第46話(閑話):狂宴の沈黙と、傲慢なる三つの牙
第46話(閑話):狂宴の沈黙と、傲慢なる三つの牙
血と腐肉の匂いが立ち込める、薄暗い溶岩の洞窟。
他者の迷宮を喰らい、領土と魔力を強奪することを至上の悦びとする戦闘狂のダンジョンマスター派閥、『暴食の狂宴』。その幹部会が開かれる異空間の円卓には、現在、十三の異形の影が座していた。
本来であれば十五人いるはずの席。そのうちの二つ――サラマンダーのマスターと、大蟇のマスターの席は、無惨にも砕け散り、空席となっていた。
「……信じられん。いくらなんでも早すぎるだろう」
一つ目巨人のマスターが、忌々しそうに呻き声を上げた。
円卓の中央に投影されているのは、『深緑の無名奈落』と呼ばれる新参者の迷宮が、たった一晩で引き起こした未曾有の事態の報告書だ。
「あの『焦熱の砂礫窟』と『腐泥の毒塞』が、同時に陥落しただと? 奴らの迷宮は、そう簡単に抜かれるような柔な作りではなかったはずだ。数日……いや、最低でも数週間は持ち堪える防壁があっただろうに!」
「それが……両迷宮とも、侵攻開始からわずか『数時間』でコアを奪取されたそうです」
影の中から、情報収集を担う蝙蝠のマスターが震える声で告げた。
「数時間、だと……?」
その言葉に、十三人のマスターたちは一斉に息を呑んだ。
ダンジョン同士の戦争において、数時間での陥落などあり得ない。未知の罠を掻い潜り、魔物の群れを退けながら最深部へ向かうのは、気の遠くなるような消耗戦になるのが常識だからだ。
しかも、相手は生まれて半年に満たない新参の迷宮だ。抱えている魔物の数も、派閥に属する自分たちに比べれば圧倒的に少数であるはずだった。
「物理反射のガラスドームを、何らかの『超質量』による遠距離攻撃で粉砕。そして、分厚い岩盤の壁を地下から直接『喰い破って』の奇襲……。奴らは迷宮のギミックを真っ向から突破したのではなく、力技で『構造そのもの』を破壊して最短距離で最深部へ到達したのです」
蝙蝠のマスターの解説に、円卓は水を打ったように静まり返った。
非常識極まりない力業。それを実行できるだけの特異な魔物を、新参のマスターが手駒に揃えているという事実。
略奪を是とする彼らの心に、長年忘れていた「底知れぬ未知への恐怖」が微かに過ったのだ。
――しかし。彼らは『悠久の賢人会』のような知略を重んじる者たちではない。恐怖はすぐに、戦闘狂特有の「怒り」と「蛮勇」によって塗り潰された。
「……ハッ! くだらん。要するに、あの二人が油断して防壁の裏をかかれただけのことだろうが」
沈黙を破り、円卓をバンッと強く叩いて立ち上がったのは、雷を纏う獅子の姿をしたマスターだった。
さらに、彼に同調するように、両腕が巨大な鎌のようになっている蟷螂のマスターと、全身から猛毒の瘴気を立ち上らせる不死者のマスターが立ち上がる。
「その通りだ。新参者が少しばかり強力な手駒を手に入れたからといって、調子に乗らせておくわけにはいかん。我々『暴食の狂宴』の顔に泥を塗った代償は、奴のコアごと噛み砕いて支払わせる」
立ち上がった三人は、大深緑の迷い森に次に近い「三つの迷宮」を支配するマスターたちだった。
彼らは円卓の最奥で沈黙を保つ、巨大な黒い影――派閥の総帥に向かって不敵に笑いかけた。
「総帥。あの新参者の迷宮の討伐、我ら三名にお任せいただきたい」
「ほう。同時侵攻を成功させた生意気な相手だぞ。勝算はあるのか?」
総帥が低く、地鳴りのような声で問う。
「勝算など語るまでもありませんよ」
雷の獅子が、傲慢に鼻で嗤った。
「奴の迷宮は、少数の特化した魔物による『少数精鋭』の奇襲でしか勝てないのです。ならば……我ら三迷宮が保有する数万の魔物をすべて解き放ち、三方向から一斉に『魔物暴走』を仕掛ければいい」
「左様。いかに壁を喰い破る蟻がいようと、岩を投げる鬼がいようと、圧倒的な『数の暴力』の前に飲み込まれれば、息継ぐ暇もなく防衛線は崩壊する。小規模な新参者のダンジョンなど、我ら三名の連携でひとひねりにしてご覧に入れますよ」
知略やギミックすらも無視した、数万規模の魔物による三方向からの同時飽和攻撃。
それこそが、彼ら『暴食の狂宴』が最も得意とする、絶対的な「蹂躙」の戦術であった。
「……クククッ。よいだろう。新参者の肉の味、存分に堪能してくるがいい」
総帥の黒い影が歪み、愉悦に満ちた許可が下された。
「「「御意!!」」」
三人のマスターは、獰猛な笑みを浮かべて円卓から姿を消した。
彼らは気づいていない。シンの迷宮が、すでに敵のコアを吸収し、新たな二階層を増設した「難攻不落の大地底帝国」へと変貌を遂げていることに。
そして、圧倒的な数の暴力を以てしても、決して突破不可能な「迎撃の要塞」が待ち構えていることに。
驕り高ぶる三つの牙が、自らの破滅へと向かって、十万を超える魔物の群れと共に進軍を開始しようとしていた。




