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祠の悪魔と、貧乏貴族 〜屋敷の地下ダンジョンと悪魔の商店で、領地再建はじめます〜  作者: ななほし


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第41話 ヴァーミリオン襲撃

地下広間――ルシア商店は、朝から妙な熱気に包まれていた。


 炉の赤黒い光が揺れ、台座に並ぶ武具の輪郭を鈍く照らす。

 石造りの広間には足音と話し声が反響し、いつも以上に人の気配が濃かった。


 今日は、三層攻略へ向かう日だ。


 俺は胸元を軽く押さえながら、中央の台座前に立っていた。

 傷はまだ消えていない。深く息を吸えば少し疼くし、全快とは言い難い。

 だが、寝台に縫い付けられていた頃を思えば、もう十分すぎるほど動けた。


「本当に大丈夫なの?」


 ロロが不安そうに覗き込んでくる。


「今日それ何回目だ?」


「だって心配なんだもん」


「大丈夫だ。無茶はしない」


「信用できません」


 即答だった。

 ひどい言われようだが、まあ仕方ない。


 肩をすくめると、少し離れた場所でルシアが鼻を鳴らした。


「無茶をせぬロシュなど、もはやロシュではないの」


「そこは庇えよ」


「庇う価値があればの」


 軽口を叩きながらも、広間の空気そのものは明るかった。


 三層へ進む。

 二層を抜け、次へ手を伸ばす。


 その前向きな熱が、皆の顔にも出ている。


 台座の前には、貸与予定のスキル武具がいくつか並んでいた。

 それぞれの武具に手を伸ばし、ハンターたちが順に受け取っていく。


「おお……!」

「やっと戻ってきたか」

「会いたかったぜ、相棒」


 片手剣を受け取った若いハンターが、感極まったように笑う。

 一層と二層でそれなりの成果を出し、今回ようやく貸与対象へ上がった男だ。


 その横から、クラリスが帳簿を片手に淡々と告げた。


「貸与番号二十七。使用者イアン。外部持ち出し禁止、譲渡禁止、無断売却禁止。破損時は必ず申告。規約違反時は即座に貸与剥奪、及び除名です」


「分かってますって!」


「口で言うのは誰でもできます」


「怖いなぁ……」


 イアンが苦笑いしながら剣を抱え込む。

 だが、その目は明るい。


 ただの鉄の塊ではない。

 今のギルドにとって、スキル武具は信用と成果の証だ。


「いい顔をしておるの」


 ルシアが愉快そうに笑う。


「まるで餌をもらった犬みたいじゃ」


「……言い方」


 俺が呆れる横で、クレーネは新しい長弓をじっと見ていた。


 二層守護者戦後に手に入れた長弓。

 結局あれは炉へ入れず、そのままクレーネに渡した。炉へ入れようとした瞬間、耳を垂らしてこちらを見るあいつの顔があまりにも露骨だったのだ。


 黒木に赤黒い筋が走り、弦を張るだけで空気がぴんと鳴る。


「どうだ?」


「いい」


「短いな」


「すごくいい」


 少しだけ言い直した。

 相当気に入ったらしい。耳がぴくぴくしているので分かりやすすぎる。


 ロロはそんなクレーネを見て笑い、ガレスは静かに槍の穂先を確かめていた。

 アンバーも戦斧を肩へ担ぎ、にやりと口元を上げる。


「戦える道具が揃ってるってのは、やっぱいいねぇ」


「三層で泣き言言うなよ」


 俺が言うと、アンバーは肩をすくめた。


「そっちこそ、また無茶してあたしらに尻拭いさせるんじゃないよ」


「人聞き悪いな」


「事実だろう?」


 そこへガレスが短く口を挟む。


「ロシュ殿」


「ん?」


「剣を」


「ああ」


 俺は自分の剣を受け取る。

 柄を握ると、馴染んだ重さが返ってきた。


【踏破Ⅲ 40/40】

 地を強く踏み込み、一瞬だけ常識外れの加速を得る。


【踏震Ⅳ 35/35】

 地を強く踏み込んだ衝撃を地面へ伝え、足元から前方に広範囲の衝撃を拡散させる。


【鎚踏Ⅱ 25/25】

 踏み込みの反動を武器に乗せ、強力な一撃を放つ。


 少しだけ視線を落とす。

 今までより、一段強くなった俺の相棒に。


 ただの加速ではない。

 踏震も、足元の一点を揺らすだけの技ではなくなっている。


「ちょっとだけ、試していいか」


「無理はしないでよ?」


 ロロがすぐ釘を刺す。

 俺は曖昧に頷き、広間の端に置かれた石塊へ向き直った。


 深くは踏み込まない。

 胸の傷に響かない程度だ。

 だが、ただの確認には十分だった。


「踏震、解放」


 短く踏み込む。


 次の瞬間、足元から広がった衝撃が石床を走り、前方の石塊をまとめて揺らした。


 ご、と鈍い音。

 一つではない。並んだ石塊の表面が同時にひび割れる。


「おお……」


 イアンが思わず声を漏らした。


「今の、前より広かったっすよね?」


「ああ」


 俺は小さく息を吐く。


「範囲が伸びてる。地面の揺れそのものを広げられるようになったらしい」


「よいではないか」


 ルシアが得意げに腕を組んだ。


「地の武具が戦いを覚えた証じゃな」


「派手だねぇ」


 アンバーが感心し、クレーネは静かに頷く。


「広い。いい」


 少しだけ、空気が上向いた。


 三層へ進める。

 今ならもっと遠くへ手が届く。


 そんな期待が、広間に確かにあった。


 ――その時だった。


 石階段の上から、慌ただしい足音が響いた。


「ロシュ!」


 血相を変えたレオが、ほとんど転がるように地下広間へ飛び込んでくる。

 顔色が悪い。息も荒い。いつもの軽薄さが欠片もない。


「村や! 外がえらいことになっとる!」


 空気が、一瞬で凍った。


「何があった!?」


 レオは荒い呼吸のまま叫んだ。


「魔物や! 村に魔物の群れが来とる! 数が尋常やない!」


「……っ!」


 ロロが息を呑み、アンバーの目が細まる。

 ガレスは即座に槍を持ち替え、クレーネはもう階段の方を向いていた。


「森狼だけやない! オークもおる、虫みたいなやつも見えた! 他にも森の外縁から一気に来とる!」


「な、何故じゃ……この地はわらわが封じられ安定しておるはず。魔物たちの狂騒には早すぎる……」


 ルシアが困惑気に低く呟く。


「今はそんな理由どうでもいい!」


 俺の声が、思った以上に鋭く響いた。


 さっきまでの熱が消えていく感覚。

 いや、熱そのものは残っている。

 ただその向きが、完全に変わっただけだ。


「三層は後だ!」


 短い一言。

 次の瞬間には、俺はもう踵を返していた。


「全員、村へ戻るぞ!」


     ◇


 地上へ出た瞬間、嫌な匂いが鼻を突いた。


 煙。

 血。

 土の匂いに混じる、焦げた木の臭い。


 遠くから、悲鳴が聞こえる。

 獣の唸り声も。

 何かが壊れる音も。


「くそっ……!」


 歯を食いしばり、そのまま村の方へ駆けた。

 胸が少し痛む。だが、そんな痛みなんて構っている暇はない。


 屋敷前の坂を下りきる頃には、惨状がはっきり見えた。


「……なんだよ、これ」


 思わず、そんな声が漏れる。


 村の外縁が荒らされていた。

 柵は何箇所も壊され、土が抉れている。

 畑は踏み潰され、芽吹いたばかりの作物が無残に泥へ沈んでいた。

 家畜小屋の一つは壁ごと破られ、倒れた木材の間から血の跡が見える。


 そして――


「そんな……」


 ロロの声が震える。


 広場近くの干し肉作業場が、半ば壊れていた。

 吊るしてあった肉は引き裂かれ、木棚は倒れ、せっかく積み上げ始めていた保存食の山が泥と血にまみれている。


 昨日まで灯の一つだった場所が、もう黒く沈んでいた。


「若様!」


 見張りの男が、肩から血を流したまま駆け寄ってくる。


「森の側から一気に来ました! 止めきれなくて……!」


「死者は!?」


「ま、まだ確認しきれてません……! でも、負傷者は何人も――」


 そこまで聞いた時だった。


 村の奥から、甲高い悲鳴が上がる。


 振り向く。

 小さな家の前で、森狼の群れが人影へ飛びかかっていた。


「っ!」


「ロシュ様!」


 誰かが何かを叫んだ。

 誰かが俺を制止しようと手を伸ばした。


 理性より体が先に動く。

 俺はただ怒りに身を任せ、剣を抜いたまま駆け出していた。


     ◇


 踏み込み。


「踏破、解放!」


 加速。

 一気に間合いを食い潰す。


 飛びかかった森狼の横合いへ、俺の剣が叩き込まれた。

 骨ごと斬り裂く感触。

 魔物は悲鳴を上げる間もなく吹き飛び、光の粒子へ変わる。


 そのまま着地。

 だが一体では終わらない。


 家の陰、畑の脇、柵の切れ目。

 次々に影が動く。


「退がれ!」


 逃げ遅れた村人を背に庇いながら、踏み込む。


「踏震、解放!!」


 足元から広がった衝撃が、前方の地面をまとめて揺らす。

 狼型が三体、同時に体勢を崩した。

 そこへ追撃の一閃。


 さらに横合いから突っ込んできたオークへ、俺は身体ごとぶつかるように踏み込む。


「鎚踏!!」


 重い一撃。

 鈍い破砕音。

 オークの頭骨が弾け、巨体が横倒しに転がった。


「ロシュ様……!」


 腰を抜かしていた村の女が、呆然とこちらを見上げる。

 その腕の中で子どもが泣いていた。


「早く下がれ! 屋敷へ行け!」


 怒鳴るように言うと、女ははっとして子を抱え、走り去っていく。


「うおおおっ、若様だ!」

「若様が前に出てる!」

「助かる……!」


 村人たちの声が飛ぶ。

 希望を見た顔だった。


 だが、俺の胸の内はそんな綺麗なものじゃない。


 守るため。

 もちろんそれもある。


 けれど今、剣を振っている理由の大半は怒りだった。


 壊された。

 踏み荒らされた。

 やっと灯り始めたものが、また奪われた。


「死ね……!」


 溢れ出す怒りと殺意をぶつけるように、次の魔物へ飛び込む。

 斬る。

 叩き潰す。

 踏震でまとめて崩し、踏破で食い込み、鎚踏で仕留める。


 視界の端でロロが追ってきていた。

 アンバーとガレスも別方向の魔物へ当たっている。

 クレーネの矢も飛んでいた。


 だが、今の俺にはその全部が遠い。


 目の前の敵を殺す。

 それだけしか見えていなかった。


「ロシュ様! 前に出すぎです!」


 ガレスの声。

 聞こえてはいる。

 だが止まれない。


 魔物の第一波は、確かに押し返し始めていた。

 村の中へ入り込んだ連中は、俺たちが切り崩している。

 それだけ見れば、希望はあった。


 ――けれど。


 クレーネが不意に、森の方を向いて止まった。


「……まだいる」


 短い声。


 俺が振り向く。

 森の外縁。

 木々の暗がりの向こう。


 そこに、また無数の目があった。


 一つや二つじゃない。

 帯みたいに続いている。

 しかも、低いものだけではない。もっと大きな影も混じっていた。


「おい……」


 アンバーが低く吐く。


「まだ第一波だったってのかい」


 ロロの顔が強張る。

 ガレスが槍を落とした。

 ルシアの赤い瞳が、険しく細まる。


「……数が多すぎるのじゃ」


 森の奥で、何かが鳴いた。

 遠吠えとも咆哮ともつかない音だ。


 次の瞬間、木々の間から影が一斉に溢れ出した。


 森狼。

 オーク。

 森蜘蛛。

 それだけではない。

 後ろにはさらに黒い塊が蠢いている。


 津波みたいだった。


 森そのものが牙を剥いて押し寄せてくるみたいに、第二波、第三波の魔物が村へ向かって雪崩れ込んでくる。


     ◇


「……面白いなぁ」


 森の外縁の高い岩の上で、ティエラは頬杖をついて戦場を見下ろしていた。


 琥珀色の瞳が、壊れ始めた村を映している。

 人の悲鳴。

 魔物の唸り。

 血の匂い。

 火の粉。


 その全部が、彼にはひどく愉快なものに見えていた。


「やっぱり、怒ってる時の方がいい顔するね」


 視線の先にロシュがいる。

 剣を振るい、魔物を切り伏せ、壊れたものの中で怒りだけを燃やしている若いヴァーミリオン。


 ロロの泣きそうな顔も。

 アンバーの苛立ちも。

 村人たちの悲鳴も。

 全部、観察対象だ。


 ティエラは足元の土へ指先を触れた。


「もう少しだけ、綻んでくれるかな」


 囁くように言う。


 すると地面の奥で、何かがぞわりと蠢いた。

 森のさらに深い場所で、眠っていた気配が揺れる。


 ティエラは笑う。


「ほら。まだ終わりじゃないよ」


 その声に応えるように、森の暗がりがさらに膨れた。


 押し寄せる魔物の大群を見て、村の誰もが息を呑む。

 だが、その中でロシュだけは止まらなかった。


 剣を握り直し、血と泥にまみれたまま、ただ前を見ている。


「……来いよ」


 低い声だった。


 怒りに焼かれた目で、彼はさらに前へ踏み出す。


 その先には、まだ終わらない狂騒の波が待っていた。

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