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祠の悪魔と、貧乏貴族 〜屋敷の地下ダンジョンと悪魔の商店で、領地再建はじめます〜  作者: ななほし


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第29話 閉ざされた門

二週間の攻略サイクルを回し始め、とうとう俺たちは最終日を迎えていた。


 湿った岩肌。

 天井から垂れる鍾乳石。

 ぽたり、ぽたりと落ちる水滴の音。

 気を抜けば足を取られそうな、ぬめった足場。


 相変わらず好きにはなれない場所だ。

 だが、前みたいに“入るだけで削られる”感覚は薄れていた。


 理由は単純。

 前線が、もう前線だけで完結していないからだ。


「ロシュ様、水」


 ロロが水筒を差し出してくる。

 表面にはまだひんやりとした冷たさが残っていた。


「ありがとう、ロロ」


 礼を言って一口飲む。

 乾いた喉を潤しながら、一息ついて周りを見やる。


 ここは小広場じゃない。

 二層のさらに奥で、比較的安全な場所を選んで確保した仮の休息所だ。

 岩棚の下に荷を寄せ、濡れにくい場所へ包み布を敷き、短時間だけ息を整えられるようにしただけの場所。

 ここで俺たちは他の隊と合流し、帰還する手はずになっていた。


「……やっと、地上に戻れるんだね」


「……ロロの手料理たべたい」


「……疲れたっす」


「……昔の遠征を思い出す」


 それぞれが力なく呟いた。

 一人だけ疲労というより食欲だが……。


「ああ、さすがに二週間は堪えるな」


 二層の空気にもだいぶ慣れたが、二週間もダンジョンに潜っていたのだ。

 肉体的にも精神的にも、みんな満身創痍だ。


 だが、それだけの成果は得られた。

 地図の進み具合も、目に見えて変わってきている。

 やはり人が増えたことで、攻略速度は段違いだった。


 それと、もう一人。

 この快進撃の影の功労者が、トマに肩を揉ませていた。


「やつら、遅すぎるのじゃ。魔物に喰われたのかの?」


「縁起でもないこと言うな」


 間延びした声とともに、ルシアが通路の奥を眺めている。


 こいつの収納があるから、小広場を起点にしつつも、俺たちは感覚としてずっと前へ出ていられる。

 必要な補給は前線で受け取れるし、集めた素材もその場で収納へ回せる。


 それだけじゃない。

 ルシアのいる場所には、各隊が拾った地図の断片や報告まで集まる。

 補給と回収だけでなく、前線の情報を繋ぐ起点にもなっていた。


 そのおかげで、攻略班が前線に張り付いていられる時間は一気に伸びた。

 その差が、そのまま攻略速度になっていた。


「おーい! 若様、戻ったぞー」


 そんな声とともに、通路の奥から山盛りに素材を背負ったバルドとアンバー隊が現れた。


 今は隊も増え、準メンバー三人組もそれぞれ各隊へ振り分けている。

 バルドはアンバー隊、モランはベニー隊、トマは俺たちの隊だ。


「今回も随分、素材を持って帰ってきたの」


 ルシアはそう言いながら手をかざし、大量の素材を瞬く間に収納してみせた。


 その横で、アンバーが半ば呆れたように言う。


「……いつ見ても、本当にとんでもない娘だね」


「ふふん。当然じゃ」


 ルシアは胸を大きく反らして即答した。


「わらわは偉大なる悪魔じゃからの。もっと褒め称えよ」


「大した悪魔様だよ。もしロシュ様に見限られたら、ダフィー商会に来な。大歓迎するよ」


 アンバーにおだてられ、実際に鼻がすごい勢いで伸びてやがる。


 まあ、今まで戦闘では役立たずだったからな。

 こういう形で攻略に貢献できているのが、単純に嬉しいのかもしれない。


     ◇


 それから半刻遅れで、ベニー隊もようやく合流した。

 そこで、一つ大きな問題――いや、大きな発見がもたらされた。


 モランは腕を組んだまま、片手だけをほどいて地図の一点を指した。


「若様、こっちのルートは昨日の時点で袋小路だった。ただ、その先で妙な風の流れがあってな。だから回り込んで、さらに奥を見てきた」


「妙な風?」


「自然の抜け方じゃなかったんだよ」


 ベニーが無言で頷く。

 簡潔だが、間違いなく見てきた顔だ。


 俺は地図へ目を落とす。

 アンバー隊の進んだ右奥。

 ベニー隊が押さえた中央の細道。

 トマが今までに書いてきた左側の記録。


 空白はまだ多い。

 だが、確実に輪郭は見え始めていた。


 その時、モランがふっと俺を見た。


「で、見つけた」


 声の調子が少し変わった。


「自然の洞窟じゃない。明らかに作られたもんだ」


 場の空気が、すっと引き締まる。


「作られた?」


 ロロが目を丸くする。


 モランは短く頷いた。


「人工的に作られた大きな門だよ」


 俺は立ち上がった。


「案内してくれ」


「もちろんだ」


 ルシアも、今回ばかりは茶化さなかった。

 口元の笑みは消え、赤い瞳だけが細くなっている。


「行くぞ」


     ◇


 ベニー隊に案内されて進んだ先は、二層でもかなり奥まった区域だった。


 鍾乳洞らしい歪んだ通路を抜け、湿った岩場を回り込み、少し開けた空間へ出る。

 そこで俺たちは足を止めた。


「……おい」


 思わず声が漏れる。


 岩壁の一角に、不自然な平面があった。


 自然の割れ目じゃない。

 自然の造形でもない。


 鍾乳洞の中に埋まるように、閉ざされたバカでかい門がある。


 古びてはいる。

 だが崩れてはいない。

 表面には細かな線が走り、岩と一体化しているように見えて、明らかにそこだけ異質だった。


「これ……」


 ロロが息を呑む。


「門、だよね」


「ああ」


 俺は低く答えた。


「ただの壁じゃない」


 トマが恐る恐る近づき、扉の表面を見回した。


「若様、ここ」


「ん?」


 指差された先には、扉の中央より少し下、ちょうど人の胸ほどの高さの位置に、小さなくぼみがあった。

 丸いような、少しだけ歪んだ楕円のような形。


「鍵穴……?」


 ロロが言う。


 トマも首を傾げた。


「硬貨みたいなもの、はめる感じっすね」


 その言葉に、俺の脳裏に一つの品が浮かんだ。


 一層の守護者を倒した時に手に入れた、あのメダルだ。


 俺は無意識に懐へ手をやりかけて、止めた。


 その時だった。


「……なるほどの」


 ルシアが、普段より一段低い声で呟いた。


 全員がそちらを見る。


 いつもの悪戯っぽさはない。

 門を見つめる横顔は、妙に真剣だった。


「どうした、ルシア」


 俺が問うと、ルシアは扉から目を離さずに言った。


「異質なマナが漏れておる。恐らくこの先は――」


 一瞬、誰も言葉を返せなかった。


「一層の虫の主と同じ、守護者がおるじゃろうな」


 アンバーが低く言う。


「二層の主がいる場所、ってことかい」


「そうじゃ」


 ルシアは頷いた。


「門を開けば、次は守護者戦になる」


 空気が張る。


 来た。

 二層の核心に。


 一層で守護者を倒し、二層へ降りてきて、ここまで削ってきた。

 その先にあるものが、今、形になって目の前に現れた。


 閉ざされた門。

 その向こうにいる二層の主。


 攻略の輪郭が、一気にはっきりした気がした。


     ◇


 胸の奥が熱くなる。


 開けたい。

 このまま先を見たい。

 勢いのまま飛び込みたくなる。


 だが、その熱が湧いた瞬間に周りを見渡すと、別の感覚が頭を冷やした。


 アンバー隊もベニー隊も、そしてロロもクレーネもガレスも、みんなボロボロだ。

 当然だ。二週間もこの閉塞された空間で戦い続けてきたんだ。

 初見の守護者へ全力を叩き込むために、温存してきたわけじゃない。


 スキル武具の残数も、まだ尽きてはいない。

 けれど、“今ここで守護者戦をやるための残り”ではない。


 そして何より――

 勢いだけで突っ込むなんて愚の骨頂だ。


 ロロがこちらを見る。


「ロシュ様……」


 クレーネも、干し肉を食べる手を止めていた。

 ガレスは静かに槍を下ろし、アンバーも口を挟まない。

 皆、待っている。


 俺の判断を。


 小さく息を吐いて、門を見据える。


「帰ろう」


 俺は苦笑いを浮かべ、はっきり言った。


 空気がわずかに緩む。


「今日は門の場所を掴めただけで十分だ」


 ルシアが、ほんの少し口元を上げた。


「まあ、賢明じゃな」


 ロロも、目に見えて肩の力を抜いた。


「うん」


 トマは門と俺を交互に見ている。

 たぶん、俺が勢いで開けると思っていたんだろう。


 だが、ここで飛び込んで勝てる保証なんてない。

 俺たちに必要なのは勝負じゃない。勝利だ。


「次は、勝てる準備をしてから来る」


 自分に言い聞かせるように、俺は続けた。


「二層攻略の次の目標は、もうはっきりした」


 誰も異を唱えなかった。


 それでよかった。


     ◇


 前線地点へ戻る途中、空気は行きとは少し違っていた。


 二層の終わりが、ちゃんと“そこにあるもの”として見えたからかもしれない。


 前線地点へ戻ると、トマがすぐに地図を広げた。

 アンバー隊の記録、ベニー隊の断片、俺たちの道筋。


 その奥に、新しく印を刻む。


 ――閉ざされた門。


 トマが喉を鳴らした。


「……次は、ここっすね」


「ああ」


 俺は頷く。


「次は守護者戦だ」


 アンバーが腕を組んだ。


「準備を組み直すよ。探索用じゃ足りない。守護者戦用に隊を整える」


 ルシアが、ようやく少しだけ笑った。


「ようやく二層も佳境じゃの」


「嬉しそうだな」


「嬉しいからの」


 そうかよ。


 俺はもう一度、門のあった方角へ目を向ける。


 次は、あそこを開ける。

 そして二層の主を倒す。


「戻るぞ」


 そう言うと、全員がすぐに動き出した。


 撤退だ。

 だが、後退じゃない。


 勝つために退く。

 その意味が、今ならはっきり分かる。


 俺は最後に、地図の上の新しい印を見た。


 閉ざされた門。


 次は、その向こう側だ。

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