第5話 礎と置き土産
地下広間の静寂は、やけに重かった。
初代が消えた場所を、俺はしばらく見つめていた。
空気はもう揺れていない。圧もない。だが、胸の奥に残る感触だけは消えない。
あの黒い鎧も、大剣も、地鳴りみたいな声も、まだすぐ後ろに立っているような錯覚が離れなかった。
「……あれは、何だ」
俺の問いに、ルシアは即答しなかった。
黒い霧が消えた床を見つめ、ぽつりと呟く。
「分からぬ」
「は?」
「人か、亡霊か。あるいは――」
視線がゆっくりと俺へ向く。
「奴はわらわとの契約を果たさぬまま死んだと思っていた……。しかし、あれは今も契約に縛られ、“戦い続けている”」
背筋が冷える。
「戦い続ける、って……」
「スキルは概念を練り込み、無限の可能性を持つ。奴が今も存在していることですら、可能性として否定できぬ」
「スキルの力……」
俺は無意識に拳を握った。
勝ち逃げではない。
あの人も、まだ縛られ戦い続けている。
死んで終わったわけじゃない。終われずに、今も何かに縛られたまま立ち続けている。
「……そうか。身勝手な人じゃなかったんだな」
「……そう、じゃな」
ルシアの声音は淡々としている。
だが、その瞳がほんのわずかに揺れた。
怒りか。喜びか。哀しみか。
その感情は俺には読み取れない。
けれど、初代の話をしている今だけは、こいつがいつもの悪魔の顔を被りきれていないことだけは分かった。
その時、センバスが足元に視線を落とした。
「若様」
石床に、小指の先ほどの黒い欠片が転がっている。
先ほどまでなかったものだ。
黒鉄の欠片には、無軌道に走る赤い筋が刻まれていた。
俺はそれに触れた瞬間、腕が沈むような感覚を覚えた。
「……重っ」
見た目はただの小さな欠片だ。
なのに、持ち上げた瞬間、鉄塊でも掴んだみたいに腕へ重みが食い込む。
「置き土産、か」
ルシアが目を細める。
「黒赤鉱。なかなかお目にかかれぬ素材じゃぞ」
レアもの、というやつか。
俺はそれを拾い上げた。
これで少しは力の足しにしろってことか。
意外と過保護だな、初代様は。
……いや。
違うのかもしれない。
立ち止まるな。
次はお前が前へ出ろ。
そう言われたような気がした。
勝手な解釈かもしれない。だが、そうでも思わなければ、あの圧倒的な差を前にしたまま立っていられなかった。
「持ち帰るぞ」
ロロが小さく頷く。
こうして俺たちは広間を後にし、ルシア商店に戻った。
初代の残したものが何であれ、今の俺にできることは一つしかない。
前に進むための力を掴むことだ。
「よし! そんなわけで、さっそく集めた素材と初代の落としたレアもので装備を作ろう」
「ロシュ様、結構時間が経ったけど、そろそろ屋敷に戻らない? 私、夕飯の支度ができなくなるよ?」
「私もロロに賛成ですな。張り切り過ぎて腰が……」
「おぉ。久方ぶりの飯か。わらわも馳走になるかの」
……なんて危機感のない奴らだ。
初代にあんなにボロクソに負けて、辛酸を舐めたというのに。
あと、悪魔。しれっと、うちの食卓に集ろうとするんじゃねぇ。
「まあまあ。こういうのは勢いって大事だろ?」
「ロシュ様、目が金貨になってる」
「それは否定しない」
気分を高揚させた俺は炉の前に立ち、最初に黒赤鉱とグラベルウルフの魔石をセットした。
この組み合わせにしたのは、何となく良い物ができそうだなという直感だ。
負けた直後だからこそ、少しでも“次に行ける力”が欲しかった。
炉に素材を納める。
その瞬間――
ゴゴゴゴゴゴッ……。
低い音が地下広間に響いた。
石床がわずかに軋む。
いつもの生成とは明らかに違う。炉そのものが唸っているみたいだった。
「……おぉ、これは?」
センバスが眉をひそめる。
「流石はレアもの。当たり演出じゃな」
ルシアが愉快そうに言った。
台座の文字が赤から黒へ変わる。
次の瞬間――
ドンッ!!
地下が揺れた。
赤黒い光が炉の中で暴れる。
噴き上がるそれは、まるで溶岩だ。
熱が吹きつけ、思わず目を細める。
赤いだけではない。黒を孕んだ光が、まるで何かの意思みたいに脈打っていた。
ロロが一歩下がる。
「……すごい」
やがて光が収まる。
台座の上に現れたのは――
一振りの剣だった。
刃は黒鉄。
その中央に赤い亀裂のような紋様が走っている。
ただの武器じゃない。見た瞬間から、そう分かる。
静かに置かれているだけなのに、台座の上に小さな重圧が生まれているみたいだった。
柄に触れる。
重い。
以前のショートソードとは別物だ。
だが、持ち上げられないほどではない。
むしろ、踏み込みと一撃にすべてを乗せろと、この武器のほうから要求してくるような重みだ。
刻まれた文字が浮かぶ。
【踏破Ⅰ 30/30】
地を強く踏み込む瞬間、強力な加速を得る。
踏み込みの瞬間のみ速度が大幅に上昇する。
そして――
【踏震Ⅰ 15/15】
地を強く踏み込んだ衝撃を地面へ伝え、
足元から衝撃を拡散させる。
【鎚踏Ⅱ 25/25】
踏み込みの反動を武器に乗せ、
強力な一撃を放つ。
「……スキルが三つも付いたぞ」
思わず声が漏れた。
踏み込んで加速し、その衝撃を地に走らせ、さらに一撃へ乗せる。
単体でも強い。だが、これは繋げて使えばもっと化ける。
たった一つスキルが宿るだけでも武器はここまで変わるのに、三つも噛み合えば、戦い方そのものを作り変えられる。
「やったのう。一つの武具に何個もスキルが付く確率は低いのじゃ。流石、当たり演出じゃな」
ルシアが胸を張る。
俺は振り返り、思わず笑った。
「よし! もう一回行くぞ」
センバスが即座に言う。
「却下です」
「え?」
「消耗状態で再戦など愚策。あと私は腰が痛いと申しました」
「でも――」
「若様は“前に進む”と仰った。無謀と前進は別物です」
ぐうの音も出ない。
ロロが腕を組む。
「今日は休憩。わがままばかり言うと晩ご飯は抜きですよ」
お前は俺の母上か。
「それは困るのぅ。今日は店仕舞いじゃ」
「当然のように家の食卓に侵入しようとするな。悪魔を養うほどのゆとりは我が家にはないぞ」
「誰がペットじゃ! この不届き者がぁ!!」
「はいはい。喧嘩しないの。ルシアさんの分もちゃんと用意しますからね」
「おぉ、ロロはどこぞのケチくさ貧乏貴族とは大違いじゃな」
(元を正せばお前のせいで、ケチくさ貧乏貴族をやってるんだよ!)
そんな言葉を飲み込み、俺たちは屋敷へ戻った。
ちなみに、駄々をこねてセンバスとロロの武具も作った。
センバスには盾ができ上がり、その効果が――
【堅牢Ⅰ 30/30】
地の力で武具を強化し、防御力を大幅に高める。
盾を軽く構えたセンバスは、いつもの無表情に近い顔のまま、ほんの少しだけ目を細めた。
「ほう。これは良い」
短い一言だったが、この人にしては十分すぎるほど上機嫌だ。
ロロには手甲ができ上がった。
【鉄拳Ⅰ 20/20】
10秒間、拳を鉄のように硬化させる。
ロロは手甲をはめ、ぐっと拳を握ってから、じとっと俺を見た。
「……これ、殴れってことだよね?」
「まあ、そうだろうな」
「メイドに何を求めてるの?」
「戦力」
「即答しないで!」
随分、冷ややかな目を向けられたが致し方なし。
この施設、危険なくらい面白いのだ。
一度触れば、次は何が出るのか試したくなる。
◇
「おーい!! ロシュ、センバスさん、ロロちゃん、おりませんかぁ!!」
地下から上がってくると、聞き覚えのある声が聞こえた。
まさか、このタイミングで奴が現れるとは。
「おやおや。まだ買い付けの時期ではないのですが。ロシュ様」
俺はセンバスを見やり、頷く。
「豚が芋をしょってやってきたぞ」
急ぎ、屋敷の玄関口まで走ると、太めの青年が、俺に気づき満面の笑みで手を振っていた。
「お、ロシュ! 生きとったんか我ぇー」
「ぶ、違った。レオ! 我が友よ!!」
「お前、豚って言いそうになったやろ。しばくぞ」
「言ってない」
レオナルド=ダフィー。
俺のもう一人の幼馴染で悪友。
ダフィー商会の跡取りであり、うちの領地が未だに生きていられるのはこいつの商会のおかげだ。
うちの爺様にダフィー商会の初代が随分な恩義があるらしく、俺たちの代になってもその関係は続いている。
そんな関係を抜きにしても、レオとは軽口を言い合えるほど馬が合うやつなのだが。
そして何より、こいつは金の匂いに対して異様に鼻が利く。
「で、どないしたんや? いきなり我が友よーとか気色悪いこと言いおって」
「お、察しがいいな。我が友」
「だから、それやめい」
俺は、あのルシア商店で創られた特別な武具を思い出していた。
スキル付き武具。
あれはただ強いだけじゃない。
人を変える。戦いを変える。領地の価値そのものを変えかねない。
なら、俺一人で抱えるには大きすぎる。
巻き込むなら、まずはこいつだ。
絶対、こいつを巻き込んでやる。
「レオ。お前、金は好きか?」
「そら、商人なんて因果な商売しとるからなぁ。大好物や」
後にロロから聞いた話だが、この時の俺は随分とゲスな顔をしていたらしい。
「旦那……いいブツがあるんだ。ちょっと見ていかねぇか?」
レオは眉をひそめる。
「……お前また、碌でもないこと考えとる顔やな」
俺は笑った。
「世界をひっくり返す」
「はぁ?」
「俺は、この領地を世界一の場所にするぞ、レオ」




