第81話:神話の三馬鹿と、理不尽なる箱庭
第81話:神話の三馬鹿と、理不尽なる箱庭
シンの魔力と、紅蓮の古竜イグニスの熱上昇気流に乗って、一行は天の果てへと猛スピードで昇っていた。
ピィィィィィィッィイイイイイイイイエェェェェェェッ!!!
突如として、はるか上空から雷鳴を伴った凄まじい歓喜の鳴き声が轟いた。
直後、空を覆っていた分厚い雲が吹き飛び、ガラスが割れるような派手な音と共に『不可視の隠蔽結界』が内側から粉々に砕け散ったのだ。結界が消え去ったことで、太陽の光を浴びて輝く巨大な『空島』と、黄金の嘴を持つ神鳥の姿がはっきりと顕現した。
『ふははは! 見ろ我が主よ! あのアホ鳥、我々の接近に気づいて、嬉しさのあまり自分で封印の結界をぶっ壊しやがったぞ!』
イグニスが空島を見上げて大笑いした。
『まったく。相変わらず図太くて、喧しい鳥ですな。隠蔽されていた意味がまるでありませんぞ』
アビスも呆れたように触手を揺らすが、その複数の瞳は旧友との再会への喜びで細められていた。
一行が空島に降り立つと、巣から飛び出してきた天穿の神鳥『ストーム・ルク』が、バサバサと瑠璃色の巨大な翼を広げて出迎えた。
『おせーぞ火トカゲ! 陰気タコ! 何百年待たせる気じゃ!』
『誰がトカゲだこの焼き鳥! お前なんかこのまま丸焼きにして、主の夕飯のオカズにしてやろうか!』
『ふん、お前たちのその低俗な煽り合い、数百年経っても一切進歩していませんな』
顔を合わせるなり、遠慮ゼロの罵倒をぶつけ合う古代の魔物たち。
しかし、その声色には紛れもない「親愛」がこもっていた。イグニスは炎の息を吹きかけ、ルクは風でそれを煽り返し、アビスは呆れながらも触手で二体を軽く叩く。それはまさに、神話の時代に世界を我が物顔で飛び回っていた『悪友(三馬鹿)』の、変わらぬ絆の証であった。
「……なんか、すげえ楽しそうだな、あいつら」
シンは腕を組み、三体の巨大な魔物たちが犬ころのようにじゃれ合う光景を、微笑ましく見守っていた。
ひとしきり旧交を温めた後、ルクはバサッと翼を畳み、シンの真正面へと向き直った。
その黄金の瞳が、シンの全身から溢れ出る『太陽のように暖かな魔力』を真っ直ぐに捉える。遠くからでも感じ取れたその王の器は、間近で見れば見るほど底知れず、途方もない包容力を秘めていた。
『……お主が、この捻くれた悪友どもを素直に従わせたという、規格外の主じゃな?』
「ああ。『深緑の無名奈落』のマスター、シンだ。お前の旧友たちはうちで雇うことになった。でお前は——」
『もとよりそのつもりじゃ! 我も連れて行け!』
ルクはシンの言葉が終わる前に、二つ返事で快諾した。
『人間どもの記憶から消え去る隠居生活など、もう飽き飽きじゃ! それに、お主のような極上の主の元でこやつらとまた酒が飲めるなら、喜んでこの翼を捧げよう!』
「よし、契約成立だ! お前の名前は『ルク』だ。空の防衛は任せたぞ」
『カッカッカ! 任せておけ!』
これで、かつて世界を震撼させた『火』『水』『空』の神話級魔物、三体すべてのスカウトが完了した。
彼らはシンの圧倒的な器に惚れ込み、迷宮の新たなる守護者として絶対の忠誠を誓ったのである。
***
数時間後。迷宮第6層、マスターズ・チェンバー。
「……ほ、本当に、神話の存在を三体も連れ帰ってくるとは……」
巨大な水晶モニターに映し出された三体の圧倒的な威容を見て、ガストンは震える手で羊皮紙を落としそうになっていた。ファウストに至っては「解剖させろ! 鱗を一枚でいいからくれ!」と興奮で泡を吹いている。
「で、ガストン。こいつらの配置なんだが」
シンが円卓につくと、ガストンは慌てて咳払いをして図面を広げた。
「は、はい。現在有り余っているDPを用い、新たに『第7層・火山階層』『第8層・水棲階層』『第9層・天空階層』をそれぞれ別個に増設し、各階層の最奥に彼らを配置する計画を立てております。これで防衛線は鉄壁となるかと」
それぞれに特化した専用階層を与える。ダンジョン経営としては、極めて理にかなった定石の配置だ。
しかし、シンは図面を見て顎を撫でた後——ふと、道中のことを思い出した。
空島から迷宮へ帰ってくるまでの間、イグニス、アビス、ルクの三体は、一時も離れることなく「俺の方が強い」「いや我の海流だ」と、ずっと口喧嘩をしながらも、本当に楽しそうに笑い合っていたのだ。
(数百年の孤独を味わって、やっと再会できた親友同士だ。……それを、効率のためだけに別々の階層に引き離して住まわせるなんて、野暮だよな)
「却下だ、ガストン」
シンは図面を弾き飛ばし、ニヤリと覇王の笑みを浮かべた。
「第7層、第8層、第9層に分けるのはやめる。……莫大なDPを全部ぶち込んで、第7層を『とんでもないデカさの単一階層』として創り直すぞ」
「た、単一階層、ですか?」
「ああ。限界まで空間を拡張して、その階層の中央に、アビスが住むための広大な『大海溝』を作る。その海のど真ん中に、イグニスが寝泊まりする活火山の『大火山島』を隆起させる。そして、その島を覆う上空に、ルクが飛び回るための『巨大な空島』を浮かべるんだ!」
「「「…………えええええええッ!?」」」
幹部たちが、一斉に目玉を飛び出させた。
「火山の熱、荒れ狂う海、そして空からの雷撃……。ま、待ってくださいマスター! そんな異なる環境を一つの階層にブチ込んだら、魔力場がメチャクチャになって『永遠に嵐と噴火が吹き荒れる地獄のような環境』になってしまいますぞ!?」
ガストンが悲鳴を上げる。
「それがいいんじゃねえか。防衛階層なんだから、それくらい理不尽な方が侵入者も絶望できて親切だろ?」
シンは楽しそうに笑い飛ばした。
「ルリ! DPは足りるか!?」
『はいマスター! 神話級コアの魔力がまだ有り余ってます! いつでもいけます!』
「よし! 神話の三馬鹿のための、最高の【箱庭】を創ってやる!」
シンがマスター権限を解放し、莫大なDPを注ぎ込んだ瞬間。
迷宮の深淵に、かつて誰も見たことのない『異常なスケールの超階層』が誕生した。
見渡す限りの海。煮えたぎるマグマを吐き出す火山。そして空を覆う雷雲と空島。それぞれが互いの魔力を高め合い、信じられないほどのマナの奔流が渦巻く、まさに「神話の光景」がそこに完成したのである。
『おおおおお! 我が主よ! なんという粋な計らい!』
『これで、毎日このアホトカゲの顔を見ながら酒が飲めるというわけですな!』
『カッカッカ! 最高の極楽じゃ!』
新たな自分たちの領地(縄張り)を見下ろし、三体の神話級魔物たちは歓喜の雄叫びを上げた。
彼らは互いの環境を壊すことなく、むしろ嵐と炎と海流を見事に調和させ、その階層を「絶対に誰も突破できない理不尽の極致」へと仕上げていった。
「……マスター。もしも他国の軍隊がこの第7層に足を踏み入れたら、どうなるんでしょうか」
モニター越しにその恐るべき光景を見ていたレオンハルトが、引き攣った笑いを浮かべた。
「ん? 雷に撃たれながらマグマに焼かれて海に沈むだけだろ。たぶん1秒で全滅するな」
シンの迷宮は、ただ強い魔物を集めるだけでなく、彼らの『絆』を尊重する底知れぬ度量によって、大陸のいかなる国家や賢人会すらも戦慄する「完全無欠の神の城」へと至ったのである。




