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チートなし! 相方あり!?  作者: niwa.


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第十一話 槍はまだ下がらない

 槍の先が、こっちを向いている。

 朝の光を拾って、鈍く光っていた。

 綺麗だ。


 いや、綺麗とか言ってる場合じゃない。

 あれはたぶん、俺を刺すための部分だ。


 道を進んだ先で、ようやく人のいる場所を見つけた。

 野営地らしい。

 リィナを支えて近づいた結果が、これだった。


「――!」


 見張りが何かを叫んだ。

 意味は分からない。

 でも、動くなとか、出てこいとか、変なことをしたら刺すとか。

 だいたいその辺だと思う。


 人間、槍を向けられると語学力が上がるらしい。

 内容は一切分からないけど、圧だけは正確に伝わった。


「おっさん」

「おう」

「これ、出ていった方がいい?」

「もう見つかってるからな」

「じゃあ逃げる?」

「リィナを置いて?」

「無理」

「なら、出るしかない」

「選択肢がまた死んでる!」

「死んでない。細いだけだ」

「同じだろ!」


 俺が小声でキレている間にも、見張りは槍を向けたままだった。


 若い男に見える。

 俺よりは年上。

 でも、おっさんほどではない。


 革みたいなものを重ねた服。

 腰に短い刃物。

 手には槍。


 顔は硬い。


 驚いている。

 けれど、それ以上に警戒している。


 当然だ。

 俺たちは、道に仕掛けられていた罠を鳴らさず、草むらから隠れるように出てきた。

 怪しい。

 しかも、怪我をした女の人を男二人で挟んでいる。

 もっと怪しい。

 俺たちの事情を知らない人から見れば、完全に事件の途中だった。


「これ、俺たち悪者に見えてない?」

「見えてるだろうな」

「即答すんな!」

「安心しろ。俺は悪者に見えない」

「その笑顔が一番怪しいんだよ!」


 アイドは、いつもの営業スマイルを浮かべていた。

 槍を向けられているのに笑っている。

 怖くないのかと思ったが、違う。


 よく見ると、肩は少し上がっている。

 足も、すぐに下がれる形になっていた。

 怖くないから笑っているんじゃない。


 怖がっていると悟らせないために、笑っている。

 そういう顔だった。


「よし」

「何がよしだよ」

「営業の時間だ」

「異世界二日目で出勤すんな、クソ昭和」

 アイドは、ゆっくり両手を上げた。


 手のひらを見せる。

 急には動かない。

 見張りとの距離も詰めない。


「はいはい、どうも。こちら、迷子と怪我人と、口の悪い若者です。敵意はありません」

「通じねえって」

「言葉じゃなくても伝わるものはある」

「何が?」

「俺が丸腰で、逆らう気がなくて、多少話を聞く価値がある善良な中年だということ」

「最後の二つは伝わらねえよ」


 見張りが、もう一度何かを叫んだ。

 槍の先が少し上がる。

 アイドは止まった。


 笑顔は消さない。

 でも、それ以上は何もしない。

 相手が次にどう動くかを待っている。


「おっさん」

「黙ってろ」

「はい」


 声が低かった。


 ふざけていないときのおっさんは、ちょっと怖い。

 リィナが、俺の肩の上で身じろぎした。


 さっきから、いつもより呼吸が速い。

 目の前の見張りを知っているのか。

 それとも、野営地そのものを知っているのか。

 彼女は俺の肩から腕を外そうとした。


「え、ちょっと待て」


 通じない。

 リィナは杖を地面につき、無理に一歩前へ出ようとした。


 右足が地面につく。

 顔が歪んだ。


 体が傾く。


「危なっ!」


 俺は反射的に、リィナの体を抱えるように支えた。

 その瞬間。

 見張りの槍が、真っ直ぐ俺に向いた。


「――!」

「違う! 今のはこいつが倒れそうになったから!」


 通じない。


 分かっている。

 分かっているけど、言わずにはいられなかった。


 リィナを押さえつけたんじゃない。

 捕まえたんでもない。

 倒れそうになったから支えただけだ。


 でも、相手からはそう見えない。


「はい、状況が悪化しました」

「実況すんなクソ昭和!」

「今のは悪化しただろ」

「分かってるよ!」

「声を上げるな。余計に警戒される」

「誰のせいで声上げてると思ってんだ!」

「お前だな」

「このジジイ!」


 リィナが俺の腕の中で顔を上げた。

 そして、見張りに向かって何かを叫んだ。


「――! ――!」


 今まで聞いた中で、一番大きな声だった。

 見張りの表情が変わる。

 目が見開かれた。

 槍先が、ほんの少しだけ下がる。


 リィナだと分かった。

 たぶん、そうだ。


 けれど。


 槍は、下りきらなかった。

 見張りはリィナを見た。

 次に、俺を見る。

 アイドを見る。

 またリィナを見る。


 驚いている。

 心配もしている。

 でも、信用はしていない。


「知り合いじゃないの?」

「知り合いではあるんだろうな」

「じゃあ槍下げろよ!」

「見張りとしては、そう簡単にいかんだろ」


「リィナが説明すれば――」

「脅されてる可能性もある」


 俺は口を閉じた。


「混乱してる可能性もある。俺たちが助けたあとで、何かするつもりかもしれん。後ろに仲間が隠れてるかもしれん」


「いないだろ」

「俺たちは知ってる。向こうは知らない」

 腹立つことに、正論だった。


 見張りからすれば、怪我をした仲間が戻ってきた。

 でも、知らない男を二人連れている。

 一人はその仲間を抱えている。

 もう一人は槍を向けられているのに笑っている。


 警戒しない方がおかしい。


「……どうすんの?」

「信用しろと言っても通じん」

「言葉も通じないしな」

「だから、見せる」


 アイドは両手を上げたまま、ゆっくり自分のシャツを指さした。

 裾が裂けている。

 次に、リィナの足元を指した。


 裂いたシャツで作った包帯。

 添えた枝。

 俺たちが手当てした跡。


 見張りの目が、リィナの足へ向いた。

 アイドは自分を指さす。

 俺を指さす。

 それから、両手でリィナを支える仕草をした。


「助けた。怪我。歩けない。支えた」

「説明が原始的」

「相手に確認できる材料を出してるんだ」

「営業?」

「営業」

「言葉通じなくても営業すんのかよ」

「言葉が通じない相手に物を売ることもある」

「何売ってたんだよ、あんた」


 見張りはまだ槍を向けている。

 でも、さっきより先端が低い。


 俺の胸ではなく、腹の辺り。

 刺される場所が変わっただけだった。


 安心していいのか分からない。

 アイドはさらに、自分からゆっくり膝をついた。


「おい」

「立ってると大きく見えるからな」

「おっさん、小さいじゃん」

「百六十九ある」

「今そこ張るとこじゃねえよ」


 アイドが地面に座る。

 両手は見せたまま。

 逃げない。

 襲わない。

 まず話を聞け。


 言葉にすれば、たぶんそういう意味だった。


「ニセ令和」

「何だよ」

「お前も座れ」

「リィナ支えてんだけど」

「ゆっくり下ろせ」

「槍向いてるんだけど」

「だからゆっくりやれ」

「注文が多い!」


 俺はリィナの顔を見た。

 彼女もこちらを見ていた。


 意味は伝わっていない。

 でも、たぶん座ることは分かったらしい。


 俺たちは時間をかけて、リィナを地面に座らせた。

 倒れないように木へ背中を預ける。


 それから、俺も隣に座った。

 手を上げる。


「これでいい?」

「よくできました」

「殺すぞ」

「槍を向けられてるときに殺害予告すんな」

「誰のせいだよ!」


 見張りは、俺たちが座ったのを確認した。

 それでも槍は下げない。

 代わりに、野営地の方へ何かを叫んだ。


 声が返ってくる。

 一つではない。

 ばたばたと、複数の足音が近づいてきた。


「おっさん」

「おう」

「人、増えるぞ」

「交渉相手が増えるな」

「嬉しそうに言うな」


「人数が増えると、話の分かるやつが混じる可能性が上がる」

「槍の数も増えるだろ」


「それも上がる」

「駄目じゃねえか!」


 草の向こうから、新しい人影が現れた。


 一人。


 二人。


 三人。


 その全員が、俺たちを見た。

 正確には。

 怪我をしたリィナと。

 その隣で手を上げている俺と。

 営業スマイルを貼りつけたおっさんを見た。


 異世界で初めて会った人間たちは、俺たちを歓迎してくれなかった。

 ただし、まだ刺してもこなかった。


 今のところは。

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