一歩前へ出た。
門番が槍を上げる。
すぐ止まる。
「出勤早すぎない?」
「営業機会は逃さない」
「命も逃がすなよ」
野営地の責任者が門番へ何かを説明した。
今朝の作業を示すように、荷車を指す。
俺を指して、荷物を担ぐ仕草。
荷車を押す仕草。
車輪を確認する仕草。
おっさんを指し、荷物を積み直す仕草。
次に、村の中と俺たちを交互に指す。
「働けるって言ってくれてる?」
「同行中に問題を起こさなかったこともな」
「箱落としたけど」
「黙ってろ」
門番の一人が、地面に置かれた俺たちの持ち物を指した。
スマホ。
財布。
鍵。
そして、責任者が預かっているライター。
「また検査?」
「村として確認するんだろ」
「信用、引き継げてないじゃん」
「責任者が証言している。少しは引き継げてる」
「少し?」
「槍でつつかれてない」
「基準が低い」
責任者はライターを布に包んだまま、門番へ見せた。
中身は出さない。
何かを強く言う。
門番も、布を開こうとはしなかった。
「危険物だって説明してる?」
「扱い方の分からない道具だから、預かったままにするんだろうな」
「俺たちの文明、返ってこない」
「信用を稼げ」
「火を返してもらうために働くの?」
「文明は高いぞ」
門番たちは、しばらく話し合った。
村の奥から、別の男も呼ばれた。
白いものが混じった髪。
細い体。
長い杖。
老人というほどではないが、野営地の責任者よりは年上に見える。
村のまとめ役かもしれない。
男は俺たちを見た。
持ち物を見る。
野営地の責任者の説明を聞く。
村の中にいるリィナを見る。
それから、地面へ指で三本の線を引いた。
「三?」
「三日かもしれん」
男は太陽を示す。
指を三本立てる。
俺たちを指す。
次に、荷物を運ぶ仕草。
木を切る仕草。
食べる仕草。
「三日間、働けば置いてくれる?」
「三日間だけ滞在を認める。その間は働け、じゃないか」
「三日後は?」
男は村の外を指した。
「更新審査だな」
「追放だろ!」
「働き次第では延長できるかもしれん」
「急に派遣社員みたいになったな」
「職歴ができたな」
「異世界で最初の職歴が、期限つき不審者!」
男はさらに、いくつかの身振りをした。
夜。
村の外。
火。
首を横に振る。
「夜は出歩くな」
「勝手に火を使うな」
「村の奥にも行くな、かもしれん」
「禁止が多い」
「信用がないからな」
「リィナを助けたのに?」
「感謝と信用は別だ」
おっさんは、さらっと言った。
「助けたことには礼をする。でも、正体不明なことは変わらない。まともな判断だ」
「また正論」
「人間社会へ来たからな。正論が増えるぞ」
「森に戻りたくなってきた」
「本気か?」
「嘘です」
村の男が、ようやく門の内側を指した。
「……入っていい?」
「だろうな」
「本当に?」
「たぶん」
「ここまで来ても、たぶんかよ!」
俺たちは門をくぐった。
村の中へ、一歩入る。
土の道。
木の家。
低い石垣。
庭先に干された草。
走っていく子供。
何人もの村人が、俺たちを見ていた。
作業の手を止める。
小声で何かを話す。
子供が親の後ろへ隠れる。
「歓迎されてる?」
「珍しがられてる」
「嫌われてる?」
「まだ判断中だ」
「ずっと審査されてるな」
「人間社会だからな」
俺たちは、村の端にある小さな建物へ連れていかれた。
倉庫みたいな場所だった。
壁はある。
屋根もある。
扉もある。
中には、干し草を詰めた袋が二つ置かれていた。
「屋根だ」
「屋根だな」
「壁もある」
「文明人の感動が原始まで戻ってるぞ」
「森で寝てから言え!」
俺は干し草の袋を押した。
柔らかい。
少し臭い。
でも、地面ではない。
「ベッドだ」
「寝床だな」
「ベッドってことにしろよ」
「現実を見ろ」
「今だけ夢を見させろ!」
建物の外には、門番が立っていた。
槍を持ったまま。
俺たちが中へ入ったのを確認し、扉の近くへ移動する。
「おっさん」
「おう」
「これ、宿?」
「半分はな」
「残り半分は?」
おっさんは、入口の見張りを見た。
「留置場」
「働ける不審者から昇格してねえ!」
村には入れた。
屋根も手に入った。
壁もある。
ただし。
外から見張られていた。




