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残高ゼロの極小ダンジョン経営~頼りない水晶コアと、ネズミ穴から始める迷宮拡張記~  作者: 盆ちゃん


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第19話(閑話):帝都の神隠しと、奈落の温もり

第19話(閑話):帝都の神隠しと、奈落の温もり

 魔導帝国ゼノス、帝都第八区。

 『軍属居住区』と名付けられたその区画は、高い鉄の壁に囲まれ、一定の間隔で配置された魔力感知式の監視ゴーレムが、赤く光る無機質な眼を光らせていた。

 名目は「国のために戦う軍人の家族の保護」。しかし実態は、兵士の裏切りを防ぐための「人質の鳥籠」に他ならない。

 その一角にある質素なアパートの一室で、レオンハルトの妻エレナは、まだ幼い娘のクロエを寝かしつけながら、ランプの灯りの下で静かに祈りを捧げていた。

「どうか、あの人が無事に帰ってきますように……」

 数日前、聖騎士団が森で大敗を喫したという噂が帝都に流れ込んだ。同時に、先遣隊として向かった夫の部隊は「全滅、あるいは消息不明」と処理されたという不穏な話も耳に入ってきている。

 もし夫が任務を放棄したと見なされれば、明日にも自分たちは治安維持軍に連行され、処分されてしまうだろう。恐怖でエレナの肩が震えた、その時だった。

 ――ふわり。

 閉め切ったはずの窓から、微かな「風」が吹き込んだ。

「……え?」

 エレナが顔を上げると、部屋の影の中から、深い緑の外套を羽織った美しい青年――エルフの斥候ファエルが、音もなく姿を現した。

「悲鳴を上げないでください、エレナ夫人。我々は敵ではありません」

 ファエルが人差し指を口元に当て、優しく微笑む。

 その手には、見覚えのある銀のロケットペンダントが握られていた。夫が肌身離さず持っていたものだ。

「それは……!」

「はい。貴女の夫君、レオンハルト殿から預かったものです。……彼は生きています。そして、あなた方を『真の安息の地』へお迎えするために、我々を遣わしました」

 ファエルはペンダントと共に、一通の手紙と、籠に入った瑞々しい果実をテーブルに置いた。

 震える手で手紙を開いたエレナの目から、大粒の涙が溢れ出す。そこには見慣れた夫の力強い筆跡で、こう書かれていた。

『愛するエレナ、クロエ。帝国の呪縛は終わった。我々は真に仕えるべき王に出会ったのだ。どうか、森の使者たちを信じてほしい』

「奥様。森の踏破は過酷です。まずは娘さんと一緒に、この『迷宮の主』から贈られた果実を召し上がってください」

 それは、シンがDPを消費して生成した『体力回復と疲労軽減のリンゴ』だった。一口かじったエレナと、目を覚ましたクロエの体に、温かな活力が満ちていく。

「……信じます。夫が、命を懸けて選んだ道ですから」

 決意を固めたエレナを見て、ファエルは力強く頷いた。

 この夜、同じような光景が、居住区のあちこちで繰り広げられていた。レオンハルトが信頼を置き、今回も強制的に派兵されることになった部下たちの家族、計四十二名。

 ファエル率いるエルフの隠密部隊は、彼ら全員に手紙と果実を配り終え、居住区の中央広場へと集結させた。

「よし。全員揃ったな」

 ファエルが合図を送ると、十数人のエルフたちが一斉に呪文を詠唱し始める。

「大精霊の息吹よ、我らを世界から隠したまえ――『大精霊の隠れシルフィード・ベール』!」

 淡い緑色の風が、四十二人の家族たちを優しく包み込む。

 それは、エルフの秘伝たる広域幻術結界。彼らの体温、呼吸音、そして魔力の波長を、周囲の「夜風」や「石畳」と完全に同化させる奇跡の魔法だ。

 結界を展開した一行は、堂々と居住区の正面ゲートへと歩き出した。

 目の前には、帝国が誇る魔力感知ゴーレムと、重武装の衛兵たちが立ち塞がっている。エレナは思わずクロエをきつく抱きしめたが、ファエルは「大丈夫です」と微笑んだ。

 ――ザッ、ザッ、ザッ。

 五十人近い集団が、衛兵の目の前を通り過ぎる。

 しかし、衛兵は欠伸を一つしただけで、ゴーレムの赤いセンサーも全く反応しない。彼らの目にはただの「夜の暗がり」が広がり、耳には「少し強い風の音」しか届いていないのだ。

 帝国の機械的な監視システムは、森の神秘の前ではただの案山子かかしに過ぎなかった。

 こうして、四十二人の「人質」たちは、帝都から文字通りの『神隠し』に遭ったかのように消え去ったのである。

 ***

 数日後。大深緑の迷い森の中心、『深緑の無名奈落』第4層。

 長い森の旅を終え、巨大な階段を降りた家族たちが目にしたのは、恐ろしい魔物の巣窟などではなかった。

 天井の『発光石』が太陽のように温かくフロアを照らし、広大な農地には豊かな緑が茂っている。そして、漂ってくるのは、料理長ログが腕を振るったシチューと焼き立てのパンの暴力的なまでに美味そうな匂い。

「エレナッ! クロエッ!」

 フロアの奥から、漆黒の装甲を脱ぎ捨てたレオンハルトが、周囲の目も憚らずに駆け寄ってきた。

「あなたっ……!」

「パパぁっ!」

 レオンハルトは妻と娘を力強く抱きしめ、大粒の涙を流した。その周囲でも、迷宮守備隊として合流した部下たちと、救出された家族たちの感動の再会が幾つも咲き誇っている。

「本当に、夢ではないのだな。……お前たちが、無事に俺の腕の中に……」

「ええ。森の方々が、優しく導いてくれました。……それに、あの美味しいリンゴがなければ、クロエは歩けなかったわ」

 エレナがそう言って視線を向けた先には、ゴブリンや蜘蛛の魔物たちに囲まれながら、満足そうに微笑む一人の人間の青年――迷宮の主、シンが立っていた。

 レオンハルトは家族を連れてシンの前に進み出ると、深々と臣下の礼をとった。

「マスター。……我が一族の命を救っていただき、言葉もありません。この御恩は、必ずや次なる防衛戦で、帝国軍の心臓を貫くことでお返しいたします」

「家族の無事な顔が見れてよかったな、レオンハルト。……ここからはお前の『迷宮守備隊(人間部隊)』の出番だ。準備はいいか?」

「はっ! 愛する家族を背後に置いて、この俺たちが敗れるはずがありません!」

 帝国の冷たい鳥籠から解放され、真に守るべき居場所ダンジョンを得たレオンハルトと精鋭たち。その士気は、天を衝くほどに高まっていた。

 無能な帝国幹部が送り込んでくる三百の軍勢は知らない。彼らが立ち向かうのは、もはやただの魔物ではなく、護るべき愛する者たちを背にした、最強の『決死隊』であることを。

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