第18話 試験探索
翌朝。
地下迷宮の入口。
ルシア商店の前には、いつもより少しだけ人が多かった。
石造りの広間に、見慣れた顔と見慣れない顔が並んでいる。
昨日まで俺たち四人だけで潜っていた場所に、今日は“隊”と呼べるかもしれない人数が立っていた。
俺はその全員を見渡した。
「よし、確認するぞ」
ロロが拳を合わせ、クレーネは弓の弦を指で鳴らす。
ガレスは静かに槍を背負ったまま立っていた。
その後ろには、昨日仮登録した面々。
大きな運搬袋を背負い、肩紐の具合を確かめているバルド。
鼻を撫でながら周囲を見回すモラン。
妙に背筋を伸ばして緊張しているトマ。
……うむ。
頼もしさと不安が半々である。
「今日は深く潜るのが目的じゃない」
俺は言った。
「隊として動けるかを見る。だから勝手な判断はするな。特にお前ら三人」
視線を向けると、バルドとモランとトマが揃って背筋を伸ばした。
「お、おう」
「任せろ」
「はいっ!」
まったく信用ならん返事だ。
「役割を決める」
指をさしながら順に告げる。
「俺が前。ロロは右、クレーネは後衛。ガレスは左で前を支えろ」
「了解しました」
短い返事。
やはり無駄がない。
「バルドは回収と運搬。無理に前へ出るな。袋がいっぱいになったらすぐ言え」
「任せろ! 担ぐのは得意だ!」
「酒飲むなよ」
「それもう挨拶みたいになってるな!?」
「毎回言わないと不安なんだよ」
バルドがぐぬぬと唸る横で、俺はモラン爺へ視線を向ける。
「モランは横道と地形の確認。怪しい場所があったらすぐ言え」
「ふっ。俺の勘が火を吹く時が来たようだな」
「火は吹かなくていい。静かに言え」
最後にトマを見る。
「トマ。お前は補助だ。絶対に単独で前へ出るな」
「はいっ!」
「回収補助、伝令、後ろの確認……それと、今日は見て書け」
「え?」
トマが目を丸くした。
「通った道、分かれ道、危ない場所を地図にするんだ」
「ち、地図っすか」
「全部きれいにやれとは言わん。まずは残せ。生きて帰ることと、見たものを持ち帰ること。それがお前の役目だ」
トマは慌てて腰の小さな革手帳を押さえた。
「やるっす!」
「ほう。道の記録を残すのか」
モランが感心したように頷く。
「当然だろ。ダンジョンは広大で入り組んでいる。勘だけで潜れば遭難して死ぬぞ」
ルシアが少し離れた位置から面白そうに笑った。
「ようやく隊らしくなってきたの」
「まだ“らしく”の段階だけどな」
「行くぞ」
俺たちは第一層の通路へ足を踏み入れた。
◇
石の通路を進む。
湿った空気。
ひんやりとした冷気。
もう慣れ始めた迷宮の匂い。
隊列の後ろ寄りで、トマが革手帳に木炭を走らせていた。
線はまだ頼りないが、分かれ道や壁の傷を必死に拾っている。
モランが横目で見る。
「右の壁、少し膨らんでるだろ。ああいうのは帰り道の目印になる。書いておけ」
「は、はいっ」
トマは慌てて印を足した。
手つきはぎこちないが、素直さは悪くない。
森の勘を持つ爺さんと、記録を残す若いやつ。組ませる意味はありそうだった。
クレーネが足を止めた。
「前。二体」
「種類は」
「グラベルウルフ」
俺は頷く。
「ロロ、右。ガレス、左。クレーネは後ろから牽制。バルドたちは下がってろ」
「了解」
「ん」
「はいっ」
低い唸り声とともに、通路の奥から狼型の魔物が飛び出してくる。
右から来る一体へロロが飛び込む。
左はガレスが半歩前へ出て、槍を水平に構えた。
その動きが妙に静かだった。
グラベルウルフが飛びかかる。
次の瞬間、槍の穂先が喉を穿った。
そのまま引き戻し、二体目の進路へ穂先を置く。
速い。
いや、正確だ。
飛び込んでくる場所が最初から分かっていたみたいに、そこへ槍が置かれている。
「クレーネ!」
「ん」
土矢が飛ぶ。
牽制された二体目の目を、矢が貫いた。
光の粒子。
霧散。
残るのは素材と魔石だけ。
ロロが拳を握ったまま、ぽかんとガレスを見る。
「……すご」
ガレスは何も言わず、槍の先を軽く払った。
たしかに本物だ。
止める位置も、踏み込ませない間合いも、無駄がない。
……見える、のだが。
◇
その後も探索は続いた。
アーススライムが現れれば、ロロが叩き潰す。
グラウンドボアが突進してくれば、俺とガレスで受け、クレーネが刺す。
モランは横道を見て先に注意を飛ばす。
バルドは文句を言いながらも、素材を運搬袋へ手際よく詰め込む。
トマは息を切らしながら回収補助と後方確認をこなし、その合間に手帳へ印を重ねていた。
「トマ、何を書いてるんだ?」
俺が声をかけると、トマは少し慌てて手帳を開いた。
「えっと……さっきの分かれ道と、壁の傷っす」
「おお、悪くないな。曲がった向きも書いとけ」
「は、はいっ」
横からモランが口を挟む。
「風の抜ける道も印をつけとけ。戻る時の目安になる」
「わ、分かったっす!」
ぐちゃぐちゃにはなっていない。
バルドは運べる。
モランは地形勘がある。
トマは未熟だが素直で動きがいい。
役割を切れば、ちゃんと使える。
「若様ぁ、ちょっと休憩できんか?」
バルドが肩紐をずらしながら言った。
「何だ、もう音を上げたのか」
「うるせぇ。担いで歩くのも立派な仕事なんだぞ」
「それはそうだ」
実際、こいつがいなければ素材はこんなにきれいに回収できていない。
「バルドさん、これ飲む?」
ロロが水筒を差し出すと、バルドはぱっと顔を明るくした。
「おお、ありが――」
「酒じゃないぞ」
「分かっとるわ!」
その時だった。
クレーネがぴたりと足を止めた。
「前、多い」
空気が変わる。
「何体だ」
「四。……いや、六」
通路の奥から爪が石を引っ掻く音。
グラベルウルフの群れだ。
「来るぞ!」
俺が剣を抜くより早く、ガレスが前へ出た。
槍がしなる。
飛びかかってきた一体の喉を貫き、そのまま横へ払う。
二体目の進路を塞ぐ。
三体目が迂回しようとする前に、穂先がその目を裂いた。
速い。
そして強い。
だが――
「ガレス、待て!」
俺が叫んだ時には、すでに一歩深く入りすぎていた。
クレーネの土矢が放たれる。
だが、ガレスの位置がいつもより前だ。射線が狭い。
「……っ」
矢が止まる。
ロロも飛び込むタイミングを失った。
トマが後ろで立ちすくむ。
バルドが運搬袋を抱えたまま「あっ」と情けない声を出した。
ガレスは一人で敵を処理できる。
だが、隊としては噛み合っていなかった。
「ロロ、下がるな! クレーネは右の隙間! トマ、回収袋を壁際へ寄せろ!」
「はいっ!」
「ん!」
「お、おう!」
指示を飛ばしながら俺も前へ出る。
残った一体がこちらへ飛ぶ。剣で受け、弾き、ロロの拳が横から叩き込まれる。
クレーネの矢が、その向こうの個体を貫いた。
数秒後。
群れは光の粒子になって消えた。
静寂。
荒い息だけが、通路に残る。
「……今のは駄目だ」
俺は剣を下ろしながら言った。
ガレスがこちらを見る。
「処理は可能でした」
「お前一人ならな」
俺は前を向いたまま続ける。
「でもこっちは隊で動いてる。お前が前へ出すぎたせいで、クレーネの射線が狭くなった。ロロの入りも遅れた」
ガレスは黙って聞いていた。
「強いのは分かってる。だが、お前一人が勝つための動きと、隊が勝つための動きは別だ」
短い沈黙。
「……失礼しました」
素直に頭を下げたのは少し意外だった。
クレーネが言う。
「使える。でも、一人で終わらせようとする」
「やっぱりそう見えるか」
「ん」
ロロも頷く。
「すごいんだけど……一緒に動く前に終わっちゃう感じ」
それだ。
強い。
だが、自分一人で完結する癖がある。
悪意ではない。
自分が片付けた方が早い、そういう戦場を何度もくぐってきた動きだ。
だが今必要なのは、個人の最適解じゃない。隊の最適解だ。
「組み直すぞ」
俺は言った。
「次からガレスはロロの半歩後ろ。前に出すぎるな。クレーネの射線を潰すな。トマはガレスじゃなく俺を見ろ。バルドは回収優先、戦闘になったら袋を壁際へ寄せろ」
全員が頷く。
ガレスも短く答えた。
「了解しました」
「返事だけじゃなく、今度は合わせろよ」
「善処します」
「努力と善処が多いな、お前は」
ロロがくすっと笑った。
◇
その後、もう一度だけ小規模な戦闘があった。
今度はグラウンドボア二体。
「前、二!」
「ロロ右! ガレス左、前に出るな! クレーネ後ろ!」
「了解」
「ん」
「はいっ」
突進してくる巨体。
ガレスは踏み込みたいのを抑えるように、ロロの後ろ半歩に位置を取った。
そこで初めて、隊の形が見えた。
ロロが一体を受ける。
わずかに体勢を崩したところへ、ガレスの槍が脚を払う。
動きが止まったところを、クレーネの土矢が目に突き刺さる。
もう一体は俺が受け、踏震で止め、ロロが横から叩き込む。
数秒。
決着。
「……今のだ」
俺は息を吐いた。
「今の形を忘れるな」
ガレスは槍を戻しながら頷いた。
「理解しました」
クレーネが少しだけ口元を緩めた。
「今のはいい」
「お、珍しく褒めたな」
「ん」
ロロも嬉しそうに言う。
「さっきよりずっと動きやすかった!」
トマが目を輝かせる。
「す、すごいっす! なんか、本当に隊って感じでした!」
そう言って慌てて革手帳を開く。
「えっと……ロロさんが受けて、ガレスさんが止めて、クレーネさんが刺す……」
「何してる?」
俺が聞くと、トマは顔を上げた。
「今の形、書いとこうかと。あとで同じように動けるかもしれないし」
一瞬だけ、少し驚いた。
道だけじゃなく、動きの順まで残す気か。
モラン爺が感心したように髭を撫でる。
「ほう。若いの、案外頭が回るのう」
「い、いや、たぶんっすけど……」
「たぶんでいい。まずは残せ」
俺が言うと、トマは嬉しそうに頷いた。
「はいっ!」
バルドが肩を回しながら鼻を鳴らした。
「へへん。俺も結構役に立ってるだろ?」
「今日はちゃんと担いでたからな」
「そこ褒めるところか!?」
「めちゃくちゃ大事だろ」
「……それもそうか」
俺は小さく笑った。
迷宮を攻略するのに必要なのは、強い武器と強い人間だけじゃない。
役割を切って、位置を決めて、噛み合わせることだ。
ようやく、その入口が少しだけ見えた気がした。
◇
屋敷へ戻る頃には、空は赤く染まっていた。
バルドの背負い袋と、トマが抱えた回収袋には今日の戦利品。
素材も魔石も、思ったより多い。
ガレスはその横を静かに歩いている。
相変わらず口数は少ない。だが、さっきの一件のあと、少しだけ周りを見るようになった気もした。
「今日のところは合格寄りだ」
俺が言うと、ガレスはわずかにこちらを見た。
「まだ“寄り”ですか」
「当たり前だ。探索一回で全部分かったら苦労しない」
「……妥当です」
ロロが小さく笑う。
「その返し、ちょっと好きかも」
クレーネがぽつりと言った。
「使える。調整すれば」
「道具みたいに言うな」
「似てる」
「似てねぇよ」
ルシアはいつものようににやにやしていた。
「少しは形になってきたの」
「まだ入口だよ」
俺は答える。
強いやつを集めれば終わりじゃない。
噛み合う形にしなきゃ、隊にはならない。
だが逆に言えば、噛み合わせられれば――
この迷宮にだって、少しずつ手が届く。
そう思えた一日だった。




