第十話 道、発見。なお安全不明
道がある。
それだけで、人間はちょっと安心すらするらしい。
少なくとも俺は安心した。
木と草と湿った土しかなかった森の中に、細くても道っぽいものがある。
草が少ない。
地面が少し固い。
足を置く場所を毎回考えなくていい。
それだけで、もう文明だった。
俺の文明基準は、異世界に来てから下がり続けている。
「歩きやすいな」
「歩きやすいねえ」
「道ってすごいな」
「すごいねえ」
「なんか腹立つな」
「なぜだ」
「クソ昭和と同じ感想を持ってしまったから」
「若者が素直になるのは良いことだぞ、ニセ令和」
「素直さを返せ」
俺たちは、細い道を進んでいた。
右肩にはリィナの腕。
左側にはアイド。
リィナは杖をつきながら、ゆっくり歩いている。
歩いている、というか、進んでいる。
進んでいる、というか、なんとか前にずれている。
遅い。
めちゃくちゃ遅い。
でも、森の中を適当に歩くよりはずっとましだった。
少なくとも、リィナはこの道を知っているらしい。
時々、足元を見て、木の根を避けるように俺たちを止める。
時々、枝を指して、そっちへ寄るなという顔をする。
言葉は通じない。
でも、だんだん分かってきた。
リィナが嫌そうな顔をしたら、だいたい危ない。
リィナが黙って進んだら、たぶん大丈夫。
リィナが刃物を握り直したら、かなりまずい。
異世界生活二日目。
俺はようやく、現地人の表情を天気予報みたいに見る技術を身につけつつあった。
「なあ」
「何だ、ニセ令和」
「この道、人の道かな」
「人が作ったようには見えるな」
「じゃあ人里近い?」
「かもしれん」
「助かった?」
「とは限らん」
「希望を置いていくな」
「人がいる場所が安全とは限らないからな」
「それ、営業知識?」
「営業知識」
「嫌な説得力出すなよ」
アイドは、周囲を見回しながら歩いていた。
ただ喋っているだけではない。
目はちゃんと森を見ている。
耳も、たぶん使っている。
腹は出始めているが、警戒はしている。
ムカつくことに、こういう時のおっさんは少し頼りになる。
「ニセ令和」
「何だよ」
「今、俺のことちょっと頼りになると思っただろ」
「思ってねえよ」
「顔に出てた」
「どんな顔だよ」
「昭和、意外とやるな、って顔」
「そんな顔の筋肉ないだろ」
「あるんだよ。若者は知らんだけで」
「顔の筋肉で世代マウント取るな」
リィナが急に止まった。
俺も止まる。
アイドも止まる。
リィナは足元を見ていた。
「……足、痛い?」
リィナは答えない。
まあ、答えられても分からないが。
彼女はゆっくりしゃがもうとして、痛みで顔をしかめた。
俺が慌てて支える。
「無理すんなって」
通じないと分かっていても、言葉が出る。
リィナは俺を一瞬だけ見た。
それから、地面を指さす。
そこに、跡があった。
足跡。
たぶん足跡。
ただ、俺の知っている足跡とは少し違った。
靴ではない。
裸足でもない。
指のような跡があり、その先に爪みたいな細い傷がついている。
俺はゆっくり顔を上げた。
「……人?」
「ではなさそうだな」
「じゃあ何?」
「それを俺に聞くな」
「ラノベ知識」
「人型の魔物の足跡、かもしれん」
「最悪の候補を最初に出すな」
「じゃあ、大きめの鳥」
「それも嫌だわ」
リィナの顔は硬い。
足跡を見ている。
それから、道の先を見ている。
良いものを見つけた顔ではなかった。
「この道、人の道じゃない?」
「人じゃない道かもしれんな」
「道にまで属性増やすなよ」
「現実は複雑なんだよ」
「異世界だろ」
「異世界の現実だ」
「一番面倒な言い方すんな」
リィナが、刃物の柄で地面を軽く叩いた。
こん、と小さな音がする。
それから、足跡の横に線を引いた。
森の奥へ続く線。
次に、丸を三つ描く。
俺たち、だろうか。
その丸の前に、ぎざぎざした線を描く。
リィナはそれを指さして、強く首を横に振った。
「……危険?」
「だろうな」
「この先?」
「だろうな」
「でも道はこの先に続いてる」
「そうだな」
「戻る?」
アイドは後ろを見た。
来た道。
沢の方。
夜に黒い犬みたいな何かがいた場所。
それから前を見る。
足跡のある道。
リィナが嫌な顔をしている道。
どっちも嫌だった。
「戻っても安全とは限らん」
「進んでも安全とは限らない」
「選択肢が全部不良品だな」
「異世界の初期装備に返品窓口つけてほしい」
「返品理由は?」
「全部」
「雑だが同意する」
リィナは、俺たちを見ていた。
何を話しているかは分かっていないはずだ。
でも、悩んでいることは伝わっているらしい。
彼女はゆっくり立ち上がる。
俺の肩に腕をかけ直す。
そして、道の先を指さした。
行く。
そういうことらしい。
「……行くしかないか」
「だな」
「道があるだけマシ、ってやつ?」
「そうだな」
「安全じゃなくても?」
「安全じゃなくても」
俺は足跡を見た。
爪の跡。
細い道。
森の奥。
助かった、とは言えない。
でも、何もない森をさまようよりはましだ。
たぶん。
「じゃあ行くぞ、ニセ令和」
「命令すんな、クソ昭和」
俺たちは、また歩き出した。
さっきより少しだけ慎重に。
さっきより少しだけ静かに。
道はあった。
でもそれは、俺たちを助けるためのものではない。
誰かが通ったから、道になった。
そしてその誰かが、俺たちに優しいとは限らない。




