第21話 第二層の洗礼
第二層へ降りる石段は、第一層へ続くものより長く感じた。
足音が、妙に響く。
石壁に反射して返ってくるせいで、距離感が少し狂うのだ。
先頭を歩きながら、俺は息を吐いた。
「気をつけろ。もう一層とは違う」
「見れば分かるよ……」
ロロが小さく呟く。
石段を下りきった先に広がっていたのは、湿った鍾乳洞だった。
ひんやりとした空気が肌にまとわりつく。
天井からは無数の鍾乳石が垂れ下がり、床には水溜まりと滑りそうな岩肌が続いている。
通路の幅も一定じゃない。狭い場所は肩が触れそうなくらい細く、少し進むと急に空間が開ける。
ぽたり、ぽたり、と水滴の音。
その静かな繰り返しが、かえって不気味だった。
「うわ……なんか、音が変っすね」
トマが小声で言う。
「反響しとるんじゃろ。声も足音も、まっすぐ聞こえん」
モランが髭を撫でながら辺りを見回した。
「目だけじゃなく、耳も狂わされる。面倒な場所じゃの」
ルシアが楽しそうに笑う。
「ようやく迷宮らしくなってきたではないか」
「お前は気楽でいいよな」
俺は足元の濡れた岩を見てから、短く言った。
「今日は無理に奥まで行かない。まずは見る。歩き方も戦い方も、一層と同じつもりでやるな」
「はいっ」
「おう」
「うむ」
返事はそれぞれだが、全員の顔に緊張はある。
それでいい。
ここで気が緩んでいるより、よほどましだ。
俺たちは隊列を崩さず、鍾乳洞の奥へ足を進めた。
◇
少し進んだだけで、第二層が第一層とは別物だと分かった。
まず、歩きにくい。
足場が濡れている。
平らに見えてもわずかに傾いていたり、岩が浮いていたりする。
荷物を持つ後ろの連中には、これだけでも十分嫌なはずだ。
「これ、袋抱えてたら転びそうだな……」
案の定、バルドが顔をしかめた。
「転ぶなよ。拾う手間が増える」
「若様は励ますってことを知らねぇのか?」
「結果が一番大事だろ」
「ひでぇ!」
その横で、トマは革手帳を片手に周囲を見回していた。
だが、すぐに困ったような顔になる。
「えっと……これ、どこも同じに見えるっす」
「だろうな」
俺は頷いた。
「分かれ道、水の流れ、広い場所。目印になるもんを優先して書くんだ」
「は、はいっ」
モランが横から口を挟む。
「鍾乳石の形も見ておけ。尖っとるか、丸いか。あとは水音の強さだな」
「水音?」
「流れが近い方と遠い方じゃ、響きが違う。迷った時の助けにはなる」
トマは何度も頷き、慌てて書き留めていく。
クレーネが前を見たまま呟いた。
「目印、少ない」
「だから記録が要るんだよ」
第一層みたいに、通路と分かれ道だけ見ていれば済む場所じゃない。
ここから先は、歩いた道そのものを掴む力が要る。
その時だった。
クレーネがぴたりと止まる。
「前」
全員の足が止まる。
「何体だ?」
「一体。……いや、岩に隠れてるのがもう一つ」
俺は剣の柄に手をかけた。
薄暗い鍾乳洞の先。
岩柱の陰にあった岩の塊が、ゆっくりと動く。
最初は本当にただの岩にしか見えなかった。
だが次の瞬間、腕のようなものが持ち上がり、ずしり、と重い音を立てて一歩踏み出す。
ルシアが整った方眉を上げた。
「……ゴーレムじゃな」
ロロが低く呟いた。
「硬そう」
「硬いだけならまだいいんだけどな」
俺は剣を抜く。
岩肌をまとった人型。
背丈は俺たちより少し大きい程度だが、問題はそこじゃない。
重さと硬さ、それにこの地形だ。
「ロロ右。ガレス左。クレーネは後ろ。まず止めるぞ!」
「了解」
「はい」
「ん」
ゴーレムが腕を振り上げる。
鈍いが、一撃は重い。
ロロが先に飛び込んだ。
「重脚、鉄拳。解放」
脚甲が石畳を踏みしめる。
以前なら滑りそうな踏み込みだったが、今はぶれない。
そのまま拳を叩き込み、ゴーレムの体を横へ揺らす。
「硬っ……!」
ロロが顔をしかめる。
効いていないわけじゃない。
だが、第一層の魔物みたいに、そのまま砕けてはくれない。
「ガレス!」
「止めます」
短く返し、ガレスが半歩前へ出る。
以前のように一人で飲み込む位置じゃない。
「地縫 解放」
槍が鋭く走る。
穂先は胴ではなく、脚の継ぎ目を穿った。
鈍い音。
続いて、岩床へ噛みつかれたみたいに、その片脚が止まる。
「おお……!」
トマが思わず声を漏らす。
「今の、止めたっすか!?」
「動きが鈍っただけだ。まだ来るぞ!」
実際、ゴーレムは止まらない。
脚を引きずるようにしながら、それでも腕を振り下ろしてくる。
ロロが受ける。
重い音が響いた。
だが脚甲のおかげか、踏ん張りは崩れない。
「ロロ、そのまま押さえろ!」
「うん!」
クレーネが後ろから矢を放つ。
土矢がゴーレムの胸へ突き刺さり、外殻を削る。
だが、それだけではまだ浅い。
「硬い……!」
歯を食いしばった、その時だった。
クレーネが短く言う。
「中、光ってる」
「何?」
「胸の奥。少し右」
核か。
外殻を砕いただけじゃ足りない。
中にある本体を壊さなきゃ止まらないタイプらしい。
「ガレス、もう一回脚止めろ! ロロ、右へずらせるか!」
「やる!」
「はい」
ロロが踏み込んで体勢を崩し、ガレスが逆脚へ槍を入れる。
ゴーレムの動きが、ほんの一瞬止まる。
そこへ俺が入る。
(踏破、地踏、解放)
一歩。
足場の悪い岩床でも、勢いは逃げない。
「――鎚踏、震打、解放!」
剣を叩き込む。
狙うのは胸の奥、クレーネが言った少し右。
鈍い破砕音。
岩殻が裂ける。
その奥で、赤黒い光が砕けた。
次の瞬間、ゴーレムの全身が崩れる。
「よし!」
ロロが息を吐く。
光の粒子が散り、床に残ったのは銅褐色の鉱石だった。
俺はすぐに周囲を見た。
「戦闘班は警戒! 補給班は回収!」
「おう!」
バルドがすぐに動き、素材を回収する。ルシアがそれを受け取る。
その間も戦闘班は周りを警戒したままだ。
たとえ小規模な戦闘だったとしても、この流れは止めない。
この形を癖づかせる。
「若様!」
トマが小声で呼ぶ。
「これ、書いときます。胸の中に光るやつがあるって」
「ああ。個体差があるかもしれんしな」
「はいっ!」
記録がそのまま攻略になる。
こうすれば、後に続くであろう後続組の指針にもなる。
◇
二体目は、最初の個体より少し大きかった。
しかも通路が狭い。
鍾乳石が低く垂れ、クレーネの射線も切れやすい。
「こっちは嫌だな……」
バルドが嫌そうに呟く。
「嫌で済めば苦労しない」
俺が剣を構えた瞬間、ゴーレムが突っ込んできた。
「ロロ、受けるな! 流せ!」
「うん!」
重脚のおかげで踏ん張れる。
だが、ここで正面から受ければ通路ごと詰まる。
ロロが半歩ずらし、肩口を打つ。
ガレスが脚を止め、クレーネが横から外殻の薄い部分を射る。
いい。
ちゃんと隊になっている。
だが、次の瞬間だった。
俺がゴーレムの胴へ一撃を入れた時、頭上で嫌な音がした。
ミシ……。
「っ!」
全員が顔を上げる。
天井の鍾乳石が揺れていた。
小さな石片が、ぱらぱらと落ちる。
「上、脆い」
クレーネが言う。
モランも渋い顔になった。
「強くやりすぎると、頭上が来るぞ」
なるほどな。
硬い敵には重い一撃が要る。
だがこの鍾乳洞じゃ、ただ火力を叩き込めばいいわけじゃない。
敵だけじゃない。
地形まで含めて攻略しなきゃいけない。
「ロロ、位置ずらせ! ガレスは左脚! クレーネ、右肩の割れ目!」
指示を飛ばす。
今度は強引に砕かない。
止めて、ずらして、核へ通す。
ガレスの槍が脚を止める。
ロロが体勢を崩し、クレーネの矢が外殻の継ぎ目を裂く。
最後に俺が、露出した核へ短く強い一撃を叩き込んだ。
ゴーレムが崩れる。
今度、落ちたのは外殻片だった。
バルドが肩をすくめる。
「鉱石だったり殻だったり、忙しいな」
「文句言うな。拾え」
「はいはい」
トマが手帳へ何かを書き込みながら、小さく呟く。
「核。胸の中。強く殴りすぎると上が危ない……」
「そこまで拾えりゃ上出来だ」
ロロが少し息を吐いた。
「一層より、ずっと考えること多いね」
「だろうな」
俺は頷く。
「二層は、ただ勝てばいい場所じゃない」
◇
さらに少し進んだところで、通路が開けた。
広い空洞だった。
天井は高い。
だが、そのぶん闇も深い。
水滴の音が、前より大きい。
風も少しだけ通っている。
クレーネがぴたりと止まる。
「……前」
「何体だ」
「一体」
短く答えたあと、少し間を置く。
「でも、大きい」
俺は目を凝らした。
空洞の奥。
岩壁の一部だと思っていた影が、ゆっくりと動く。
さっきまでの個体より、明らかに一回り大きい。
肩や背に鍾乳石みたいな突起をまとい、立ち上がるだけで岩が軋む。
トマが息を呑んだ。
「でか……」
バルドの喉が鳴る。
「おいおい、あれは嫌だぞ……」
ガレスが静かに槍を構える。
「止めます」
ロロも脚甲を鳴らしながら拳を上げた。
「受けるよ」
俺は剣を握り直す。
新しい武具の重み。
隊の気配。
鍾乳洞の冷たい空気。
全部まとめて肺へ入れ、短く言った。
「……来るぞ」
次の瞬間、巨大なゴーレムが一歩を踏み出した。




