第20話 守護者の置き土産
その日の夕方。
補給の確認をひととおり終えた俺たちは、再び地下広間――ルシア商店へ降りていた。
炉の前に立つと、空気の温度が少し変わる気がする。
鉄とも石ともつかない匂い。
台座に刻まれた文字。
素材を入れれば、何が生まれるか分からない、あの高揚感。
そして今、台座の上には三つの武具が並んでいた。
黒く鈍い光を放つ、守護者由来の主素材。
一層の主を倒した時、宝箱から手に入った特別な品だ。
ルシアの言では地の魔力を多く含んでいるらしいのだが……確かに見ているだけで、空気がわずかに重くなる。
ロロがその一つをそっと覗き込み、息を吐く。
「やっぱり、これ使うんだね」
「使う」
俺は短く答えた。
「二層に入るなら、補給だけ整えて満足してる場合じゃない。俺達の装備も新調する」
ルシアがにやりと口元を歪める。
「ふむ。当然じゃな」
主素材は三つ。
守護者級の置き土産だけあって、数は多くない。
適当に使うには惜しすぎる。だが、二層を前に寝かせておく理由もない。
バルドが腕を組む。
「で、その三つはどうするんだ?」
「三つとも使う」
トマが目を丸くする。
「全部っすか?」
「全部だ」
俺は頷いた。
「何になるかは分からないからな。出たものを見て、一番噛み合うやつへ回す」
ルシアが顎を撫でる。
「ほう。ようやく炉の性悪さを覚えたかの」
「お前とよく似ているよ」
「なんじゃとぅ!」
猿のようにキーキー叫ぶルシアをよそに、俺は炉を眺めた。
だから怖いし、だから面白い。
クレーネが短く言った。
「でも、強いの出る」
「あぁ、出てほしいな」
正直、それは願っている。
だが、願った通りの答えが出るほど、この炉は甘くない。
「まあ、安心せい」
ルシアは三つの主素材を見て、珍しく真面目な顔で言った。
「守護者級の素材じゃ。普段の武具生成より、よほどはっきり色は出る。もっとも――」
そこでわざとらしく肩をすくめる。
「おぬしらの都合に合わせて、都合よく揃うとは限らぬがの」
「それで十分だ」
今欲しいのは、欲しい答えそのものじゃない。
今の隊を、一段先へ押し上げる何かだ。
◇
俺は三つの主素材を台座へ並べ、そこへ三つの地属性の魔石を加えた。
どれがどう噛み合うかは分からない。
何を拾い、何を捨てるかも炉次第だ。
「いくぞ」
素材を炉へ納める。
瞬間――
ゴゴゴゴゴ……ッ
低い唸りが地下広間を震わせた。
ロロが小さく息を呑む。
トマが思わず一歩下がる。
バルドが「うお」と呻き、モラン爺が目を細めた。
ルシアだけが、面白そうに笑っている。
「ほれ、来るぞ」
赤黒い光が炉の奥で渦を巻く。
以前の生成とも違う。
もっと粘ついて、もっと重い。
甲殻の内側に閉じ込められていた圧そのものが、そのまま溶け出しているようだった。
やがて光が収まる。
台座の上に現れたのは、三つ。
黒い甲殻を幾重にも重ねた籠手。
虫の角を思わせる鈍い穂先を持つ戦槍。
そして中央に赤い晶石を埋めた、黒い額飾りだった。
「……見事にばらけたな」
俺が呟くと、ルシアがくつくつ笑う。
「剣も弓も出ぬあたり、実に気まぐれじゃの」
ロロが籠手と槍と額飾りを順に見比べる。
「どれも強そうだけど……どうなんだろ」
「見るぞ」
俺は最初に籠手へ手を伸ばした。
装着すると、重そうな見た目に反して妙に腕へ馴染む。
文字が浮かぶ。
【地踏Ⅰ 30/30】
踏み込んだ足場を固め、勢いを逃がしにくくする。
【震打Ⅰ 20/20】
踏み込みの勢いを乗せた打撃に、重い衝撃を生む。
「……地踏に、震打」
思わず呟く。
難しい理屈はいらなかった。
これは分かりやすい。
次に戦槍を見る。
【穿殻Ⅰ 35/35】
硬い外皮や防御を穿ちやすくする。
【地縫Ⅰ 20/20】
敵の脚部を地へ縫い止め、短時間その動きを封じる拘束突き。
そして額飾り。
【死角視Ⅰ 20/20】
30秒、動体を捉えやすくし、動きへの反応を高める。
【追視Ⅰ 20/20】
30秒、動く対象へ視線を合わせ続けやすくする。
しばらく、誰も喋らなかった。
最初に口を開いたのは、クレーネだった。
「額飾り、私」
即答だった。
「動くの、よく見えそう」
「だろうな」
動体把握。追視。
こいつの目に乗れば、かなり厄介なことになる。
次に、ガレスが槍を見たまま短く言う。
「戦槍は、私でしょう」
「そうだな」
穿殻で硬い相手を穿つ。
さらに地縫で足を止める。
一人で貫いて終わる槍じゃない。敵を止め、前線へ渡すための槍だ。
そして残る籠手。
俺は黒殻の籠手を見下ろした。
地踏。
震打。
踏み込んだ勢いを殺さない。
そのまま、叩き込むもう一段上の一撃へ繋げる。
その瞬間、頭の中で今までの踏破と鎚踏がまっすぐ繋がった。
ああ、そうか。
巣の主との一戦で、俺の一撃は最後まで届ききっていなかった。
これはその足りなかった先を、最後まで叩き込むための武具だ。
「籠手は俺だ」
ロロが小さく頷く。
「うん。ロシュ様に合いそう」
ガレスも短く言った。
「ええ。これはロシュ殿向きです」
ルシアがにやりと笑う。
「悪くない配分じゃな。前を割る者、前を支える者、遠くを射抜く者へ、か」
「結果としてはな」
そう、結果としてだ。
最初からこれを狙えたわけじゃない。
だが出た答えは、思っていた以上に今の隊へ噛み合っていた。
◇
「で、私の分は?」
ロロが少しだけ唇を尖らせて言った。
「待ってろ。主素材じゃないが、お前の分も創る」
使うのはバシリスクビートルの殻と、拳程度の地属性の魔石。
守護者ほどの格ではない。
炉が唸り、現れたのは黒鉄色の脚甲だった。
【重脚Ⅰ 25/25】
30秒、脚部の踏ん張りが増す。
ロロが目を丸くする。
「わ、これ……」
「じ、地味だな……」
俺が言うと、ロロは脚甲を見下ろし、それから少し笑った。
「ううん。地味でも私っぽいかも」
「まあ前に出るなら、足元がぶれない方がいいか。そこが崩れると全部雑になる」
ロロは嬉しそうに脚甲を抱えた。
「……ありがとう、ロシュ様」
ルシアがくつくつ笑う。
「ちゃんと見ておるではないか、色男」
「誰かさんと違って、俺は隊長だからな」
「ぬかしおる」
◇
そのあと、俺たちは軽く新装備の感触を確かめた。
俺は裏庭の丸太へ向き直る。
黒殻の籠手を装着し、剣を構える。
そこでふと、握った剣へ意識を向けた。
前に見た時とは、刻印が変わっている。
【踏破Ⅱ 40/40】
地を強く踏み込む瞬間、強力な加速を得る。
踏み込みの瞬間のみ速度が大幅に上昇する。
思わず目を細めた。
最初は【踏破Ⅰ 30/30】だった。
それが迷宮で何度も振るい、炉へ持ち帰って整えてきた今、段階ごと一つ上へ進んでいる。
「……育ってるな」
小さく呟くと、ルシアがすぐ横で満足げに笑った。
「当然じゃ。迷宮で使い、持ち帰り、炉で繋ぎ直す。そうして馴染んだ武具は、持ち主の戦いを覚える」
「派手じゃないけど、ありがたいな」
「こういう差ほど、あとで生死を分けるのじゃ」
その通りだった。
新しい武具ばかりに目が行きそうになるが、今まで積み上げてきたものも、ちゃんと次の段へ進んでいる。
一回ぶん二回ぶんの余裕。
たったそれだけでも、前へ出る時の踏ん切りは変わる。
俺は剣の柄を握り直し、丸太へ向き合った。
(踏破、地踏、解放)
一歩。
地を蹴る。
いつも通りの加速。
だが、違う。
踏み込んだ足元がぶれない。
勢いが地面へ吸われず、そのまま前へ伸びる。
踏破そのものも、前より一段深く、鋭く入る。
「――鎚踏、震打、解放!」
叩き込んだ一撃が、丸太の中心までめり込む。
鈍い破砕音。
続いて、内側から裂けるように木が割れた。
「おお……」
バルドが唸り、トマが呆然と口を開く。
これはいい。
ただ重いだけじゃない。
踏み込みから一撃まで、きれいに一本で繋がる。
今の戦い方を、確実に一段押し上げる武具だ。
隣ではガレスが新しい槍を軽く構えていた。
穂先が自然と低く落ちる。
喉でも胸でもない。狙いが吸い寄せられるように足元へ向く。
「……脚を止める槍、ですか」
ガレスが低く呟いた。
ただ貫く槍じゃない。敵を止め、前線へ渡すための一手だ。
クレーネはもう説明不要だった。
林の枝先へ矢を放ち、揺れる葉ごとまとめて射抜いている。
怖いほど当てる。
額飾りをつけた今は、揺れの大きい枝へ視線を切り替える速さまで明らかに増していた。
ロロも脚甲のおかげで、石畳の上でも踏み込みがぶれない。
踏ん張った時の腰の沈みも前より深い。
補給は整えた。
隊の形も作った。
そして今、武具も一段上がった。
それでも、二層が甘い場所だとは思っていない。
だが――だからこそだ。
俺は机の上に並んだ装備を見渡し、静かに言った。
「明日、第二層へ入る」
誰も異を唱えなかった。
ロロは頷き、ガレスは槍を握り直し、クレーネは干し肉を咥えたまま目を細める。
バルドは苦笑し、トマは緊張で背筋を伸ばし、モランは無言で小さく頷いた。
その中で――ルシアだけが、やけに楽しそうに笑っていた。
今度は、ただ潜るんじゃない。
攻略しに行く。




