笑わぬ子供と夢幻魔法
サーカスに入る試験を明日に控えたラクーンはクラークの元に向かっていた。理由は一つ。夢幻魔法を教えてもらう為である。
「クラークさん。ちょっと良いですか?」
「なんだい?」
「僕に夢幻魔法を教えてください」
「……明日までに使える様になるとは限らないよ」
「分かっています。お願いします」
「分かってるなら良いよ。庭に行こうか」
「はい」
クラークに付いて行き庭に出る。
「さて、夢幻魔法の使い方だよね?」
「はい」
「けどまずは夢幻魔法の詳しい知識からだね。利点から欠点まで知っておかないと」
「分かりました」
「まずは利点だね。一つ目は持続時間。一度発動すれば自分で解除しない限り発動し続ける。それには普通より多くの魔力が必要だけどね。二つ目は夢幻魔法か現実かどうか目で判断する事が出来るのは一部の魔眼持ちしか居ない所だね」
「なるほど。けど目で判断が出来るのは、と言うということは他に見破る方法があると?」
「あるね。普通の夢幻魔法は目では無く聴覚とか嗅覚とか感覚、珍しいものでは仙や氣と言われる技で見破る者もいるね。後、目が見えない者にも効果は無い。夢幻魔法はあくまでも幻を見せる魔法だ。だから音は誤魔化せないし、匂いも消せない」
「なるほど。そんな欠点が」
「知ってる人は少ないけど、強くなれば強くなるほど視覚じゃない部分で相手を見る者が多くなる。ガンズとかはいい例だね。ガンズは触覚で空間を把握してる。空気の僅かな流れで空間を把握し、さらに音、目、殺気とかでも相手を感じてる」
「そう言えばガンズさんはどの位の強さなんですか?」
「ガンズかい? ガンズは上の上。サーカス最強で外だと十位位かな」
「十位!? ガンズさん以上に強い人が九人も居るんですか?」
「居るね。アヴァロン最強のギルドに五人くらい」
「アヴァロン最強のギルド?」
「アヴァロンの王は一番強い者がなる。王になった者にはアーサーと言う名と、ギルド<円卓>のリーダーの座を手に入れる。ガンズも一時期円卓に入っていたよ。ただ合わなかったとか言って辞めてたけどね」
「世界一のギルドを辞めたんですか」
「ガンズは『あそこは規則正しすぎる。俺の戦いが出来たもんじゃねぇ。つまんねぇから辞めてやった』って」
「そう言えばクラークさんとガンズさんっていつからの知り合いなんです?」
「私とカルード、ガンズ、そしてレンストは同じ村出身なんだよ。アルカディアで生まれたんだ。ガンズが最年長で、私、カルード、元レンストが同い年だよ」
「そうだったんですか」
「さて、無駄話はこの位にして夢幻魔法の話に戻そうか」
「はい」
「夢幻魔法の術式は覚えてる?」
「はい。丸の中に星ですよね?」
「その通り。じゃあその次の話だ。夢幻魔法には二種類ある。なんだと思う?」
「自分に掛ける魔法と相手に掛ける魔法ですか?」
「残念。正解は特定の相手に使う魔法か、一定範囲に効果のある魔法だよ。範囲に掛けた魔法は、相手がその範囲を出れば解除される。相手に掛けた魔法は一定の時間が経つか、自分で魔法を解除しない限り効果は切れない。まあ魔法の効果を打ち消す魔法や道具もあるから絶対ではないけどね」
「なるほど。特定するか範囲に掛けるか、ですか。使い方が難しそうです」
「それは意外と簡単だよ。敵と戦うなら出来るだけ範囲で使った方が良い。理由はどこに敵の伏兵が居るか分からないし、特定の相手にしか発動していないと、敵の仲間が指示出来てしまう。観客が居る場合なんかは特に範囲で使うべきだよ。逆に不特定多数に長時間見つかりたくないなら特定して使うべきだね」
「なるほど」
「じゃあまずは一番簡単な範囲型で、簡単な夢幻魔法を発動してみよう。まずは夢幻魔法<幻想人間> この魔法は夢幻魔法の基本だね。幻で普通の人間を作る魔法で、大半の夢幻魔法はこの魔法から派生した魔法なんだよ。ただこの魔法では幻を動かす事は出来ない。ただ一人幻を作り出すだけの魔法。この魔法もさっき言った方法で見破ることが出来るんだよ」
「不便ですね」
「もしサーカスに入る事が出来たら夢幻魔法を教えるって約束したのを覚えてる?」
「はい。けど今回教えてもらっているので約束に意味は無いのでは?」
「あるよ。もし合格出来たら全ての感覚を騙す夢幻魔法を教えてあげるよ」
「可能なんですか?」
「出来るよ。その為にも夢幻魔法をもっと使える様にならないといけないけどね」
「はい」
「じゃあ私に向かって発動してみて」
「分かりました。夢幻魔法<幻想戦闘>」
光と闇に魔力を同時に変換していく。変換された魔力を円形に。丸を描き、その中に星を描く。完成した術式は濃い紫色。濃い紫色をした術式はゆっくりと回転し、突如人が現れる。
「おめでとう。成功だね」
「これが夢幻魔法……」
それは本物の人間と見分けがつかない程の代物だった。
「殴ってみると良い。すり抜けるからね」
「分かりました」
力はあまり込めず夢幻を殴る。当然拳はすり抜け、何も起こらない。
「うん。しっかり出来てるね。じゃあ次の魔法を使ってみよう。次は夢幻魔法<幻想分身>だね。この魔法は幻で自分を作る事が出来る。やってみて」
「はい。夢幻魔法<幻想分身>」
紫色の術式が回転し、魔法が発動する。突如自分がもう一人現れる。
「覚えるのが速いね。この魔法も見破れるし、分身が動くことは無い。このままどんどん覚えていこうね」
「はい」
「次は夢幻魔法<幻想住人>だね。この魔法は大量の人を作る事が出来るね。ただ動くことは無い。やってみて」
「はい。夢幻魔法<幻想住人>」
魔法を発動すると数十人の人が現れる。
「成功だね。さすが。じゃあ次は幻想住人を、あの木を囲むように使ってみて」
「分かりました」
一度魔法を解除し、もう一度発動する。今度は木を囲むように発動する。イメージするのは木の周りで手を繋ぎ、気を囲う人達。魔法はイメージ通りに発動する。
「順調だね。これも反動の一つなのかもね。さて次は夢幻魔法<幻想戦闘>を発動してみよう。この魔法は動く幻を作る魔法だよ。ただ攻撃力は無いし、音も無いから使い辛いんだけどね」
「その魔法は自分の思い通りに動かしたり、作り出す人は選べますか?」
「一応出来るよ」
「分かりました。夢幻魔法<幻想戦闘>」
まずは作り出す人物は選ばず、自由に動く幻を作る。作られた人は武器を持たず、拳を構えて暴れる。
「なるほど。夢幻魔法<幻想戦闘>」
もう一度発動する。今回は自分に重なるように幻を作り、自分の動きと同じ動きを幻にさせる。その状態でクラークに向かっていき、右に行くと思わせて左に行く。右から左に方向を変えるタイミングで幻と別れる。幻は右に進ませる。そのまま敢えて自分が先にクラークを殴る。その拳はクラークをすり抜ける。
「残念。そう来ると思ったよ。どの位通じるのか試したくなったんでしょ」
「……さすが。いつからそこに?」
クラークの姿は近くの木の枝の上にあった。枝に座ってゆっくりしていた。
「二回目の幻想戦闘を発動した時かな」
「今の動きはどうでしたか?」
「私相手じゃ無ければ一瞬は時間を稼げるんじゃない? まあ上の中以上には効かないだろうけどね」
「なるほど」
「よく見ててね。 本当の夢幻魔法によるフェイントを見せてあげる」
そう言うとクラークはいつの間にかラクーンの目の前に移動していた。そのままラクーンの右側を通る。ラクーンはそれに反応し、右側を向こうと右足に体重を乗せる。その瞬間右側を通っていたクラークは消え、左側に現れる。それは目の端に辛うじて捉えられる程度だったが、それに反応して振り向こうとするラクーン。振り向こうとした瞬間、ラクーンの左足は自分の体重を支えられず、尻餅をつく。尻餅をついたラクーンは何が起こったのか分からず混乱する。
(あれ? 確かに振り向いた筈じゃ……。何で尻餅ついてるんだ?)
「ははっ。大丈夫?」
木の上に居るクラークが軽く笑った後、近くに移動してきて手を差し伸べてくれる。
「あの、今のは……?」
「今のはフェイントを応用した技で、アンクルブレイクと言うんだ。カルードなら生身で出来る技だよ。なんでも相手の片側に重心を移動させ、片方に重心が完全に乗った所で急に逆側に移動する事で足が追いつかなくなり、体を支えられず、尻餅をついてしまう。そういう技なんだって。カルードならどんな体制にも転ばせる事が出来るようだよ。なんでも相手に膝を突かせ、手も突かせ、頭を下げさせる事が出来るみたい。実際に前にカルードに挑んだ奴が一瞬で頭を下げてるのを見た事があるよ」
「凄い技ですね……。アンクルブレイクですか……まったく理解出来ない程高度な技……いやぁ……凄いな……」
ラクーンは最近は驚きの連続であった。属性魔法、夢幻魔法、剣技など驚くべき技を間近で見た事で、自分の技術がいかにレベルが低く、外の強さに驚いていた。その中でもアンクルブレイクは驚きの大きな技だった。戦闘中に尻餅なんてついたらあまりにも大きな隙が出来る。その隙があれば確実に殺せるだろう隙を意図的に、簡単に作ってしまう技。今の自分では理解できず、ただ困惑してしまうレベルの技。
「言ってしまえばこの技に対処できる人物が沢山外には居る。それはガンズだったり、アーサーだったり、円卓のメンバーだったりするね」
「……」
「怖気づいたかい? 君が挑もうとしている世界の一端だよ。全てがここのように簡単じゃない。全てがここより水準が高い。君の父親ですら外じゃ中の上、良くて上の下くらい。いずれ勝たなければいけない存在は外では、外で戦ってきたサーカスからすれば弱い。弱すぎる。技術も無しにあの強さは凄い。けど才能に任せた力では絶対に戦えない。それこそ彼ではマザーフェンリルに五秒も持たないだろうね。それにほぼ無傷で乗り切ったガンズがいかに凄いか……それを乗り越える覚悟はある? 君の父親を、サーカスの試験を超える自信はある?」
「……負けないとは言えない。けど今なら言える。前の調子に乗った言葉じゃ無くて、今の自分を見て言える。……今なら負ける気がしない」
その時のラクーンの顔は今までと違い、相手を殺した時の恍惚の表情では無く、強者と戦う愉快な笑みでは無く、自分より強者であると自身を持って言える相手への挑戦に燃える企んだ笑み。それはラクーンが今までしなかった笑み。戦いを楽しむ笑顔では無く、挑む者が『勝つ』と心に誓い、己を鼓舞し、圧倒的な差を理解した上で挑む楽しみに向けた笑み。強者をどう陥れようかと考える狩人の笑み。
「良い顔だ。覚悟が決まったって顔をしてる。それに漸く挑む覚悟が出来たみたいだね。挑む気持ちは忘れない様にすると良い」
「はい……」
「それじゃ、魔法の練習を続けようか」
「はい」
「それじゃあ次は……」
◆
「クラーク。どうだった?」
「覚えるのが速いね。若いからかな?」
「そうか。合格出来そうか?」
「不安かい? ガンズ」
「そりゃ少しな。あの戦えるって顔だと心配になるもんだ」
「それなら大丈夫そうだよ。ラクーン君は挑む者の覚悟が出来たみたいだから」
「……ほう。それは楽しみだ」
ガンズの顔はラクーンとは別の、自分に挑む者が現れた事への喜び、楽しみが現れた獰猛な笑みを浮かべていた。
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