第17話 紹介状の男
男は机の前に立ったまま、余計なことは何も言わなかった。
ただそこに立っている。
それだけなのに、妙に空気が違った。
騒がしさの残る屋敷前で、その男の周囲だけ妙に静かに見える。
俺は差し出された封を受け取り、封蝋を確かめる。
「……本物だな」
「偽物である必要がありません」
低い声だった。
淡々としているが、ぶっきらぼうというほどでもない。
無愛想というより、余計な言葉を削ぎ落とした結果そう見える感じだ。
ロロが俺の肩越しに封を覗き込む。
「レオさん、なんて書いてあるの?」
「今読む」
封を切り、中の紙を開く。
見慣れた癖のある字が目に飛び込んできた。
嫌な予感しかしない。
「どれどれ?」
ルシアが机の上へ乗り出してくる。
お前はどこぞの野次馬か。
俺は眉をひそめながら、声に出して読んだ。
「『ロシュへ。うちの商会で囲っとる腕利きを送る。こいつは愛想も可愛げもないが、戦いに関しては本物や。親父のお気に入りやさかい背後関係も問題なしや。本人の希望もあり、お前んとこの泥臭い仕事にはちょうどええやろ』……」
「へぇ、あの親父さんのお気に入りか」
思わず紙から顔を上げる。
男の表情は変わらない。
「続きがあるよ?」
ロロに促され、続きを読む。
「『ただし、使うかどうかはお前が決めぇ。俺の紹介やからって甘やかしたらあかんで。あと、こいつは無口で感じ悪いだけで、お前ほどの悪党やない』」
「誰が悪党だ!? あの豚野郎」
ルシアが吹き出した。
「ずいぶん雑な推薦文じゃの」
「だろうな。あいつらしい」
だが、逆に信用はできた。
レオは本当に駄目なものを、ここまでして寄越したりはしない。
雑に見えて、線を引くところは引く男だ。
俺は紙を畳み、男を見た。
「名前は?」
「ガレスです」
「武器は槍か」
「一番長く使ってきました」
「なんでうちに来た」
「金です。レオ殿には稼げる場所だと聞いたので」
実直。
その返しに無駄な飾りはない。
自分を大きく見せようという気配もない。
面接で散々見た、口先だけの連中とはそこが違った。
欲望を隠していないのに、浅ましく見えない。そこが逆に厄介でもあり、信用の種でもある。
クレーネが肉を噛むのを止め、じっとガレスを見ている。
「……強い」
即答だった。
「お、珍しく褒めたな」
「立ち方がいい」
クレーネはそれだけ言った。
ロロもガレスを見つめたあと、小さく頷く。
「うん。なんか……ちゃんとしてる感じがする」
「曖昧だな」
「でも大事だよ?」
それはそうだ。
案外、そういう感覚の方が当たることもある。
ルシアは腕を組んだ。
「少なくとも、あのカスどもよりはましじゃな」
「比較対象がひどすぎるんだよ」
俺は椅子から腰を上げた。
「レオの紹介なら信用もする。だが、採用は別だ」
ロロが少し目を丸くする。
クレーネは無言。
ルシアは面白そうに口元を歪めた。
ガレスは表情一つ変えなかった。
「構いません」
「即答だな」
「そちらが決めることです」
落ち着いた声だ。
俺は机に手をついた。
「うちは傭兵集めじゃない。探索隊だ。強いだけで勝手に動くやつは困る。レオの紹介でも、その辺は自分で見る」
「妥当です」
俺は顎で庭をしゃくった。
「軽く手合わせしてもらう」
◇
屋敷の庭には、すでに夕方の空気が落ち始めていた。
日が傾き、長く伸びた影が土の上を斜めに走っている。
ロロとクレーネ、それにルシアが少し離れた場所から見ている。
ガレスは背の槍を外し、静かに構えた。
長すぎず短すぎず、扱い込まれた槍だ。
装飾はない。実用一点張り。
柄には細かな擦れがあり、穂先の根元には何度も手入れされた跡が見える。
見栄えじゃない。使って生き残ってきた武器だ。
俺も訓練用の剣を手に取る。
「一応言っとくが、本気の殺し合いじゃないからな」
「分かっています」
「怪我させるなよ」
「努力します」
「努力って何だ努力って」
ロロが不安そうに呟く。
「ロシュ様、大丈夫?」
「大丈夫……だと思いたい」
俺は息を吐き、剣を構えた。
対するガレスは半身。
穂先がぶれない。
肩にも肘にも余計な力みがなく、立ち姿だけで間合いを押し返してくる。
見ただけで分かる。昨日までの村人たちとは別物だ。
「いくぞ」
「どうぞ」
どっしりとした構え。強者特有の圧を感じる。
この男、マジで強い。
俺は胸を借りるつもりで少し強めに踏み込んだ。
槍の穂先がふっと跳ねる。
「――っ」
思わず足を止めた。
気づけば、喉元へ届く最短を先に取られていた。
あと半歩でも踏み込んでいたら、そこで終わっていた距離だ。
「今のは?」
ロロが目を瞬く。
「牽制だな」
俺は剣を下げずに答えた。
「けど、ただの牽制じゃない。踏み込んでたら刺されてた」
ガレスは表情を変えない。
「止まったので刺しませんでした」
「そういうとこだよ。怖えぇな」
ルシアが感心したように言う。
「間合いの取り方が上手いのぉ」
もう一度、今度は角度を変えて入る。
左から踏み込み、剣を流すように振るう。
槍の柄が当たる。
軽い。
軽いが、芯がぶれない。
こちらが押し込んだはずなのに、気づけば剣筋そのものをずらされている。
剣が逸らされると同時に、ガレスの足が半歩だけ動いた。
次の瞬間、また穂先が俺の腹に届く位置にある。
「うわ、速い……」
ロロが感嘆の声を漏らす。
クレーネは短く言った。
「無駄がない」
そう。そこだ。
速いだけじゃない。
動きに無駄がない。
“こう来たらこう返す”が体に染みついている。
しかも返しが一つじゃない。いつでも二手先にいられる感じがする。
「もう一回だ」
俺は剣を握り直した。
今度は少し本気でいく。
(踏破、解放)
地を蹴る。
加速を得た体は、一気に間合いを潰す。
ガレスの目が、初めてわずかに見開かれた。
――入った。
そう思った次の瞬間、柄尻が腹へめり込んだ。
「ぐえっ!?」
鈍い衝撃に息が詰まる。
肺の空気がまとめて押し出され、情けない声が漏れた。
ちくしょう。
スキル在りでも簡単に潰された。
「そこまでじゃな」
ルシアが面白そうに笑った。
「決まったの」
「……決まったな」
俺は腹を押さえながら苦笑する。
「やるな」
「そうでなければ、ここへ来ません」
「言うねぇ」
ロロがぱちぱちと拍手した。
「すごい……」
クレーネも頷く。
「強い」
その評価は、かなり重い。
俺は剣を肩に担ぎ、ガレスを見る。
「腕は分かった。だが、それだけじゃ足りない」
ガレスは無言で続きを待った。
「うちで見るのは、探索で指示が聞けるか、周りが見えるか、組めるかだ」
これはレオの紹介でも変わらない。
どれだけ強くても、一人で勝つことしか考えていないなら迷宮では死人が出る。
「次の探索に同行してくれ」
俺は言った。
「そこで本当に使えるかを見せてもらう」
ガレスは一拍置いて、短く答えた。
「了解しました」
「不満は?」
「ありません」
「自信はあると」
「あります」
その言い方に嫌味はなかった。
ただ事実を言っているだけの声音だった。
……嫌いじゃない。
ロロが俺のところへ駆け寄ってくる。
「ロシュ様、大丈夫?」
「腹がちょっと痛いくらいだ」
「ちょっと?」
「たぶん明日には紫色になってる」
「やっぱり痛いやつじゃない!」
クレーネがガレスを見たまま言う。
「使える。でも、一人で勝つ動きしてる」
なるほど。
やっぱりそこか。
強い。
だが、それで全部済むなら苦労しない。
探索隊の中で噛み合うかは、まだ別の話だ。
ルシアがにやりと笑う。
「あの豚さんも、たまには役に立つの」
俺はルシアの軽口に苦笑いで返すしかなかった。
だが、この男が本物なのは分かった。
問題は、俺たちの中で本当に使えるかどうかだ。
それを確かめるのは、次の探索になる。




