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祠の悪魔と、貧乏貴族 〜屋敷の地下ダンジョンと悪魔の商店で、領地再建はじめます〜  作者: ななほし


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第9話 飢えた弓使い

 食事が終わり、屋敷が静かになった頃。


 俺は執務室の机に向かっていた。


 山のように積まれた帳簿。

 税の記録、収穫の報告、領民の要望書。


 腹が膨れ、すぐさま寝所に潜り込みたい気分なのだが、そうは問屋が卸さない。


 貧乏領主に休息などない。

 貧乏暇なし、とはよく言ったものだ。


 羽根ペンを走らせながら、俺はため息をついた。

 魔物だ契約だ世界崩壊だと騒いでいても、最後に戻ってくるのは税と書類である。世の中は世知辛い。


 そんな俺を、机の向こうからセンバスがじっと見ていた。


 自慢の白髭を弄りながら。

 いつも通り落ち着いた顔だが、どこか覚悟を決めた空気がある。


 ……まさか。


 嫌な予感が脳裏をよぎる。


 ついに俺を見限り、暇を貰う気か?


 いいだろう。

 土下座の準備はできているぞ、センバス。


「若様」


 低い声で、彼は言った。


「少し王都へ戻ろうと思います」


「お、お、王都?」


 俺は思わずどもってしまった。


 センバスが王都の話をすることは滅多にない。


 昔は王に仕えた近衛騎士だったこと。

 そこで爺様と出会い、付き従うことを決めたこと。


 それ以上は何度聞いてもはぐらかされていた。


「古巣がありますのでな」


「あ、あぁ。騎士団か?」


「ええ」


 センバスは短く頷く。


「今回の件……ハンターギルド構想は、私も良い話だと思います。多少なりともつてが残っているので、信頼できる者に相談してみようかと」


 暇の話じゃなかった……。


 胸を撫で下ろす。

 いや待て。ほっとしていいのかこれ。

 王都だぞ。古巣だぞ。絶対なんか厄介ごとも拾ってくる流れじゃないか。


 確かに、この計画は王都の貴族や騎士団とも無関係ではいられない。


「……分かった。どれくらいで戻れる?」


「長くても二月ほどかと」


「二月か……。センバスが抜けた穴はきついが、何とかするよ。土産を頼むぞ」


「ええ。とっておきの厄介ごとを土産にしましょう」


 なんという鬼畜スマイル。領主思いで涙が出そうだ。


 俺が苦笑いで頷くと、扉の隙間からレオが顔を出した。


「ほな俺も一度戻るわ」


「お前もか」


「当たり前やろ」


 レオはパンを齧りながら言う。


 いつまで食ってんだこの豚。

 うちの台所は無限パン工房じゃねぇんだぞ……。


「ハンター集めなあかんし、資金も動かす必要ある。こんな商売、王都に持ち込んだら大騒ぎやで」


 レオはニヤリと笑った。


「これはデカい商売になる」


 完全に商人の顔だった。

 危険も面倒も全部まとめて、“儲け話”として咀嚼している顔だ。


 そして、ふと思い出したように言う。


「その前に一つええか?」


「何だ」


「地下、見せてくれ」


「……ダンジョン?」


「そうや」


 レオは目を細めた。


「商売の匂いがするんや」


 ―――――


 翌日、地下迷宮の入口に立ったレオと護衛達は、しばらく言葉を失っていた。


 石造りの巨大な広間。

 奥へと続く闇の通路。

 壁に刻まれた古い紋章。


 ひんやりと湿った空気が、地上のそれとは明らかに違う。

 屋敷の地下だというのに、もう別の世界の口に立っているみたいだった。


「……」


「どうした」


「いや」


 レオはゆっくり周囲を見回す。


「思ってたよりヤバいな」


 その一言に、護衛達も無言で頷く。

 商売の匂いを嗅ぎに来た顔ではない。未知の遺跡を前にした顔だ。


 その後、俺たちは第一層を軽く見て回った。


 アーススライム。

 グラベルウルフ。

 グラウンドボア。


 魔物を倒すと、地面に魔石と素材が残る。


 前回潜った時は出なかったが、なんとモンスターは肉を落とす時もあった。


 ルシア曰く、食用可能らしい。


 それを見た瞬間、レオの目が変わった。


「……おい」


「何だ」


「これ全部、魔物の素材か?」


「そうらしい」


「市場に出回っとるの見たことあるか?」


「ないな」


 レオは黙り込んだ。


 そしてグラウンドボアの肉塊を拾い上げる。


 指先で肉質を確かめるように押し、しばらく観察する。

 脂の乗り、繊維の詰まり具合、表面の張り。

 まるで品定めをするみたいに、じっくりと目を細めた。


 その目が、獲物を見つけた商人のそれに変わっていた。


「食肉は貴重品や。生のまま運ぶんは厳しいやろうけど、塩漬けや燻製、干し肉にしたら話は別や」


 レオが肉塊を軽く持ち上げる。


「しかも未知の素材や。味は食ってみな分からんが、食用に向いて加工も利くなら、それだけで十分売りになるで」


 レオがゆっくり顔を上げた。


「金の匂いがする。いや、金の匂いしかせん」


 断言だった。


「それだけやない。これ全部、未知の素材や。武具、薬、食材、装飾品……いくらでも使い道あるで」


 目が完全に商人になっている。


「これ売るだけでギルド回るわ」


「マジか」


「マジや」


 レオは笑った。


「世界中の商人が見たら発狂するレベルや。資源の山やんけ」


 護衛達も素材を手に取り、無言で見ていた。

 武具になるのか、防具に向くのか、それとも別の使い道があるのか。

 素人目にも、ただの肉や牙ではないことは伝わってくる。


 その後、ルシア商店も見せた。


 錬成炉。

 スキル武具。


 レオはしばらく黙り、目を虚ろにしていたが、最後に一言だけ言った。


「……これはヤバすぎる」


 それは感嘆でも歓喜でもなく、

 とんでもない金脈を前にした商人が、ようやく絞り出した本音みたいな声だった。


 ―――――


 屋敷に戻ると、レオは完全に上機嫌だった。


「いやぁ、ええもん見せてもろたわ」


「商売になりそうか?」


「なりそうどころやない」


 レオは笑う。


「これほんまに世界変わるで」


「大げさだなぁ」


「アホか! 大げさちゃうわ!!」


 そして勢いよく椅子から立ち上がる。


「ほな、俺は戻るわ」


「もう行くのか?」


「やること山ほどあるんや。時は金なりってありがたい至言もあることやしな」


 レオは肩をすくめた。


「次来る時は人連れてくる」


「ハンターか?」


「そうや」


 そして、ふと振り返った。


「あぁ、そういやロシュ」


「?」


「俺がここ来た理由、言うてなかったな」


 俺は首を傾げる。


「そうだな。買い付けの時期でもないのに来たのは珍しいな」


「それや」


 レオは笑った。


「最近この辺で噂になっとる狩人がおる」


「狩人?」


「凄腕の弓使いや」


 センバスが眉を動かす。


「どの程度の腕ですかな?」


 レオはさらっと言った。


「そいつ、ワイバーンを一人で落とすほどの凄腕らしいで」


 沈黙。


「……は? 嘘だろ?」


 俺は思わず声を上げた。


 空から襲ってくるだけでも厄介なのに、皮膚も鉄並みに硬い。

 討伐には騎士団でも結構な被害を出すほどの化け物だ。

 それを一人でって……。


「俺も嘘やと思う」


 レオは肩をすくめる。


「まあ噂話や。おもろい茶飲み話でもと思って顔を出しに来ただけやってんけど、まさかこんな展開になるとは夢にも思わんかったわ」


 そう笑いながら、彼は手を振った。


「ほなまたな。ちゃんとギルド運営のこと考えとけよ」


 馬車がゆっくり門を出ていった。


 ――それから数日。


 普段の業務に加え、ダンジョン探索やギルドの構想を練っていると、遂にセンバスの出発の日が来た。


 屋敷の前で、センバスが馬に跨る。


 この屋敷からあいつがいなくなるのは、妙に落ち着かない。

 いつも後ろにいるものだと思っていた柱が、すっと一本抜けるような感覚だ。


「若様」


「ん?」


「お気をつけて」


「お前もな」


 センバスは軽く頭を下げた。


 そして王都へ向かって走り去る。


 屋敷が、急に静かになったみたいだ。


 ……二人ともいなくなったか。


 俺は大きく伸びをする。

 静かだ。

 頼れる奴らが動き出した心強さと、その分だけ自分で背負うしかない重さが、奇妙に同居していた。


「さて」


 屋敷へ戻ろうとした、その時だった。


 ぎゅるるるっ――


 間抜けな腹の音が響いた。


 音のした方を見る。


 敷地内の茂みが、がさりと揺れた。


 恐る恐る近づく。


 そこにいたのは――腹を押さえ、地面に座り込んでいる女だった。


 長い銀髪。

 耳が尖っている。


 ……エルフ?


 民族風の装束に身を包み、背には弓を負っている。

 その弓は細身なのに妙に張り詰めた存在感があり、使い手を選ぶ武器だと一目で分かった。

 矢筒は空だった。


 俺が声をかける。


「おい、ここはヴァーミリオン家の敷地内だぞ」


 女がゆっくり顔を上げた。


 新緑の瞳。

 恐ろしく整った顔立ち。……美人だ。

 だが、その美しさより先に、死にそうなくらい腹を空かせているのが伝わってきた。


 そして一言。


「おなか減った」


「……」


 俺はしばらく黙った。


 弓。

 狩人。


 ふと、レオの言葉を思い出す。


 ――ワイバーンを一人で落とした弓使い。


 まさか。


「お前」


 女は首を傾げた。


「?」


「ワイバーン倒したって噂の……」


「ワイバーン? 私を食べようとしたから目玉をぶち抜いただけ」


 数秒沈黙。


 いや、何を当然みたいに言ってるんだお前は。


 そして彼女は、切なげな顔で言った。


「おなか減った」


 俺は警戒心を一段緩め、ため息をつく。


 化け物じみた腕前の弓使い。

 その正体が、腹を空かせて庭の茂みに座り込んでいるエルフとは。

 人生、何が飛んでくるか本当に分からない。


「……うちで飯、食べるか?」


 女は少しだけ嬉しそうに笑った。

 その笑顔だけは、凄腕だのワイバーンだのという物騒な噂を忘れさせるほど、妙に年相応だった。

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