第30話 守護者戦の布陣
二週間の攻略遠征を終え、俺たちが戻ると、屋敷は一気に騒がしくなった。
運び込まれるのは、皮、牙、外殻片、鉱石、肉、魔石――二週間分の戦利品だ。
前より明らかに量が違う。
「ええやん……ええやんけ……!」
素材の山を見た瞬間、レオの顔が商人のそれに変わった。
「皮の質もええ、魔石も揃っとる。外殻片も売れるし武具素材にもなる。ようやく笑える量になってきたな!」
「こっちは笑うより先に寝たいんだが」
「商人は儲けの匂いで生き返るんや」
その横で、クラリスはさっそく帳簿を開いていた。
「魔石は大きさごとに、皮は加工前と未加工で分けてください。肉はすぐ保存処理に回します。混ぜないでください」
「はいはいっ」
ロロが木箱を抱えて走り、ゴリアテは運搬組へ怒鳴り、バルドは「重ぇ!」「だが嫌いじゃねぇ!」と騒いでいる。
騒がしい。だが悪くない騒がしさだった。
俺は一息吐き、みんなの顔を見た。
全員、さすがに消耗している。
「一週間、潜らない」
その一言に、空気が少し緩んだ。
「装備の修繕、補給の再編、それから守護者戦の準備に使う」
「助かったっす……」
「寿命が三年伸びた……」
「お腹すいた」
クレーネだけいつも通りだが、それでいい。
ルシアが腕を組んだ。
「妥当じゃな。今のまま門を開けておれば、おぬしらの方が先に潰れておったかもな」
「分かってるよ」
閉ざされた門は見つけた。
次の目標も見えた。
だからこそ、一度整える必要があった。
◇
一週間の休暇は、休暇というより再編期間だった。
俺たちは再び地下広間――ルシア商店へ降り、炉の前に立っている。
台座の上には、この二週間で使い込んだ武具が並んでいた。
最初に手を伸ばしたのは俺の剣だ。
柄を握ると、すぐに文字が浮かび上がる。
【踏破Ⅲ 40/40】
地を強く踏み込み、一瞬だけ常識外れの加速を得る。
【踏震Ⅲ 35/35】
地を強く踏み込んだ衝撃を地面へ伝え、足元から衝撃を拡散させる。
「……上がってるな」
踏破も踏震も、派手に形が変わったわけじゃない。
だが、今の俺の戦い方に合わせて、きっちり一段強くなっている。
次にロロ。
籠手と脚甲を確認したロロが、小さく目を見開いた。
【鉄拳Ⅲ 40/40】
30秒間、拳を鉄のように硬化させる。
【重脚Ⅱ 35/35】
30秒、脚部の踏ん張りが増す。
「前より、もっと踏ん張れそう」
「お前にはぴったりだな」
「うん。受けるの、前よりやりやすそう」
クレーネの腕輪もきっちり育っていた。
【土矢生成Ⅲ 80/80】
土を凝固し、貫通性の高い矢を作る。
生成速度が上昇し、連続して矢を作りやすくなる。
「いい」
「短いな」
「連続で撃ちやすい。いい」
ガレスの戦槍もまた、静かに育っていた。
【穿殻Ⅱ 45/45】
硬い外皮や防御を穿ちやすくする。
【地縫Ⅱ 30/30】
敵の脚部を地へ縫い止め、短時間その動きを封じる拘束突き。
「悪くない」
「相変わらず感想が薄いな」
「上がっているなら、それで十分です」
ルシアが満足げに胸を張る。
「迷宮で使い、帰って整え、また潜る。そうして馴染んだ武具は、持ち主の戦い方を覚えて強くなるのじゃ」
派手な強化じゃない。
だが、こういう差があとで生死を分ける。
さらにアンバーには戦斧、ベニーには盾を。
攻略班、全員にスキル武具を渡した。
主力全体の底上げだ。
◇
夜、食堂には地図と帳簿が広げられていた。
俺、ロロ、クレーネ、ガレス、ルシア。
アンバー、ベニー、モラン、バルド、トマ。
それにレオとクラリスまで揃っている。
「始めるぞ」
机の中央には二層地図。
トマの記録をもとに、クラリスが清書したものだ。
見やすいぶん、空白の多さもよく分かる。
俺は地図の奥を指で叩いた。
「門の位置は確定した。周辺ルートもかなり見えてる。問題は、その先だ」
懐から一層守護者のメダルを取り出す。
「これが鍵だと考えてる」
トマが身を乗り出した。
「形、かなり近いっす」
「たぶん、ぴったりだと思う」
ロロに続き、ルシアがあっさり言い切る。
「まず間違いなかろうな」
空気が重くなる。
次は“開ける前提で”門の前へ立つことになる。
「だから今回は探索じゃない」
俺は全員を見渡した。
「門直前までは、これまで通り三隊で行く。ロシュ隊、アンバー隊、ベニー隊。ここは崩さない。ただ、今回のダンジョンアタックは補助隊員は外す」
アンバーが頷く。
「目的が分かっている以上、非戦闘員を加えないってのは妥当だね」
「ああ。門の先がどういう理で動くかは分からない。全員がそのまま入れる保証もない」
そこで一瞬、静かになる。
「だから役割だけは整理しておく。門の先で主軸になるのは、俺、ロロ、クレーネ、ガレス、アンバー。この五人だ」
誰も異を唱えない。
今の戦力で、最も現実的な形だからだ。
「ルシアも必要になる可能性が高い。門や守護者の反応を見るにも、補給と収納のためにもな」
「当然じゃな」
逆に、留守を任せる側もある。
「トマ」
「はいっ」
「お前の地図がなきゃ、ここまで来れなかった。だから今度も後ろを任せる」
トマは少しだけ目を伏せた。
「……本当は、行きたいっす」
その一言に、食堂が静かになる。
「でも、今の俺がついてっても邪魔になるのは分かるっす」
俺ははっきり言った。
「今回の最短ルートも、拠点間の道も、門までの道も、お前が残してきた。門が開いた後に何が起きても、外に記録を残す人間は要る」
「……はいっ」
返事には、悔しさと一緒に芯があった。
モランは目を瞑り、小さく頷く。
「こういうのは若いのの仕事だ。老いぼれは戻る道を残す方が向いてる」
バルドも鼻を鳴らした。
「俺は最初から荷運びだ。だが、その代わりちゃんと帰ってこいよ。荷だけ増えて主力減ったら割に合わねぇ」
少しだけ場が和らぐ。
「一週間後、再突入する」
俺がそう言うと、誰も軽くは受けなかった。
◇
出発の朝、地下広間には見送りの面子まで揃っていた。
「ロシュ様」
トマが革手帳を抱えたまま言う。
「絶対、帰ってきてください。続き、書きたいんで」
「ああ。地図の続きを持って帰る」
バルドは腕を組んだまま顔をしかめる。
「死ぬなよ。最近やっと荷運びの段取りがましになってきたんだ」
「素直に心配だって言え」
「誰が言うか」
モランが俺の肩に手を置き、力を籠める。
「若様よ、門が開いた後のことは分からん。だからこそ、見たものをちゃんと持ち帰り、生きて帰ってこいよ」
「ああ」
レオはいつもの調子で笑っていた。
「せいぜい勝ってこい。守護者素材っちゅう未知の品、かなり気になっとるんや」
「半分本気なのが怖いんだよ、お前は」
ロロは少し緊張した顔で拳を握り、クレーネはもう弓を背負い終えている。
ガレスは槍を肩へ乗せ、アンバーは戦斧を担った。
ベニーは無言で盾を叩く。
各々が装備に不備がないか確認をし、俺達はダンジョンの入口へ歩き出す。
「行くぞ」
◇
門前までの道のりは、驚くほど速かった。
第一層は、もう“突破する場所”になっていた。
二層小広場までも早い。
さらにその先、仮の休息所を経由して門前まで至る道筋も、今はもう迷いなく踏める。
トマの地図。
モランの勘。
各隊の削り。
ルシアの収納と補給。
全部が繋がった結果だった。
「……速いね」
ロロが呟く。
「ああ。前なら、ここまで来るだけでかなり削られてた」
「道、できた」
クレーネの言葉が、いちばん正確だった。
◇
そして、閉ざされた門の前。
鍾乳洞の中に埋まるように存在する巨大な門。
今はただ見つけただけではない。
開けるつもりで、ここに立っている。
三隊が自然と止まる。
誰も余計なことは言わない。
俺は懐からメダルを取り出した。
「行けるか、ルシア」
「開くじゃろうな。……じゃが、その先がどういう理で動くかまでは分からぬ」
「十分だ」
アンバーが一歩前へ出る。
「なら、やるだけさね」
ロロが拳を握り、クレーネが門を見つめ、ガレスは槍を落とす。
ベニーは盾を構えた。
攻略組のみんなも後ろで固唾を呑んで見ている。
門中央下部のくぼみへ、ゆっくりとメダルを差し込む。
かちり、と硬い音がした。
次の瞬間、門の奥で低い唸りが響き始める。
表面の細かな線が土色に光った。
そして、どこからともなく、あの無機質な声が響く。
『第一層守護者、破壊の証明を確認しました――』
「おいおい、なんだいこの気味の悪い声は……」
アンバーが目を細め、周辺の警戒に気を張った。
他の隊員達にも、空気が張る。
『管理者権限■■■に基づき、第二層守護者領域への入場資格を認証します――』
ロシュ隊の誰も動かない。
ただ聞き覚えのある、その無機質な声の宣告を待っていた。
『入場許可人数は六名です――』
静寂。
その一言だけで十分だった。
ここから先へ行けるのは、六人だけ。
だが、無機質な声はさらに続いた。
『門に接触した対象より、転送を開始します――』
門の光が、一段強くなる。
俺はゆっくりと顔を上げた。
ロロ、クレーネ、ガレス、アンバー、ベニー、ルシア。
それから後ろにいる隊員全員の視線が、俺へ集まっていた。
門の向こうへ行けるのは六人。
その現実だけが、重く、静かにその場へ落ちていた。




