1-9.8時だョ!全員逃げよう!
夜を待ち行動へ移した。
戦闘用バイザーが視界を切り替える。磁気を利用した索敵モード。透過された壁越しに、ドア脇に控える衛兵二人を捉えるや否や、ノーマッドは動いた。
「ここにいろ」
涙も落ち着いてしばらく経ったカナタに言い聞かせ、ライフル片手にドアを開ける。同時に室内を覆い尽くしていた防諜フィールドを再展開。ほとんど最小範囲に不可視の膜を張り直し、衛兵と宇宙飛行士だけを範囲内に収める。
「が……っ!?」
以前ゴブリンたちに襲われた際も聞いた、映画とかなり違う独特の銃声に悲鳴が連なった。
扉は右への片開き。ノーマッドは開けるなり身を乗り出し、左側面に佇んでいた兵士を撃ち込む。間髪入れずに反転、左手でドアを閉じるともう片方で構えたライフルが二人目を仕留めた。
突入から制圧まで一秒と要したかどうか。
エクセアスーツの性能に、銃も短いバレルとストックを外した小型モデルという取り回しの良さが影響したのは確かだろう。それでも実際に装備して動く人間が身体操作や判断力といった要素を高いレベルで備えていなければ、こんな身のこなしは実現できない。
ノーマッド、地球出身の放浪者。果たしてカナタに出会うまでにどんな道のりを辿ってきたのか。この男の戦闘スキルは明らかに宇宙飛行士のそれではなかった。
「いいぞ。カナタ、来い」
手早く周囲を確認しつつ少女を呼ぶ。防諜フィールドを解除、バイザーを微光増幅の暗視モードに変更しながら。
闇に沈みつつある王宮。おずおずと部屋から出たカナタは、倒れた衛兵たちに頬を引きつらせた。
「この人たち、って……」
「心配するな。スタンモードで撃った。気絶してるだけだ」
確かにケトルハットの隙間からは、微かなうめき声が聞こえる。
「よかったぁ」
衛兵の無事にそっと胸を撫でおろす少女だ。王たちには恨みという恨みを抱いて当然だが、彼ら以外の人々は別の話。
数日だけ滞在した街のみんなは、カナタの立場ゆえかもしれないが親切であったし、兵士たちも命を奪いたくはなかった。全員が全員、命令に従っているだけとは言い切れないにせよ、まさか全ての衛兵が絶対服従の一枚岩でもあるまい。
見ず知らずの世界だから。どうせ敵なのだから。そういう思考で命に躊躇しない選択肢というのもあるだろうが、15歳の少女にはいささかシビアすぎる。
「行くぞ、離れるなよ」
周囲に人影はない。呼ぶまで関わるな、と。きつく念を押した成果だろうか。
とはいえ、ここから先も無人とは限らない。
「アルファ、二人倒して中庭に向かってる。隠す暇はなかった。そっちの状況は?」
『ミグラテールが上空で待機中。対地センサーで監視してます。必要なら航空支援も』
部屋で打ち合わせた通りだ。
森に隠していた愛機はすでに飛び立っている。ひとまず郊外に出て合流する予定だが、状況次第では駆けつけてもらうことになるだろう。
「了解。すんなり行くといいが。――隠れろ」
前方に人影。衛兵ではない。非武装の給仕たちだ。通り過ぎるのを待ってノーマッドが言った。
「行こう。妙に慌ただしいな」
ざわめきがそこかしこに漂う。こちらの動きがバレたわけではなさそうだが。
「晩餐会の準備かも……? 魔王討伐の宴会とか言ってたし」
角から角へ、柱から柱へ素早く移動するノーマッドになんとか追いつきながら、カナタは国王から聞いた今後の予定を挙げた
貴族たちを招集しての晩餐会。参加者の数が多いほど、給仕や警備の量も比例して増えるはず。
「なるほど、宴会か。だったら出払ってるだろうし、こっちには都合がいい」
『そうでしょうか?』
アルファが口を挟む。
『魔王を倒した功を称えるなら、主賓はあなたたちですよ。それが欠席となれば……』
「あー……メンツは立たないし、討伐の信ぴょう性に関わるか」
前進しながら引き継いだノーマッドへ、アルファは続ける。
『玉座の間で聞いた限り、魔王との戦争に国としての事情がある以上、公表については急務でないのだと思われます。むしろ魔王を口実に軍備増強を図っていたのなら、先ほどの発言は一部その場の勢いなのかもしれません』
「だったら真意は?」
『即座に発表しては不可侵領域としての名目が潰れます。加えてカナタの恭順も現時点ではない。開催するとして、その目的は勇者の懐柔ではないかと』
一連の推察にカナタはどうにか頭を回した。
「えっと……私に贅沢させて味方につける? ご馳走とかで」
「胃袋から掴もうってか。ハッ、つまみ食いしてくるか」
鼻で笑うノーマッドに、
『だったらマシですが、主催があれですよ? 一服盛られていると見るのが妥当では?』
「サイテーですね……」
とは言いながら、やりかねないのがあの国王なのだ、と独りごちるカナタだった。
「ご馳走はオアズケだな。我慢できるか?」
「私、高級食材とか苦手で。ハンバーガーにしましょうよ」
「おお、大賛成だ」
少女の気丈な振る舞いにノーマッドが相好を崩す。つられてカナタもまた笑みがこぼれる。
ノーマッドにご馳走してもらったハンバーガー。あれは美味しかった。味付けや食材がどうという話ではなくて、心から楽しめる時間だったからだ。
思えば異世界に来たというのに、ワクワクする瞬間はほとんどなかった。この二人に出会うまで。
『急いでくださいね。じきに部屋まで来るでしょうし、そうなれば倒した敵も見つかります』
「大丈夫だ、もうすぐ着く。中庭の様子は?」
『今のところクリア』
正門は見張りがいるはず。カナタを抱えてジェットパックで城壁を越え、街に。そういう計画だ。
部屋の窓から逃げるのも考えたが、こちらは王たちも見越していたのだろう。眼下に兵舎が置かれていたし、それを飛び越えたところで今度は運河が待ち構えている。
この星は地球と同等の重力環境。さらにノーマッドのジェットパックは移動のための補助ツールだ。低重力惑星ならまだしも、単独で長時間飛行をするように出来ていないし、今回はカナタもいる。航続距離はさらに制限されてしまう。
河は超えられない。正門を強行突破か、中庭から離脱か。容易い方は自明だ。
しかし、
「よし……カナタ、来い。一気に――」
「どちらに行かれるというのです」
カナタとノーマッド、どちらもぎくりと硬直した。
たどり着いた中庭で城壁を見上げ、まさに今から飛び越えようという寸前である。常に王の傍らにいた声が背後で響いたのだ。
「日も落ちたというのに。あまり連れ回さないでいただきたいですな、ノーマッド殿」
振り向いた先に佇む老人。隣には言葉を発さない騎士も。
いや彼らだけではない。気付けば兵士たちが現れ中庭を取り囲んでいる。ただの衛兵とは装備も雰囲気も違っていた。王直属の近衛兵。十人からの集団が音もなく現れたのだ。
『まさか。こちらのセンサーをかいくぐった……?』
果たしてどう潜んでいたのか。アルファですら驚愕が混じる。魔法による隠匿はミグラテールの目をも欺けるらしい。
「下がってろ。……時間稼ぐ。なんか考えろ」
常になく真剣な口調でノーマッドが囁いた。彼らの能力は未知数。魔法を使っているのだろうが詳細不明。少なくともこちらの技術に対抗できる。
ノーマッドはそこまでを瞬時に読み取り、方針を切り替えた。
「な、なにかって?」
「なんかだ。向こうの手札がわからん以上、こっちからの強行突破は避けたい。なんとかして不意を突ける策を考えてくれ。……ファーガス、だったな?」
カナタを背後に庇いながら、ようやく老人へ応じる。
「いかにも。覚えてくださっていたとは」
「握手したいやつより、殴りたい顔の方が覚えやすいタチでな」
「これは手厳しい」
あくまで穏やかに悠々として微笑む老人。
「監禁された覚えはないぞ。散策ってのはどんな罪状になる?」
「いえいえ、そのようなことは決して。しかし世間体というものがありますので。年若く可憐な勇者が夜遊びを覚えられては……いささか、はしたなく見えましょう。根も葉もない風聞が立つのは、あなた方にも不本意では?」
「それだよ。あんた方のその物言いだ」
一拍。ノーマッドは続けた。
「そうやって問題をすり替えるな。マナーやら礼節を盾に洗脳するのが、この国のやり口か? 先に詫びを入れるべきはどっちだ?」
「ノーマッド殿」
やれやれ、と。辟易した調子で首を振りつつ、老人は続ける。
「カナタ殿が言うのなら仕方がない。若く未熟なのですから。ですが我らは互いに大人でしょう? もう少しばかり、なんというか……成熟したやり取りがあるのでは?」
「その年端もいかない相手を死地に向かわせて、挙句に気色の悪いおっさんに嫁がせようとしてんのはどこのクソ共だったかな。いや待て、もっと重要なことがある。おれたちは魔王を倒してるぞ」
「ええ、左様で」
涼しい顔のまま老人が頷いた。
「こっちにはそれだけの術があるわけだ。おれたちに手出しすれば、次はあんた方に狙いが向かないとも限らない。魔王と同じ結末を辿ってみたいか?」
むろんこれはブラフだ。容赦なく砲撃できるのなら手加減していない。先頃カナタに耳打ちしたように時間稼ぎであるし、向こうが引いてくれたら儲けものだ。
いや実際のところ、ノーマッドはこの老人を過小評価していた節もあったが。権力にへつらうだけ。真正面から脅せばすぐさま保身に走るだろう、と。
だが予想と異なり、老人はまずしたたかに微笑んだ。
「恐ろしいですな。急ぎ現地の者に調べさせましたが、なんでも山人や冒険者が数名、山脈の向こうへ巨大な火の玉が落ちる光景を見たとか」
表情こそバイザーで隠れていたが、少なからずの動揺をノーマッドから引き出した。
宇宙を旅する側にとってこの星の文明は古代に等しい。そのはずが、この短時間で遠方と連絡を取れる手段を確立している。
情報伝達の速度は二〇世紀の地球と遜色ないのか。
「……威力を知ったなら、わざわざ説いてやる必要もないな。おれとしちゃ、やぶさかでもないぞ。あんた方を根絶やしにするほど恨んじゃいないが、言いなりになってやる恩義もない」
「あなたがそうだとしても、カナタ殿はいかがですかな?」
ゆったりとした物腰で一拍を置き、老人は続けた。
「察するにそちらの切り札とは、長射程かつ高威力の魔法……あるいはそれに類する攻撃手段。敵に回したくはありませんな。この国など一撃で滅びてしまう。考えるだけでも恐ろしい。……ですが、可能ですかな? カナタ殿は実にお優しい」
一歩、老人が近づく。呼応して近衛兵たちも剣を抜いた。
「国を滅ぼすほどの火力、果たしてこれほどの近距離で放てるのか。防御なり回避なりの策があるのやもしれない。だがそもそも、この国に住まう民を皆殺しにするような手段を、カナタ殿は決断できますかな? たった一人の、我が身の自由のため?」
「……そうやってまたつけ込むわけだな。なすりつけた負い目に」
ノーマッドは応じながら、せめてもの救いは本人がろくに聞いていないことだと感じていた。背後の少女は声を潜めてアルファとやり取りしている。老人の言葉など入っていないようだった。
「思いついたんですけど、こういうのは……?」
手短な説明を挟み、
「ど、どうですか?」
『やりましょう。現状では最善策です。準備します』
方針が決まった。あとはタイミングを合わせるだけ。アルファの用意が整うまで、もう少しばかりこの鬱陶しいやり取りを引き延ばす。
「あんた方に理解できるかわからんがな。他人に自己犠牲を強いる手合いほど、救ってやる価値はないもんだと相場が決まってるんだ。挙句、国を助けた見返りが妾になれだと?」
「どこにご不満があるのです? 何不自由なく暮らせ、王族にまで加われるというのに」
倫理観や文化、価値観の違い。そうした言葉で片づけていいものだろうか。
「まず自分たちで済ませたらどうだ。娘を差し出せと言われたら、あんたは……」
「すでにお仕えしていますとも」
あまりに平然としすぎた物言いは、ノーマッドのみならず隙を見計らっていたカナタにも異質な恐怖を抱かせた。理解の及ばぬ状況への生理的な嫌悪感だ。
「……なに?」
ノーマッドが愕然と聞き返しても反応は変わらない。
「わたくしの娘も、孫も、どちらも陛下のご寵愛をいただいております。孫の方はまだ六つですので、まだ戯れに過ぎないでしょうが」
「うっ……」
カナタが口元を抑えた。淡々と述べられる幼子の現状に、吐き気を感じるなというのが無理な話。
「ファーガス、あんた正気か……? 血の繋がった身内を……孫まで?」
「陛下はご自分の才覚を正しく認識しておられる。我々と同様に」
老人が述べる傍らで二人にだけアルファの声が響いた。
『配置完了。サウンドサプレッサー、オフ』
少女の発案した作戦は実行段階にある。残すはタイミングとカナタ自身の演技力。
どこで割り込むべきか。近衛兵たちを眺めつつ二人は切り込む瞬間を探し、そんな真意を知る由もない老人は話し続けた。
「陛下は、いわゆる英主ではありません。覇王のように戦争の天才でもなければ、国を滅ぼす暗君でもないのです。これがどれほど得難い才か、お分かりになりませんか? 安定化した統治。揺れもせず衰えもせず、及ばぬと見れば我らの案を受け入れてくださる」
「傀儡だろうが。結局はあんた方が主導権を握りやすいだけの話だ」
「街をご覧になったでしょう? それでも国は繁栄しておりますよ。戦に興じず治世を投げず。世に語られる王たちの、果たして幾人がこのような安寧を築けましょう」
「その見返りに女か? 身内や、見ず知らずの子供を供物にするのか」
老人の笑みが深まる。
「こうまで申しては心苦しくありますが……あてごうておけば世は乱れぬのです。さらにお世継ぎすら得られ、王家はより盤石となる。第一、カナタ殿にとっても悪い話ではありますまい? 元の世界にいたところで、歴史に名を刻む機会などありましたか?」
「貴様……」
「悪いんですけど」
意を決し、カナタが進み出た。一瞬、老人たちに緊張がはしったのは彼女が右手をかざしたため。
「歴史に名前を残す魅力がわかるほど、まだ大人じゃないんです、私」
「……どうかお考え直しを、カナタ殿」
優しく教え諭す口調で老人は言う。
「聞き入れられぬというなら強硬策に出る他ありますまい。魔王を倒す個人。国を滅ぼせる力さえ得た単独の勢力。そのような方々を野放しには出来ないのです」
これが本音だろう。結局のところ、空先カナタという人格が問題ではないのだ。彼らの想像以上に成果を上げた勇者を、祀り上げつつ飼い慣らしておきたい。
初めから返す気も、自由にさせるつもりさえなかったのだとカナタは再認識した。そして奥歯をきつく噛み締めながら応じる。
「頼まれても二度と来ませんよ、こんな国……! 黙って行かせてください」
「到底、頷くわけには」
静かだが有無を言わさぬ一蹴。きっとわが子や孫にも同じ口調で言い聞かせたに違いない。
「ふぅー……」
カナタは深々と息をつき、それからだ。
「じゃあ私も遠慮なく」
「ハッタリはお止めなさい。何の罪もない民を巻き添えにしますか?」
「言ってなかったんですけど」
眼鏡の奥で少女の瞳が底光りした。
「私、結構怒ってるんですよ。――ミグラテールッ!」
絶叫がこだまする。老人を始め、兵士たちもが一斉に身構えた。発せられた単語は彼らにとって未知の詠唱に思えただろう。
一秒、二秒。何が来るかわからない。どう動くべきか定かでない状況に、ただ備える。
そして五秒も過ぎた頃。
「……ふっ」
老人が笑った。何も起こらない現実に勝利を確信して。
しかし、
「失敗ですかな? 気が済んだのであれば――?」
半ばで途切れる。老人は、いや近衛兵たちもまたにわかにざわめきはじめ誰ともなく空を仰いだ。
どこか遠くからこだましてくる音響。雷のようで、風のようで。だがそのどちらでもなく、どちらよりも不吉な雰囲気を抱かせる気配だった。
彼らにわかるはずもない。それが王との謁見の最中、ノーマッドが語ったセラフィムD型エンジンを積んだ重戦闘偵察機の咆哮なのだと。
『通過まで、三……二……一……今!』
「カナタ!」
アルファが通達し、出し抜けにノーマッドの腕が少女を抱きしめる。防諜フィールド展開。周囲の音を遮断しつつ、さらに防御シールドまで張られた刹那。
すぐ頭上を不可視の鳥が駆け抜けた。
「――ッ!?」
地上をつんざく衝撃。空が砕けたかと思う爆音の前で、兵士たちの悲鳴は成す術もなく潰された。ステルス状態のまま飛来したミグラテールが王宮スレスレを一気に駆け抜け、カナタの放った魔法に成りすましたのだ。
間髪入れず状況が動く。
誰もが地に伏せ、そして砕け散ったガラスがきらめく最中。カナタの体は友人に抱きあげられた。
「掴まってろ!」
「はい!」
ジェットパックに点火。エクセアスーツは背部スラスターの出力で絡みつく重力を強引に引き離し、まず城壁へと到達。突き出たメルロンを足場としてさらに跳び、夜の城下町へと飛翔した。
だがカナタもノーマッドも、またアルファですら気付いていなかった。
ミグラテールの巻き起こしたソニックブームの余波の中たった一人、まるで動じず佇影法師がいたことに。老人と共に常に国王の傍らにいた物言わぬ騎士。
甲冑に包まれたその人物だけが、やはり無言のまま長剣を手に取り、飛び去ってゆく二人を目で追いかけていたのだ。




