第27話 ダフィー商会の本気
門前に止まった馬車列は、思っていた以上に長かった。
幌付きの荷馬車。樽を積んだ荷車。木箱を山ほど載せた台車。
商会旗を掲げた先頭から最後尾まで、ぱっと見ただけでも数える気が失せる。
村人たちは門の内側からざわざわと声を上げていた。
「す、すごい数だ……」
「何が来たんだ?」
「戦争でも始まるのか……?」
いや、気持ちは分かる。
こんな田舎領に、こんな大所帯が来ること自体ない。
俺が門のところまで出ると、レオは両腕を広げて隊列を示した。
「景気悪い顔しとんの。ほれ、お前が欲しがっとったもん一式や」
「一式って量じゃないだろこれ」
俺の横で、ロロも目を丸くしていた。
「すご……人もいっぱいいる……」
「ん。強いの、混ざってる」
クレーネがそう言って目を細める。
ガレスもまた、無言のまま馬車列の脇に並ぶ何人かへ視線を止めていた。
護衛達の漂う空気が違う。
立ち方も、視線の配り方も、ただ荷を守るだけの雇われとは思えなかった。
バルドが鼻を鳴らす。
「おいおい……荷もすげぇが、人もすげぇぞ」
「そらそうや。荷だけ持ってきてどうすんねん」
レオは肩をすくめた。
「お前んとこ、今いちばん足りへんのは“回す手”やろ」
その言葉に、俺は少しだけ黙った。
……そうだ。
まさにそこだった。
◇
門が開かれると同時に、馬車列は慣れた動きで敷地へ入ってきた。
荷下ろしが始まる。
保存食らしい袋が降ろされ、水樽が運ばれ、木箱が次々と庭へ積まれていく。
運搬袋、天幕布、縄、工具。帳面箱らしきものまで見えた。
細かく数えるまでもない。
ぱっと見ただけで分かる。
これ、全部いるやつだ。
二層の小広場へ物を置き、前線拠点として運用する。
頭の中でそう考えていたものが、もう目の前に山になっている。
潜る、戦う、持ち帰る、それが分けられるなら、進み方そのものが変わる。
「……ここまで揃えてきたのか」
俺が呟くと、レオはにやりと笑った。
「中途半端が一番あかんからな」
その横で、荷下ろしを指揮していた女が、帳面から顔を上げた。
「若旦那。感心しているところ申し訳ありませんが、まず荷置き場所の指示を。食料と工具を同じ場所へ積まれるのは困ります」
眼鏡を掛けた、切れ長の目をした美人だった。
髪はきっちりまとめられ、服装にも無駄がない。
そのくせ、妙に圧がある。
レオが「ああ、せやった」と笑って、俺に向けて親指を立てた。
「紹介するで。こっちがクラリス。うちの商会の頭脳その一や」
「“その一”とは失礼ですね。少なくとも帳場仕事に関しては、その二以降が存在する気はいたしませんが」
淡々と言って、クラリスは俺を見た。
視線が鋭い。
値踏みというより、確認している感じだ。
「はじめまして、ロシュ様。ダフィー商会で若旦那の補佐をしております、クラリスと申します」
「ど、どうも」
「まず確認したいのですが、現在の素材保管、魔石の仕分け、金銭の記録,
履歴管理はどなたが?」
「……俺だが」
一瞬、クラリスの眼鏡がきらりと光った気がした。
「正気ですか? これは後ほど精査させて頂く必要がありそうですね」
「うわ、なんか怖っ」
「せやろ?」
レオが嬉しそうに笑うな。
ロロが口元を押さえて吹き出しそうになっている。
やめろ。笑うな。
「仕方ないだろ、今はセンバスもいないし、人数が――」
「事情は理解しております」
クラリスは俺の弁明をばっさり切った。
「ですが、理解していることと放置することは別です。今後は私が管理系を引き受けます。素材の出入り、魔石の仕分け、登録帳面の補助、金の流れまで一通り見ますので、雑に物を置くのは本日限りでお願いします」
「雑に置いてたわけじゃ――」
「整理されていないことを、こちらでは雑と呼びます」
「……はい」
何だこの人。
やたら強い。
ルシアが面白がるようにくすくす笑った。
「よいではないか、ロシュ。ようやくまともな頭脳が来たようじゃぞ」
「俺の頭が悪いみたいに言うな」
「貧乏で忙しい時の人間の管理能力など、たかが知れておる」
反論できないのが悔しい。
◇
「ほれ、次はこっちや」
レオが手を振ると、荷箱を二つまとめて抱えた大男がこちらへやってきた。
でかい。
バルドよりさらに肩幅が広い。肌も小麦色に焼け、腕も丸太みたいだ。
だが、ただの怪力自慢じゃない。荷の持ち方が妙に安定していて、箱の重さが暴れていない。
「ゴリアテや。運搬と荷回しの頭やな」
大男は荷箱を静かに置くと、白い歯を見せて笑った。
「おう。よろしく頼むぜ、若様」
豪快な声だが、不思議と雑さはない。
「資材や補給の搬入搬出、荷の組み方、運搬班のまとめ役は俺が見る。荷物は重いだけじゃなく、順番と置き方が命だからな」
その言い方に、バルドの眉がぴくりと動いた。
「ほう? 分かってる口ぶりだな」
「そりゃあな。重い荷ってのは、力任せに運ぶと腰をやる」
「おっ」
「重いもんは下、割れやすいもんは中央、すぐ使うもんは外。揺らしちゃいけねぇもんは体に近い位置だ。あと酒樽は女のように上品に扱うが、俺のモットーだ!」
バルドがにやっと笑う。
「お前、最高だな」
「酒樽が俺の立派な二頭筋を育ててくれたのさ」
「素晴らしい!」
早い。
打ち解けるのが早い。
ロロが小声で呟く。
「なんか、もう仲良し……」
「分かりやすい連中だな」
俺が肩をすくめると、ゴリアテがバルドの肩を叩きあっていた。
二人でわいわいやり始める。
……うん、たぶん馬は合うんだろうな。
でも、こいつがいるなら本当に変わる。
今まで“何とか背負っていた”ものを、計画として回せるようになる。
二層の小広場まで、必要な物を定期的に運び込む。
そしてルシアの収納を介せば、前線の滞在時間は一気に伸びる。
俺は荷馬車とゴリアテを見比べながら、内心で舌を巻いた。
これ、本当にでかいぞ。
◇
「で、本命はこっちや」
レオが顎で示した先に、三十人ほどの男女が並んでいた。
護衛もいる。野良上がりらしい荒っぽい顔もある。
だが、不思議とまとまりがあった。
その先頭に立っていたのは、筋肉の塊みたいな女だった。
背が高い。肩幅も広い。腕なんて俺の太腿くらいありそうだ。
だが立ち姿は異様に整っている。
ただ強いだけの女じゃない。訓練された武人のそれだ。
「アンバーや」
レオが言う。
「元ローク王国騎士団。今はうちの護衛団副団長や。今回連れてきた三十人のまとめ役でもある」
アンバーは一歩前へ出ると、俺に向かって軽く拳を胸に当てた。
「アンバーだ。よろしく頼むよ、ロシュ様」
「こちらこそ……って、騎士団?」
「昔の話さね」
言い方はあっさりしている。
だが、その短さが逆に本物っぽい。
その時だった。
アンバーが、俺の横に立つガレスへ視線を向けた。
「久しぶりだね、ガレス」
ガレスの顔が、ほんのわずかに動いた。
「……アンバー。お前が来たのか」
「相変わらず愛想がない奴だねぇ」
「ユーリは?」
口調はぶっきらぼうだが、敵意はない。
旧知の間柄なのか。
アンバーは少しだけ表情を緩めた。
「ユーリの症状は安定している。それに母が見てくれているから安心しろ」
ガレスの目が、そこで初めて小さく揺れた。
「そうか……いつもすまない」
「気にするな。あんたは稼いで返せばいいのさ」
短いやり取りだった。
だが、それだけで十分だった。
ロロが小さく目を瞬く。
クレーネは黙ってアンバーを見つめている。
俺も、何となく分かった。
ガレスには理由がある。
金に執着する理由が。
それを知っている相手が、今ここに立っている。
アンバーはそれ以上そこに触れず、すぐに本題へ戻った。
「連れてきた三十人は、若旦那が選んだ腕利きさ。ダフィー商会の護衛団から出せる者もいれば、腕は立つが流れ者同然だった者もいる。寄せ集めではあるが、数合わせではない。使える者だけを揃えた」
言い切る声に迷いがない。
クレーネがぽつりと呟く。
「……みんな良い」
それはかなり重い評価だ。
ガレスも短く頷く。
「ええ。弱くはない」
「弱くはないって、ずいぶん偉そうだね」
アンバーが笑うと、ガレスは無表情のまま返した。
「事実を言っただけだ」
「そりゃあんたの腕にくらべりゃ見劣りはするさね」
アンバーは肩をすくめ、列の後ろを振り返る。
「この連中をロシュ様に預ける。必要なら第一層の安全化にも回せるし、補給線の護衛にも使える。選別次第では攻略探索も捗るはずさ」
その言葉に、俺の中で何かが音を立ててはまった。
……そうか。
増えたのは雑務じゃない。
増えたのは、迷宮を削る手そのものだ。
◇
荷下ろしの喧騒から少し離れたところで、俺はレオを見た。
「……ここまで揃えるとは思わなかった」
「半端にやるのが一番高くつくんや」
レオはいつもの調子で笑う。
だが、その目は笑っていなかった。
「親父も最初から全部張る気はない。今回のは試し金と試しの陣容や」
「試し、か」
「せや。せやけど、手ぇ抜いた試しやないで」
レオは門前の三十人を顎で示した。
「アンバーが引っ張っとる時点で本気や。あいつがまとめられん連中は最初から外しとる。今回の三十人は、使えるやつだけ残した」
「……助かる」
俺がそう言うと、レオは鼻で笑った。
「助けに来たんやない。儲けに来たんや」
「嫌な言い方だな」
「でも、そういう話やろ」
俺は黙る。
その通りだった。
今まで俺たちは、戦うことも、運ぶことも、記録することも、考えることも、全部まとめて抱えていた。
それじゃ足りない。
それをようやく言葉にできたばかりだった。
レオは肩をすくめる。
「お前が潜っとる間に、こっちは手数を増やした。あとはお前が盤面動かせ」
礼を言う言葉が喉まで出かかった。
だが、ふとそこで別のことが引っかかった。
「……いや、先に言っとくことがある」
「なんや、急に真顔になって」
レオが片眉を上げる。
俺は少しだけ視線を外してから、低く言った。
「前に話しただろ。俺には五年の縛りがあるって」
「おう。七つのダンジョン全部攻略せな、お前も世界もまとめて終わるって話やろ」
「それに追加で、一年だ」
レオの顔から、いつもの軽さがすっと消えた。
「……は?」
「一層の守護者を倒した時、第二層への階段が開いた。そこで、変な声が響いたんだよ」
嫌な記憶が脳裏によみがえる。
守護者の広間。無機質な声。階段。警告。
「地のダンジョンに綻びがでたらしい。一年以内に中枢まで踏破して、地の概念核を回収しないと――この領から大量のモンスターが溢れるそうだ」
沈黙。
レオはしばらく何も言わなかった。
ただ、俺の顔を見ている。
「……おい」
低い声だった。
「それ、今初めて聞いたぞ」
「ああ。お前が出て行ったあとの話だしな」
「おまえどんだけ呪われとんねん!」
珍しく、レオが本気で声を荒げた。
「五年だけでも頭おかしい話やのに、さらに一年って何やねん! しかもその一年、ヴァーミリオン領から先に終わる言うとるんか!?」
「そういうことらしい」
「らしい、で済むか!」
怒鳴り声に、近くで荷下ろししていた何人かがこちらを見た。
だが、レオは構わなかった。
「お前、そんな大事な話を抱えたまま二層潜っとったんか?」
「抱えないでどうすんだよ」
「そういう問題ちゃうやろ!」
レオは乱暴に頭をかいた。
苛立ち、焦り、それから少しだけ怖れ。そんなものまで混じった顔だった。
「……一年、一年か」
「正確には、もう一年じゃないけどな」
「わかっとるわ」
噛みしめるみたいに答えるレオ。
「せやから最初、あんな景気悪い顔しとったんか」
俺は答えなかった。
答える必要もない気がした。
レオは深く息を吐くと、俺を睨んだ。
「親父が試し金や試しの陣容や言うたんは事実や。けどな、そんな話を先に聞いてたら、俺はもっと別の切り方しとる」
「無茶言うな。お前だって一日で全部動かせるわけじゃないだろ」
「せやけど、優先順位は変わる」
即答だった。
「五年で世界が終わる話と、一年でお前の領地が先に呑まれる話は、同じに見えて全然ちゃう」
その言葉は重かった。
商人の言葉だ。感情じゃない。盤面の見方の違いだ。
「一年なら、まず地を抑える。話はそこからや。広げる順番も、出す金の置き方も、連れてくる人間も変わる」
レオはそう言ってから、短く舌打ちした。
「……くそ。ほんま、次から次へと面倒ごとを増やしよって」
「俺が増やしたわけじゃない」
「知っとるわ!」
吐き捨てるみたいに言って、レオはしばらく黙った。
やがて、ゆっくりと顔を上げる。
「ええわ。なら余計に、今回の手は無駄にできへんな」
「レオ」
「勘違いすんなよ」
レオは鼻を鳴らした。
「商人としては最低な考え方やけど、今は儲けより先に地を抑える――」
そこで一度、言葉を切る。
そして、いつもの軽薄さを少しだけ捨てた目で俺を見た。
「一年で盤面ひっくり返すつもりでやるぞ、ロシュ」
その言葉に、胸の奥が少しだけ熱くなった。
礼を言う代わりに、俺は口の端を上げる。
「上等だ」
レオもにやりと笑う。
「お前が潜っとる間に、こっちは手数を増やしといた。今度は最初から、地を抑える前提で回す」
そう言って、レオは門前の隊列を顎でしゃくった。
「そのための人間と荷や。きっちり使い倒せ」




